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<東京怪談ノベル(シングル)>


alumnus


 今日は卒業式。
 橘沙羅(たちばな・さら)は見送る側だと言うのに、当の卒業生よりも緊張した……そして、泣きそうな顔をしている。

 沙羅の通う高校は、巷では、両家の子女が通うことと可愛らしいワンピースのセーラー服とベレー帽で一目置かれているカトリック系の女子校で、幼稚園から大学まであるエスカレーター式の学校である。
 それ故に、中学までの卒業式は一種の通過儀式でしかなく、普通の卒業式とはまた異なった雰囲気であるのだが、そんな学校でも、高等部の卒業式は外部の大学へ進学する生徒も多くいる為、一般の学校の卒業式と変わらない。
 そのまま付属の大学へ進む生徒も、この制服に袖をとおすのが最後となる為、それぞれ感慨深い面持ちであるようだ。
 毎年、合唱部は卒業式で卒業生へ贈る歌を歌うことになっている。
 そして、今日、そのソロパートを沙羅が担当することになっていた。
 そして、そのソロパートを担当したのは沙羅が合唱部に入るきっかけになった大好きな先輩が担当していたものだった。
 卒業式が進む中、とうとう、合唱部の出番となった。
 沙羅は自分自身を落ち着ける為に、2度3度と大きく深呼吸をする。
―――大丈夫。先輩が教えてくれたことを今日こそ……
 そうして、重々しい雰囲気の中、前奏が流れ出した―――


■思い出■


 今でこそ、天真爛漫を絵に描いたような沙羅であるが、幼い頃はどちらかと言えば引っ込み思案で恥ずかしがりやの子供だった。
 そんな内気ではにかみやのままの沙羅が、今のようになったのはその先輩が沙羅を支えつづけてくれたからだろう。

 幼稚園から小学校まではほぼ持ちあがりのままのクラスだったおかげで、沙羅のように人見知りがちの性格でもうまくやっていけていたが、中学進学では外部入学生が増える為に半分は知らない顔になる。
「ふぅ……」
 中学の入学式の帰り、沙羅はそう大きくため息をつきながら歩いていた。
 クラス分けを見た時に誰も仲の良い子が居ない事に不安を覚えていたのだが、案の定、今日1日結局緊張しすぎて誰とも話さないまま1日を終えてしまった。
―――こんな事でこれから先やっていけるのかな……。
 不安の渦に飲み込まれそうになっている沙羅の上に突然紙が舞って来た。
「きゃぁぁ、お願い拾ってぇ―――」
 紙と一緒に上から飛んできた声に沙羅は慌ててそこらに同様に落ちている紙をかき集める。
「あ、ありがとう」
 息を切らせて来た、さっきの声の主は校章の色で、沙羅よりも1つ上の2年生だということがすぐに判った。
「大事な楽譜だったの」
という彼女に、沙羅は自分のことのように、
「良かったですね」
とはにかんだ笑みを見せた。
 その沙羅の顔を彼女が凝視する。
「ね、あなた、部活動何か入っている?」
「い、いえ」
「じゃあ、合唱部に入らない?」
 唐突な勧誘に、沙羅は驚いて目を丸くした。
「あなたの声聞いた時に思ったのよ、絶対向いてると思う。それに、この楽譜もちゃんと順番に揃っているところを見ると何か楽器習っているんでしょう?」
 確かに沙羅はピアノを習っている時の癖で、バラバラになっていた楽譜を順番に揃えて渡したのだった。
「ピアノを少し……で、でもあたしなんかが、人の前で歌を歌うなんて」
 そう言った沙羅に、彼女は人差し指を付きつけた。
「今、あたし“なんか”って言ったでしょう!そんな事言っちゃ、ダメよ。自身が過剰なのは良くないけど、あなたみたいに自分を否定しちゃダメ」
「でも……」
「でももダメよ!ねぇ、大丈夫きっと楽しいわよ。それに、人前で歌うって言ったって一人じゃないから……ね!」
 勢いに押されて、沙羅は頷いた。
「よし、じゃあ行きましょう」
 言われるままに、沙羅は彼女に手を引かれて合唱部の部室である音楽室へと連れて行かれた。


■卒業式■


「沙羅!」
 卒業式の後、先輩が沙羅の元に駆寄ってきた。
 そして、先輩は沙羅のことをぎゅっと抱きしめる。
「沙羅のソロ、すごくキレイだった―――やっぱりアタシの目は間違ってなかったね」
 そう、沙羅は卒業式で見事、ソロパートを歌い上げた。
 先輩への感謝の気持ちと、そして先輩が教えてくれた“自分を信じる”という気持ちを胸に一生懸命歌ったのだ。
 それが、歌を歌うという楽しさと自分に自身をもつことの大切さを沙羅に教えてくれた先輩への、沙羅が出来る精一杯の手向けだと思ったからだ。
 そして、間違いなく沙羅の気持ちは彼女に届いていた。
「先輩、これからは先輩が教えてくれたようにもっと自分に自身を持って強く生きていきます」
 そういった沙羅に、彼女は首を横に振り―――
「バカね、沙羅。もうあたし心配なんてしてないわよ。だって、あんなにのびのびとしてキレイな歌声を聴けたんだから」
と、言って自分のセーラー服のリボンを解いて沙羅に渡す。

「先輩……卒業おめでとうございます」

 沙羅は涙をこらえて、精一杯の笑顔を向けてそう言った。