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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


takeover

「おにいちゃん、みてくださいです〜♪」
 加賀見武は、6歳違いの妹、加賀見凛花の呼び掛けに、麻紐で纏められていた束から引き出し、広げていた古新聞から顔を上げた。
 全体的な薄暗さが、独特に湿った空気は蔵の古色蒼然とした雰囲気を助長して、奇妙な閉塞感が居心地よく、武も凛花も実家のここは気に入りの場所の一つである。
 灯りといえば薄いな傘を被った裸電球が一つ、高所にある窓の格子の影に断たれた光が薄ぼんやりと、室内にひしめく物の輪郭を影の形で切り取っている中、凛花の靴下の裏が物の間からはみ出して居る。
「どうしたんだ」
小学生ならではの体格を活かして長持ちと行李の間、狭い隙間に潜り込んでいた凛花は、そこから這い出し嬉しさと楽しさの交じった顔を上げた。
「ここに戸がついてるですよ〜♪」
先迄居た物影を示す。
 壁に作り付けられ、天井まである棚の最下部に詰め込まれた古物、まだ体格の発達していない彼女だからこそ潜り込めたその隙に、武は片目で覗き込んだ。
 明度が足りず、暗い壁際にそれでも、輪の形をした金具があるのが見受けられる…いいカンジに浮いた錆が、久しくその取っ手に触れる者が居なかったコ事を示していた。
 兄妹は、顔を見合わせるとにっ、と笑った。
「どうみても隠し扉だよなァ」
「きっとオイシイモノが入ってるんですよ〜♪」
譬え食べ物だとしても、それが美味しく頂ける消費期限は山の彼方の空遠い。
「食べ物をこんなトコに入れとくワケないだろ? 俺、前にばぁちゃんに聞いた事あるんだ…ここにはきっと、ご先祖様の宝が入ってるんだ」
「ごせんぞサマ、ですかぁ」
ほぅ、と凛花は頬を手で押さえて息を吐く。
「じゃぁ、あこがれのヤマブキ色のお菓子が入ってるんですよきっと〜♪」
「……後でカステラでもなんでも買ってやる」
言いつつ、兄妹は扉の前で障害物となっている古道具をせっせと退けていく。
 この蔵は彼等の実家、ならば宝の権利は当然見つけた自分達の物…と、子供の価値観は恐ろしいまでに自己中心的だ。
 最も、宝であろうとなかろうと、大人だろうと子供だろうと、隠された真実はいつでも人を魅了して止まない。
 その情熱に因って着々と、撤収作業は続く。
「おにいちゃん、凛、もうつかれましたぁ〜。お菓子、まだですかあ?」
既にお菓子と信じて疑わない、凛花に武は漸く身が入るまでに物を避けた其処に入り込んで、取っ手を強く引いている所だった。
 だが、押せども引けども、中の金具までも錆びているのか、扉はきしりとも動く気配はない。
「ばあちゃんにおやつ貰ってくれば……」
振り返ろうとした武の動きに、予期せぬ方向に扉が滑り、武はつんのめって長持ちの角に額をぶつけた。
 扉は引き戸だった。
 この場合、頭を打った事よりも、オヤクソク過ぎる引き戸のトリックに引っかかってしまった羞恥の方が痛みより勝る。
「おにいちゃんッ」
慌てて駆け寄る凛花に大丈夫だと手を振りかけ…るが、兄を心配している筈の愛すべき妹は武を押し避けた。
「開いたのです〜♪」
隠し扉の向こうに眠る山吹色の菓子を夢見て…喩えそれが比喩表現的に金の塊であっても、飢えた妹ならきっと食う、と武は胸の内に確信する。
「おにいちゃん、見つけたですよ〜♪」
扉の内側からがさごそと、凛花は包みを二つ取り出した…密閉された空間に修められていた為か埃こそ被っていないものの、どちらの布も時に古びた繊維が今にも崩れそうだ。
 片方は細長く、もう片方は厚みのある品を包んである。
「おにいちゃんはこっちなのです」
さとうきびとか、フランスパンの可能性を捨てればあまり食糧には見えない細長い方の包みを凛花が寄越す。
 持ち上げればずしりと過重が両腕にかかり、武はそれが何であるかの察しをつけて知らず笑んだ。
 財宝でこそないが、祖母の言が正しければ……期待に満ちて解いた包みから、一振りの太刀が現われた。
「やっぱりだ」
刀に鞘はなく、刀身は見る影もなく錆び付いている。が、祖母の言葉に嘘はなかったのだと、満足する武の横で。
「うわぁです……」
凛花は明確に落胆していた…彼女の包みから現われたのは、同じく錆び付いた鉄製の爪が一組である。
「おナベで煮たら食べられないですかぁ?」
諦めきれない凛花の提案に武は呆れに眉を寄せた。
「バカだな、煮ても焼いても食べられる筈ないだろ?」
「え、だって……」
凛花は両手に抱えた爪を見た。
「バグ・ナウは虎の爪を意味するですよ〜? だったら食べれ……」
「何処で仕入れた知識だ!」
 凛花の言う通り、バグ・ナウはインド産の武器であり、鉄の爪に抉られた傷痕は虎の爪にかかったそれに酷似する。
「あ、でもコレは爪が刃になってますから〜、ビチャ・ハウ・バグ・ナウなのです〜」
「だからそれを何処で覚えてきた!」
ビチャ・ハウとは蠍を意味する。
「だったら食べられませんねぇ〜」
兄の疑問を氷解させるつもりはなく、しゅんと肩を落とす凛花。
「食べなくていいんだ! それは手に嵌めて使うんだ!」
「こうですかぁ〜?」
子供には大きすぎるが、鉄爪の輪の部分に手を入れて強く握る事でそれなりに格好をつけた凛花に武は頷く。
「そう、そうしてこうだ」
武は手にした刀をそれらしく構え、カチリ、と爪の部分に合わせた。
 刹那。
 剣と爪は目を焼く程に強く青い光芒を発し、二人の姿を呑み込んだ。


 強く目を閉じて尚、網膜に残る残光に痛みを覚える。
 武はきつく閉じた瞼を開く事が出来ないまま、手探りに周囲を探った。
「凛花! 返事をしろ!」
「はぁい、です〜」
ほど近くから直ぐ、凛花の声が応えるのに安堵する。
「スゴイ静電気でしたねぇ〜」
武はずるりと転けた。
「おにいちゃん? どうしたですかおにいちゃ〜んッ」
転倒した音を聞きつけた凛花が騒ぐ声に、照れも手伝ってぶっきらぼうに武は答えた。
「なんでもない、苔が滑って……」
苔?
 自分で言っておいて首を傾げる。
 蔵の中の床は旧くとも、痛んではいなかった筈である。固い板は傾いでもなく、足の下に感じるまるで剥き出しの地面のような感触は、何処にも……。
 思考の間に徐々に目の痛みも治まり始め、武は目の痛みの再発と、現状の確認に対する二つの要素から恐る恐ると、薄目を開けた。
 果たして、其処は蔵などではない。
 薄暮の暗さに世界を構成するのは赤と黒、その濃淡であり、武と凛花は全く唐突に寺の境内と思しき場所に二人きりで立っていた…否、武はまだ尻もちをついたままなのだが。
「おにいちゃん、ここどこですかあ?」
聞きながら、凛花がこしこしと目を擦る。
「擦るんじゃない……どっかの寺だ」
知らない、とはなんとなく言い難い武に、凛花は兄の言質が取れたそれだけで安堵した様子で微笑んだ。
「お寺ですかぁ」
我が妹ながら、その単純さが時折不安になる…兄の心中を察する事なく、凛花は物珍しげに周囲を見回した。
「だからあんなにおばけさんがいっぱいなのです〜♪」
「何だとッ!?」
振り返れば寺の裏からガシャガシャと白骨に鎧甲を着けた、一見して霊と解る団体が武と凛花に向って来ていた……手に手に、獲物を持って。
「凛花、逃げるんだ!」
有り得ざる事態が立て続けに襲われ、思考が麻痺しそうな事態でも、人間、意外と冷静な判断を下せるものだなとしみじみしている間はなかった。
 武と凛花の手にはまだそれぞれ、剣と爪とを握り締めていたのだが、それが再びの光芒を放つと、燐光の如き粒子を纏って武者の群れへと突っ込んで行ったのだ……持ち主を伴ったまま。
「なんなんだ、これは!」
「おにぃちゃん、カッコイイですよ〜♪」
勝手に動き回る剣と爪が手から離れず、勢い、不気味なまでに静かな霊の群れに切り入る形になった武と凛花だが、武は剣の流れを理解する事で、凛花は持ち前の運動神経を発揮して屠るを目的とした武器の動きを妨げる事はなく、身を傷つけるより先に青の輝きに割かれて千々に消え、確実に数を減らしていく……そして霊達の向こうから、黒い靄のような影が一度大きく伸び上がった。
 霊諸共に武と凛花を呑み込もうというのか、影はさながら津波の如く、天から雪崩れ落ちる。
 武は咄嗟、剣を掲げ、凛花は手首から先を交差される形で、重量を伴って注ぐ影に抗し、各々の武器は膜の如き光芒を発してその身を覆って担い手を守った。
 注ぐ影が途切れぬままに視界を覆い、埋め尽くす…赤と黒とに構成された風景、その影の部分のみが二人に向って来ているような錯覚を覚える程に絶え間ない影の圧力に、武と凛花は武器を支えにただ耐える。
 それに剣と爪は徐々に光を増し、手にした腕がその青に包まれて細部を見失う…そして二人の脳裏に全く同時に声が響いた。
『汝らを我等が新たな主として認めよう』
パキン、と何かが割れるような音がしてまた唐突に、武と凛花は蔵の中に立っていた。


「ばぁちゃん、ばぁちゃんッ!」
蔵で遊んでいた孫達が息せき切って駆けてくる様に、武と凛花の祖母はよいせと腰を上げた。
「慌てなくても、ちゃんとおやつは用意してありますよ」
「わ〜い、なのです〜♪」
諸手を挙げて喜ぶ凛花に、「馬鹿ッ!」と武がぽこんと後頭部を叩く。
「それどころじゃないだろ、ばぁちゃん見てくれよコレなんなんだッ!?」
言った次の瞬間、青い燐光を纏った剣が一振り、武の手に握られる。
「見てみてなのです〜♪」
そして凛花の両手には爪が。
「おやおや、まぁ」
少なからぬ驚きに見張った目を細め、祖母は遠くを見るように空を仰いだ。
「見つけてしまったんだねぇ……加賀見の家は旧くは悪霊や妖怪なんかを退治する、退魔師の家系だったらしいんだよ。その道具が家宝として残っているとは聞いていたがねぇ、いや、本当にあったんだね」
今明かされる衝撃の事実に、兄妹が目を剥く。
「ば、ばぁちゃん……」
「なんだね武。あぁ、嬉しいのは解るけれど、おまわりさんの前でそんな物を振り回すんじゃないよ?」
何やら重大事な気がするのだが、祖母は全く動ぜず、ごく一般常識的な忠告をくれる。
「前にばぁちゃん、うちの先祖は海賊だって言ってたじゃないか!」
そして武も少しずれていた。
「なんだお前。あんな話を信じていたのかい? こんな海のない場所でどうやって海賊するよ」
言われてみれば道理だが、ずっとそうだと信じていたのに……小学生の文集にだって書いてしまった武の、祖母への信頼が瓦解した瞬間である。
「さて、そんな事よりおやつにしようかね」
「わ〜い、なのです〜♪」
そして問題はおやつより軽いらしい……水屋からぼた餅の山を取り出し、祖母がこいこいと手招きをする。
 凛花は目の前の食べ物に思考を占領されて、喜び勇んで家の中に駆けていく。
 祖母の手からお湯を注がれた急須は口から暖かい湯気を吐き、凛花がちゃぶ台に湯飲みを三つ並べる。
 非日常の後でも日常は当たり前すぎるほどに恙無い……先と違ってあまりに平和な光景との落差に、今この場で最も常識を持つ人間であろう武は、取り敢えず栄養を補給してから深く考えよう、と一切の思考を放棄した。