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<東京怪談ノベル(シングル)>


■第二話 お知り愛☆ほらっ♪■


 ここは現代のピラミッドにして、アニオタの聖地。
 世界流通の拠点という豪奢な港街に聳え立つ、それは世界のOTAKU市場。
 そう、有明ビックサイト。
 俺の運命を決めたチケットを手にして佇めば、一心不乱に入場口に向かって歩き出す仲間(と思っているだけ☆)を見送る。

――ハヴァ・ナイスタイム! 我等が同志。

 心からの激励を胸に、俺も戦地へと向かった。

 
 ■誘惑の園 兄貴の魂■

 先ほど買ったパンフレットに赤色鉛筆で印をつけて、気になる企業ブースと同人ブースにチェックを入れる。本日は『全日本アニメ祭り☆』が開催されていた。
 企業の新作アニメのグッズショップと共に、同人誌会場も併設されている。
 今日の大漁は期待できそうだ。
 辺りを見回せば、自分と同じようにアニメの紙袋を持った若者が、地面に座り込んで買ったものを自慢していた。
遠くでは、着替え室用エリアから出てきた少女達が色とりどりのコスプレ衣装を着て談笑している。
 そこはかとなく、少女達の間に流れる戦いの火花が見えなくもないが、そこは切磋琢磨というやつだ。
 次代のアニメ世代建設を担う聖女達には、戦いは必須。

 善い光景だ――心が和む。

 俺はナイスな青年たちが交流する様を眺めた。
 彼らの熱く語り合う会話が今一気にならないでもないが、あまり見ていては失礼というもの。
 ぐっと我慢して、俺はパンフレットに目を向けた。
 朝一番に入場したのは良かったが、こうもブースが多くては見終わらない。
 こういうときは、やはり仲間が欲しいものだ。
 本日の敗因を悔しく感じつつ、それで諦めたら全てが終わりとアニメ道の基本を心に念じた。
 これで焦る気持ちも落ち着くというもの。
 騎士道で鍛えた精神力で、俺は情報というハードルをクリアしていった。
「おおッ! こんなところにこんなものが……」
 目にも愛らしいミニチュア人形の老舗のブースの記事を発見し、いそいそと丸を書き込む。一番端までいくのなら、もうニ・三軒は見ておきたいものだ。
「やはり、これは買わねばならんかな」
 目が丸っこくて可愛い小学生の女の子の絵が目を引くブースが目に飛び込んできた。暫く考えたが、それにも丸をつける。
 ネットオークションにかけて、前から欲しかったものを競り落とすのもいいかもしれない。
 財布の中身はこの際、気にしないことにしておいて、大人のオタクの必殺技『大人買い』を決行することに決めた。
 後で後悔しても、限定品だった時の悔しさは例えようも無い。思わず呟けば、苦い感傷に浸る。何だか深い傷をえぐってしまったようだ。

―― どーんまいッ、自分☆(親指グッ!)

 さて、戦地(ブース)に乗り込んでいこうかと、立ち上がった俺は何気なく周囲を見渡した。
 途端に目に飛び込んでくるのは、先程の青年達である。
 さっき見た何処そこの同人サークルの作品が最高だったとか、ここも行かなきゃオタじゃないとか、そんなことを熱く語っていた。
 そんなことを小耳に挟んでしまえば、気になってしまうのは人情というもの。
「…………うーん…やはり気になるな。…仕方ない、では行くか」
 俺は先ほど買ったものを幾つか取り出すと手に持ち、パンフレットも持って彼らに近付いていった。
 アニ友は何処でも、アニ友。
 これは世界の常識。
 俺の情報も惜しみなく与えようじゃないか。
 何処かにナイスなアニメは必ずあるはず。それを共有してこそ、アニメ世代は進化していくのだ。

「やぁ、君達! 中々、興味深い話をしているじゃないか? さっきこういうものを手に入れたんだがねッ☆」
 俺は気さくな態度で青年達に話し掛けた。
 青年達の格好は70年代アニメの金字塔、ロボットアニメの最高峰のアレだ。
 ちょい太目の青年が振り返る。
 赤いパイロットスーツを着込んだ青年は髪も金色にしていた。顔は中々。そのコスを着ているのだから、三倍速く走ってダイエットすると良いかと思うゾ☆
 それはさておき。
 青年達はこちらの方を向いて、一旦話を止める。おっといけない、相手に気を遣わせてはいかんな。
 再び俺が話し掛けようとすれば、青年の独りが嬉しそうに話し掛けてきた。
「お? お宅の着てるコスは何のアニメのやつ?」
「ん〜…これは普段着なのだが……」
 どうやら、私の騎士団の正装をコスと間違えたようだった。
 ふふふっ……これは出来が違うのだよ…と思ってみたが言うのを止めた。一般人にはわかるまい。
 同じような格好をした青年達もこちらに視線を向けてくる。
「うお〜〜…お宅、普段からコスなわけ? すげえ! 」
「ナイスだよ、お兄さん。…んで、それ何?」
 白いパイロットスーツの青年が、俺の手に持ったものを指差して訊いてきた。
 俺は笑みを浮かべつつ、手に持ったそれをもう少し相手の近くに持っていって見せる。
「これは東のKの○○で手に入れたCDだッ!」
 俺はその日の収穫物を掲げた。
 同人のCDにしてはギャグが効いている、本日のお勧めの1つだ。
 ジャケットには、戦う総理と白熊の絵が描いてある。
「へぇ〜…俺達、買ってないなあ」
「是非に買うべきだよ、そこの青年ッ!」
「マジ?」
「聞いてみるか?」
「「聞く、聞く」」
 青年達にウォークマンを貸し、2ラインにできるジャックを使って二人の青年は聞き始めた。その光景が気になったらしいコスプレイヤー達は、俺達の周囲に屯している。
 再生ボタンを押してCDが回り始めた。
 暫くして、青年達の爆笑が周囲に響いていった。
「なんだこれッ!」
「うお〜〜、いいじゃん。…俺も買おうかな」
「俺にも見せてくれよ〜」
「おぉ、君もみるか?」
 俺は強請る青年にシングルCDケースを渡してやった。見せると青年は弾けたように笑い、突如として歌詞を読み始めた。
「え〜っと……何々? 倒せ卑怯な……」
 小さな声で読み始めれば、もっと他の青年達も近付いてくる。 

************************************

 倒せ 卑怯な敵には
 容赦は無しだぜ 
 不幸を呼ぶ社会主義よ 星屑と消えよ
 GO GOッ! 唸れ鉄拳
 ミリオネアー・パーンチ! 
 ジャパンマネー旋風 世界が平伏
 
 世界はいつも勝者のものさ
 そう 俺達は商社マン
 戦え 宇宙に富は遍満している
 マーフィの法則 金持ちのお約束
 あぁ 金がうなってる

 ……以下、略。

************************************

「俺もちょっと買いにいくかなあ」
「場所なら覚えてるぞ、案内しよう」
「おー、サンキュー」
「いざ出陣!」
 コスプレイヤー達とアニメ話で盛り上がり、幾つものグッズを購入しながら会場を進む。
 ゾロゾロとコスプレイヤーを引き連れ導きつつ、アニメオタクの本懐を遂げる為に俺達は人波を掻き分ける。
 その先には、大手サークルというエルドラドが待っているのだ。
「ど…どいて…くださいぁ〜〜〜〜い」
 意気揚々と歩いていく俺達の先に、なんとも哀れな男が客の間に挟まれていた。
「ちょ、ちょっと…と通してくださィ」
「む? あれは……」
「おたくの知り合い?」
「うむ、ちょっとな……」
 メモを手にうろうろしている男は、かつて俺がこの地に降り立った日に逢った男だった。
 チーマーとか言う人種に絡まれ、へろへろになっているところを助けたのだが……こんなところで逢うとは。

 運命。

 そうだな…そうかもしれないな。もしかしたら、哀れな子羊をアニメと言う約束の地(カナーン)に導けというお告げかもしれんし。それが運命なら仕方ない。どう見てもあのへっぴり腰は正しいアニメオタクの姿とは言えんな。よし行くか。
 勝手に自己完結した俺は、哀れな子羊を導く羊飼いよろしくその男の元へと歩み寄った。
「おい、お前」
「は、はいッ!」
 人員整理をしている警備員に注意を喰らっている眼鏡の男の近くに俺は向かった。
 俺の声に振り返った男は、不気味なものを見たかのような表情で俺を見る。

―― 失敬な。

 俺は眉を顰めて相手を見た。
  愛馬「オクラホ馬(マ)・ベルツシュタット3」に騎乗していたのなら、迷うことなく後ろ足で蹴り上げていたかもしれない。
 まぁ、そんなことをしたら、この男は死んでしまうのだが。
 警備員に怯える姿が何とも哀れを誘う。俺が怒るのもかわいそうかもな。ちと、止めておこう。
「また逢ったな…お前、そこで何をやってるんだ?」
「み、道に迷って…ここは西のHでしょうか?」
「ここは東だ。前回といい今日といい、絡まれているところしか見ないが…」
「ううう…アニメの取材に来ただけなのにィ」
「ん? 取材? お前はマスコミか?」
「は…はい。こんなところへ取材に来たものの、アニメには疎くって……」
 そう言った刹那、俺は拳を握り締め天高く突き上げて言い放った。
「何ィッ! 『こんなところ』だとぅっ!!」
「……ヒッ!…こーわーい〜〜〜」
「ここはなぁ……アニメの聖地だ。こんなところ呼ばわりするとは…命が惜しくないのか? 俺が怒らんでも、他の人間がヒットマンを雇ってお前を狙ってきたらどうするのだ!」
「嫌ですぅ〜〜〜」
 眼鏡の男は俺の脚に縋り付いて泣き始めた
「何をどう取材すればいいのか判らなかったんですよう! ほんの出来心なんです…何が有名なのかとか、そんなことも判らないんですよう。どうしよう…編集長にいびられるぅ〜〜〜〜」
 鼻水垂らしながら詫びる男の姿に、不覚にも涙が込み上げてきた。
 こんなところで涙はいかん。俺は涙を堪えて彼に誓った。
 そう…俺の心にも誓おう。
 おまえを立派なアニメオタクにすることを!!
 気取られぬように、俺は穏やかに話し掛ける。
「そうか……それは大変だったな。俺がジャパニメーションを伝授してやろう。これでお前も立派なアニメオタクだ!」
「はいッ!」
「よしよし。……しかし、おまえ。そのネームは本物か?」
「あ、これですか?……」
 彼の胸にあるネームには、月刊アトラス編集部と書かれている。そこは俺が出入りしている編集部だ。
「もしや、おまえは月刊アトラスの人間か?」
「はい、三下忠雄って言います。編集長とお知り合いですか?」
「知らんでもない…そうか、奇遇だな。そのよしみで俺が協力してやろう!遠慮する事はない」
「ありがとうございますぅッ!」
「さて行くか……」
 俺は感動の涙に打ち震える三下と一緒にブースを回り、アニメの素晴らしさを熱く熱く語りながら彼にグッズを奨めた。グッズ買わなきゃ、アニメオタクじゃない。
 後ろからは、コスプレイヤーたちがついてくる。
 彼らはギャルゲーやら、ネトゲやら、アニメに関係する全ての情報を逐一、三下に教え込んでいた。
 方々から声をかけられ、三下はどっちに顔を向けたらいいのか分からないのか、時々クルクルと目を回して転んでいた。
 アニメファンは親切だからな。そんな三下のことを馬鹿にする者などいなかった。
 さすが、アニメの本場の人間は懐が深い。
 俺は密やかに感動しつつ、その光景を心に刻み付けた。

 ビバ、ジャパニメーション。アミーゴ、アニオタ☆

 五時になれば、企業ブースも同人スペースも閉幕だ。
 時間が五時になったアナウンスが流れれば、あちこちで拍手と共にお疲れ様でしたと叫ぶ声が聞こえる。
 BGMは蛍の光。
 茜色に染まる夕陽の下、大量の紙袋を手に持って三下が帰ってゆく。
 俺達は何時までも何時までも、見えなくなるまで手を振った。
 これで奴も立派なアニメファンになれるに違いない。

「これで彼が良い記事かけるといいですね〜☆」
「そうだなぁ……」
 コスプレイヤーの一人の言葉に、俺は感慨深く答えた。

―― …あれ?取材したっけ?

 思い起こせば、三下がメモを取った記憶が無い。
 どうも、あれから回ったのは同人スペースだけだったような気もする。
 ま……いっか。
 俺の事じゃないし。
 良い思い出にはなるだろう。

 暮れなずむ夕陽は今日も美しかった……

 ■END■