コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


『風となって、甘味店を駆け抜けろ!!!』
 その電話は突然、鳴り響いた。
『あ、真輝さんスっか? 夏嵐っス』
「ああ、なに?」
 携帯電話を左手で持ちながら、嘉神真輝の右手の指はキーボードの上で軽やかに踊っている。彼は今、五期考査のテストを作成中なのだ。提出日は明日月曜日の全校集会前。ぎりぎりまでためこんでしまった結果だ。いつも徹夜明けでプリントアウトするたびに真輝は次こそはテスト作成期間前半で仕上げてしまおうと思うのに、結局はこうやって毎回最終日に徹夜でテストを作成している。夏休み最終日8月31日の学生と同レベルだ。その癖、休み前ではmyクラスの生徒に宿題は休みの前半で仕上げるようになどと言っているのだから、本当に・・・。
 話をもとに戻そう。
 真輝の家にかかってきた電話は橘夏嵐からのものだった。しかしなんだか様子がおかしい。またぞろ俺は何か厄介な問題に巻き込まれるのだろうか? 真輝は大きくため息を吐いた。
 それにしても・・・
『あ、あの真輝さん・・・ちょっと折り入って、た、頼みが・・・』
 ・・・様子が変だ。
 真輝はキーボードの上で踊らせていた指を止めると、その指を眉間に持っていた。頼み、その単語はよく聞く言葉で、そしてそれを聞いてろくな目に遭わなかった事は無いという真輝にとっては忌まわしき呪詛が如く不吉な単語だった。
「金なら無いぞ。女装もお断りだ。あとは・・・」
 今までのお願い=最悪な頼み事の数々が湯水のように溢れてきて、真輝は何から言えばいいのか思考が追いつかない。しかし、電話の向こうの相手は・・・
『ちょっと、ちょっと、真輝さん。何か勘違いしてません? えっと、お願いってのはその、俺と一緒に・・・』
「俺と一緒に?」
『いってくれません?』
「なにを言えばいい?」
『じゃなくってー、えっと、行ってくれませんかね、・・・を食べに・・・・』
「あぁ? 悪い、聞こえなかった。なんだって?」
『えっと、だから俺と一緒にその、あのパフェを食べに行ってくれませんか』
「あー、OK。すぐに迎えに行く」
 やらなきゃならんことはあった。それはテスト作り。そのテスト作りのにんじんは冷蔵庫の中のイチゴのタルトだったのだが、それはそれで、今からのはこれからがんばる自分へのご褒美にしようと想う真輝。テスト作りは自分へのエールとしてパフェをたーんと堪能してからでもまだ間に合うはずで、そしてその方が効率がいいとそう自分で自分に言いか聞かせながら真輝は即答して夏嵐を迎えに行った。


 ******
 正と負の葛藤。
 正は甘味が大好きで、ものすごく食べたいという想い、
 負はだけど男ひとりでは女の園のような甘味店には入りづらい。
 二つの葛藤しあう想い。
「う〜、ダメだ。やっぱり入りづらい」
 まるで熊のようにうろうろと都内でも有名で雑誌にも何度も取り上げられているパフェ専門店の前を行ったり来たりする夏嵐。はっきり言ってしまえば現時点での彼の方が怪しい。最近は物騒だ。店の従業員もウインドウの向こうで回遊魚のように行ったり来たりする夏嵐を訝しげな目で見つめているし、店内にいる女性客もウインドウの向こうでうろうろとしている怪しげな男を横目にひそひそと話している。
 しかしそんな事には気づく余裕も無く、夏嵐は思考を独占するその葛藤に苦しんでいたのだが、おもむろにぱちんと手を叩いた。ものすごく面白そうな悪戯を思いついた悪戯っ子のように。
「そうだ。あの人を呼ぼう」
 そして夏嵐は携帯電話をかける。あの人、嘉神真輝へ。
(あの人は甘い物大好きでいつも食べに行くっていうから、だからあの人に頼めば)
 案の定、彼の答えは即OKだった。
 しかも通しか知らぬ真輝の行きつけの店に連れて行ってくれるらしい。禍転じて福となす。若い女の子がたくさんいるパフェの有名店に入る勇気がなかったおかげでもっと美味しい店にいけるのだ。大万歳。
「よし」
 夏嵐は格闘ゲームのキャラクターが勝利した時にとるようなポーズを人通りの多い道でとって、歓喜の声をあげた。
 しかしこの時、彼は知らなかった。万事塞翁が馬、イイ事が必ずしも福だけに繋がっている訳ではないということを・・・。
 ・・・。


 ******
「よお」
 真輝は無意味に爽やかな笑みを浮かべて右手をあげながら近づいてくる。
 そんな彼を迎える夏嵐もとても幸せそうだ。
 周りの人間がそんな彼ら二人を微笑ましげに見るのはきっと、真輝が大学の後期考査を終えてはれて春休みとなり、地元の街に帰省してきて、遠距離恋愛の恋人と久方ぶりに出会うかわいらしい彼女に見えたからだろう。
 つまりそういう事。真輝と夏嵐は実際は男二人でこれからパフェを食べに行くのだが、周りの人間にはこれから逢瀬を楽しむ久方ぶりに出会った恋人同士に見えているわけで、それだけその二人は幸せそうな顔をしていたのだ。
 そしてそんな周りの人間の視線には気づかずにお互いを、
「しかし真輝さんも好きっスね」
「それはおまえだろう。ああ、そうそう。先に言っておくがこれから教える店は他言無用だぞ」
「了解です」
 などと突きあいながら(傍から見ればその様子は本当にいちゃつくばかップル)店に向った。


 ******
「しっかし、おまえも変なヤツだな。なんで店にひとりで行けねーんだよ。余裕だろう?」
 並んで隣を歩く真輝にそう言われた夏嵐は、にこりと無意味に爽やかな笑みを浮かべる。彼がその問いに心中で呟いた応えはこうだ、
(ああ、そりゃあ、真輝さんは女顔だからひとりでも平気で入れるでしょうよ。だけど普通の大の男はパフェなんて食べれませんって)
 そう心の中で呟いたそれを気取られぬように夏嵐はにこりと笑ったのだ。真輝はこんなにも背が低くって、女顔だけど、腕がたつ。もしもうっかりとそれを口に出そうものならしばかれて、パフェを食べる前に昇天すること間違いなしだなのだから。
「まあ、いいさ。俺がしっかりとパフェの食い方をレクチャーしてやるよ。それとパフェをひとりで食う度胸の無いおまえに、俺が甘味王嘉神真輝の生き様を見せてやる」
 人差し指を立ててそうクールにほざいた真輝に夏嵐はやはり無意味ににこりと微笑むのだった。
 ―――だから女顔のあんたはあの男がパフェを頼む時の気まずさを知らないんだって!!!
 そう想う夏嵐は自分が女顔で、真輝のように身長が低かったらどんなによかっただろうと想像する。顔がにやけたのはもしもそうならパフェ食い放題天国だ、と連想したから。
「ん!」
 と、夏嵐が足を止める。そんなにやけた顔をしていた夏嵐の目と、その何気なく向けた視線の先にいた彼の友人との目があったのだ。
「おい、どうした?」
 斜め前隣にいる真輝が振り返って質問するも、夏嵐は耳まで真っ赤にして愛想笑いを浮かべるだけ。
 夏嵐は自分でも自分がにやけた顔をしていた事を承知していたので、慌てたのだ。しかしその友人までもがそんな自分の顔を見てにやけた・・・ちょっと下世話な感じのする表情を浮かべたのはなぜだろう?
 夏嵐は自分の前に立って、無遠慮に真輝の顔を・・・そしてそこから視線を下へと下ろしていく友人の口からその理由を知る。
「へー、夏嵐にこんなかわいい彼女がいるなんて知らなかったよ。なに、これからデートかよ。かー、いいねー、恋する若者は。これはまあ、俺からのプレゼント」
 そう言ってその友人はズボンから取り出したそこらの道で配られているファッションホテルのサービスチケット入りのティッシュを夏嵐の手に握らせて、ぽんぽんと彼の肩を叩いて、去っていくのだった。自分が寸でのところで命拾いをした事も知らないで。
 その友人に隣にいるのが男だと説明する暇は無かった夏嵐は何やら背筋がぞくぞくするのも気のせいではない事を知っていた。ひょっとしたら本当に天国に行けるかもしれない。先ほどまで夢想していたパフェ天国ではなく色とりどりの綺麗な花が咲く天国に。そして横目でちらりと見た真輝のものすごくイイ笑み(まるで次の獲物を見つけた連続殺人鬼そっくりの表情)を目にして、やっぱり今のままのふつぅ〜の男の容姿の方がいいなーと心底想うのだった。


 ******
「俺から離れて歩け!!!」
 苛つく。苛つく。苛つく。
 真輝は苛つきでいっぱいになって、それでちょうど歩き煙草禁止条例が出ている区が儲けた喫煙所を見つけたので、そこへ寄っていこうと提案した。(というか歩き煙草禁止はわざわざ条例にせずともしない方が世の常識で、この条例を出した区を訴えた煙草店や喫煙者に同じ喫煙者ながらも真輝は頭痛を覚えたものだ)
「ふぅー、美味い」
 紫煙を美味しそうに吐き出す真輝。その彼の瞳が不思議そうに細められたのは、隣の夏嵐を見たときだ。
「なに、おまえ、吸わないの?」
「え、あ、いや、俺は・・・・家族の前以外ではあまり吸わないんです」
 きょとんとする真輝。そしてぷぅっと噴き出した。右手で煙草を持って、左手を腹に添えてくっくっくと笑声を漏らす。
 つまりこいつが煙草を吸う理由ってのは家族への反抗の証って事で、21歳の男がやってる事が毎日自分が学校で相手をしている生徒どもとなんら変わらない。ほんとうに・・・
「ガキ」
 約20センチ上にある顔に紫煙を吹きかけながら言ってやる。にんまりと笑って。
 夏嵐は、顔をしかめて、
「ひでぇー」
 と、抗議の声をあげるのだが、真輝はその後、店までへの道をずっとそれをネタにして、夏嵐をいじめるのだった。ささやかな報復として。


 ******
 喫煙所からその店までの道は地獄だった。囀る口は誰かと似ている。
 ぐったりとした夏嵐はようやく到着した事にほっとした(だいたい喫煙所からここまでは7分弱だったのだが、感覚的には3年ぐらいに感じた)。
 しかし彼は唖然とする。
 その店はなんともかわいらしい外装で、店のイメージカラーもピンクなのだ。
 店の周りを見回してみれば、有名な中高一貫教育の女子高があるし、それに女子大と短大もある。明らかにそれらの学校の女子生徒受けを念頭に置いた店の雰囲気だ。
 夏嵐はちょっと気圧される。
 だけど前にいる真輝はひるむ事無く、
「ほら、入るぞ」
 と、入っていってしまった。
「本当に兵だな、真輝さん」
 夏嵐は頭を掻きながら、真輝に続いた。
 そしてこれから伝説が生まれる。


【ラスト】
「いつもの♪」
 笑顔で言う真輝。
 夏嵐は唖然とする。
 いつもの♪ それで店員はにこりと笑って頷いて、
「いつものでいいんですね。ほんとにいつもありがとうございます。そうそう、前に嘉神さんが提案してくださったメニューを試しに置いてみたら、すごい盛況で、レギュラーメニューになったんですよ♪」
「あははは。あたりまえよ。俺は甘味王だからな」
「また、お願いしますね。あと、店長が嘉神さんに試食して欲しいパフェがあるって」
「うむ。持ってきたまえ」
 などといかにも常連らしい会話。
 そしてウェイトレスは夏嵐を見て、にこりと微笑んで、
「お連れ様はどうしますか?」
「あ、えっと、真輝さんと一緒で」
 と、しかしそこで彼女の顔が固まる。そしてすごく真面目な顔で、
「えっと、その、本当にチャレンジするんですか?」
 と、訊いてくる。まるでカレー専門店で、激辛カレーを注文した時のように。
 チャレンジ?
 目が点の夏嵐を他所に、真輝は勝手に、
「ああ、いい。食べれなかったら俺が食べるから持ってきて」
「あ、はい。わかりました」
 そしてウェイトレスはカウンターの方に行って、数分後に二人が座る席に持ってこられるのはパフェの山で、だけどその店の店員も客ももう真輝のそんな光景には慣れっこのようで、それでそのパフェの山は黙々とそれを食べる男二人に片されていくのだった。
 ・・・。

 
 そしてその日の夜、悲鳴をあげながら時間と競争しながらキーボードを打つ真輝と、
 都内の甘味店連合より甘味王の称号を頂く嘉神真輝のペースで甘味店をはしごして食べまくるという無謀な行為をした夏嵐は、それぞれ最悪な夜を過ごしていた。

「うわぁー、明日までにテスト問題作成が間に合わん。あんなにも余裕ぶっこいて店をはしごするんじゃなかった」

「うぇ。気持ち悪い。バニラアイスの匂いに酔ったのがまだ治らん。もう、当分、俺、甘い物は・・・いい・・・・」


 甘味店連合に新たな伝説を残した男二人の夜は昼間の甘味パラダイスとは似ても似つかぬそれぞれの地獄だった。腹八分目と万事塞翁が馬、が今日の二人の教訓だろうか?
 ・・・。
「時間よ、止まれぇ〜〜」
「気持ち悪い・・・」

 ― 合掌 ―

 こんにちは、嘉神真輝さま。
 はじめまして、橘夏嵐さま。
 今回担当させていただいたライターの草摩一護です。


 まきちゃんはいつも書かせて頂いているんですが、夏嵐さんははじめてだったので少々緊張いたしました。
 夏嵐さんの雰囲気は今回のノベルの内容柄こんな感じになりましたが、PLさまのイメージに添えていましたら嬉しい限りです。


 そしてまきちゃんは前回、珍しくとても最初から最後までいい目に遭えていた分、今回はやっぱり合掌という言葉がよく似合うラストを迎えてしまってようです。
 でもノベルの中の時間軸で言えば、この辛い事があったから、だから卒業式にあんなイイ事があったのでしょうか?
 まあ、どちらでも可ですね。^^


 しかし実際にまきちゃんならば行きつけの店では常連者ならではの伝説を持ち、尚且つ自由に厨房に入って自分の好きなように商品をアレンジしたり、新しいメニューを完成させていたりしそうですよね。なんといっても家庭科の教師ですし。


 ですが夏嵐さん、甘い物の食べすぎで胸焼けなんか起こしてしまっていますが、いったいどれだけの店を連れまわされて、どれだけのモノを食べたのでしょう?
 気になるところです。(笑い


 それでは今日はこの辺で失礼させていただきますね。
 本当にありがとうございました。
 失礼します。