コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


雪が降った後で

【0】あらすじ
 雪女の子供である次郎少年より依頼を受けた草間興信所の面々は、彼の兄の魂が転生した人物である氷室太一の護衛に向かう。自分を狙っていた連中が、彼の弱点である【兄】に目を付けたというのだ。そこで彼らは、太一少年の周辺で起こる怪事件を知る。そして、彼をつけ狙う闇の眷属達の存在も。
 辛うじて退けるものの、『秘密裡に』という次郎の願いも虚しく、太一にその存在がばれてしまった。
 だが、彼の反応では、以前から奇妙に感じていたようだ。詰め寄る彼を仕方なく気絶させて、興信所へと連れ帰る。
 その時、一本の電話が鳴った。
 受話器を受け取る草間。
 直後――草間の身体に異変が起こる。石のように固まってしまったのだ。まるで呪詛でも受けたかのように。
 いったい草間の身に何が起きてしまったのか。太一少年をつけ狙う輩の正体とは?

 次郎からの連絡は、まだ、ない――――


【1】呪いの行方
 崩れ落ちるように床へ倒れる草間の体。
「武彦さん!?」
 慌てて駆け寄ったシュライン・エマは、急ぎ抱き起こそうとして思わず硬直した。触れた彼の体から、一切の熱が感じられなかったからだ。
 動転して、一瞬目の前が真っ暗になる。
 ――彼が、死んだ‥‥?
「シュラインさん、しっかりして下さい!」
 背後から呼ばれた声に、ハッと我に返る。肩を揺さぶる綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)が心配そうに彼女の顔を覗き込んでいた。
 なんとか気を落ち着かせようと軽く深呼吸をし、もう一度草間の体を確認する。
「‥‥呼吸、鼓動を確認‥‥大丈夫、よね」
 体温云々はこの際気にしないことに。
 その鼓動と呼吸音をシュラインは耳を側立てて確認した。その耳に、微かながらの音を感じ、ようやく少しだけ安堵する。
「『約束の呪い』の影響でしょうか? ほら、依頼も約束の一つですよね。草間さんがこうなったのは、太一君に少なからずバレてしまったからでは‥‥?」
 汐耶が、隣のソファに視線を向ける。そこには気を失ったままの少年――氷室・太一(ひむろ・たいち)が横たわっていた。
 が、彼女の言葉にシュラインは静かに首を横に振る。
「いいえ。多分そうじゃないと、思うわ。依頼の秘密裡に、というのは希望程度のことで明確な約束ではなかったもの。武彦さんもさっきその事を気にしてたけど、もしそうなら氷室くんにバレた時点で、呪いが発動しているわ」
 言葉に出す事で、彼女は必死に自分にも言い聞かせていた。
 確かに不安は残る。
 だが、今までの経緯からみても、呪いの発動とは到底思えなかった。仮に呪いの連鎖だとしても、今かかってきた電話は‥‥なに?
 床に転がっていた受話器をそっと手に取り、耳に当ててみる。まるでラジオのノイズの様な音がずっと続いているばかり。
 あまり長く聞くことなく、シュラインはすぐに受話器を外した。
 特に場所を特定する音が聞こえていたわけでもなく、電話に逆探知の機能が付いているわけでもない。このまま聞いていて、仮に草間と同じ目にあってしまえば、いったい誰か彼を助けるというのか。
 軽く溜息を吐いて、受話器を元に戻そうとした、その時。
「待って下さい。私、なんとか電話の相手を探ってみます」
 言い出したのは、彼の妹である零だった。
 ハッと顔を向ければ、普段の彼女と違い、いつになく真剣な顔をしている。そこには有無を言わせぬ何かがあった。
 彼女の正体を、シュラインは知っている。いや、シュラインだけでなく、汐耶も同じだ。彼女らだけじゃない、この事務所に訪れる者達にとって、草間の妹である彼女の正体は周知の事実だ。
 大日本帝国軍が残した最強の心霊兵器。それが彼女だ。
 彼女の能力を使えば、あるいは手掛かりを掴めるかもしれない。
 その一縷の望みを託すように、シュラインは受話器を零へと手渡した。
「‥‥お願い、零ちゃん」
 震える呟きに、どれだけの感情が込められていただろうか。
 それが解るからこそ、零もまた真摯に頷いた。
「はい、任せてください」
「それなら私は、こちらを見てみるわ」
「え?」
 驚くシュラインの眼差しに、汐耶は軽く苦笑を返す。そのまま手を草間の体に伸ばし、胸の辺りに置いた。
 ――依頼内容、これからはもう少し確認した方がいいわよ。
 伊達である眼鏡をゆっくりと外し、もう一度草間を見る。
 体温は一切なく、むしろ冷たい。呼吸も鼓動は酷く小さくなっているが、僅かにだが確かに動いている。
 例えているなら――そう、まるで冬眠しているみたいに。
「これなら、大丈夫かしら?」
 その身を『冬眠』の中に『封じられている』と、汐耶は解釈する。
 ある意味強引だと解っているが、それでもやるしかないだろう。このままでは間違いなく草間は死んでしまうのだから。
「少し‥‥離れていて下さい」
 汐耶の言葉に、シュラインが一歩後退る。固唾を呑んで見守る彼女の視線を背中に感じ、「責任重大ね」と心中で呟く。
 意識を、腕に集中する。草間を『封じている』存在に自分の意識を上乗せる。
 そして、心構えを決める。
 無理矢理に能力を行使するのだ。その反動がどうなるのか予測も付かない。それでも彼女は、このまま彼を見捨てる事を選ばなかった。
「いきます」
 僅かに、汐耶の周辺が発光する。
 震える大気が草間に封じられた存在と共振し、汐耶の意識と同期した。

 ――開封!

 刹那。
 光の輪が草間の体を包み込んだ――――。


【2】その、力の所以ゆえに
 その寝顔を眺めながら、シュラインは静かに息をついた。
 そっと触れた彼の手から感じる温もり。少しひねたような口元から聞こえる呼吸音。どれをとっても平常時と変わりない。
 当の本人は、ただすやすやと眠っている。
「‥‥よかった」
 ホッと安堵の声を漏らすシュライン。そして、その眠りを妨げぬよう、静かに彼女は寝室を出た。

 カタン、という扉の音に汐耶は目を開けた。急いで体を起こそうとする彼女を、シュラインは軽く押し留めた。
「無理をしないで。まだ横になってるといいわ」
「でも」
「力の反動なんでしょ。だったら無理しちゃダメよ」
「‥‥わかりました」
 渋々といった感じで了承する汐耶。実際、強引な開封をしたおかげで、体力がかなり消耗しているのは否めない。もう少し休みたいのは確かだった。
 ソファに体を横たえ、汐耶は額に置いていたタオルを当て直した。
「なんにしても草間さんの方はこれでなんとかなったわね。後は――」
 言いかけて、慌てて口を閉ざす。
 シュラインが視線を向けた先、そこには目を覚ました太一少年がじっとこちらの様子をうかがっていた。
 彼には、ある程度のあらましは説明していた。最近起きていた幾つかの怪奇事件。それらの調査を依頼された為に彼の周囲に出向いていた事。
 そして。
「君がその事件の幾つかに関わっていたことは初耳だったわ。もし、君に何か心当たりがあるのなら、情報が少しでも欲しいのだけど‥‥」
「それは‥‥」
 シュラインの問い掛けに、太一は幾分口ごもった。どうやらうまくはぐらかされた事に気付いていないようだ。この辺は、やはり年の功といったところか‥‥あ、いえ失礼。
「残念だけど、依頼人について明かすわけにはいかないの。こんな貧乏事務所でも、仕事上秘密厳守なのよ」
 ご免ね、と笑みを向ける彼女に、彼は何故か真っ赤になった。
 その様子を後ろから見ていた汐耶は、思わず苦笑する。初な高校生にとって、シュラインの持つ色気はそれこそ目の毒だろう。
「それで、どうかしら? 君の方の事情、少しは話してもらえないかな?」
 もう一度、笑顔で念を押すと、少年は渋々ながらも口を開いた。
「俺、つい最近まで事故で入院してたんです。で、一ヶ月ほど前にようやく退院出来たんだけど‥‥」
 徴候は、その直後から起こったらしい。
 窓ガラスが割れたり、電柱が倒れたり。最初は周囲に起きる出来事とばかりに傍観していたのだが、そのうち自分の身にその災害が降り掛かってきた。
「変な影が、見えるようになったんです。他の人達には見えない、俺だけにしか見えない影が。そいつがおかしな出来事を起こしてるって気が付いて‥‥」
 その現象はますますエスカレートしていき、ついには一緒にいた友人にも被害が起きた。
「俺、怖くなって‥‥それっきり友達とも会わずに、ずっと一人で‥‥」
 言葉が続くにつれて、少年の声が徐々に小さくなっていく。今更ながらにその時の出来事を思い出しているのだろう。
 確かにそんな出来事に立て続けに遭えば、最初に出会った時に慌てて逃げる筈だ。
 彼の気持ちを慰めようと、シュラインがそっと手を伸ばしかける。
 その時、太一は言った。
「それに俺、思い出したんです」
「え?」
「思い出したって何を?」
「あの影‥‥俺が遭難した時にも、おんなじような影を見た気がしたんだ」
 その言葉に、シュラインと汐耶は互いに顔を見合わせた。
「それって確か富士山の登山、の時の‥‥」
「あ、はい。そうです。あの時、何故か道に迷ってしまったんですが‥‥その時に同じような影が‥‥」
 彼の言葉に、二人はハッと零の方を振り向いた。
 その視線を受けて、零もまたこくりと頷いた。
 受話器から彼女が行った逆探知。多少困難をしたものの、なんとかその発信先を零が突き止めることが出来た。さすがは心霊兵器といったところなのだが。
 問題は、その発信元だ。最初、彼女から聞いた時はまさかとも思っていたのだが、太一の話を聞いてそれは確信に変わった。
「それなら‥‥間違いなさそうね」
「そうね。もしかしたら‥‥そこに何かあるのでしょうね」
 シュラインと汐耶は、互いの言葉で確認し合うと、スッと立ち上がった。そうと決まれば、いつまでもここに留まってはいられない。
 それに次郎からの連絡がないのも気にかかる。
 ――次郎くん、ひょっとして囚われてるって事はないわよね‥‥?
 胸中の心配事に、シュラインの顔色が変わる。仮に敵が存在するとして、兄である太一から引き離す為、母親の名をエサに呼び出されたという事はないだろうか。
 汐耶もまた同様のことを思案していた。
 太一を狙う為、その邪魔をする次郎をどうやってか引き離し、その隙に‥‥という事は十分考えられる。
 ――綺麗なものに邪気あるものは惹かれると言いますけど‥‥。
 理由としては弱い気もする。
「とにかく急ぎましょうか」
「ええ」
 彼女たちが、急ぎ出かけようとした、その時。
「――待って下さい! あの‥‥」
 呼び止めたのは、太一少年。
 見つめる眼差しは、いつになく真剣なもので、二人は少しだけ嫌な予感がした。


【3】氷魂石
 そこへ辿り着いた時、汐耶は奇妙な感覚を覚えた。
 眼前に広がる裾野は、どこまでも続く富士の樹海。その周囲に沿う道なりに、幾つかの家が点在している。
 その一つ。
 明かりもなく、人気もないだろうと思われる一軒家に、何故か彼女は引っかかりを覚えたのだ。
「どうしたの?」
 立ち止まった彼女に、シュラインが振り返る。
 そして。
「あの‥‥俺が遭難したのはもう少し先なんですが」
 声をかけたのは、太一少年。
 あの後、結局彼が言い出したのは、自分も連れて行って欲しいということだった。勿論、最初は二人とも反対した。そもそも危険から遠ざける為に自分達に護ってくれるよう依頼されたのに、わざわざその危険な場所へ連れて行くなど認めるわけにはいかない。
 だが、彼の意志は固く、二人の説得にも応じなかった。結局、その思いの強さに負けてここまで同行させていた。
「汐耶さん?」
「‥‥あ、いえ。ここの家、誰もいそうにないのに、何故か結界が張ってあるんです」
「結界?」
 シュラインの目からは、特に何も見えない。
 が、汐耶の目には、確かにそこに結界があるのが見えた。こんななんの変哲もない廃屋に何故‥‥そんな疑問が浮かんではすぐに消えた。
 自分達が怪しいと睨んで来た場所で、奇妙な結界の廃屋。
 なにかがある、と考える方が自然だ。
「解いてみるわ」
 警戒しつつ、汐耶はそっと手を伸ばした。
 一瞬、電気が走った衝撃が掌に伝う。ここが結界の境目。
 ここね、そう考えた次の瞬間。
 パシンッという音が静寂の中に響いた。結界が解けたのだ。
「え?」
 それは、特殊な力の持たないシュラインにも聞こえた――女達の助けを求める声。思うより先に彼女は走った。汐耶もまた彼女の後を追う。
 その後ろ姿を、目を白黒させながら太一は茫然と見送った。
 遠慮なくドアを開ける。
 そして――二人は驚愕に目を見開いた。
 数人の女性が床に横たわっている。傍目に見ても酷く衰弱していた。
 白く透き通った肌。色素の抜けた髪。虚ろに開いた瞳は、人外を象徴するような血のような赤。
 そんな女性を、シュラインはよく知っていた。
「まさか‥‥雪女?」
「え? 彼女たちが雪女なの? でも、これってどう見ても監禁‥‥」
 言いかけて、汐耶はハッと隣を見た。そこにはいつの間にか太一が立っている。
 が、さっきまで違う雰囲気に思わず息を呑む。
 夜の闇の中。
 彼の目はうっすらと光ったような気がした――赤く。
 そして。

『‥‥力を求める愚か者が‥‥』

 呟きが、妙に印象に残った。


 ――息も絶え絶えに少年は身を隠す。
 こちらから攻撃が出来ないという事がこれほど苦しいとは、さすがに思いも寄らなかった。すでに向こうの力は見切っている。本気を出せばすぐにでも片が付くだろう。
 だが、その為には人質の行方を掴まなければならない。向こうの張った結界の気配は探れなかった。おそらく力を最小限に押さえているのからだろう。
 ――どうすれば‥‥。
 悔しさに、軽く唇を噛む。
「どうだ、そろそろ諦めたらどうだ? 所詮、お前も俺らの力の糧となる運命なんだよ」
 嫌らしく男が笑う。
 チャラリ、と音のする掌の中。透き通った石を一つ放り投げた。
 途端、強烈な吹雪が周囲を襲った。咄嗟によけたものの、右足に衝撃を受けてしまう。凍りはしなかったものの、ダメージは残ってしまった。
「くっ‥‥」
「お前を始末した後で、じっくり兄の魂を頂くぜ」
 そしてもう一度、男が石を放り投げた。
 その戒めが解け、吹雪が巻き起ころうとした直前。
 それは再び石の状態へと戻ってしまった。これに驚いたのは男の方だ。
「なにっ!?」
「その力、封印させてもらったわ」
 突如響いた声に、二人はハッと声の方を見た。
 闇の中、立つ影は三人。シュライン、汐耶、そして――。
「人質は全員解放したわ。次郎くん、もう遠慮しなくていいわよ」
 高らかと告げたシュラインの声に、少年――次郎の瞳が一瞬で赤く変わる。その身に纏う気が一瞬で冷たくなった。
 その気迫に圧倒されるように男が後退る。
「くっ、だが俺にはこの氷魂石が‥‥っ?!」
 言いかけ、その掌に何もないことに気付いた。慌てて辺りを探すが、何処にも落ちていない。
 その時、チャラっと石の重なる音が人影の方から聞こえた。
『‥‥我が娘ら、返してもらおうぞ』
 声は、少年――太一から聞こえた。普段と違う、低く厳めしい声。それだけで、男にはそれが誰であるのか解ったようだ。
 ヒッと怯えた声を上げ、慌てて逃げようとする。
 その行く手は、次郎によって遮られた。
『力求めし愚か者よ‥‥その身をもって、償うがよい』
「――――じゃあな」
 小さな手が、男の額に触れる。
 次の瞬間、男の体はみるみるうちに白くなっていき、やがて小さな音を立ててそれは粉々に砕けていった。

 そして、静寂が訪れる――。


【4】雪、解けて
 おそるおそる、シュラインは太一の肩を叩く。
「‥‥太一くん?」
「はい?」
 が、既に彼はいつもの様子に戻っていた。ぼんやりしているところを見ると、今起こった事も覚えていないのだろう。普通の人間なら、さっきの次郎の力を見れば、少なからず驚くだろうから。
 以前、彼の力を垣間見たシュラインはさほど驚かなかったが、汐耶は目を見開いて次郎を見ていた。
「と、とにかく‥‥これで事件も解決ね」
 少しどもった口調で応える彼女。次郎の顔が少しだけ苦笑に歪む。そのままゆっくりと歩いてくると、彼は太一の前で足を止めた。
 そして、スッと腕を差し出す。
「その石、こっちに渡して貰えるかな」
「え、ああ。うん。‥‥はい」
 どこかぶっきらぼうに告げる次郎に、太一が慌てて石を手渡す。
 どこかギクシャクしたやり取りを、シュラインは心配げに見守った。
 その石は氷魂石と呼ばれ、雪女の魂が結晶になったものらしい。ある意味雪女の力の源であるそれを、あの男は狙っていたという事だ。そして、太一の中に眠る結晶こそが、雪女の――いや氷の眷属全ての長の器を秘めたものだったらしい。だからこそ彼は狙われていたというわけだ。
 その情報を思い返し、シュラインと汐耶は軽い溜息をついた。
 今のは、全てさきほどまで存在した『太一じゃない太一』から聞いた事だった。彼は、自らを『長』と名乗った――。

「じゃあ俺、もう行くから」
 ハッと顔を上げれば、立ち去ろうとする次郎の背が見える。慌てて声をかけようとしたが、果たしてなんと声をかけていいのか解らず、シュラインは一瞬躊躇する。
 その時、汐耶は太一の方を見て驚いた。
「太一君?」
「‥‥え?」
 ハッとなる彼は、その頬を流れる液体にようやく気付いたようだ。
「あ、あれ? なんで‥‥俺、泣いてるんだろう‥‥おかしいな」
 慌てて拭う彼だったが、どうやら次々と溢れているみたいで、何度拭いても収まりようがない。
 それを見たシュラインが、今度こそ思い切って声をかけた。
「次郎くん、このままでいいの? このままで本当に‥‥」
 その背がびくんと震える。グッとなんかを堪えているように肩が揺れるのを、彼女たちは見逃さない。
 だが、更になんと声をかければいいのか。
 逡巡する二人より先に、声を発したのは太一の方だった。
「‥‥次郎? 俺は‥‥君を知ってる‥‥?」
「‥‥‥‥ぃ、ちゃん‥‥」
 微かな呟き。
 それを確かめるより早く、太一が次郎を背後から抱き締めた。
「‥‥なんだか解らないことだらけだけど‥‥行くなよ。君と離れるのが‥‥辛いよ」
「‥‥っ!」
 嗚咽を堪えたへの字口で次郎が振り向く。そのまま、彼はギュッと太一の方に抱きついた。


 そっと、二人はその場を立ち去る。
「‥‥これでよかったのよね」
「ええ。これから二人が幸せになってくれたら良いですね」
「そうね。全ては‥‥」
 全ては、これからだ。
 ようやく巡り会えた二人の兄弟。一緒に幸せになる権利はあるはずだ。
 だからその道を、二人で探していけばいい。ほんの少しの手伝いなら、自分達でも出来る筈だから。
 二人の幸せを願いながら、シュラインと汐耶はそれぞれの帰路へと着いた。


【終】


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

0086/シュライン・エマ/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
1449/綾和泉・汐耶/女/23/都立図書館司書

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

こんにちは、葉月です。
お待たせいたしました、雪女シリーズ『雪が降った後で』をお送りします。
この度は前編に引き続き、後編にもご参加下さってありがとうございました。今回、幾つかの謎は解明されましたが、如何だったでしょうか。
既に季節は春になってしまいましたが、まあ、まだ富士あたりは雪が残っていると想定しつつの結果を考慮したつもりですが‥‥(とはいえ、今回舞台はちょっと明確ではありませんが(汗))。
感想等ありましたら、テラコン等よりお送り下さい。今後の参考にさせていただきますので。

それではまた、別の機会にお会い出来ることを願って。