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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Laborious Labyrinth LV1

【オープニング】

「えーっと。初めまして、かな? このオンラインゲームのナレーターを務めさせて頂きます、羽山柚菜 (はやまゆな)といいます。まずは、システムを把握して下さいね!」

 オンラインゲームのモニターとして、少なくとも半分以上は強制的に連行され、訳のわからない機械を頭に取り付けられて、かなり怖々とゲーム世界に入った彼らは、いきなり目の前に広がったリアルな光景に、呆然と、しばし魅入った。

 そこは、薄暗い迷宮。
 硬い石床の感触。冷たい岩礫が幾重にも重なった、そそり立つような、人工の壁。天井は途方もなく高く、完全に暗闇に紛れて、一生懸命目を凝らしても、何も見えない。
 耳を澄ますと、ほんの微かに、川の流れる音がする。水の匂いが、漂う。
 迷宮の全てが、人の手によるものではないらしい。自然の洞穴を利用しているのだ。

 それにしても……広い。

「はーい。珍しいのはわかるけど、ちゃんと説明を聞いて下さいね! システムがわからないと、スライムにも負けちゃうよ? それって、ちょっと恥ずかしいでしょ?」
 確かに。
 ゲーム開始後、五分でスライムに負けたとあっては、かなり立つ瀬がない。四人は、神妙な顔をして、ナレーター役の少女の言葉に、耳を傾けた。
「まず、皆さんの目標は、このダンジョンの突破です! どこかにある出口を探してね! そして、ここで、注意事項が一つ。この迷宮内では、一切の特殊能力が使えません! 現実世界でどれだけ強くても、この世界では反映されません。気を付けて下さいね!」
 柚菜が、自分の左腕を高く掲げた。見て見て、と言うように、手首を仰ぐ。その時になって、四人は、自分の腕に見覚えのない腕時計がされていることに、初めて気付いた。
「これは?」
「このゲームの命です! コマンドを呼び出すアイテムね! 時計に似ているけど、時計じゃないの。装備とか、手に入れた道具の保管とか、これでコマンドを呼び出して行ってもらいます。とりあえず、装備からかな?」
 時計型のアイテムをいじると、ぴっ、と音がして、何もない空間に、青色の画面が広がった。
「これが、コマンド選択画面。道具を選択してみてね」
 中を確かめると、道具には、傷薬一つと、武器が三つ用意されている。
 ロングソード(攻撃12・重量7)
 ダガー(攻撃5・重量2)
 ショートボウ(攻撃8・重量5・遠距離攻撃)
「好きな物を装備できるよ。でも、途中で持ち替えは出来ないから、選択は慎重にね…………そして、いよいよ!」
 柚菜が手を振ると、コマンドが消えた。代わりに、赤い画面が現れる。柚菜が、その赤い画面に、何か素早く指示を出した。きらきらと輝く十個の宝石が、プレイヤーたちの前に、浮かび上がった。
「召喚石です。このゲームのプレイヤーさんには、初期状態では、特殊能力がありません。その代わり、この召喚石が与えられます。召喚石から、様々な能力を持った魔法族を呼び出せます。そして、一度呼び出した魔法族が使用した魔法は、プレイヤーさんも、次回から使用可能となるのです!」
 四人が、十個の召喚石に、手を伸ばす。柚菜が呼び止めた。
「えーっと。大変申し訳ないのですが、実は、召喚石には、ハズレもあります。全く、なーんにも能力のない魔法族もいるわけでして……それを引いてしまったら、諦めて下さいね!」
 おい。
 思わず、四人が、その姿勢のまま、固まる。つまり、ハズレを引いてしまったら、ピンチを切り抜けるどころか、足手まといが一人増えるという訳か。
「さぁ、選んで下さいね! 召喚石の選択が終了次第、ゲーム開始です!」
 武器の選択。
 召喚石の選択。
 プレイヤーたちが、自らの命運をかけるべき相棒を、選び始める。かなり不安を感じながら。
「選択、終了、かな?」
「終了!」
 全員が、答えた。柚菜が、ぱん、と、元気よく手を打った。
「りょーかい! それでは!!」



 GAME START!





【後攻】

「大変な所に来てしまいました……」
 ほとんど泣きそうな表情で、柏木アトリが、辺りを見回す。
 無機質に積み上げられた石垣の壁を仰ぎ、その高い所に飛び交うコウモリの姿を認めると、アトリは、ますます、可愛らしい顔をくしゃりと歪め、もう嫌ですと、早くもリタイアの声を上げるのだった。
「最近のゲームは、本当に、凝っているわねぇ……」
 ほとほと感心したような、イヴの声。感心しているだけで、怖がっている気配はない。
 元々、彼女は、更に非現実的な世界からの移住者だ。そこでは、度胸のない者は、死ぬか閉じこもるしかない。王族の彼女に、そのどちらの選択も許されるはずがないのだから、必然的に、心身は鍛えられていったのだろう。
「まぁ、暇つぶしにはなるんじゃないか?」
 藤宮蓮が、ひょいと長剣を肩に担ぐ。持ち慣れていないはずのそれが、自分の腕の一部分のように馴染むのだから、不思議だった。
「とりあえず、進みましょうか。四人もいるし、きっと、何とかなりますよ」
 最年長の、場違いなほどのんびりとした槻島綾に促され、彼らは、ゆっくりと歩き始めたのだった。



 男二人は前衛型で、女二人が、後衛型。一行は、適当に振り分けられたにしては、バランスの良い編成になっていた。
 後列の女二人は、一応、ダガーを装備してはいるが、前に出て戦うつもりは全くない。出たとしても、男二人が止めるだろう。悲しいほどに腕力値が低いのだ。その分、魔力が高いのだから、その高い魔力を、存分に活用した方が良いに決まっている。
「え……っ?」
 突然、アトリが立ち止まり、小さく悲鳴を上げた。
 驚いた皆が振り返る。アトリが所持していた無の召喚石が、何もしていないにもかかわらず、砕け散ったところだった。
「な、何だ?」
 呆然とする蓮の隣で、はっと何かに気付いたらしい槻島が、急いで自分の懐を探る。彼の召喚石も、二つに減っていた。無の石が、何処にもない。
「俺も無くなっている……」
 蓮の石も、消えていた。
「そうか。わかりました。先にダンジョンに入った四人の誰かが、無の石を使ったのですよ。この召喚石は、誰かが使った時点で、消えて無くなってしまうものなのです」
 槻島の説明に、全員が、背筋に冷たいものが流れ落ちるのを、感じた。
 つまりは、早い者勝ち、というわけか。だが、それなら、先に入った四人が有利に決まっている。時間が経てば経つほど、ダンジョンの奥に進んで行くわけになるのだから、戦いは嫌でも激化してゆくだろう。使い勝手の良い石から、容赦なく、消えて無くなることになる……。
「急いだ方が、良さそうですね」
 何となく、走り出した。
 石は…………まだ、一つしか、消えていない。





【廃墟の町】

 石畳の床を越えて走り続けると、辺りの様子は一変した。
 槻島の身長を超える、高い外壁。その向こうに、明らかに、町並みが見える。そびえ立つ尖塔は……教会? 十字を掲げているはずの部分が、無惨に折れ曲がっていた。光の届かぬ暗闇に沈んでいるので、何だか、町全体が、訪問者を拒んでいるようにも見えた。
「道案内とか、頼めないかしら」
 イヴが、建設的な意見を口にする。確かに、地下の住人なら、知っていることは多いだろう。
 迷宮は広すぎて、何か目標がなければ、永遠に彷徨う羽目にも陥りかねない。
「でも、これ、開きそうにないですよ?」
 アトリが、重い鉄の外壁門を押してみる。扉は、びくともしなかった。青いコマンド画面が、無駄無駄、とでも言うように、音もなく開いた。

『黒き町の外壁門 人数2人まで腕力値25以上で開放』

 槻島と蓮が、頷き合う。
「せーのっ!」
 ずずず、と、扉が、わずかに動いた。ひどく重いが、何とか、人間一人が通り抜けできる程度の隙間は作ることが出来た。
 気になるのは、少し門を動かしただけなのに、もうもうと埃が立ったことだ。随分と長いこと、門が使われていた形跡は、なかった。
「ここ、人、住んでいるのでしょうか……」
 恐る恐る、歩く。
 町は、明らかに、廃墟だった。土塊に混じって、所々、何か白っぽい物が散っている。骨、と理解するのに、そう時間はかからなかった。理解したらしたで、見なければ良かったと、悲痛な気持ちになってくる。
「何か、ものすごく嫌な予感がするのですが」
 と、槻島。
「ゲームでは、こういう場所には、必ず出てくる魔物がいるのよね……」
 と、イヴも同意する。
「嫌な予感って、何ですか」
 アトリは、とりあえず蓮の背中に隠れている。
「登場……しちまったようだぜ」
 蓮が、長剣を素早く構え直した。

『スケルトン5体が出現!』

 かたかた、と、骨の擦れる音がした。あんな頼りない体をしているのに、見るからに重そうな剣を構え、鎧盾をフル装備の状態で向かってくるのだから、大したものだ。こんな状況にもかかわらず、蓮は、随分と呑気なことを考えていた。
「つっ……」
 魔物は、予想以上に素早かった。危うく片腕を切り落とされそうになり、槻島の背に、ひやりと冷たいものが流れ落ちる。
「剣の使い方なんて、知らないのですが……」
 言い訳が通じるはずもなく、唸りを上げて、鈍色の刃が襲いかかってくる。槻島の腕が、勝手に動いた。受け止めて、なぎ払う。骸骨の魔物の腰骨が、砕けた。
 ここが弱点らしい。残った無事な部分が、いきなり、ざあっと音を立てて風化した。
「なるほど……」
「感心してねぇで、手伝えよ! おまえ!!」
 蓮に怒鳴りつけられて、はっとする。
 蓮は、同時に三体の魔物を相手にしていた。アトリを背に庇うような形で戦っているので、本来の素早さが生かしきれていない。イヴが、アトリの腕をぐいと引っ張った。二人で逃げまくることにしたのだ。正しい選択である。
「わたしたちは、足手まといよ。前に出ない方が良いわ」

 何か、冷たいものが、ふわりと、頬に触れた。
 
 濡れた布を押しつけられたような、気味の悪い感触。二人の女が、驚いて見上げる。彼女らの身長よりも高い場所に、黒い影が、ふわふわと浮いていた。
 長いローブを纏ったような、その姿。周囲の闇よりも、なお暗い。顔はあるが、口も鼻もなかった。目に当たる部分に、落ち窪んだような痕があり、奈落の深淵が覗いていた。そして、向こう側の景色が、透けている……。

『リッチが出現! 奇襲! リッチの攻撃!』
『死者の手:魔法封じ』
『アトリは魔法を封じられた イヴは魔法を封じられた』

 嘘、と言おうとした口元が、強張る。
 声が出ない。
 悲鳴すら、音にならなかった。蓮が、渾身の力で長剣を払う。鉄の刃は、ゆるゆると実体の無い死霊を通り抜けた。
「…………きかない!?」

『蓮の攻撃 リッチの特性:物理攻撃不可 リッチにダメージ0』

「物理攻撃不可だって!?」
 では、魔法で対処しろ、ということなのか? だが、肝心の魔法型二人は、行動を封じられてしまっている。
 死霊が、にたりと、笑ったような気がした。口も鼻もないのに、その気配が、明らかに伝わってきた。

『リッチの攻撃 闇の招き手 リッチの眷属レイスが2体出現!』

 死霊の顔の、黒く穿ったような二つの穴から、何かが、のそりと這いだしてくる。初めはただの煙に見えたが、徐々に、明らかに、確かな形を取り始めた。
 裾の破れた粗末な服から、枯れた二本の腕が突き出す。骨張った手を、誘うように動かすと、巨大な大鎌が、どこからともなく現れた。
 衣が大きく翻っても、死霊のその下の実体を見ることは、出来なかった。姿はやはり朧に霞み、濃密な邪悪の気配を滲ませながらも、影は、その存在の全てが、ひどく薄く頼りなげだった。
「うわっ……!」
 大鎌が、蓮の衣服を切り裂く。紙一重で避けたつもりだったが、皮膚に、紅い一筋が、流れた。すかさず蓮が反撃したが、またも、剣は、幽体をするりと抜けてしまう。
「魔法でないと、やはり駄目なようですね……」
 綾の元に残っているのは、「霊」と「破魔」。蓮が、「破魔」の石を持っているのは、先程確認した。それなら、自分は、霊の召喚石を使ってみよう。綾が、ちらりと、蓮を見る。
 視界の端で確認して、蓮が頷いた。破魔の召喚石を取り出す。

『綾の攻撃 霊の召喚石使用』
『蓮の攻撃 破魔の召喚石使用』

 綾と蓮、二人の石が、砕け散る。無数の細かい破片が、煌めきながら地面に吸い込まれて消えるその前に、呼び人は、既に綾の目の前に現れていた。
「あ……ええと」
 こんにちは、と挨拶するべきなのだろうか。綾は、この切迫した状況で、そんな呑気なことを考える。
 と、綾よりも先に、被召喚者が、丁寧に頭を下げた。どうやら、礼儀正しい人物のようだ。綾は内心ほっとした。
「神威天征(かむいたかゆき)といいます」
「槻島綾です。ご丁寧にどうも……」
「こらそこ! 和んでるんじゃねー!! 周りの状況少しは見ろよ!!!」
 蓮から叱咤を受けて、二人は、ああ、と、苦笑する。蓮の隣で、彼が呼び出したらしいもう一人の魔法族が、そうだそうだと同意した。
「マジでやばいっつーの! って言うか、なんで俺を呼ぶんだよ馬鹿ヤロー!!」
 いささか口の悪いこの魔法族の名は、橘夏嵐(たちばなからん)。女の子に対しては、何処までも懇切丁寧な人物だが、男なんぞに払う敬意など、欠片も持ち合わせちゃいない。
 と、そこへ、イヴが。
「お願い。どうか、わたしたちに、力を貸して欲しいの」
 にっこりと、とろけるような極上の笑顔でそう言われ、わかった、と、夏嵐が頷く。さすがはイヴ・ソマリア。一目で橘夏嵐の性癖を見抜いたらしい。大したものである。

『破魔の召喚石:レベル3 特性:憑依召喚 効果:全ステータス強化!』
『蓮:腕力+15 体力+0 魔力+10 敏性+15』
『属性変化:破魔 死霊・幽鬼系に特攻:ダメージ量3倍』

 何の変哲もない鉄の剣が、うっすらと光を帯びる。死霊が、怯えたように後ずさりした。蓮がすかさず刃を一閃する。今度は、手応えがあった。
 
『蓮の攻撃 レイスに82のダメージ! レイスを撃破!』

「凄いですねぇ……。さすがは破魔の石。死霊や幽鬼系には、必須の召喚石ですね」
 僕は、あまり、お役に立てる能力はありませんが。
 神威天征が、高く右手を掲げる。指先に一筋の傷が走り、そこから零れ落ちた血の一滴が、透き通る一降りの太刀を呼んだ。
 刃を携えたまま、魔法族が、綾の中に同化する。違和感は、一瞬だった。これが憑依というものなのだろう。綾の手には、見栄えの悪い鉄の剣ではなく、血を媒体に顕れた霊刀が握られていた。

『霊の召喚石:レベル3 特性:憑依召喚 効果:全ステータス強化!』
『綾:腕力+10 体力+10 魔力+10 敏性+10』
『綾の属性:霊 召喚属性:霊 同属性召喚成功 同属性効果発動:全ステータス強化値3倍』
『綾:腕力+30 体力+30 魔力+30 敏性+30』

 体が、軽い。使い方など知らないはずの太刀が、意志を持って、勝手に動く。
 鉄の剣では、虚しく宙を薙ぐばかりだった攻撃が、面白いほどによく当たる。ふと、不思議な感覚が、両手に宿った。綾は、渾身の力で、剣を横になぎ払ってみた。

『綾の攻撃 霊属性スキル発動:衝破 衝破:自分を中心に、霊属性の衝撃波を放つ』
『レイスに55のダメージ スケルトンに55のダメージ リッチに55のダメージ』
『レイス、スケルトンを撃破!』

 敵は、残り一体!

 死霊が、ふわりと空中に舞い上がった。
 危険を察知したのだろう。口など見当たらないはずの顔の下半分が、がばりと裂けた。ぼたぼたと、黒い何かが滴り落ちてくる。腐肉の臭いが漂った。土塊から蘇る、死体の群……!

『グールが8体出現!』

「また増えたっ!」
 蓮が、破魔の刃を振り下ろす。腐った死体は、触れた途端、霧のように飛散した。綾が、背中合わせに、その蓮の背後に立つ。二人で斬りまくったが、リッチが味方を召喚する速さの方が、上だった。
 きりがない……!

『グールが6体出現!』
『スケルトンが4体出現!』
『レイスが3体出現!』

「まずいわ……」
 岩壁に身を潜めながら、イヴが呟く。その手には、しっかりと、高レベルの召喚石が握られている。魔法封じの縛めさえ解ければ、高い魔力を発揮して、彼女も、攻撃に転身することが出来るのに……今は、ただの足手纏いでしかない。
 急に、アトリが立ち上がった。
「アトリさん?」
「魔法封じ……私、解けました」
「え!?」
 イヴは、まだ、魔封じの縛鎖から抜け出せていない。同時に食らったはずなのに、どうしてと、疑問符が頭の中を駆け巡る。アトリが答えた。
「たぶん、体力の差だと思います。私、素早さは普通だけど、抵抗力は、結構高めなんです。だから……」
 アトリは、レベル5の石は、持っていない。
 聖と水の魔法石を所持していたが、水の魔法石は、いつの間にか、粉々に砕けていた。先攻組の誰かが、使ったのだ。後は、聖の石しか、残っていない。
「えっと……いきます!」

『アトリの攻撃 聖の召喚石使用』

 誰が出てくるのだろうかと、ドキドキしながら、アトリは待つ。
 こんばんは〜、と、槻島よりも、アトリよりも、恐らくは「Laborious Labyrinth LV1」に参加した全メンバーの中で最も緊迫感の無い声で、被召喚者が、話しかけてきた。
「えー……と? こんばんは、ではないですようね。いやぁ、周りが暗いので、ついつい……」
 あっはっは〜と、その魔法族は、笑った。口調に違わず、性格からして、呑気極まりない男のようである。
「えーと。神父さん?」
 アトリが聞く。はい、と、神父は頷いた。いや、正確には、彼は神父では無かったのだが……まぁいいや、と、恐ろしいことに、それで片付けてしまった。
 とことんこだわりの無い人間である。
「ユリウス・アレッサンドロ、と申します。アトリさん」
「あ。はい」
「いやぁ、積もる話もあるのですが、微妙にお友達がピンチのようなので、長話すると、タコ殴りにされそうで怖いですねー」
 少し離れた所で、蓮と綾が、死に物狂いで、無限に湧いて出てくる幽鬼らと戦っている。今のところ、戦う術を持たないイヴの元まで、死霊が這い出してきていた。冗談ではなく、やばい状況だ。
「一応、呼ばれたからには、頑張りますよ。役立たず認定されたら、悲しいですからね」
 それでは、いきましょうか。
 目を閉じる。緑のリボンを付けた輝くような金髪が、風もないのに、闇の中に翻った。

『アトリの属性:聖 召喚属性:聖』
『同属性召喚成功 同属性効果発動』

 暗い地下に、光が満ちる。まるで、太陽が、いきなり洞穴の天井を貫いて現れたかのように。

『高位魔法:ディバインレイ 魔法特性:全生命力回復 付加効果:浄化』

 聖属性魔法は、命ある者には傷を癒す光だが、死霊の類にとっては、滅びの炎以外の何者でもない。
 影が、崩れ去って行く。何千年という時を隔てた、朽ちた砂礫のように、さらさらと、音を立てることすら忘れて……。
 何処かで見た光だ、と、綾が思った。何処だっただろう? 答えは、すぐに、出た。そうだ。初詣の時に見た、あの光。恐らくは、この世で最も鮮烈で清冽な……清浄の明光。
 東から、一番初めに現れる、あの暁の光に……似ている。

 からん、と、何処か遠くで、音がした。
 
 死霊がいた場所に、銀色に輝く何かが落ちている。
 恐る恐る、アトリが近付く。銀の腕輪が落ちていた。全てが朽ちた廃墟の中で、妙に真新しい輝きが、不自然だった。不用意に拾い上げることが、躊躇われる。

「罠……ってこと、無いわよね」
 イヴが、慎重論を口にする。それはアトリも考えた。何しろ、このゲーム、初心者に対して、かなり容赦がない。リッチだのレイスだのスケルトンだのグールだのと散々戦わされて、全員、少しどころではなく、かなり不信感を抱き始めていた。

「こういう時こそ、誰かを召喚して、その誰かにお願いすれば良いのだけど」
 イヴが、手元の石を見つめる。聖の石に続いて、闇の石も消えていた。先に入った誰かが、闇の召喚を行ったのだ。
 もう、一つしか、残っていない。しかも、最高レベルの、雷属性召喚石だ。おいそれとは使えない。
「お宝ゲットのため! 女は度胸!!」
 止める間もなく、イヴが、腕輪を拾い上げる。青いコマンド画面が、頭上に開いた。

『イヴがアミュレットを入手 アミュレット:魔力値+5』

 罠ではなく、純粋に、お宝だったようだ。
 腕輪は、誂えたようにぴったりと、イヴの腕に収まった。

「良いもの拾っちゃった♪」

 嬉しそうなイヴを先頭に立てて、一行は、廃墟の町を後にした。





【地底湖にて】

 水の音に誘われるまま、歩き続ける。ふと、立ち止まった。
 目の前に、巨大な崖が広がっていた。とてもよじ登れそうにない。
 抜け道は、すぐに見つかった。だが、崖崩れでも起きたのか、一部が塞がれてしまっている。
 地味に手掘り作業で、道を作った。狭い通路を、あちらこちらとぶつかりながら進んで行くと、着いた先は、地底湖だった。

「つっ……」

 全員が、息を呑んだ。
 その、凄まじい光景に。
 湖から、ぬっと突き出た、巨大な氷付けの化け物。丸太のような太い触手も、濁った硝子玉の目も、全てが、白銀の氷に覆われて、そこだけ時間が完全に凍り付いている。
 凄まじい死闘があったのだろう。化け物の体には、無数の傷があった。湖までもが、赤黒く染まっている。
 先攻組が、この化け物と、戦ったのだ。間違いない。
 そして、何らかの方法を用いて、この魔物を、生きたまま氷付けにした……。
 先攻組の姿がないのは、既にダンジョンを脱出してしまったためだろう。出口は、魔物の真上にあった。地底湖の天井に穴が開き、そこから、外の眩い光が漏れている。
「この魔物の体を伝って、登れそうだな」
 蓮が、恐れる様子もなく、魔物に近付く。綾もそれに従った。続いて、イヴが。
 一行の中では一番慎重なアトリが、背後から、叫んだ。
「待って下さい! 氷……氷が、溶け始めています!!」

 変化は、急激だった。
 少しずつ、ではない。目に見える速さで、氷が、消える。びしびしと、不吉な音がした。触手が、蠢いていた。目玉が……その目玉だけでも、アトリの体よりも大きいが……ぎょろりと動いて、新たなる侵入者を見つめた。

『5ターン経過 凍結が解除 クラーケンが復活!』

「ク、クラーケン!?」
 触手が、憎悪を込めて、蠢く。先攻組に負わされた傷は、深かった。手負いになった分、更に凶暴性が増している。どん、と、触手を壁に叩きつけた時の衝撃が、立っていられないほどの震えを呼んだ。
「やばいぞ……あの魔物、手負いで、すっかり見境無しだ」
「このままでは、クラーケンに負ける前に、洞窟が崩壊して埋まりますね」
 蓮と綾が、囁き交わす。決して余裕を感じているわけではなく、打つ手無しで、どうすれば良いのか途方に暮れている状態だった。
「召喚石は?」
「ゼロです。僕は」
「俺もだ」
「私もです」
「残っているのは……そうだ! レベル5の雷属性!」
 三人が、イヴに注目する。プレッシャーだわ、と、密かに思いながら、イヴが雷属性の石を取り出した。
「知らないわよ。失敗しても。最高レベルなんだから。これ……」

『イヴの攻撃 雷属性召喚石の使用』
『レベル5召喚:召喚失敗時暴走召喚となる 召喚成功率:74パーセント』

 低い、と、イヴは思った。イヴはかなり魔力が高いが、それでも、最高レベルの成功率は、七割でしかない。躊躇いが、生じる。暴走召喚。聞いたこともないような単語が、正直、恐ろしかった。

『アミュレットの効果:魔力+5 召喚成功率上昇 召喚成功率:84パーセント』

 思わぬ拾い物が、予想外の役に立つ。レベル5の召喚が八割に届けば、上出来だろう。
 どのみち、このままでは、全滅するのだ。クラーケンは、魔法無しで勝てる相手ではない。

『雷神召喚 属性:雷』

 雷神、とコマンドにある割には、現れたのは、何処にでもいそうな、普通の人間だった。サファイアブルーの髪と瞳は、はっと人目を惹くものがあるが、それ以外は、例えば道端で擦れ違ってもあまりに違和感のない、平凡な……少年。
「なに……あれ」
 輪郭が、崩れる。輪郭が、何かに重なる。
 青白く影までもが雷を放っているので、長く視界に入れることが出来ない。一瞬、竜の姿に見えたような気がしないでもないが、はっきりとはわからなかった。それを明確に確かめる術も……ない。

『雷神の攻撃 雷属性禁呪:アブソリュート 攻撃:297 付加効果:麻痺』

 危ない、と、全員が、思った。壁際までも、後ずさりする。雷というよりは、プラズマだった。あんなものに巻き込まれたら、火傷程度ではすまない。骨の欠片も残らないだろう。

『クラーケンの弱点属性:雷』

 青白い光が、一つ所に、集まる。
 恒星の輝きを見ているような光景が、不意に歪み、また不自然に形を変えた。矢に似ていたが、違った。
 龍だ。
 鎌首をもたげ、牙を剥き出しにして、今にも襲いかからんとするような……!

『クラーケンに594のダメージ!』

 龍が、魔物の喉元に、食らい付く。クラーケンの巨体が、紙のように切り裂かれた。太い足が、千切れ飛んだ。落ちた触手は、まだ、地上でのたうち回っている。ゆっくり、ゆっくりと、本体の方が、崩れ落ちてきた。
 
『クラーケンを撃破!』

 勝った、という感覚が、身に付かない。
 まずは、蓮が、魔物の遺骸に近付いた。血溜まりの中に立ち、天井を見上げる。少し、実感が湧いてきた。湧くと同時に、現実的な考えが、頭に浮かぶ。
「おい……どうやって、出るんだよ。あんな所……」
 出口は、巨大な地底湖の真上。
 翼でも無ければ、どう頑張っても手が届きそうにない。
「召喚石、使い尽くしてしまいましたしね……」
 綾が、頭を掻く。ラスボスを撃破して、まさか立ち往生になるとは、夢にも思わなかった。
「ユリウスさーん。何とかして下さい……」
 他力本願はいけない。柏木アトリ。第一、ユリウスは、とっくの昔に還ってしまっている。
「あのー。もしよろしければ、最後に残った魅了の召喚石、お貸ししますけど? 特別サービスで」
 と、声を掛けたのは、羽山柚菜。あのナレーターの女の子だ。
「使えるの?」
 イヴが、とりあえず、もらえる物はもらっておこうの精神で、受け取る。残り少ない魔力をはたいて最後の魔法族を呼び出すと、現れたのは、どう考えても頼りになりそうにはない、可愛らしい双子の妖精だった。
「やっと出番〜」
 ひらひらと、飛び交う。
 血生臭い光景を癒してくれるような、ほっと温かい気配が、広がる。
 だが、この時のプレイヤーの思惑は、明らかに違うところにあった。
「飛んでる……」
 と、蓮。
「羽がありますね」
 と、綾。
「運んでもらいたいですね」
 と、アトリ。
「もらいたい、じゃなくて、運んでもらいましょ」
 にっこりと、イヴが締めくくる。
「可愛い妖精さーん。お願いを聞いて欲しいの〜」
 かくして、妖精たちの運命は、決まった。
 あの小さな体で、人間四人を、出口搬送。まさに鬼である。嫌なの〜と、妖精たちは、少しばかり抵抗を試みてはみたが、奇しくも、彼女らを呼んだのは、イヴ・ソマリア。魅了属性の持ち主である。
 基本的に、同属性召喚が成功すると、被召喚者は、逆らえない。重いの〜と、妖精たちの悲痛な悲鳴が、虚しく洞窟内に響き渡った。
「ひどいの〜」
「文句なら、このオンラインゲームを開発した、とんでもない主催者に言ってちょうだいね?」
 最後の石が砕け散り、最後の一人が、洞窟を出た。
 
 ともかくも……GAME CLEAR?





【後日】

 このオンラインゲームを開発した、何とかいう会社から、参加者に向けて、手紙が送られてきた。
 お詫び状、と銘が打ってあるそれを、非常に嫌な予感を覚えつつ、封を切る。

「拝啓。この度は、我が社の誇るオンラインゲーム『Laborious Labyrinth LV1』へのモニター参加、まことにありがとうございます。こちらの些細な手違いで、LV1ではなく、いきなりLV20への参加と相成りましたこと、深くお詫び申し上げると共に……中略……つきましては、次回作にも、ぜひ皆様のお力をお貸し頂きたく……」

 二度と御免だ。

 このゲームに参加した全員が、間違いなく、そう思った。
 「Laborious Labyrinth LV∞」が、発売される日は…………たぶん、永遠に、来ないのかもしれない。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 名前 / 腕力 / 体力 / 魔力 / 敏性 / 属性 / 取得技能 】
先攻
【 守崎・啓斗 / 高 / 普 / 低 / 最高 / ? / 連撃:行動回数が増える】
【 森村・俊介 / 低 / 普 / 高 / 普 / 闇 / ディザスター:禁呪文。一度しか使えないが威力は破壊的】
【 相沢・久遠 / 普 / 普 / 高 / 普 / 炎 / ファイアストーム:低魔力、高威力の専用魔法。連発が可能】
【 セレスティ・カーニンガム / 低 / 最低 / 最高 / 低 / 水 / クリスタルレイン:高威力の水系攻撃魔法だが消費魔力が高い】

後攻
【 柏木・アトリ / 低 / 普 / 高 / 普 / 聖 / ディバインレイ:高威力の回復魔法だが消費魔力が高い】
【 槻島・綾 / 高 / 普 / 普 / 普 / 霊 / 衝破:自分の周囲に霊属性の衝撃波を放つ】
【 藤宮・蓮 / 高 / 普 / 最低 / 最高 / ? / 属性変化・破魔:死霊幽鬼系に特攻】
【 イヴ・ソマリア / 最低 / 低 / 高 / 高 / 魅了 / アミュレット:魔力を高める道具】

NPCさん
1:召喚レベル1・属性〜幻惑(獏くん・にしき様)
2:召喚レベル2・属性〜炎(朝野時人くん・浅葉里樹さま)
3:召喚レベル2・属性〜魅了(妖精さん’s・日向葵さま)
4:召喚レベル3・属性〜無(夜倉木有悟さん・九十九一さま)
5:召喚レベル3・属性〜破魔(橘兄弟・残間恒太さま)
6:召喚レベル3・属性〜霊(神威天征さん・紫苑西都さま)
7:召喚レベル4・属性〜聖(ユリウスさん・海月里奈さま)
8:召喚レベル4・属性〜水(弁天さま・神無月さま)
9:召喚レベル5・属性〜雷(篠原藤也さん・天瀬たつき様)
10:召喚レベル5・属性〜闇(ダリアさん・深海残月さま)

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■         ライター通信          ■
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ゲームです。ゲームの感覚でお読み下さい。普通のノベルではありません……。
最初から最後までバトルしています。それだけです。それ以外に何もありません……。
各PCさんの能力値は、こちらで割り出した数値を元に、決めました。
五段階評価です。「最低・低・普・高・最高」です。
ノベルは、実は、この数値に基づいて進んでいます。また、選んで頂いた三個の石の中で、最も相性の良い物を、使用召喚石としてライターの方で決めました。

ちなみに、このNPCさんたちの位置付けは、完全にパラレルワールドです。
今回のノベルの内容が、それぞれのNPCさん達の本来の物語に影響を与える事は、ありません。
夢物語として、流して下さい。

最後に、このどうしよーもない依頼に参加して下さったPCの皆様、どうしよーもない書き手に大切なNPCさんたちを快くお貸し下さったクリエイターの皆様に、心よりお礼申し上げます。
本当に、ありがとうございました。