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<東京怪談・PCゲームノベル>


『【千紫万紅】 ― 4月の花 杜若の物語 ― 』

「あの、すごく唐突なんですけど、よかったらうちで絵のモデルのアルバイトをしませんか?」
「しないでしか?」
 にこりと微笑んで蒼銀色の髪を揺らしながら小首を傾げた少女と、その少女の横で同じように小首を傾げた小さな妖精。
 そこは東京の街の一角に作られた公園で、そこの公園のベンチに座って、ブランコを立ちこぎする保育園ぐらいの三人の女の子を見つめていた彼女、細井雪菜はおもむろに自分の前に立って、腰を曲げて自分の顔を覗き込んできたかと想うと、やはり唐突に人差し指立ててそう話を切り出してきた彼女と妖精にびっくりとしてしまう。
 だけどそれまで思考を満たしていた哀しい想いという奴は、この公園の片隅に植えられた桜の樹に咲いた桜の花の薄紅の花びらを舞わす軽やかな春の風かのような心地よいその彼女の笑みと声に薄められていて・・・
 ―――もちろん、それで彼女を哀しませるそれが完全に消えた訳じゃない。それはそんなにも簡単な想いじゃないから。うん、そう。そんな簡単な想いじゃないから・・・
 ・・・だから彼女はこの春の桜を決して美しいとは想えなかったのだ。だって・・・


 桜の花は人の心の鏡だから・・・


「えっと、あの、あなたは?」
 雪菜はともすれば再び自分の心を捕まえて塗りこめてしまおうとするかのようなその想いから逃げるべく、自分の目の前に立つその少女に話し掛ける。年頃は自分よりも少し下ぐらい。
 少女は蒼銀色の髪の下にある白磁の美貌ににこりと人懐っこい笑みを浮かべた。どこか生まれてまもない仔犬を彼女は連想させる。明るくって、かわいくって、そしてどこまでもしなやかで・・・そう、自分には無いモノをこの少女はたくさん持っているんだと雪菜は想った。
「余裕無いな、私」
「ん? なにか言いました?」
「あ、ううん。なんでもないの。ごめんなさい」
 雪菜は下唇に右手の人差し指をあてて小首を傾げる彼女と妖精に顔を横に振った。
「えっと、名前は?」
「あー、はいはい。あたしはノージュ・ミラフィスです」
「ノージュさん?」
 ―――どこかで、聞いた事があるような・・・。
 考え込む彼女にノージュはにこりとちょっと悪戯っぽい笑みを浮かべながら隣でふわふわと浮いている妖精を指差して、
「それでこっちの虫が・・・」と言いかけて、その声は、
「誰が虫でしかぁーーーー!!!」
 という、妖精のソプラノトーンの声で掻き消される。
「わたしは妖精でし!!!」
 妖精は握り締めた両の拳を腰に置いて、訂正・抗議の声を囀る。
 そんな二人の様子に雪菜は口元に軽く握った拳をあててくすくすと笑った。
 そしてその彼女の表情にとても嬉しそうに微笑んだノージュはあらためて彼女に虫・・・もとい、妖精を紹介する。
「こっちはスノードロップの花の妖精です」
「スノードロップの花言葉は希望なんでしよ」
 ノージュとスノードロップはにこりと雪菜に微笑んだ。
 春の風に舞った花びらはベンチに座る雪菜とその前に立つ二人を優しく包み込んでくれる。まるでやさしい母親が赤ん坊を抱きしめるように愛おしげに。愛おしげに・・・。
「あの、それでアルバイトの件、引き受けてもらえますか?」
「もらえますでしか?」
 そう訊く二人に雪菜は頬にかかる髪を耳の後ろに流しながら自然と頷いていた。
「ええ、わかったわ。私でよかったら」
 ―――なんで突然声をかけられたそのバイトの話に雪菜が乗ったのかは自分でもわからない。
 ただノージュとスノードロップの明るく、そしてひたむきでしなやかな強さを感じさせる笑みに惹かれたからかもしれない。それが何かのきっかけになればいいと想ったし(こうポジティブに考えた自分に彼女は後から考えても本当に驚くのだが)、それと自分たちを包み込んでくれた桜の花びらがあまりにも綺麗だったから。そう、そんなにも美しい薄紅の花びらに包まれた瞬間、まるで自分が何かの物語の登場人物かのように感じられた。そんな夢見心地になった瞬間にああ、ひょっとしたら何かが起こるのかも、という形をなさぬ淡い予感が胸に沸き起こったのだ。
 何度も夢に見る池のほとりに添えられたように咲いている紫の杜若。あのとても寂びしそうに…哀しげに咲く紫の杜若だってこの薄紅の世界の中でなら、ノージュとスノードロップの微笑みの横では綺麗に咲けるような気もしたし・・・。
 今日は4月17日。
 杜若の所縁の日。
 それが幸せへの第一歩だった。


 ******
 雑貨屋【モノクローム・ノクターン】。
 アンティーク調の木造造りのその店を見て、細井雪菜は「あっ」と、小さく声をあげると視線をノージュ・ミラフィスに向けた。
 にこりと笑う蒼銀色の髪に縁取られる美貌はだけどやっぱり歳相応な人懐っこい無邪気な笑みで、罪の無い天使かのように見えた。
 ―――だけど・・・
 その店の前にまで来て、雪菜が突然戸惑い出したのは・・・。
「どうしました?」
 笑うノージュ。
 雪菜は服の胸元を震える手で鷲掴みながら、下唇を噛んだ。


 脳裏に浮かぶ寂しげな湖のほとりに咲く紫の杜若。
 ―――そしてフランスに留学に行くと自分に告げた時のあの迷子の幼い子どもかのような彼のかお・・・・・。
 今頃、飛行機の中にいるはずの彼は今、笑っている?


「ううん、ごめんなさい。素敵なお店だなって想って」
「ありがとうございます。さあ、中にどうぞ」
 ノージュは店の扉をあける。扉につけられた鐘がからーんと軽やかで澄んだ音色を奏で、そしてその音色にあわせてワルツを踊るようにスノードロップがくるくると回りながら入っていく。
「さあ、どうぞ」
「ええ」
 にこりと微笑むノージュに促されるがままに雪菜は店の中に入った。
 雪菜は小さく息を吸い込んだ。そこにある家具はどこか歳月と森の香りを感じられる素敵なモノばかりだったから。
 店内はさらに厳かで、それは高校の修学旅行で行った屋久島の森を連想させた。もしくは静謐な神殿?
「本当に素敵ですね。少し店内を見させてもらってもいいかしら?」
「ええ、どうぞ」
 店内を見回す雪菜。だけど初めて来るここはしかし彼女にとっては無縁の店ではない。そう、この店には・・・。
「ああ、その絵は売り物ではないんですよ」
 後ろからかかるノージュの声。その絵を意味ありげな目で見つめていた雪菜はびくりとする。
 そして雪菜はいつの間にか自分の後ろにいたノージュをどこかぎこちない動きで振り返った。
 ノージュの瞳は振り返った雪菜の顔ではなく、彼女の後ろの絵を見ている。
「この絵を見て、どう想いますか?」
 と、おもむろにそんな事を訊いてくる。
 ―――やはり、このノージュという少女は知っているのであろうか、自分と彼の関係を・・・。
 雪菜はそんな想いを抱きながらノージュの蒼銀色の前髪の奥にある透き通るような青い瞳を見つめる。だけど目を先に逸らしてしまったのは見たはずの雪菜の方だった。
 ―――さらさらと風に揺れる紫色の杜若の花がどうしようもなく想い浮かんでしまう。それが自分を責めたてる。心よ、死んでしまえ。それは絶対に許されない想い。もう、私は彼を不幸にはしたくない!!! と・・・。
 そして雪菜は絵からも、ノージュからも目を逸らしたまま、ぽつりと質問に答えた。
「綺麗だと想うわ。とても・・・」
 耳朶に届いたのはノージュの小さなため息。
 雪菜の目は自然にノージュに向けられる。そのため息の理由が引っかからないわけがないのだ、彼女にとっては。だけど今度はノージュの方がもう雪菜を見てはいなかった。
 彼女は隣でふわふわと飛んでいるスノードロップに青い瞳を向けていた。
「それじゃあ、スノードロップ。雪菜さんをお部屋に案内してあげて。あたしはここで白さんと画家先生が来るのを待っているから」
「わかったでし」
 びしっと敬礼のポーズをしたスノードロップはふわりと雪菜の顔の前に飛んできて、かわいらしく「さあ、どうぞ、こちらでしよ」と、二階へ続く階段へと案内してくれる。
「雪菜さん?」
「え、ええ」
 こくりと頷き、スノードロップについていく雪菜。だけど彼女は後ろ髪引かれるような想いを打ち消せず、立ち止まって絵の前にいるノージュを振り返る。そこにいるノージュは絵を見つめていて、そしてその横顔に雪菜はやはりどうしても何かが起こるような感じがする心落ち着かない予感を感じていた。
 そして紫の杜若はやはりそんな自分を責め立てていた。


 ******
「確かに綺麗よね。絵の線も、色使いも。だけど雪菜さん、あなたは気づかないの…この絵に込められた真実を・・・」
 ノージュは瞼を閉じる。


「あなたの声はなんて悲しく切ない・・・」


 ノージュには人・物・自然を問わずその声が聞こえる。この絵からももちろん、聞こえる。この絵を描いた彼の切ないほどの声が。


 それはとても哀しい声。
 胸張り裂けるような・・・
 求めるモノ
 欲しいモノ
 だけどそれはほんの人差し指の先で触れただけでも壊れてしまうような細かい罅が走った硝子細工。
 それに触れるのが怖い・・・
 だけどそれが欲しい。
 相反する気持ちに宙ぶらりんになる大切な想い・・・
 それはそういう声。そんな想いに苦しむ声。


 ・・・それがノージュを人に近づける。吸血鬼である彼女を人に。
 すぅーっと小さな手をその絵に触れさせる。最初は悲痛なその額縁が奏でる声を聞いて探し求めた絵。
 雪菜と出会った日曜日の公園で遊具で遊ぶ子どもを描いていた彼、須藤礼と出会った経緯はそうだった。
 最初は彼の綺麗な絵に惹かれた。次は彼の絵が奏でる声。それはノージュを人に近づけるモノで、そしてだからノージュは気になった。そんな絵を描く彼の事が。
 それからも彼女は彼に絵を頼むのだが、しかし彼が描く絵はどれもそんな声を奏でていて、ノージュは何とかその彼を救いたいと想った。
 その理由はひょんな事から判明した。
 それは今日の朝の事だ。
 どこかから切ない物語を語る女性の声が聞こえる。
 それは自然のモノの声。脳裏に浮かぶその声から想像できるのは池のほとりに咲く杜若の花。
 その声を追いかけた先には白さんとスノードロップの花の妖精がいて、その二人の前には杜若の花の妖精がいた。
 三人の話を聞けば、それは自分がずっと気にしていた事の答えだった。だから彼女は自分からそれを言い出したのだ。そう、前世と言う枷から二人の魂を救う作戦を。
 そしてその作戦というやつは・・・
 ―――からーんという扉につけられた鐘の音。
「こんにちは、ノージュさん。いつもお世話になってます。白さんに話を聞いて、来ました」
 店に入ってきた二人の人物。
 ひとりは白さん。彼はやさしい笑みを浮かべながらノージュにこくりと小さく頷く。
 そしてもうひとりは大きなトランクひとつを持った青年、須藤礼。
 彼にノージュはふわりと頷いた。
「ええ。ごめんなさいね、須藤君。いきなりに携帯電話に電話をかけてしまって。だけどあなたにどうしても描いてもらいたい絵があって、それで白さんに迎えに行ってもらったの」
「あ、いえ。どうせ、飛行機も今日の便・・・実はまだチケットを取っていなくって、空港でキャンセル待ちをするつもりでしたから、だからかまいません」
 礼は顔を横に振った。そしてノージュの隣の壁にかけられている額縁に飾られた絵を見て、懐かしそうに目を細める。
「ああ、この絵。まだ飾っていてくれたんですか? でもなんか恥ずかしいな」
 照れ隠しに頭を掻く彼にノージュは肩をすくめ、白さんは、
「綺麗なとてもいい絵ですよ」
 と、感想を口にした。
「ありがとうございます」
 微笑む彼にノージュは言う。
「それじゃあ、そろそろいいかしら? モデルの娘にはもう部屋の中で待っていてもらっているから。お願いします」
「あ、ああ。はい、わかりました」
 こくりと頷いた彼は、ノージュと白さんに導かれた部屋に入って、そしてその部屋にいた彼女、細井雪菜と顔を合わせて、驚いた声を上げた。
 そしてそれは雪菜も一緒だった。


 ******
 アンティーク調の家具に囲まれた落ち着いた感じの部屋。
 部屋の隅に置かれたグランドファー・クロックの秒針のチックタックチックタックという音が静かに流れている。スノードロップは左右に触れる振り子に合わせて顔を左右に動かしてそれを追っている。
 そんな彼女をやわらかに細めた青い目で眺めている白さんの前に置かれたティーカップ(こちらもアンティークで有名な銘柄だ)にノージュは紅茶を注ぐ。それはサクラという銘柄の爽やかな桜の葉の匂いがする紅茶。
「うわぁー、すごいいい香りでし♪」
 スノードロップは白さんのティーカップから立ち上る湯気をティーカップにくっつきながらお腹をへこませて鼻から吸い込む。その様子はまさしく虫だ。
 白さんはくすくすと笑い、ノージュはやれやれとため息を漏らした。そしてその紅茶によく合う風味のケーキを出す。
 ノージュはにこりと笑って白さんの前に座った。
 そして紅茶の香りを充分に堪能する。
「うーん、いい香り」
 味も良好だ。
 と、ノージュは皿の上に静かにティーカップを置いて、青い瞳をイチゴを丸ごと一個両手で抱えながらしかし、何も無いただの壁を見つめているスノードロップに向けた。
「どうしたの?」
「いえ、雪菜さんと礼さんは大丈夫でしかな? って、想って」
 そう、その壁の向こうにある部屋では今、椅子に座る雪菜の絵を礼が描いているはずだ。二人はちゃんと何か会話をしているであろうか?
 白さんはふわりと微笑んで、指先でやさしくスノードロップの頭を撫でた。
 そしてノージュもフォークでケーキの横に除けたイチゴを器用に小さく切り分けながら、唇を動かす。
「大丈夫よ。お雪姫・・・雪菜さんと須藤君は長き時を越えて、今世で出会った。確かに今の二人は前世での記憶が枷となって、幸せな二人の未来への一歩が踏み出せずにいるけど、でもそれなら誰かがその背中をぽんとやさしく押してあげればいいのよ。人ってね、自分ひとりではその道をなかなかに踏み出せないものだけど、だけどやさしく背中を押してくれる人や一緒に歩いてくれる人がいればなんとか歩いていけるものよ。必要なのはほんの少しの勇気。大丈夫。だって二人は今世で出逢ったのですもの。そんなにも深い縁で結ばれている二人が前世に負けるわけがないわ」
 ふわりと微笑んだノージュはフォークに刺したイチゴの欠片をスノードロップの前に持っていった。ヒナが親鳥から餌を受け取るようにスノードロップはノージュからイチゴを食べさせてもらうと、彼女ににこりと微笑む。
「ね、白さん。白さんもそう想うでしょ?」
「ええ、そうですね」
 白さんは空になったティーカップを皿の上に置いて、静かに微笑んだ。
 そして微笑みあったノージュと白さんは二人同時に壁を見つめる。その壁の一枚向こうでは雪菜と礼がいて、そしてどうやら絵は描き終わったようだ。
「さあ、それじゃあ、二人の背中をそっと押しに行きましょうか、白さん」
「ええ、そうですね」
「わたしも押すでし!!!」
 三人は手を重ね合わせて、「「「よし」」」と気合いをいれた。


 ******
 がちゃ、とドアを開けて部屋に入ると、しかし中の空気は陰気だった。しーんと静まり返っていて、空気が重苦しい。会話があった余韻は皆無。ノージュはため息を吐く。
 そして椅子に座ってモデルをしていた雪菜は無表情な顔でノージュに、
「すみません。これで私、帰りますね」
 と、抑揚の無い声でそれだけ言って、脱兎の如くノージュの横をすり抜けて部屋を出て行こうとした。
 しかしその彼女の手首をノージュは外見に見合わない機敏な反射神経で掴んだ。
「待って。ご自分がモデルになった絵を見ていかないの?」
 雪菜は掴んだ手首を放そうとしないノージュに何かを言おうと口を2,3開きかけるが、しかし結局は喉もとの辺りまで上がってきた言葉を音声化させることもなく口をつぐんだ。そして彼女の真っ直ぐに自分を見つめてくる青い瞳から目を逸らす。下唇を噛み締めて。


 どうしてこの娘はこんなにも真っ直ぐに人の目を見つめられるのだろう?
 ―――私は訳のわからない罪悪感にかられて大好きな人にその想いも告げられずに、その想いを見ないふりして逃げてばかりだというのに・・・。
 そうだ。自分はこの彼氏の事が・・・須藤礼の事が大好きなのだ。出逢ったその日からずっと惹かれていた。だけどその想いと葛藤する想い・・・
 ・・・それは、ダメ、ダメだ。自分は前にこの彼の事をどうしようもできないほどに徹底的に不幸にしてしまった。だからダメ。死ね、この人を想う、自分の想い、という想い。
 ―――そうやってずっと自分の想いから自分の知らぬだけど本当はどこかでちゃんと覚えている過去の罪悪感に苦しみながら逃げてきて・・・・・
 そしてそうする一方で・・・
 ・・・今まで必死に彼から逃げてきていたのに、それでいてどうしてこの数時間この部屋で彼と一言も言葉をかわさずともモデルをやっていたかというとそれは胸に何かが起こるような想いがあって・・・
「もう、滅茶苦茶だ、私・・・」


 真一文字に噛み締めた唇から雪菜が漏らしたのは嗚咽だった。
 泣き出した彼女に礼は慌てて駆け寄ろうとするが、それを白さんが止めた。
 ノージュは雪菜の背をやさしくとんとんと母親が赤ん坊を宥めるようにやさしく叩きながら囁く。
「あなたが須藤君を心の奥底では想いながらもしかし逃げようとしてしまうのは前世での記憶のせい。だけどそれでいいの、本当にあなたは?」
 そしてノージュは白さんから額縁を受け取った。それは一階に飾ってあった礼の絵だ。
「雪菜さん、あなたはこの絵を見て、綺麗な絵だと言いましたね。うん、確かに綺麗です。でも感じない? この絵に・・・足りない物を?」
 礼ははっとしたような顔をし、そして顔を手で覆い隠して嗚咽をあげていた雪菜はしかし、顔をあげて穏やかに微笑む雪菜を見る。
「今までの彼の絵は確かに綺麗だったけど、だけど何かが欠けていた。絵はそれを哀しそうに訴えていたわ。その何かが欠けていた理由…それは、絵に打ち込むべき心をあなたに奪われていたからよね」
 そしてノージュはまだ絵の具が完全には乾いてはいないがしかし、綺麗な声を奏でているキャンバスの前に立って、両腕を広げる。
「だけど見て、雪菜さん。あなたをモデルにして描いたこの絵を。この絵には今まで欠けていたモノがちゃんと宿っている。ねえ、わかるでしょう。この絵はあなたがいたからこうやって完成したのよ。生命を謳歌する歌を気持ち良さそうに歌えるの。だけどあなたがいなければ須藤君の絵は輝きを失ってしまう。この意味、わかるでしょう?」
 そしてノージュは立ち尽くす雪菜の後ろに回って、優しく囁きながら・・・
「彼を幸せにできるのはこんなにも綺麗で素晴らしい絵を描かせてあげられるあなただけなのよ。あたしはあなたの背中をこうやって押してあげるだけ。あとはあなた方二人がお互いの気持ちを想いあって歩いていくしかないわ。幸せかどうかなんてそんな答えはあなた方二人で出していくものでしょう。だから勇気を出して、まずは二人一緒に歩き出すための最初の一歩を、ね」


 そしてそっとその細い背中をノージュは押した。


 そう、答えはその泣きながら抱き合う二人が指し示してくれるだろう。
 そうして前世という枷はやさしさと勇気という鍵ではずされた。


【ラスト】
「あの・・・」
「ん?」
「この絵を、もしもよかったら私に売ってくれませんか?」
「いいですよ。この額縁もおつけします」
 ―――そう、この額縁が何よりもそれを望んでいるから。
「あ、あの、お金は?」
「それはいいですよ、雪菜さん。当店は貨幣価値よりも、それに込められた想いを汲み取れる方にだけ、商品をお譲りするのをもっとうにしているのですから」
「ありがとうございます」
 そして雪菜と礼は二人手を繋いで、夕暮れ時の道を歩いていく。
 その二人を見送ったノージュはスカートの裾を軽やかに踊らせてターンすると、
「さてと、お店のあと片付けやって、額縁も売れたから、少々インテリアを変えなくっちゃ」
「わたしもお手伝いするでし」
 びしっと片手を上げたスノードロップ。
 そして白さんもにこりと微笑んで、
「僕もお手伝いしますよ」
 と、快く申し出た。
 そんな白さんにノージュはにこりと微笑むと、
 そっと白さんの傍らに立って背伸びして、囁く。
「お店のお手伝いも嬉しいんですが、あたしも幸せになりたいなぁ、って。そこら辺のところもお願いしますね、白さん」
 そして顔を真っ赤にしたノージュはスノードロップと一緒に店の中に入っていって、
 それでひとり夕方のやわらかくやさしい橙色の光が溢れる外の世界に立つ白さんはにこにこと微笑む顔を小さく傾げさせた。
 世界はほんとうに涙が出そうなほどに美しく、そしてどうしようもなくやさしかった。


 ― fin ―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


 2060 / ノージュ・ミラフィス / 女性 / 17歳 / 雑貨屋【モノクローム・ノクターン】の主人


 NPC / 白

 NPC / スノードロップの花の妖精


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、ノージュ・ミラフィスさま。はじめまして。
今回担当させていただいたライターの草摩一護です。


さて、まずは何よりも先にノージュ・ミラフィスさま、本当にありがとうございます。
【千紫万紅】第一番目のお客様です。^^
本当にありがとうございました。
今シリーズ、とても気持ちよくそして楽しく始める事ができました。


プレイングもすごく綺麗で魅力的で、本当に面白くって。特に最後の部分が。^^
その面白さや綺麗さ、そしてプレイングに感じられた切ない想い、前向きな想い、
それを少しでも上手く表現できるようにと念頭に置きながら書かせていただきました。
どうでしょう? ノージュさんのイメージしていたノベルに近い仕上がりとなっていますか?
少しでもお気に召していただけてましたら、幸いです。

また、ノージュさんのノベルは現時点では草摩が一番だったのですね。
そういう意味でもすごく緊張しましたし、また光栄で楽しかったです。^^


個人的にはもう少し雑貨屋【モノクローム・ノクターン】に話を絡めて書きたかったですね。
設定を読むだけでも、このお店、ものすごく魅力的で素敵な不思議な商品が揃っていて、
そしてそこに訪れるお客さんもまた不思議な人ばかりのような感じがして、
それらを考えただけでもライターとしての本能がくすぐられます。^^
こんな店が本当にあったら見てるだけでも楽しそうですね。そして時間を忘れてしまいそうです。
草摩にはよく電車の待ち時間を潰すつもりで駅の近くにあるお店に入ったはいいが、気づけば電車の時間なんてもうとっくの昔に過ぎてるじゃん、なんて事は多々あったりします。w


ノージュさんの設定もすごいですよね。
人の心に触れる事で変わるという彼女の設定がとても心惹かれました。この設定はとてもノージュさんに大きな魅力を与えていると想うのです。
それとやはり彼女の内面。すごくしなやかですよね。^^
今回描写させていただいたノージュさんの雰囲気もそんな感じが出ていると嬉しいのですが。
本当にこんな素敵なPCさまを書かせていただけてありがとうございます。^^

それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
本当にありがとうございます。
失礼します。