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<東京怪談ウェブゲーム あやかし荘>


【悪霊退治でさあ大変?】
「ごめんくださいませー!」
 魑魅魍魎が跳梁跋扈するこのあやかし荘にまったくふさわしくない、よく通った爽やかな声が響いた。いったい誰だろう。荘内の掃除をしていた因幡恵美は興味に引かれて玄関へと急いだ。
「はい、どちらさまですか」
 扉を開けると、恵美の目に、清潔なスーツに身を包んだ青年が飛び込んできた。思いっきりビジネススマイルである。
「こんにちは。私、株式会社レイノーの者なんですが、本日はこの商品のご案内をさせていただこうと思いまして」
 セールスマンか。恵美は商品案内パンフレットを受け取ると、えっと声を出した。
「……悪霊退治器?」
「はい。こちらのスイッチを押していただくとあら不思議、超強力電磁波を放出してありとあらゆる悪霊を滅殺できるのです。今ならお試し無料ですよ」
「ほほう、それはなかなか面白そうぢゃな」
 いつの間にか嬉璃が恵美の後ろに立っていた。
「どうも昨日から本館にタチの悪い霊が住みついとるようでな。そいつを試してみてもよかろう」
「はあ……じゃあ、この三日間お試しプランですか、これお願いします」

 セールスマンが帰ると、恵美と嬉璃は悪霊退治器を持って居間に移動した。
「でも、誰がやるのです? あたしはいやだなあ」
 恵美が不安そうに言うと、嬉璃はほくそ笑んだ。
「誰かここの住人にやらせよう。ふふ、わしが嫌とは言わさんよ」

「やってくださるんですか?」
「もちろんですよっ」
「わーん、ありがとうございますぅ」
 恵美は『月下美人の間』の住人、奉丈遮那と固く握手を交わした。遮那の頬はにわかに赤く染まっている。
「最悪の場合、自分がやらなきゃいけないって思ってましたから……」
「僕が恵美さんの頼みを断るわけないじゃないですか。で、これが悪霊を退治できる機械なんですか? 何となく怪しいなあ」
 遮那は恵美の足元に置かれた悪霊退治器に、やや疑問系の視線を送る。
「このあやかし荘に持ち込まれる物に怪しくないものなどあるまい。まあ、何らかの効果はあるぢゃろうよ」
 嬉璃がすまし顔で言った。
「そうですね。まずはやってみなくちゃ」
 遮那は顔を引き締めた。好意を寄せる恵美を不安にさせることだけは避けたかった。
「ともかくおまかせください。きっといい知らせを持って帰りますから、恵美さん」
「お願いします」
「今ヤツは夢幻回廊の入り口におるようぢゃ。頼んだぞ」

 夢幻回廊はいつにも増して空気が淀んでいるようだった。これも悪霊とやらの仕業なのだろうか。負けるものか。遮那は大きく息を吸い込んで、
「さあ、悪霊、出て来なさい!」
 高らかに宣言した。すると空間が歪み、半透明の輪郭が徐々に現れて間もなく視認出来るようになった。その形は明らかに人のものではなく、禍々しい力を発していた。
「なぜここに居座るのかそっちの事情は知らないけれど、おとなしく僕に退治されてくださいね!」
 遮那は心を強くして言い放つ。悪霊はオオオ、と耳障りな声を発した。
(思ったより強そうな霊だ。早く終わらせよう)
 先手必勝、遮那は悪霊退治器を前方に向け、電磁波放出スイッチを押した!
「うわ、すごい光……!」
 周囲が小さな太陽を放り込んだかのようにスパークする。眩しさの中、何とか目をこじ開けて遮那は見た。電磁波は一直線の光となって悪霊に向かい、音も立てんばかりに突き刺さった。
 いける。遮那は目を閉じ歯を食いしばり、振動もすさまじい悪霊退治器を必死に抱え続けた。
 やがて光が収束した。遮那は目を開いた。そこには弱りきり、今にも消えんとする悪霊の姿があるはず――だった。
「き……効いてない?」
 消えるどころか、おぼろげだったその輪郭はハッキリと形を成していた。おどろおどろしい緑色のカエルの化け物だった。
 あれは、怒っている。全力で自分を食い潰そうとしている。
「これ、見掛け倒しじゃないか!」
 遮那は悪霊退治器を放り出した。この機械が弱いのか、それともこの悪霊が強いのか。いずれにしても、もはや自分の力で何とかするしかない。
 遮那はタロットカードを取り出した。勝負はこの一度のみ。失敗すれば負けだ。この化け物を駆逐するイメージを一瞬で構築しなければならない。
(恵美さん、僕に力を!)
 精神を集中させる。恐れるな。恐れるな。恐れるな!
 悪霊がいよいよその巨躯を突進させる。遮那はそれでもゆっくりとカードを引いた。
「……来た!」
 勝利を確信した。それは、魔術師の正位置。意味は『自信』!
 ギリギリにまで追い詰められた遮那はここに来て最高のカードを引き当てた。
「召還!」
 唱えると、遮那と悪霊の間に恐ろしく長いものが具現化された。ギョロリと剥いた目、炎のような舌――大蛇である。それこそ、この悪霊に絶対に勝てるイメージだった。
 どれほどカエルが強かろうと、ヘビに敵う道理はない。事実、カエルは睨まれて硬直している。
「さあ、いけぇ!」
 遮那が叫んだ。まさしく結末は一瞬。大蛇はカエルの霊を一飲みにした――。

「こぉぉぉの悪徳業者ぁぁぁ!」
「ひぇえ!」
 カエルの霊を退治してから三日後。悪霊退治器を回収に来た株式会社レイノーのセールスマンは、取って食ってやるといわんばかりの遮那の勢いにビジネススマイルを崩して後ずさった。
「ありとあらゆる悪霊を滅殺するって言ったらしいですけど、ぜんっぜん効かなかったですよ、これ!」
「遮那さん、そこまで怒らなくても。お試し期間でお金は取られなかったんだし」
「そういう問題じゃないです! この人は恵美さんの信頼を裏切ったんです!」
 がーっと吼える遮那。彼にとっては、自分がピンチに陥ったことよりも恵美を騙したことが許せなかったのだ。
「あ、いや、お気に召しませんでしたか?」
「効かなかったって言ってるんです! 早く持って帰ってくださいこんなもの!」
「はは、はい、それではまたよろしくお願いしますー!」
 セールスマンは悪霊退治器を抱えて脱兎のごとく立ち去った。
「あの機械、いくらするのかしら。買わなくて良かったわ」
 恵美はほうとため息をついた。危うく大損するところだったのだ。
「何はともあれ、一件落着ぢゃ。礼にお茶と菓子を用意しよう。恵美も遮那も早く来い」
 嬉璃はひょうひょうと管理人室へと歩き出した。後へ続く前に、恵美は遮那に向き直った。
「遮那さん、本当にありがとうございました」
「恵美さん、今度ああゆう人が来たら、すぐ追い返してくださいね。セールスマンなんて信用できないです」
「ええ、遮那さん。だから……これからも力を貸してくださいね?」
 恵美が笑う。その笑顔こそが、遮那にとって何よりの報酬だった。

(了)

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0506/奉丈・遮那/男性/17歳/占い師】

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■         ライター通信          ■
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 新人ライターのsilfluです。今回が祝・OMC初仕事となりました。
 奉丈遮那様、ご依頼ありがとうございました。
 タロットカードに関しては、ネットで検索した情報を基に
 しましたがいかがでしたか? イメージどおりなら幸いです。
 それではまたお会いしましょう。
 
 from silflu