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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


ラブイズショッキング!


 音楽準備室には長い生徒の列ができていた。中では神聖都学園でも人望と人気の高い音楽教師・響 カスミが学生相談をしていた。別に彼女だけ人気があり、実際に設置されている相談室に閑古鳥が鳴いているわけではない。実は相談室にも恐ろしい人だかりができており、生徒はカスミを頼らざるを得なかったのだ。そんな切実な思いを抱えた生徒たちとは裏腹に、カスミは彼らの持ちかけてくる相談にも飽きてしまっていた。顔だけはしっかりと整っているが、心の中ではもう退屈で退屈で仕方なかった。右手に持ったペンは紙の上をフィギュアスケートのように自由に走っているし、目も焦点がしっかりと定まっていない。彼らからの人望だけがいつもの彼女の印象を保っていた。

 それもこれも彼らの相談がすべて同じなのがいけなかった。みんな恋愛の話ばかりして自分だけある程度満足したら帰っていく。それの繰り返しだった。しかしその話には、何かしら引っかかる妙な点があった。それはどの話も「両思いの生徒がいないこと」だった。それを証拠にカップルになっている子は誰も相談に来ない。その点に不審な点を感じていた。
 逆に相談にやってくる子たちはそれどころではない。数十人の話をまとめると、三角関係や四角関係は当たり前、果ては八角形にもなりそうな訳のわからない恋愛構図ができあがりそうな勢いなのだ。しかも相談に来るのは高等部の生徒ばかり。みんな一目惚れのようになってしまっているのがカスミは不思議でしょうがなかった。
 目の前の少女が憧れの彼の相談している最中、カスミはある決断をする。

 「まさかと思うけど……これってオカルト絡みなのかしら。このままだと授業もろくに進みそうにないし。とりあえずやらないよりはいいかもね。調査だけでもお願いしようかしら。」

 少女はそんなカスミの心中など無視して口を必死に動かす。その瞳の奥には少し濁った色の煌きが放たれていた……


 「み、みんな、みんな学園でラブラブを楽しめばいいんだ……ラブラブを楽しんで、そしてみんな破局しちゃえばいいんだ。学園ドラマなんか偽物さ。友情なんて、恋愛なんて、みんなみんな幻想なんだ……!」

 体育倉庫で小さな声が響く……気の弱そうな男の子が自分の思っていることを全部吐き出すと満足したかのようにその場を立ち去る。彼の手にはへんてこな絵柄の呪符が握られていた。ハートに矢が刺さった奇妙な呪符は神聖都学園高等部を大騒動に巻き込むのには十分の力を秘めていたのだ。彼は知らなかった。その力はどんどん強大になっていることを……


 騒ぎは学園内で始まったのは確かだ。しかしそれは徐々に広がっているように思える。高等部の誰もがラブラブな状態を引きずったまま広大な校舎を歩く。そして学園で定番の場所での告白が始まるのだ。誰もいなくなった教室の中、静かな図書室や玄関の下駄箱にラブレターなどは当たり前。高等部の誰もがそれをしてしまっているため、それができずに困ってしまう生徒がいるのも事実だった。となると、今度は学校の周辺で自分の思いを伝えることになる。先輩を捕まえて何気ない話の中に好意をちらつかせたり、公園に行きましょうよと誘ってきっかけを作ってみたりと、その積極的な生徒たちを見るともはや珍妙としか言いようがない。
 しかし重要なことを忘れてはならない。彼ら彼女らの持つ感情は何らかの原因で持たされた一方通行の愛なのだ。告白したはいいが逆に相手から真実を伝えられるといよいよ話がおかしくなってくる。男の場合は相手を見つけ出して夕日をバックに殴り合いをしたり、ハンバーガーショップでお通夜の席のように青ざめた顔をつき合わせお互いに悩み苦しむだけだが、女の場合はそうはいかない。真昼のドラマさながらの愛憎劇をリアルに実行する女の子がいたりするなど、たったひとりの大切な人を巡って男女を絡めた戦いは翌日も続いた。もちろんその夜も十二分に騒ぎが起こっていたのだが……

 翌日、愛する心を持った生徒たちの気持ちなど無視して学校は容赦なく授業を行う。しかし彼らはそれどころではなかった。内職でラブレターを書いたり、後ろから彼氏の背中に熱視線を飛ばしたり、授業の腰を折るタイミングでトイレに走ったりとある意味学級崩壊のような状況になっていた。それはカスミの担当する音楽の授業でも同じだった。どうにも落ちつかない生徒たちを落ちつかせるため、前に教えた曲を歌わせた。だが、これがいけなかった。その曲は最近教科書に掲載されたある有名アーティストのラブソングだったのだ。いやに心のこもった、切ない声で合唱曲を歌い上げる生徒たち。中には昨日のこともあってか歌詞に揺さぶられて涙する女の子までいる。カスミはこの事件がまったく解決していないことを改めて思い知らされることになった……
 3時限目の終わりを告げる鐘が鳴り響き、物憂げなため息をつきながら生徒は自分たちの教室へと去っていく。それ以上に大きなため息を吐くのはカスミだった。今日の放課後もきっと自分の部屋は『恋愛相談室』になってしまうのだろう。そう思うと今から気が重かった。音楽室から相談室へ続くドアを開くと、彼女は意外な声を上げる。部屋には来客がずっと立って待っていたのだ。

 「あら、あなた方は……もしかして私の連絡を受けて……?」
 「ええそうよ。近くを通りかかった書道の先生が中で待っててもいいとおっしゃったのでお言葉に甘えさせて頂きました。」
 「それにしても気合いのこもった学園ね。愛の大合唱を少し聞いたけど、これは異常事態ね。淡い青春のお話とは行きそうにないわね。」

 目の前に立つ長身の美人ふたりがカスミの授業を部屋で待っていた。ひとりはショートカットで銀縁のめがねをかけた中性的な顔立ちの美人。カスミとは違いパンツルックなので一見すると男性と見間違えてしまいそうだ。彼女の名は綾和泉 汐耶。彼女は都立図書館で司書を勤めている。自己紹介もほどほどに、汐耶はそのまま隣に控える女性の紹介を始めた。その女性も汐耶と同じくスーツを着てはいたが、こちらは女性的な美しさを見せていた。肩までかかるロングヘアーのその女性は藤井 百合枝といい、某プロバイダのサポートセンターに勤務している。カスミはふたりに礼を述べると近くにあった学校ならではの質素なテーブルまで導き、その席に座るよう勧めた。そして自分はお茶を出すために近くに設置してあった流しに向かって歩き出す。

 「それで皆さん、実は……」
 「ちょっとストップ。私も汐耶さんも事態はほとんど飲み込んでるんだ。ある程度のことはわかってる。けど、まさか今日まで続いてるとは思わなかったわ。」
 「百合枝さん……そんな一日で冷める恋を高等部全員がやったら、それはそれで問題よ。確かに私も家でこの話題を聞いて飛んできたんだけど、もしかして解決してるんじゃないかなと思った。でも校門を抜けて右端の木陰で告白してる生徒たちが確認したら、なんか変に安心しちゃった。たぶんこの状態は止めない限り続くわよ。しかし、端から見ると本当におかしな状況ね。誰がどういう目的でやったのかが全然見えてこないわ。」
 「少なくとも昨日からその状態なのね、了解。この年齢で失恋するといい思い出になりそうね。」

 嘆息しながら感想を述べる百合枝に向かってやわらかな微笑みで返す汐耶。カスミはふたりの目の前に来客用の湯のみを差し出し、自分も適当な席についた。

 「綾和泉さん、藤井さん……やっぱりこれって原因は……」
 「オカルトなんじゃないかなと思ってる。それくらいしか想像できないし、それ以上の原因が思いつかないわ。」
 「それでも事件発生からすぐに動けてよかった。オカルトにせよなんにせよ、今回は時間が経てば経つほどややこしくなっていくから。とりあえず私の作戦を披露してもいいかしら?」

 その言葉に対して首を縦に振るカスミ。許可を得てから汐耶は静かに話し始めた。

 「面倒なんだけど、名簿を用意して高等部の生徒に話を聞いて『誰が誰を好きなのか』をはっきりさせるのがいいと思う。それに該当しない生徒は少なくとも疑わしいってわけ。」
 「誰もが誰かを好きになってるのなら……確かにそれが一番の方法かも知れないですね。私、昨日から生徒の相談を受けてますし、相談室の先生方も朝礼後にそれを話してらしたのである程度なら力になれそうですわ。」
 「あ、だったら名簿作りは汐耶さんとカスミ先生に任せる。私は自分の能力を使って足らないデータ収集をするわ。そうすれば効率も上がるし。」
 「藤井さん、でもそんなことどうやって……?」

 カスミはオカルトや異能力にはとんと疎い。百合枝が何をしたいのかがいまいちわからなかった。彼女は昨夜用意した名札とネームプレートをかばんの中から取り出す。それには『特別心理カウンセラー 藤井 百合枝』と書かれていた。彼女は汐耶たちにその作戦を説明した。

 「私がお疲れのカスミ先生の代わりに生徒たちの相談を受ける。その時に誰が好きかを突き止める。できればその相手が誰を好きなのかも吐かせ……いや、喋らせる。そうすればこの学園の生徒さん全員にお越しいただなくてもなんとかなるでしょ。」
 「じゃあ、私はカウンセラーさんの助手をすればいいのね?」
 「その通り。汐耶さんは書類の扱いには慣れてるしホント頼みやすいわ。カスミ先生は隣でにこにこしててくれればいいから。」
 「わ、私こそ名簿作りに励んだ方がいいのでは……」
 「実はカスミ先生、あなたが一番重要なの。生徒を引きつける人がいなかったら特別カウンセラーも形無しなのよ。だからお願い、この部屋で私たちと一緒にいてもらえません?」
 「そ、そういうことならわかりました……」

 作戦の内容を聞いたカスミは昼休みや放課後に音楽準備室を特別カウンセラーたちのために開放することを約束した。それを聞いてさっそく名簿などの準備に取りかかろうとした汐耶の後ろで百合枝が小さく笑い出した。ふたりとも不思議そうな顔で彼女を見つめる……

 「いえいえ、なんでもない。さすがはカスミ先生って思っただけ。本当に生徒たちのことが心配なのね。」
 「そ、そうですね……心配ですね。みんながみんなあんな状況ですし……」

 カスミが戸惑っているのを横目に百合枝は誰にも見えないところまで歩き、そして微笑んだ。彼女はカウンセラーとして活躍する前に、練習でカスミの心を覗いたのだった。彼女の心配そうな感情に触れた時、百合枝は改めてカスミが生徒に人気のある教師であることを認識したのだった。


 同じ頃、休み時間を利用して校舎の駐輪場の片隅に真っ白い制服を着た男子生徒が立っていた。足元には重そうなかばんが置いてあり、わずかに開いたそのファスナーを開くと、さまざまなコンピュータソフトが入っていることがわかる。彼はそれに手を突っ込むと、ひとつのゲームソフトを取り出した。それは巷で人気の『恋愛シュミレーションゲーム』というジャンルのものだ。彼はすでにこの事件をカスミから聞き、自ら解決に乗り出そうと彼なりに行動を始めようとしていた。

 「この不動 尊、お困りになっているカスミ先生からの頼みを無下にすることはできん。とりあえずは恋愛というものを学習するしてみようか。恋愛のロジックを分析してみないことには何も始まらんだろう。」

 すると手に持ったゲームソフトがどこかに消えてしまう……そう、彼はさまざまなコンピュータプログラムを自分の肉体で処理することができる能力を持っていたのだ。ゲームを普通に起動して、とりあえず設定を楽しむ尊。しかし恋に関する難問が早々と立ちふさがった。あまりの展開の早さにデータのエラーかと疑ったがそうでもなさそうなので、限られた選択肢の中からひとつを選び話を進めていく。すでに彼の想像の中は自転車置き場なんかではない。見たこともない学校の敷地内でさまざまなパラメータを上げるために努力を重ねる主人公となっていた。彼の理解は続く……


 生徒たちが自分の心を抑えきれずにやきもきする昼休み前の授業中、学校とは縁のなさそうなスーツ姿の男が購買部の中を動き回っていた。彼はきれいに並べられた商品を見て感心した様子で話し始めた。

 「いいじゃないですか〜。こうやって見渡すとなかなか彩り鮮やかなイメージで! どこの学校に行ってもここまで売ることに関して考えられた購買部なんてありませんよ。お弁当にサンドイッチ、まるでコンビニのような完璧な品揃え! でもね、大勢の学生や生徒を抱えるわりに……どうでしょうね。ちょっとお菓子が足らないような気が、するんですよね。」

 神聖都学園の購買部で手ごわい販売員の女性たちに向かって元気に自社製品を売りこむ営業スーツメンがそこに立っていた。彼の名は相澤 蓮。最近で言うところのイケメンである。身長も明るさもある、魅力的な男性だ。実際には酒とパチンコで散財するのでお金が身につかないという、ある意味で典型的な男性だった。そんな彼があと一押しと言わんばかりに商品のプッシュをする。カラーのチラシと商品模型を彼女たちに見せながら流れるように話す。

 「お菓子と言ってもね、スナック菓子じゃないんです。プリンとかの半生菓子なんです。これなら授業中に食べるのは難しいですし、回して食べたりしないから安心ですよ〜。特にこのプラスチックのスプーンを使うタイプなんか絶対にそう! 学生さんたちの昼食のもう一品に買ってもらって売り上げを上げる……これが最近の商売テクニックなんです。もちろんこんなこと、ここでしか言いませんけどね。どうです、油っぽいものを食べた後にこういうのを食べるのって、結構幸せでしょ?」

 満面の笑みを浮かべながら商品の説明をする蓮は販売員の顔をじっくり見る……その時、彼の瞳は紫色に輝いていた。彼女たちは蓮が言ったような状況を思い出し、それぞれにあの至福の時を感じていた。

 「そ、そうね……あってもいいような気もするわね。」
 「うちも一応商売でやってるんだし……それにゴミの分別もそこそこしやすそうなパッケージだし……」

 徐々に蓮の提案に傾いていく販売員の女性たち。蓮は売りこみが成功するかもと大喜びである。だが、その時には瞳の色は紫ではなく銀色になっていた。彼本来の瞳の色はこちらで、実際には紫ではない。彼女たちを喜ばせたのは蓮に宿る能力のおかげなのに。実は彼、自分に宿っている能力の操作はおろか存在すら知らないのだ。そんな彼がまさか今の生徒と同じような騒動に巻き込まれようとは想像すらできないだろう……不遇という名の歯車は今からゆっくりと動き出していた。


 やがて昼休みを向かえ、学園は慌しくなってきた。昼食そっちのけでまたいつもの告白恋愛ゲームが始まる。今日は本当にいい天気で心地のいい風も吹くし、青空も透き通るくらいにキレイだ……なのに、生徒のやってることといえばドキドキの告白タイムとどろっどろの愛憎劇。地獄絵図とまではいかないが、修羅場には見えなくもない。女の子が好きな先輩の肩を揺さぶって「なんで……なんでなの!」と叫んでいるのなど当たり前である。事態はいよいよ危ない方向へと向かい始めていた。
 そこへアッシュグレイの髪をなびかせ、黒いゴシック系の服を着たこれまた長身の美人が学園へとやってきた。左肩には白い服を着たお人形さんが座っている……不思議なことにそのお人形さんは彼女の肩でバランスを取りながら座っているではないか。なんとこの人形は生きているのだった。

 「ねぇ、縁樹〜。もうとっくの昔に修羅場が始まってるよ〜?」
 「噂よりも早かったわね、阿鼻叫喚の地獄絵図。あっ、ほらあっち見てよノイ。男の子が女の子に引っ叩かれてるよ。」
 「……痛そう。あらゆる意味で。」

 長身の女の子・如月 縁樹は人形のノイとともに校舎の中へと進んでいく。すると今度は玄関の下駄箱で怪しい行動を取っている生徒たちを目撃し、またもノイが呆れる。

 「……………ボク、なんか切なくなってきた。」
 「これだけの人数が寄り添うとちょっと引くわね、確かに。」

 普段は毒舌マシンガンのノイでもさすがに真顔の若人を鼻で笑うこともできず、ただただ首を振るばかり。縁樹は珍奇な目で彼らを見ないように心がけながら黙って奥へと進んでいく……実は彼女もこの騒ぎをなんとか収めようとやってきた人間のひとりだった。
 縁樹が校庭を通り過ぎた直後のこと、何気なく神聖都学園を真っ赤な髪の女性が横切る。その頃、生徒たちはもう隠れる場所がないことに焦ったのか、学園を取り囲む壁の外にまで愛しい人を誘い出し、そこで告白をし始めていたのだ。そんな積極的な男女を見て満面の笑みを浮かべるのが彼女だった。彼女の名は松田 真赤。ロックバンド「スティルインラヴ」のメインヴォーカルとパフォーマーを兼ねる元気いっぱいのアクティブな女性……いや、アグレッシブな女性だった。校門を中心にして一列に並ぶ高校生たちの愛憎劇を見ているうちになんだか自分でも面白くなってきたらしく、そのまま首を突っ込むことにしたのだ。自分が楽しければそれでいい。真赤はそんな娘だった。

 「いいねぇいいねぇ、ボーイズ&ガールズ! でもやっぱり愛を語るんならソウルフルなラブソングがいっちばん! ひとりでも多くの恋を成就させるためにお姉さんがんばっちゃうよ!」

 呼ばれもしないのに修羅場寸前のカップルの前に出てきてそう叫ぶと、少し首をひねってあることを考え始める。そして小さな声で曲を歌い始めた……彼女は即興で歌詞を考え、本気で応援ソングを作っていたのだ。目の前の女の子は今さっき振られてかわいそうな目に遭っているというのに、真赤はそんなことなどお構いなしに少しずつ音量を上げながら歌う。そして徐々に彼女の存在に気づき始める恋する青年たち。あまりにいい声を響かせるので告白どころではなくなってしまったようだ。中には真赤の存在をやっかむものもいたが、どちらかといえばその大半はその声に聞き惚れているという感じだった。即席のライブが始まり、どんどんテンションが上がっていく真赤はみんなに向かって叫ぶ!

 「みんなぁ〜〜〜、元気だねぇ! それじゃあ私と一緒に恋を歌ってみようかぁーーー! いちにーさんっ、はいっ!!」

 校舎の中は中で、外は外で大変な状況になりつつあった……


 昼休み返上で相談を受ける特別カウンセラーの百合枝、そして助手の汐耶。音楽準備室への道は昨日のより長い列となった。カスミはひとりずつ生徒を中に入れて、百合枝に軽く話をさせる。彼女はカウンセリングをするのが目的ではない。相手の心を覗いて『誰が誰を好きなのか』を知りたいだけだった。そこで能率を上げる計画を考えた。まずは彼ら彼女らの悩みだけを聞き、相談は放課後に回すという方法をとった。犯人を放課後までに見つけてしまえば、もうカウンセリングの必要もなくなると踏んだのだ。百合枝が相談する生徒には見えないようにさらさらとメモに生徒の関係を書いて隣の汐耶に渡し、出席簿にチェックを入れてもらっていた。こんな作業が小一時間ほど続いた……
 午後のチャイムがなっても全員との面談はできなかったが、それでも十分な成果だった。だいたいクラスに3人程度ほど恋愛に関係のない生徒がいることが判明したからだ。これに別室にある相談室の話を加えればある程度は山勘でも犯人を断定できそうだった。ほっと安堵の表情を見せるカスミ。だが、汐耶はただひとつだけ気になることがあった。それをみんなに伝える。

 「お疲れ様です。これでなんとか原因を突き止められそうですわね。藤井さん、綾和泉さん……あと一息ですね。
 「あの……水を差すようで悪いんだけど、ちょっといいかしら?」
 「あら、もう犯人らしき生徒が見つかった? それとも何か問題あった?」
 「後者が正解かしら。このクラスの女の子、今までにないパターンなのよね……若い体育教師が好きだってメモ書きにあるんだけどホントなの?」
 「えっ……たぶん間違ってないと思うけど。心までウソつく人なんていないもの。」
 「もしかしたら悪い方向に進んでない、この話? 今まで対象が生徒同士だったはずなのに、なんで急に恋愛対象が拡大してるの? ちょっと急がないと危ないんじゃないかしら。ねぇ、カスミ先生……」

 汐耶が悪い予感を口にした時、彼女の表情がこわばった。カスミは明らかに何かを隠していた。汐耶の言葉に返答のないのを確認すると、百合枝は悪いと思いつつもとっさにカスミの心を覗いた……するとさっきは感じられなかった恋の意識が芽生えているではないか。さすがの百合枝も声を上げる。

 「まっずい……汐耶さんの予想は正解ね。この能力は学園中に広がりつつあるみたい。カスミ先生も術中にはまってるわ。」
 「やっぱり。でも間違いなく犯人は名簿の中の生徒よ。ここは特別カウンセラーの権限で捜索するしかないんじゃないかしら……もしかしたら私たちもこうなる可能性は否定できないわ。」
 「藤井 百合枝大先生の出番ってわけ? ちょっと想像してなかったわね。さ、今度はふたりで教育委員会のキャリアウーマンでも演じましょ。」
 「まったくもう、迷惑な現象ね……」

 汐耶がそうつぶやいている頃、階下の購買部では大騒ぎが起こっていた。購買部の売れ具合を確認して最後の押しをしようとマジメに働いているところに学園の生徒らしからぬ女性と出会った。彼女は蓮を見るとなぜか顔を赤く染め、近くへと駆けてきた。その娘は小さな人形を抱きかかえていた。

 「あの、僕……如月 縁樹っていいます。あなたは……?」
 「お、俺? 俺は相澤 蓮だけど……それがどうかしたの? 君、ここの学」
 「あのあの……蓮さんは僕のことどう思ってますか?」
 「は、は、は、は、はいぃぃぃ??」

 なんとさっきまで生徒たちを鼻で笑っていた縁樹が同じ状況になってしまっていたのだ! 慌てるのは蓮だけではない、ノイも同じだ。大慌てでストップをかけるノイ。

 「ちょちょ、ちょっと何言ってるの縁樹っ! こんな女垂らしみたいな顔した奴なんかに惚れる時間がもったいないって!」
 「な……………俺、人形なんかにバカにされた。つーか、なんで人形が喋るんだよ!」
 「人形って呼ぶなっ、僕の名前はノイだ! 一回で名前覚えろよ!!」
 「うっせーな、その……縁樹ちゃんが勝手に好きになっただけなのに、なんでお前なんかに説教されないといけないんだ……」
 「ボクの名前はノイだって言ってるじゃないか! 何度もおまえって呼ぶな! もう縁樹には近づくなっ、シッシッ!」

 ノイに近づくなと言われても、縁樹が勝手に蓮の方へ向かっていくのでどうしようもない。蓮はノイに向かって乾いた笑いを見せるが、彼がそれにつられて笑うことが決してなかった。

 「あの、その辺の木陰でちょっとお話を……ドキドキ。」
 「い、い、いや、俺はそれでも構わないんだけど、それでも……ってうわぁ! なんだよこいつ、ナイフ持ってんじゃねーか!」
 「ほらほらほらほら、縁樹から離れるんだっ!」
 「さっきから離れろとおっしゃいますけどね、俺が離れていったらどうなるかはすでにノイくんの想像通りでありまして……」

 「ボクから早く離れろーーーーーっ!!」
 「うっひゃあーーーーーっ、助けてぇーーーーーーーーっ!!」

 刃物で脅された蓮は営業も忘れてとっとと逃げ出してしまう。しかしノイを抱えたまま縁樹は彼を必死に追いかけ続ける。近づいてくる淡い恋心と冷たい刃物……蓮は学園中を走りまわる羽目になってしまった。


 依然、自転車置き場でゲームをしていた尊はなんとかエンディングまで体験し、その感想をひとり静かに述べる。

 「恋愛というのは麻薬だな、間違いない。これではまるでウイルスだな……そうか、ウイルスか。ならば免疫をつけておけばいい。」

 そういってかばんから取り出したのはアンチウイルスソフト。今度はそれを自分にインストールしてファイアウォール機能に『恋愛感情』の阻止するプログラムを自らの身体に走らせた。これで万事安全……そう思いながらかばんのファスナーを閉じ、玄関から自分の教室へと帰ろうとしたその時だった。尊は玄関前がやけに盛り上がっているのを見た。その中心には真赤がパフォーマンスをしながら十数人の生徒とともに愉快に歌い踊っているのだ。とっくの昔に昼休みは終わり、午後の授業が始まったにも関わらず人だかりは消えそうになかった。そんな楽しそうに歌っている彼女を見て、尊は素直に憧れに似た感情を持とうとしたがそれはあっさりプログラムに弾かれてしまった。かくして彼の恋愛は終わり、そのまま平坦な感情のまま玄関に入っていくのだった……


 移動の途中で相談室によってリストをある程度完成させた百合枝と汐耶は2年生の教室へと急いだ。ふたりはほぼ完成したリストからもはやこの生徒しかいないと目星をつけていた。そして担任の教師を捕まえて彼の居場所を聞き出す。彼は今、貧血気味になって倒れてしまったらしく、1階にある医務室で眠っていると聞きその場所へと急いだ。そしてその看板を見つけると百合枝が猛ダッシュでノックも遠慮もなしにその扉をスライドさせる!

 「お邪魔するわよ! 出てきなさい、黒子くん!」
 「な、な、なんだよぉ、俺はなんにもしてないよぉ……」

 ベッドから急に飛び起きた黒子という名の根暗そうな少年は片手にピンク色の奇妙な呪符を持っていた。それを見る限り、彼が犯人であることは誰の目にも明らかだった。百合枝も汐耶もじりじりとその距離を縮めていく……ふたりは直感であの呪符さえ破ってしまえばこの現象はすべて収まると踏んだ。それを証明するかのように窓際まで後ずさる黒子少年はやけになって叫ぶ。

 「別に、別にいいじゃんか! みんなみんな恋愛できるんだからよぉ! これを使っても俺は……俺は誰にも好きになってもらえないんだから! みんな誰かを好きになってるんだからいいじゃないか!」
 「あんた、好きになってもらえないから自分は不幸だなんて甘いこと言ってるんじゃないわよ!」
 「百合枝さんの言う通りよ。キミの呪符で本来持つべきではない感情を無理やり高ぶらせてやっとの思いで相手に告白したのに、ほとんどの人が失恋して傷ついてるのよ。人を好きになれることが、人に好かれることが必ずしも幸せに結びつくわけじゃないわ。そうでしょ?」

 黒子は自分が体験したことのないことばかり説教のネタに並べられるものだから、逆によくわからなくなってきたらしい。彼は頭を抱えて真剣に悩み始めた。汐耶はその隙を突いて得意の体術で呪符を奪おうとしたが、百合枝にそれを止められる。

 「ひとりでいるから辛いのもわかるけど、あんたはいつもひとりってわけじゃないでしょ。さ、それを早く破」

 「わーーーーーっ、やめろってばやめろ! あっ、どっちかは保険の先生? 頼むよ、さっきから縁樹ちゃんっていう娘が追いかけてきてもうたいへ……」
 「蓮さーーーん、僕、ちょっとお話したいだけなんです! お付き合いしてくれないんですかぁ?!」

 大騒ぎの蓮と縁樹、そしてノイも保健室へなだれ込んで来た。迷惑を被っているちょうどいいサンプル素材がやってきたところで汐耶も説得を再開する。

 「キミの呪符はもう無関係の人まで巻きこんでるのよ。このサラリーマンはどこからどう見ても学園の関係者じゃないわ。今のうちに破ってしまわないと大変なことに……」
 「あれ、あなた……なんかすっごく素敵だ。凛々しくって、カッコよくって……なんだろう、なんか胸がドキドキする。あ、あのすみません……俺のこと、どう思いますか? その、変な奴に見えたりしませんか?」
 「あら、自分で言うほど変な人には見えないけど……ま、とりあえず今は誉め言葉はそのまま受け取っておくわ、ありがとう。でもキミ、今隣の女の子に好かれてるんじゃないの? 浮気はよくないわね。」
 「そうですっ、蓮さん! 僕と楽しいオシャベリを楽しむのが先なんです!」
 「ほぉーーーら、あと50センチ縁樹に近づくとボクの持ってるナイフがキミの右腕にグサリ……」

 今度は蓮が汐耶に恋をするという無茶苦茶な状況になってしまい、縁樹もノイもそれを見てそれぞれに暴れ始める。百合枝はもう見てられないとばかりに顔を背けた。黒子はそれを見ても呪符を胸の前で大事そうに抱えていた。しかしその時、彼の心の中で声が響く……

 『愛は幻想か……』
 「だっ、誰だ! て、テレパシーか!?」

 黒子が驚くのも無理はない。彼は今、尊の声を心の中で聞いたのだ。彼は自分に牙を向いた呪符から発せられるウイルス遮断し、さらにそれを追跡するプログラムでその身をガードしていたのだ。そして呪いの発信源である黒子の精神をキャッチして直接話しかけているのだった。

 『恋愛ができない? それがどうした。お前は幻想にすら見放されたというのか。哀れだな……お前のしていることは逃避に過ぎん。生きている以上、俺たちは自分たちが紡ぎ出す人生から逃げられんのだ。ならば、立ち向かうか順応するしかあるまい。違うか?』
 「う、うう……で、でも、僕は……」
 『人の定めを揺り動かしている現状を目の当たりにした今のお前なら、その勇気があるはずだ。』

 「友情とか愛情とか、そんなもんで操るもんじゃない! 目に見えないからから不安だろうよ……だからって絶対に存在しないなんて思うな。しかるべき人に出会えたなら、お前もきっと心の目でそれが見えるんだから。な、だから……こんなのやめようぜ。やめてくんないとさ、俺の腕にナイフが刺さるんだよ、ホントに頼むって。」

 尊の言葉と蓮の本音を聞きながら悩み続ける黒子。縁樹のせいでノイに狙われている蓮、その蓮に一方的に好かれている汐耶、そして百合枝がその様子を静かに伺っていた。彼らには聞こえない声なき声はさっきまでの彼らの言葉を意味ある価値あるものへと変貌させ、ついには黒子にその決断をさせた。そして彼はゆっくりと呪符を破り、それを細かくちぎってゴミ箱に捨てた。これが学園を巻きこんだ恋愛大会の幕切れだった。


 それを境に意味もなく誰かが誰かを好きになるという現象はなくなり、一気に熱も下がったようだった。放課後はいつもの変わらぬ風景がそこにあった。ただ元々気持ちを持っていた者の熱までは冷ますことができなかったようで、これをきっかけに恋を成就させようとカスミに相談する生徒がちらほら出てくる程度だった。敏腕カウンセラーの仕事もなんとか終わり、汐耶とともに学園を後にしようとしていた。

 「お疲れ様、カウンセラーさん。」
 「有能な秘書がいると本当に助かるわ。今度から仕事、手伝ってくれない?」

 そんな冗談を言い合っているところに、保健室に騒動を持ちこんだ3人がやってくる。蓮と縁樹とノイ……彼らは校門への道を歩くふたりに追いついた。

 「ふーっ、なんとか営業には成功したーっ。危険からも回避できたし……っと。一時はどうなるかと思ったけどな。」
 「なんか購買部に入ったあたりからあんまりよく覚えてないんだけど、僕。ノイはちゃんと覚えてる?」
 「ちゃーーーーーーーーんと覚えてるよ。」
 「怖いこと言うなよ、ノイくんよ。これからは仲良くしようぜ。」

 大所帯になった彼らが校門を通り過ぎようとした時、騒動が収まったにも関わらずまだ恋の歌を歌い続ける真赤はそこにいた。驚くべきことにまだそこには生徒がさっきと同じくらいおり、放っておけばそのままずっとここにいそうな雰囲気だ。彼らはその歌声を聞きながらそれぞれの帰路につく。

 「叶わない〜、気持ちを抱きしめながぁ〜ら、この胸の! ドキドキを! 持って〜走るのさ〜〜〜♪」

 手拍子に合わせて歌い続ける真赤の歌詞を聞いて、彼らはいったい何を思ったのだろうか……昔の出来事を思い出したのか、それとも今日の事件を振りかえっているのだろうか。彼らはそれを口に出さず、ただ雑談をしながらその場から去っていった。

 真赤のライブの輪の中に、白い学生服を着た高等部の学生が混じっていた。すべてのソフトをデリートし、ただ素直にその歌を聞いていた彼の心の中には確かにドキドキがあった。

 「麻薬……だな、やはり。」

 彼は一言つぶやくと、さわやかな笑みを浮かべながらその歌声を背中に受けて帰っていった……


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

2295/相澤・蓮   /男性/ 29歳/しがないサラリーマン
2849/松田・真赤  /女性/ 22歳/ロックバンド
1449/綾和泉・汐耶 /女性/ 23歳/都立図書館司書
1873/藤井・百合枝 /女性/ 25歳/派遣社員
1431/如月・縁樹  /女性/ 19歳/旅人
2445/不動・尊   /男性/ 17歳/高校生


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■         ライター通信          ■
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皆さんこんばんわ、市川 智彦です。今回は『学園ラブコメ』で楽しんで頂きました。
今回の神聖都の状況を想像してみると……なんか恐ろしい画ばかりですね。
皆さんがどう感じるのかをちょっとだけ聞いてみたいです(笑)。

縁樹ちゃんには恋する乙女になってもらいました。かわいい動作満載です(笑)。
その代わり……ちょっとノイくんにはいじわるな役をお願いしてみました。
どうしてもノイくんに刃物を持たせたかったんです〜。私のわがままでごめんなさい。

今回は本当にありがとうございました。また別の依頼やシチュノベでお会いしましょう!