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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


指輪の恋人
 
「……たい」
 ふと声がした。
 店内には蓮しかいない。声の主を探そうとぐるりと部屋を見渡すと、水晶の指輪で目が止まった。強い魔力を秘めている代物である。記憶では淡い桜色だった水晶が、なぜか今は青白い光を帯びている。

 ……たい。……に会いたい。

 どうやら声はその水晶から聞こえてくるようだった。
「いったい誰に会いたいっていうんだい」
 肩をすくめると、水晶から人の姿が浮かび上がった。若い女だった。女は泣きながら、会いたい会いたいと繰り返している。
「やれやれ。会いたいってのは恋人かい?」
 こくり。女はうなずいた。
 この指輪を入手したとき、対になる指輪も存在していたと蓮は聞いた。恋人とはその指輪だろうか、それとも持ち主だろうか。一○○年以上前の代物であるから、さすがに持ち主はもう生きてはいないだろうが、指輪ならまだ手に入るかもしれない。
「そんなに恋人に会いたいのかい」
 こくり。
「判ったよ。見つかるかどうかはさておき、誰かに捜させてみるよ」
 
 
『悲しんでいる魂がいるから助けてあげて』
 右肩にいる妖精さんの一方的なお告げで草壁小鳥(くさかべ・ことり)が訪れたのは、『アンティークショップ・レン』だった。
 店内に入ると、蓮の他に背の高い男性・柚品弧月(ゆしな・こげつ)と、細身で背の低い少女・八雲純華(やくも・すみか)がいた。
「あら、いらっしゃい」
「ども。悲しんでいる魂ってのは、これ?」
 カウンターに置かれている指輪を手に取ってみる。ローズクォーツリングだった。確か、愛と美の女神アフロディテの石とも呼ばれていたはずだ。
「ええ。なんでも恋人に会いたいそうよ」
 かいつまんで蓮は説明をした。
「…へぇ。指輪の恋人探しね。で、なにか手がかりはあるの?」
「さっき二人に前の持ち主の住所を教えておいたわ」
「あと、これから俺のサイコメトリーで指輪の記憶を探ろうとしていたところです」
「…なるほど。でも、それだけじゃ足りないかな。ねえ蓮さん、骨董屋、マジカルショップ、アンティークショップとかのリストはある? 年代物の指輪なら、その手の店の人がなにか知ってるんじゃないかな…」
 それと、と妖精さんにも声をかける。
「…神様からヒントになるようなお告げ、貰ってきてくれない?」
『はーい』
「すごーい」
 小鳥の横で純華が感嘆の声をあげた。
「…ん? すごいってなにが?」
「蓮さんから話を聞いたとき、あたし、入手ルートを辿ればどうにかなるかな、行き詰まったら占いでもすればいいや、くらいしか思ってなかったんです。すぐに的確な判断ができるって、すごいなあ」
「…別に言うほどじゃないよ…」
 小鳥が言い終えたそのとき、妖精さんが戻ってきた。
『もうひとつの指輪も恋人に会いたがってるって』
 それはヒントといえるんだろうか。と思ったが、つっこむのはやめた。相手も心変わりしていないことが知れただけでも、一応収穫ではあるのだし。
「…向こうも、この指輪に会いたいってさ」
 妖精さんの言葉を伝えると、「ほんと?」と純華は目を輝かせた。
「じゃあ、あたし、前の持ち主に会っていろいろ聞いてきますねっ」
 
 
 純華には今、つきあっている人がいる。しあわせな恋愛をしていると思っている。
 自分たちが、しあわせだからかもしれない。世界中の恋人たちがみんな笑顔でいられたら素敵だな、と思ってしまう。たとえ、それが指輪だとしても。対の指輪も恋人に会いたがっているのなら、なおさら二人を会わせてあげたいな。
「対の指輪の行方ねえ」
 前の持ち主である山村はいった。
「申し訳ないが、私も詳しいことは知らないんだよ。なにせ夜ごとに幽霊がでるものだから、すぐに蓮さんに引き取って貰ったくらいでね」
「山村さんの前は誰のものだったんですか?」
「宮沢さんという若い女性だったよ。恋人からのプレゼントだったらしいが、指輪の幽霊が原因で別れたらしくてね。……まさか私も本当にでるとは思ってもいなかったが」
 恋人に会いたがっている指輪が原因で、恋人たちが別れてしまうのは、なんだかやりきれない。純華は胸が痛んだ。もしかしたら、「幽霊がでる」ということで、指輪は持ち主を転々と変えていったのかもしれない。だとしたら、誰からも愛されていないようで、それもまた悲しい。
 かぶりを振って、マイナスな思考をなんとか消し去る。持ち主から愛されていなくても、恋人の指輪は彼女を必要としているんだったら、それはしあわせじゃないのかな。
「宮沢さんの連絡先は控えてあるんだ。よかったら訪ねてごらんなさい。おそらく私より詳しく話が聞けるだろうから」
「はい」
 メモを受け取った純華はうなずいた。絶対、二人を再会させないと。
 
 
 ――二つの指輪が視える。
 指輪のデザインは同じだが、片方の石は淡い桃色をした石で、もう片方は青い石だった。その二つの指輪を見つめている一組の男女がいる。一人は黒髪の青年で、もう一人はプラチナブロンドの小柄な少女――。
「対の指輪のデザインは一緒みたいですね」
 サイコメトリーを終えた弧月が、さきほど視た内容を小鳥に話した。あの二人は最初の持ち主だろうか。男は日本人だったが、女は西洋人のようだった。
「どんなときに作られたかも知りたかったんですけど、残念ながらそこまでは」
「…そう」
「俺、思うんですけど、魔力を秘めた指輪なら誰かが指にはめれば、なにか反応があるんじゃないんですか?」
「…それも悪くないと思うけど」
 淡々とした口調で小鳥はいい、カウンターに置かれたままになっている指輪を拾いあげる。
「…指輪本人に捜させたほうが早いんじゃないかな。さっきの話だと、感情を表したときに色が変化したというし。レーダーって訳じゃないけど、あたしらよりかは恋人の『気』には敏感だろうしね。…ね、妖精さん」
 弧月には見えない「妖精さん」に小鳥は話しかけた。
「この指輪に通訳してくれない? 『あたしらも恋人を捜す手伝いをするけど、アンタも自分で捜さなきゃダメだよ』って」
「指輪の言葉が判るんですか?」
「…たぶん。さてと…、アンタのサイコメトリーで視た情報をヒントに、ショップをローラー作戦と行こっか…」
 
 
 純華が宮沢という女性のマンションを訪ねると、彼女は部屋にあげてくれた。事情を話すと、目を細めてにっこりと笑う。
「それで、なにが聞きたいのかしら」
「なんでもいいんです。できれば二つの指輪がどうして離れ離れになってしまったのか知りたいんですけど」
「残念だけど、指輪が別々になった理由は知らないわ。知っていたら、わたしも少しは違ってたかもしれないけど」
「?」
 なんのことだろう、と純華は首をかしげた。
「わたしもね、指輪捜しをしていたの。あれだけ毎日、会いたいって繰り返されたら、さすがに不憫に思えちゃって。つきあってた彼とは、それが原因で別れたけど」
「どうして指輪を手放したんですか?」
「仕事が忙しくなってしまって。指輪捜ししてくれそうな人に売ったつもりなんだけど、その様子じゃ違ったみたいね」
 こくり、と首を振る。
「八雲さん。もしかしたら、って思わないかしら。こっちの指輪で恋人捜しをしているのなら――」
「相手の指輪も恋人捜しをしてる?」
 思わず声が大きくなった。宮沢も満足そうに笑う。
「ちょっと待ってて。指輪捜しするときに作ったショップのリストがあるの。いろいろ訪ねてまわるといいわ」
 
 
「そういえば似たようなこと尋ねてきた人がいたなあ」
 人の好さそうなアンティークショップの店主が、頭をかきながら言った。
「…こんな指輪を持ってなかった?」
 小鳥が手にしていた指輪をみせると、
「そうそう、そんな指輪だったよ。でも色が違ったなあ。これは桃色でしょ? あっちは」
「青ですよね」
 弧月が言うと店主は驚いた。
「なんだ、知ってるんじゃないか。だったら、わざわざ聞かなくても」
「…実際に見た訳じゃないんだよね。で、その人、どんな人だった?」
「かわいい女の子だったよ。ちょっとのんびりした感じで、たぶん高校生くらいじゃないのかなあ」
「その子の連絡先とか判らないんですか?」
「聞いてないね。力になれなくて申し訳ない」
 本当にすまなそうに店主は二人に謝った。
 ――その後、いくつかの店を訪ねてまわったが、得られた情報は似たり寄ったりだった。
 女子高生が指輪の恋人捜しをしている。もしくは数ヶ月前、小鳥や弧月のように訪ねてきた女性がいるということ。小鳥が妖精さんを通訳にして指輪から話を聞きだそうとしても、「ここに、彼はいない」といわれるだけで進展はない。
「せめて、何でもいいからその子の持ち物があればいいんですけどね。俺のサイコメトリーで顔くらい視えると思うんですけど」
「…そんな都合よくはいかないんじゃない?」
『小鳥さん、小鳥さんっ!』
 右肩で妖精さんが叫んだ。
『あっちに誰かいるよっ』
「…あっちに誰かいるって」
 妖精さんが見えない弧月をうながして、小鳥は指さされたほうへ向かった。
 その「誰か」とは純華だった。彼女と会った瞬間、小鳥は足を止め、目を丸くした。
「…なに、やってんの? 催眠術?」
「ち、違いますってば!」
 催眠術といわれ、純華は頬をふくらませて抗議した。
 純華がしていたのはダウジングだ。ペンジュラムという占術道具を振り子のようにして使う、れっきとした占いのひとつである。
「宮沢さんという人からショップのリストを貰って。でも、ただ順番にまわるのもどうかなと思ったから、ヒントがありそうなショップを占いで調べてたんです。……そりゃ、マグレあたりしかしないですけど」
 手渡されたリストには、店名が横線で消されているものがある。おそらく純華が訪ねた店で、中にはさきほど小鳥たちも足を運んだところもあった。
「いいですか」
 と純華は小鳥からリストを返してもらい、それを地面に広げた。深呼吸をしてから、手にしているペンジュラムをリストの上で固定させる。精神を集中させると、青みのある乳白色の石が揺れた。大きく揺れていたペンジュラムが、『ハモニカ海岸』という店で止まった。
「……ここ、行ってみましょう」
 
 
 大通りにあるアンティークショップ『ハモニカ海岸』に入り、指輪のことを話すと、店主は「ふへぇ」と妙な声をあげて驚いた。
「ちょうど今さっき、おんなじこと聞いた女の子がきたばっかりだよ」
「さっきって、いつぐらいですか?」と純華。
「一〇分くらいかな」
「追いましょう。今なら、まだ近くにいるかもしれない」
「…やめたほうがいいんじゃないかな」
 先走りしそうな弧月を、小鳥は制した。
「…闇雲に捜したってムダだと思う。あたしらは彼女の顔すら知らないんだし。…それより、純華の占いと妖精さんのお告げで、先回りをしたほうが確実じゃないのかな…」
 言い終えたそのときだった。
 純華はなにかを察知した。乙女の勘が、誰かがここにくると告げている。扉の向こう側から、あともう少しで。
「くるっ!」
 叫ぶのと同時に、純華が手にしていた指輪が光を発した。青い光だった。なにかに呼応するかのように光は強くなる。
 まぶしくて目をつむろうとした瞬間、純華は、光の中に女性の姿を見た。
 小柄なプラチナブロンドの少女だった。まぶしすぎて顔までは判らないが、優しそうに微笑んでいるように思える。その彼女は、穏やかな声で、
 ――ハル。
 名前を呼んだ。
 同時に店の扉が開いた。小気味よいカウベルの音とともに「すいませーん」と間延びした女の子の声。
 ――エリス。
 男性の声がした。
 店内に入ってきた少女の手は、淡い桃色の光が発せられ、その光の中には髪の黒い男性がいる。懐かしそうに目を細め、エリスと呼ばれた少女を見つめている。やがて、ゆっくりと手を伸ばし彼女を抱きしめた。
「よかったね」
 誰かがつぶやいた。
 
 
「よくある話なんです」
 と少女は言った。話を聞くと、店をでてすぐに指輪が光りだしたらしい。その反応を辿っていくと、『ハモニカ海岸』に戻ってきてしまったそうだ。
「あの男の人は海外に留学していたんです。明治時代のことです。留学先の国でその人は恋をしたのだけど、日本には婚約者が待っていたそうです。悩んだ末に彼女とは別れて帰国したそうですが、やっぱり忘れられなかったみたいです。男の人――というより、この指輪が」
「それって可哀想」
 あたしが同じ立場だったらどうしただろう、と純華は思った。同じ人をずっと、一〇〇年近くも想い続けられるだろうか。彼は、あたしを想い続けてくれるだろうか。
「偉いよね、この指輪たち」
 掌にあるふたつの指輪をみつめて、純華はつぶやいた。
 あとで彼に電話をしよう。離れ離れになるなんて想像したくないけれど、一緒にいられる今という時間を大切にしないといけないな。純華はそう思った。
 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
  
【2544 / 草壁小鳥 / 女性 / 19 / 大学生】
【1660 / 八雲純華 / 女性 / 17 / 高校生】
【1582 / 柚品弧月 / 男性 / 22 / 大学生】
 
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■         ライター通信          ■
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はじめまして、純華さん。駆け出しライターのひじりあやです。今回は参加してくださってありがとうございます。
 
話の筋が「恋人捜し」ということですので、純華さんには恋する乙女になっていただきました。もちろん、心変わりなんてしていないことは読んでいただければ分かるかと思いますが(笑)
女の子を描くのは好きで、純華さんのことは描いていてとても楽しかったです。占いがイマイチきちんと書けなかったのは心残りではあるんですが。個人的に興味があるんですが、なかなか勉強できないんですよね。
もしも次の機会があったら、そのときはきちんと書きたいなと思っています。よかったら、これからもよろしくお願いしますね。
それでは、またいつかどこかで。