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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


調査File3 −殺人−
●始まり
「ここね、依頼者の家って」
 建て売りだったのか、団地のように同じような家が連なった一軒の家の前で、ヒヨリ達は立ち止まった。
 表札には『明立(あだち)』と彫られている。
「なんか大変な状況だから、そっちに行けないから来てくれ、って言われたんだよね。なにがあったんだろ……」
 家を上から下までヒヨリが眺めていると、梁守圭吾はすいっと手を伸ばしてチャイムを押した。
 中からは少し疲れたような女性の声。
 その声に導かれて、一同は家の中へと足を踏み入れた。
「うっわ」
 思わずだした声に、ヒヨリは自分の口をおさえた。
 ひどい有様だった。ところ狭しと物が散らかり、柱には刃物で傷つけられたような跡。
 玄関に入ってすぐ見える階段の上には二人の少女の姿。おびえるように階下を伺っていた。

「それでは、その例の通り魔連続殺人者が射殺されたのを偶然目撃してしまった時から、様子がおかしいんですか?」
 圭吾の確認に女性、香菜子(かなこ)はうなずいた。
 問題の男性は夫である仁彦(きみひこ)。今はロープと布団ですまきにされ、昏倒している。その側には香菜子の兄と仁彦の弟が見張るように立っていた。
「急に暴れ始めて、みんな殺してやる! と……」
 横目で昏倒している仁彦を見て、目尻に涙を浮かべた。
 たまたま夫婦で出かけたその日。刃物で通りを行く人々を斬りつけ、殺しながら走っていた男が目の前で射殺された。威嚇の為に足下をねらったらしいが、銃弾は男の心臓をかすめ、ショック死だった。
 それを目撃して数日、何か頭の中で誰かが喋っている、とおかしな事を繰り返し言ってた夫。でもきのせいだろう、片づけていた。
 しかし。
 今日になって急に刃物を持って暴れ始めたのだと言う。
 慌てて二階の子供部屋にたてこもり、二人に連絡をして現状に至る、という訳だった。
「そちらの話は、最近友人から聞いていて……霊現象でなくても親身になって相談にのってくれる、と……」
「ええ、もちろん。優秀なスタッフが揃っておりますから」
 安心させるように圭吾はほほえみ、その笑みのまま後ろを振り返った。

●夫婦二人 −事件5日前−
「久しぶりね、夫婦二人で出かけるのって」
 いつになく嬉しそうに香菜子は夫、仁彦をみて笑う。
 それに仁彦の同様な笑みを返しつつうなずいた。
「お袋と親父には感謝しないとな」
 今日は結婚して10年目の記念日。旅行に行くまでの貯蓄はないが、せめて二人で食事を、と娘二人を仁彦の実家に預け、デートとしゃれ込んでいた。
 そして食事を終えての帰り道。時間は夜の21時をまわっていた。
 突然悲鳴が後方であがった。そしてそれに続いていくつもの悲鳴。
 二人は慌てて振り返ると、右手後ろの方に人だかりが出来、それがばたばたと崩れて行った。
 すぐに最寄りに警官がかけつけてきたらしく、あたりは騒然としている。
「なにがあったのかしら……?」
 好奇心と恐怖、不安の瞳で香菜子は通りを見つめた。
 その香菜子を背にかばうようにして仁彦は立ち、しかしそこから離れられずにいた。
 悲鳴はやむ事がなく、警官の制止の声がビルの中に響き渡る。
 人垣が崩れた中から、一人の男が躍り出た。
 その服には大量の血痕がついていて、しかし顔は冷静きわまりない。
 仁彦は瞬きをする事すら忘れて、その殺人者の顔を見ていた。
 瞬間。
 空気を濃縮してはじけたような音が木霊し、殺人者は倒れた。
 そのほんの一瞬、殺人者と仁彦の瞳があった。気のせいではなく、確かに視線がぶつかった。
 刹那。
 男は笑った。はっきりと、確かに。
「パ……パパ? ……仁彦さん!!」
 背中を強くおされて仁彦はようやく我にかえった。
 凝ったようにかたくなっている首を軽く手でもみほぐしつつ振り返る。
「ああ、ごめん……」
「……なんかいやね……せっかくの夜だっていうのに……」
 香菜子は苦々しい顔で、しかし現場から目が離せないようで、警官達の姿を見ていた。
 しかしそこは人間の身勝手なのか当然の事なのか、自分たちに被害がなく、そして被害者に友人がいないであろうという事もあって、香菜子は「いきましょう」と口にする。
 仁彦はその言葉にうなずきつつ、妙な違和感を覚えていた。

●頭の中の声 −事件前日−
 結婚記念日から4日がすぎた。
 あれから時々仁彦は幻聴に悩まされるようになっていた。
『殺せ、何もかも殺してしまえ』
 そう誰かがささやく。
 最初は本当に小さな声で聴き取る事させ出来なかった。しかしそれは日増しに大きくなり、今でははっきりと聴き取れるようになった。
「やめろ……」
「どうしたの?」
 隣で眠っていた香菜子は、仁彦のうめき声によって起きた為、頭を抱えて丸くなるようにして眠っている仁彦へと声をかけた。
「な、なんでもない……」
「頭痛いの?」
 更に心配そうにのぞき込んだ香菜子の前に腕がとんできた。
「うるさい! なんでもないっていったら何でもないんだ!!」
 その腕にはじき飛ばされるように布団から落ちた香菜子は、呆然と仁彦を見つめた。
「……ごめん、俺、下で寝るから……」
 我に返った仁彦は、わずかな布団を手に階下へと降りていった。

●翌朝 −事件当日・1時間前−
 日曜日という事もあって、仁彦は会社が休みで自宅にいた。
「パパ、今日どこかに遊びにいきたいな♪」
 子供達におねだりに、少し渋い顔をしながら応じていて。それはいつもの休みの光景。
 外出の支度をしている最中、その日のすべてが一変した。
 ひげを剃っていたはずの仁彦が何故か台所でぼーっと立っており、その手には包丁が握られていた。
 そして小さくつぶやいている。
「殺せ、みんな殺せ」
「パパ?」
 香菜子の声に振り返った仁彦の表情は、仁彦のものではなかった。
「どーしたの?」
 のぞき込んできた娘に、香菜子はかけよって抱き上げる。
「みんな死ね!!」
 ぶん、とおおぶりに包丁を振り回す。
 それはあちらこちらにあたって傷をつけていく。
「パパ、パパ!!」
 娘達泣き叫ぶ。それに香菜子は必死で抱き、二階へと駆け上がり、子供部屋のドアをしめた。
 階下では仁彦が狂ったように暴れている音が聞こえる。
 香菜子はふるえる手で兄と義弟の元へと電話をかけた。兄は柔道の師範で、義弟はアームレスリングをやっていた。
 さほど離れていない場所に住んでいる二人は、10分もしないうちに駆けつけ、二人がかりでようやく仁彦を取り押さえた。
 その10分が、香菜子には1時間にも1日にも感じていた。
「これからどうする? 警察に連れて行くか?」
 兄の言葉に香菜子は首を左右にふった。
 あの日からおかしかった。だからきっとあの日になにかある。そう香菜子は思っていた。
「前に友達から聞いたことがあるの。こういった事件を解決してるところ……」
 そんなところ信用できるのか? と二人の口からあがったが、今はすがるしかなかった。
 大切な人を失わない為に。

●明立邸 −事件当日−
「え、あ、はい……」
 振り返った圭吾と目があった白里焔寿は、反射的に返事をしていた。
 春らしい若草色のワンピースに薄手の桜色のボレロを羽織っている。最近学校に通いはじめた事もあり、なかなか圭吾やヒヨリに逢いにいけなかったが、今日久しぶりに訪れたところ、依頼の電話があってので一緒についてきた。
 その横にはフランス人形のような容姿の御影瑠璃花が座っている。
 淡く輝く金糸の髪。いつもは愛くるしい笑顔を浮かべている顔も、今は少し沈んでいる。
 フリルをふんだんに使った、ドレス、と呼んでも過言ではないほどの洋服だが、それを普段着として着こなしてもおかしくはない。さすがモデル、と言ったところだろうか。
「お可哀相に……何かがついていらっしゃるみたいですわね……」
 簀巻きにされるなんて……と仁彦に同情の瞳で小さく息をついた。
「その通り魔の霊がとりついてしまった、というところでしょうか……」
 こちらもこちらで、瑠璃花と並ぶと西洋の洋館にでもいるのではないだろうか、と勘違いしてしまいそうな、優美な外見のセレスティ・カーニンガム。
 足があまり自由でないため、ソファに腰を下ろしている。銀色の髪は流れる水がごとくしなやかで、困ったような顔も様になっている。
「通り魔の霊、なら情状酌量の余地なし、即刻あげちまうんだが……それをやると体に負担がかかるしなぁ……」
 とりあえず正気鎮心符を胸にはっておくかぁ……と真名神慶悟は紙を取り出す。
 メンバーの中で言えば陰陽師である慶悟は唯一の専門家。しかしほかのメンバーも負けず劣らず様々な能力を持っている。
「簀巻きのままじゃ可哀相ですわ。せめてソファに座らせてあげられないかしら?」
 本気で心配するように瑠璃花が言うと、後ろに立っている兄と義弟はどうしようか、と顔を見合わせる。
 凶器は取り上げてあるが、手加減を知らない成人男性が暴れた場合、取り押さえるのは苦難だ。その事を二人はよく知ってる。
「心配するな、俺が禁呪をかけておく」
 と慶悟は戒めをといた仁彦をソファの上に寝かせると、周りに結界をはり、式神をおく。
「これなら苦しくありませんね」
 ホッとした顔で焔寿は胸をなでおろした。
「仁彦氏本人に外傷がないところを見ると、精神を支配されている、といった方がいいかもしれませんね……。【誰かの声】とは、本来の身体の持ち主である仁彦氏の人格というか、事件後、その誰かが居ると感じていたものと無意識に身体の所有権を奪われない為に戦って居たのではないでしょうか……」
「まぁ、その可能性が一番だな」
 セレスティの言葉を肯定するように慶悟はうなずいた。
「ここで……女史がいてくれれば、色々後方で調べてくれるんだが……ここは自分で調べるしかないか……」
 ブツブツと呟きつつ、慶悟は香菜子の方を向く。
「あの、家の中を見せて頂いてもよろしいでしょうか?」
 立ち上がったのは焔寿。それに慶悟は開いた口を閉じた。
「はい……どうぞ」
 疲れたような声音で香菜子は小さく返事をする。
「ついでに家の外に結界をはっておきますね」
 大丈夫ですよ、と不安をぬぐい去るように、と焔寿はにっこりと笑う。
「その通り魔の記事が載っている新聞など、ありますでしょうか?」
 再び口を開こうとした慶悟の前に、セレスティが香菜子に訊ねる。
 それに香菜子はゆるゆると立ち上がると絨毯の上に無造作に放りだしてあった新聞を手に取り、セレスティに差し出した。
「主人が異様に気にしていたので、その日の物だけとっておいてあるんです」
「ありがとうございます」
 それを受け取って、セレスティはすぐに目を通した。

 居間を出た焔寿は、まずは家の外へ出て結界をはる。
「特に強い霊気はありませんね……」
 こういった住宅密集地には少なからず霊気はある。家族それぞれの祖先、動物霊やその他さまざまな霊気。
 焔寿は屋内に戻ると、今度は2階へとあがっていく。
「…こんにちは」
 階段をあがってすぐのところで、女の子が二人、丸くなるように座っていた。
 下の子の方が眠ってしまったらしく、上の子がそれを支える形で居心地が悪そうだが、動いてどかそうとはしていなかった。
「おねぇちゃん……」
 階段をあがってきた焔寿をみて、上の子が上目遣いに声をかける。
「大丈夫よ。絶対に大丈夫から。安心して、ね?」
 微笑みながら焔寿は上の子の頭を軽く撫でる。
 ふと階下を見ると圭吾が見上げていたので、下の子をベッドまで運んでくれるように頼んだ。
「可哀相ですよね……私も頑張らないと……」
 眠る少女を見て、焔寿はぎゅっと手をきつく握った。

「犯人の名前は沢城陽介(さわき・ようすけ)、28歳。会社でのストレスがたまり、精神的異常をきたしての犯行と見られているが、犯人が亡くなっているため、真偽のほどはわからない……」
 透き通った耳に心地よい声なのに、流れている内容は顔をしかめるようなもの。
「へっ、なにが会社のストレスだ……」
「起きられたみたいですわね」
 瑠璃花が顔を向けると、仁彦はゆっくりとソファの背もたれに手をかけ、起きあがった。
 しかしそれ以上は動くことは出来ない。ソファの周りには結界がはられている。
「利いた風な事いってくれるよな、マスコミは」
 へへへ、と笑う口調はどこか下卑ていて、香菜子は不審な顔で仁彦を見つめた。
「あなたは誰……!?」
「ああ、これはあんたの旦那の体だったよなぁ」
 手を持ち上げて目の前にかざし、体のあちこちを確かめる。
「人の体、っていうのもおかしなもんだな……」
「おまえ、沢城だな?」
 慶悟に確認されるに問われると、仁彦−沢城は軽くうなずいて笑った。
「これってあのとき目があった人だよなぁ……難儀な奴。俺と目があったばっかりに」
 言いながら再びへへへ、と笑う。
「その方から離れてはもらえませんか?」
 穏やかな口調でセレスティが言うと、沢城はニヤリと笑っただけ。
「やぁーっと自由に使えるようになった体だからなぁ、さてどうしようか」
 そう言いながら、しかし何故か瞳はおちつきなくあちこちに動いている。
「精神がいっちまってる……」
 低く慶悟がつぶやいた。
 人を殺した事でこうなったのか、殺す前からなのか。はたまた仁彦の体にのりうつってからなのかわからないが、すでに正常な意識ではないらしかった。
 慶悟ならば、否、ほかのメンバーでも強制的にひきはがし、上にあげる事はできた。
 しかしそれをすれば、仁彦の精神に異常をきたす可能性がある。なるべくなら穏便にすませたい。誰もがそう思っていた。
「あ、起きられたんですね」
 焔寿が入ってきて、しかしその場の雰囲気のおかしさに立ち止まる。それからそっと香菜子に二人が寝てしまった事を耳打ちした。
「最近は霊払いみたいなのがはやってみたいだからなぁ。おまえらもそんなところか」
 にやにや笑いながら、始終視線は宙をさまよっている。
「もしよろしかったら、何故人を殺めたのか教えていただけませんか?」
「殺したかったから。だって人間なんていらねぇだろ?」
 くくく、と笑う。
「どうしていらないと思ったんでしょう?」
 瑠璃花に続いてセレスティが訊ねると、ゴミだろ、だって。と小さく答えた。
「ではこの新聞に書いてあるような内容ではない、って事ですか?」
 さらに問うたセレスティに、沢城は嫌な顔をしてにらむ。
「会社のストレスでいちいち人なんか殺してられかっての。だったら上司殺してるわ」
「まぁ、もっともだな」
「慶悟さん」
 同意した慶悟に、焔寿が困ったような顔になる。
「本人に出て行ってくださる意志がないのでしたら、仁彦様にご自分で戦って頂くのが一番ですかしら」
 可愛らしい唇に人差し指をのせ、考えるような仕草で瑠璃花はほかのメンバーを見回した。
「一つの器に一つの魂。それが理。すなわち持ち主以外の魂は本来入ってはならぬもの。結びつきが弱い故、本気で戦えば追い出せぬはずはない」
 急に声音を落として慶悟は小さく呪を唱えた。
「な、なにしやがる……」
 苦悶の表情を浮かべてソファの上に倒れ込む。
「…人が人を殺めるという罪業は何より深い。救いを求めるのであれば道も示す事ができようが…散らねば晴れぬ執念もある。人の陰に宿りし怨敵怨念は悉く皆、散るべし…だ。桜の花のように綺麗さっぱりと」
「少しでも気持ちが安らかになりますように……」
 瑠璃花は賛美歌でも歌うようポーズでレクイエムを歌い始める。
 セレスティは空気中の水を浄化し、焔寿もまた祈った。
「奧さん、旦那の名前を呼んで」
 慶悟に言われるがまま、香菜子は仁彦の名前を呼ぶ。
「やめろ……やめろっていってんだよ!!」
 頭を抱えて沢城が抵抗する。
 だがその声もだんだんと弱々しくなっていく。
「頼む、やめてくれ……出て行くから、この身体から出て行くから……」
 懇願。
 焔寿は少し可哀相になって祈るのをやめてチラと沢城を見た。
「やめてくれ……頼むから…もうしない、しないから…」
 涙声になってきた為、一瞬みなの行動がとまり呪縛がゆるんだ。
「あ、ありがとう……なんて言うかよ!!」
 バッとソファの上に飛び上がり、側にあった紐を香菜子の首に巻き付けた。
「どうせ消える命だ。道連れの一人や二人欲しいな……」
「やめてください!」
「そんな事をしては駄目ですわ」
 焔寿が叫ぶ。しかし瑠璃花は落ち着いていた。
「もうおやめなさい。こんな事をしても浮かばれませんわ」
 もう十分に浮かばれないと思うが、瑠璃花はその様子に似合わぬような落ち着いた口調で言う。
「じゃああんただ道連れになってくれるっていうのかよっ」
 香菜子を離れて殴りかかってきた沢城に、瑠璃花はひらりとそれをかわす。すると今までどこにいたのかわからないが、瑠璃花のボディガードである榊が沢城を取り押さえた。
「もう、やめて下さい……」
 ぽろぽろと焔寿が涙をこぼす。その脳裏には二階で眠る子供達の姿があった。起きてなお、父親が元に戻っていなかったらどれほどショックか。
「少し荒行事ですが……」
 セレスティが体中の体液を支配する。
 そのせいで沢城は取り押さえられていなくても動く事はできない。
「もうこの世にお前の居場所はない」
 去れ、と慶悟の言葉とともに、瑠璃花は再び歌う。
「パパ!!」
 階下のどたばたで子供達は目を覚ましたのだろう、入り口で圭吾に肩を抱かれながら部屋の中を見て、父親に向かって叫んでいた。
「アキ……ユキ……」
 喉の奥から絞り出すような声。それは今までとは全然違っていた。
 それは仁彦本人の言葉であると確信した慶悟は呪を強める。
 瞬間、仁彦の身体に別の誰かが重なってみえた。それは魂が離れていく証拠。
 それを式神が後ろから羽交い締めにするようにし、引き離した。
「……ゆっくりおやすみなさい……」
 瑠璃花と焔寿の声が重なった。
「安らかな眠りを……」
 セレスティの優しい声。
「反省してこい」
 最後の呪言とともに慶悟がつぶやいた。
 頭上から光がおりてきて仁彦の身体を包む。
 それと同時に式神が取り押さえていた沢城の魂も包み込み、そしてその魂は式神の腕からはなれ、上へと昇っていく。
 残された仁彦はその場にぐったりと倒れていた。
 その仁彦を今まで傍観していた兄と義弟がソファに寝かせる。
「もう大丈夫ですわ。お父様はもとのやさしいお父様にもどられましたわ」
 と瑠璃花は子供達を優しく抱きしめ、微笑する。それに子供達も安心したように笑みを浮かべた。
「お水をコップに一杯いただけますか?」
 セレスティに言われて、香菜子は脱力しつつ、お水をコップにいれてくる。
 それの上に手をかざし、しばらくすると水がパァッと光、すぐにその光は消えた。
「これをのませて差し上げて下さい」
 言われるがままに香菜子は仁彦の唇にコップをあて、少しずつ流し込む。
「疲れた身体と精神を癒す効果があります」
 セレスティの笑みに香菜子はこぼしながらも全ての水を仁彦に飲ませた。
「……ん、ん……」
 数分の後、仁彦はまぶたをぴくりと動かして、手を持ち上げた。それを見て子供達がかけより、父親の身体にだきついた。
「パパ、パパ!」
「……これはいったい……?」
 まだ少ししゃがれた声で仁彦は部屋の惨状を見て戸惑う。
「これは……」
 慶悟は簡潔に、しかし正確に全ての事を話す。
 なんでもない、ですますには事が大きすぎるし、家の中はめちゃくちゃになっている。
「俺が……すまない……」
 項垂れたように仁彦は香菜子に頭を下げた。
「いいの…いいの…。元に戻ってくれただけで…よかった……」
 本当に安堵したのか、香菜子はその場に泣き崩れた。仁彦はその背に軽く手をおき、逆側の手で子供を抱きしめた。
「あとお手伝いできる事って言ったら、お掃除ですね」
 どこから出したのか、焔寿はエプロンをつけると、床に落ちているものを拾い始めた。
 それをきっかけに掃除がはじまった。

 どたばたし、夕食を迎える時間になるころ、ようやく一段落した。
 刃物で傷つけられた部分はあとで修理するしかないだろう。
「みなさん、急いで作ったんで味は保証できませんが」
 すっかり晴れた笑顔に少し困ったような笑みをのせて香菜子はカレーを出してくる。
 子供達もにこにこしながらお手伝い。テーブルの上には人数分のカレー皿が落ちそうなくらいに並び、手近な台になりそうな場所にはサラダなどがのっていた。
 ソファには座りきらないので、立って食べている面々もいる。
 すっかり明るくなった居間の光景に、誰ともなしに笑みを浮かべた。

●終わり
「よかったですわね、無事に終わって」
 かわいさのなかに艶やかさを織り交ぜたような微笑で瑠璃花が言う。
「みなさんお疲れさまでした」
「でしたー。おいしい紅茶貰ったの、どうぞ」
 事務所に戻ってヒヨリがくるくると動きながら紅茶を渡す。
「子供達も安心みたいでよかったです」
 紅茶の湯気を眺めつつ焔寿はホッと息をついた。
「少々強引でしたけど……彼がきちんと上にあがれるよう、もう一度祈ります」
 手のひらに感じる暖かさに笑みを浮かべつつ、セレスティは軽く瞳を閉じた。
「ああいう手合いはなかなか自分では気づかないもんだ。まぁ、色々やり直すうちにわかるだろ」
 生はおわっちまったがな……と紅茶に口をつけて、熱さに顔をしかめながら慶悟は言った。
「人が人を殺す以上の業はない。同族殺すのはどの生き物でもタブーだ。それをおかしたものは……まぁ、暗い話はおいといて、桜綺麗だったぞ? 花見でもいかねぇか?」
 慶悟の提案で、事務所をしめて皆、桜の花へと酔いしれた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0389/真名神・慶悟/男/20/陰陽師/まながみ・けいご】
【1305/白里・焔寿/女/17/神聖都学園生徒・天翼の神子/しらさと・えんじゅ】
【1316/御影・瑠璃花/女/11/お嬢様・モデル/みかげ・るりか】
【1883/セレスティ・カーニンガム/男/725/財閥総帥・占い師・水霊使い】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは&はじめてまして☆ 夜来聖です。
 というかお久しぶりです。
 瑠璃花さん、初めまして♪ 可愛らしい方なのでイメージを崩していなければいいのですが。楽しんで頂けたら幸いです。
 慶悟さん、お礼とか気にしないでくださいね〜。というかこちらお礼を言わないといけない立場ですよ。いつも参加して下さってありがとうございます。
 焔寿ちゃん、学校に入学されて色々大変みたいですね。頑張って下さい☆
 セレスティさん、前回の楽しんで頂けたようでよかったです。今回も楽しんで頂ければいいのですが。

 それではまたの機会にお目にかかれることを楽しみにしています。
 ご参加ありがとうございました。