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<東京怪談・PCゲームノベル>


 アトランティック・ブルー #1
 
 財閥の総帥という位置にあるせいか、周囲は自分が思うよりも気を遣う。
 そう、例えば……不意に知りえた情報のなかに、ちょっと変わったお菓子があったので、べつに口にしたいわけではないながら、世の中にはこんなものもあるのですねと他愛ない、世間話のつもりで話してみると。
 噂のそれが、目の前に。
 新世代に相応しいテーマパークができたということで、家族で賑わいそうですねとこれまた他愛ない世間話のつもりで話してみると。
 テーマパークの出資元や関連企業から、落成記念式典の招待状が。
 少しばかり風変わりな批評を受ける人物の存在を知り、実際はどのような人なのか一度話してみたいものですねとやはりこれまた他愛ない世間話のつもりで話してみると。
 その人物との会談が成立する……様々な理由で、何故か。
 これは、もう、偶然でもなんでもなく、そういうことなのだ。
 それが煩わしいということはなく、むしろ嬉しく喜ばしいことではあるのだが、しかし、こうやって改めて考えてみると、自分の一言とは、自分が思うよりも遙かに重いものである……らしい。
 だから、国外航路で通用する、いや、むしろ国外航路向きある豪華客船アトランティック・ブルー号が、実は国内航路専門であると知ったとき、興味を抱いて、ぽろりとその名を口にした。
 果して、乗船券は送られてくるのだろうか……と、思っているうちに、次の日を待つことなく、出資元であるセントラル・オーシャン社から乗船招待券が送られてきた。……パシフィック・ブルー号の。
 乗船券をよくよく確認してみたが、やはり、それはアトランティック・ブルー号ではなく、パシフィック・ブルー号とある。そして、その船は国内航路ではなく、国外航路であり、ホノルルを経由し、サンフランシスコに寄港、最終的にロサンゼルスへと向かうらしい。
 気になるものが、微妙に違う、似て異なるものとなって目の前に現れる。今までにこういった間違いは、なかった。いや、命じたわけではなく、裏で誰が糸を引いていようとも、あくまで『善意』の贈り物であるのだから、間違いというのもどうかとは思うが……ともかく、欲しいと思ったものとは違うものが送られてきた。
 今回が処女航海となるアトランティック・ブルー号は、既に定期船として運航されているパシフィック・ブルー号の姉妹船で、どちらの船も所有はセントラル・オーシャン社であるから、もしかしたら……セントラル・オーシャン社の方で、気をきかせたのかもしれない。国内よりも国外の方が望ましいのではないか、と。
 しかし、自分が興味を抱いたのは、あくまで珍しい国内航路のアトランティック・ブルー号。財閥を背負う身ではなく、船旅を楽しむ一個人として乗船券を確保した。……パシフィック・ブルー号の乗船券は、信頼のおける人材に任せることにして。
 
処女航海ということで、華やかな航行記念式典が行われた。
 船上の人数もさながら、見送る人数もまた大変な数。港に見える黒い点のようなものは人の頭。どこからともなくフラッシュがたかれ、空砲があがる。揃いの制服に身を包んだ楽団による演奏が始まり……たくさんの白い鳩が一斉に青い空へと飛び立つ。
 そして、人々と演奏に見送られ、船は港を離れた。
 記念式典をデッキから眺めていた人数も、ひとり減り、ふたり減り……自分もそろそろデッキから離れようかと思ったが、潮風の気持ち良さと輝く青い水面の海の美しさが足止めをする。
 揺られるたびに違う輝きを見せる水面に魅せられ、どれだけ海を眺めたか。
 気づけば、デッキに佇む人影は、少ない。そういえば、船内には様々な施設があったはずと、乗船の際に手渡されたパンフレットを広げてみる。それにはアトランティック・ブルー号の概要、施設についてが簡単に書かれていた。
 重量は118000トン、最大乗客は約3000人、全長は約300メートル、幅は約45メートル、水面からの高さは約55メートルとある。客室は1340室で、そのうちのひとつが自分の部屋ということになる。
 船の主な施設は、大小様々な七つのプール、映画館、劇場、遊技場、図書館、インターネットルーム、スケートリンク、ロッククライミング、船上結婚式用のチャペルもあるらしい。豪華客船の黄金時代である1930年代をモチーフに、モダンかつクラシカルに演出するように努めたとある。
 食に関するものは、メインとなるレストランの他に二十四時間営業で軽食やデザート等を楽しめるフードコーナー。これら食に関する費用は基本的に乗船料金に込みとなっているとある。つまり、好きなとき、好きなだけ、どれだけ食べても無料というわけだが……アルコールは除くとあった。
 船内はブルーカードと呼ばれる青色のカードによって、管理されているらしく、施設を利用する際にはそれらが必要だと書いてある。ルームキーの役割も兼ね、また、船内に設置してある端末にカードを読み込ませることで、自らの情報、船内のイベント等の情報を知ることができるという。
 ……なるほど。
 パンフレットを閉じる。長い船旅に飽きることがないようにと施設は充実しているようだが、この船は国内航路。生憎とそう長い旅路ではない。施設をすべて利用しつくす前に乗客は船をおりることになるだろう。そして、おそらく自分もそのひとり。まずは潮風と海原を楽しんだ。次は何を楽しもうか……とデッキを見回したところで、ふと挙動不審な青年の存在に気がついた。
 眼鏡をかけたその青年は、やたらと周囲を気にしている。その周囲への警戒は、とても船旅を楽しんでいるようには見えず、また豪華客船には似合わない。誰かを探しているのか、それとも誰かの視線から逃れようとしているのか……興味を抱き、足を向けてみる。が、こちらに気づいた様子はない。手にしている何かを見つめ、ため息をつく背中に声をかけた。
「何か、お困りですか?」
「うわっ?! ……あ」
 少々、露骨とも思える驚き方にこちらが驚いてしまいそうになる。やはり、まるでこちらには気づいていなかったらしい。
「あ」
 青年の言葉につられ、同じように声をあげてしまったのは、青年が手にしていた何か……手紙のようだが、それが潮風に舞い、あっという間に海上へと飛ばされたからだ。
「これは……すみません。驚かせてしまいましたね……」
「い、いいえ。いいんです。俺が馬鹿だった……あ。あんなに、驚いた俺が馬鹿だったんで、それは気にしないで下さい」
 じーっと飛ばされた白い紙を目で追っていた青年は、はっとしてそう言った。言葉が足りないとわかると、即座に言葉を付け足し、言いなおす。
「大事なお手紙だったのでは?」
 すると、青年は照れたように頭の後ろに手をやると、さらりと言った。
「いえ、脅迫状なんで、気にしないで下さい」
 ……気にしますよ。
 にこにこと笑みを浮かべたまま、心のなかで呟く。青年はいまだ照れたような表情で髪をかいている。その表情を見ていると、今の言葉は聞き間違い以外の何物でもないような気がしてくる。が、確かにその唇はかたち作ったはずだ。脅迫状という三文字を。
「確認のためにもう一度だけ、伺いますね」
 にこやかに訊ねると、青年は同じような表情で僅かに小首を傾げた。
「はい?」
「脅・迫・状……ですか?」
 言葉を区切り、強調して訊ねてみる。すると、にこやかな表情はそのままに、青年のその顔色だけがさーっと青ざめていく。
「……今の言葉、忘れてくれませんか?」
 どうやら、口にするつもりはなかったらしいが、つい勢いで口にしてしまったらしい。問いかけに対し、反射で言葉を返した結果と判断した。
「ええ、勿論。あなたがそれを願うのであれば、私は今の言葉を忘れましょう。しかし、ここでこうして出会ったのも何かの縁ですし……事情を話していただけませんか?」
 もしかしたら、力になれるかもしれませんし……とも付け足してみる。
「……ひとつだけ訊ねても?」
 戸惑うような表情を、やや強張っているともいえる表情へと変え、青年は言う。
「ええ、ひとつと言わずいくらでもどうぞ」
「この船の関係者ではない……よな?」
「ええ。違いますよ。船の旅を楽しんでいる者です」
 そう答えると青年はほっと息をついた。
「俺に何かあったとき、ひとりくらい事情を知っておいてくれる奴がいた方がいいかもしれないし……あ、でも、待てよ……そうなると……」
「私が事件に巻き込まれるかもしれないという心配なら、無用ですよ。それもまた一興……ですからね」
 そう、それもまた一興……セレスティは微笑を称えながらそう言った。
 
 場所をデッキからラウンジへと変える。
 互いに飲み物を注文し、それが運ばれてきたあと、改めて向かいあう。
「緊張していたから、喉がカラカラだ……うーん、きくーっ」
 青年が注文したものは、まだ昼間ながらいきなり発泡酒。見た目からすると十代後半か二十代前半といったところだが、とりあえず成人はしているらしい。
「では、改めて。俺は、和泉祐一郎といいます。マジェスティック・サイレンというバンドでベースやってます」
 バンドでベース……その言葉に改めて和泉と名乗った青年を見つめる。眼鏡をかけているせいか、見た目はとても落ちついていそうに見える。それに、バンドというと染めた髪というイメージがあるが、和泉の髪は艶やかな黒。服装もどちらかといえば地味なスーツで、バンドでベースをやっていますと言われても、その言葉に説得力を感じない。
「私は、セレスティといいます」
「セレスティさんか。……」
 そう言ったまま、和泉は自分を見つめたまま動かない。しばらくはそのままでいたが、さすがに……と思ったところで声をかけた。
「どうかしましたか?」
「あ、ごめん……えっと、すみません。いや、綺麗な人だな……って、男の俺が言うのもどうか……ですね」
「いえ、褒め言葉であるならば、悪い気はしませんよ」
 自らが注文したものは、紅茶。カップを口許へと運び、口をつける。
「うちのリーダーは人をひきつけるというか……不思議な感覚を持っているんですが、セレスティさんにも同じような感覚を受けるな……あ、また、じろじろ見てすみません」
 その言葉を受け、微笑み、いいえと軽く受け流す。
「それで、どうして脅迫状を?」
「そのことを話すと……少し、長くなります……いいですか?」
 こくりと頷くと和泉は神妙な顔で語り始めた。
「実は、俺らのバンド、この船でライヴを行うことになっていたんですよ。今夜七時からの特設ステージで。そこそこ名が売れてきているけど、なんかこう、決定的なものがなくて……」
 複雑な表情で和泉は言う。
「この船は豪華客船ということで世間の注目を集めているし……絶対、成功させようなって仲間と言っていたのに……いきなり、そう、直前になってキャンセルですよ。納得いかなくて、社長にどういうことかと詰め寄ったら」
「脅迫状……ですか?」
「いや、船の方向性とあわないって、この船のオーナーから言われて、一方的に契約を切られたらしいです。しかも、契約を破棄したからといくらか金も受け取ったらしいです。けど、金の問題じゃないし、第一、それって絶対におかしいんですよ。俺たちの歌を聞いて、是非、歌ってほしいと頼んできたのは、あっちなんだから」
 それなのに直前になって方向性にあわないだなんて……馬鹿にしていると和泉は息巻く。気持ちはわからなくはないが、そうなると脅迫状を受け取る方ではなく、むしろ送る方なのではないかと思えてくる。
「で、代わりに誰が採用されたのかと思ったら、同じようなバンドですよ。言ってみりゃ、同期のライバルです。あれで方向性があっているというなら、俺らだってあっているはずですよ……」
「なるほど……それで、抗議のためにこの船に乗船したのですか?」
 和泉はこくりと頷いた。
「ええ。都築さんに直接会って理由を聞こうと。あ、都築さんというのは、俺たちに歌ってくれと頼んできた人で、この船のイベント関係の責任者みたいな人です。で、友人の名前で乗船券を取ってもらいました。俺の名前では、拒否されてしまって……なんだかすごく感じ悪いですよ……あ、セレスティさんに名乗ったのは本当の名前です」
 乗船が拒否されるとは……いったい、何がそうさせるのか。不思議といえば、不思議だ。乗船くらい許せばいいだろうに。それとも、恨んで何か問題を起こすと?
「で、問い詰めてやると息巻いて、乗船したんです。部屋に荷物を置いて、一旦、記念式典を見ようかなとデッキへ出て、それから、部屋に戻ったら、扉のところに封筒が差し込んであって……」
 話は核心へと近づいてきた。それが脅迫状であるに違いない。
「中身はこの船の、机に置いてあるメモパッドの紙が入っていました。それには『命が惜しければ四国でおりろ』と書いてあったんですよ」
 しかも、カタカナで。困ったような顔で和泉は言う。
「最初は腹が立ったんですけど、よくよく考えてみると、俺は偽名で乗船していて、この恰好も……普段の自分とはまるで違うものにしているんです。眼鏡だってかけていないし……部屋を離れていたのは、せいぜい、二十分。乗船してそれほどの時間は過ぎていなかった……考えたら、恐ろしくなってしまって。部屋を逃げだして、少しでも人が多いところへ……で、デッキへ出たわけなんですよ」
 和泉は大きなため息をついた。
「人目を気にしていた理由がよくわかりましたよ。しかし……」
 偽名で乗船し、まだ乗船した理由……都築なる人物に理由を詰め寄るという行動をしていないにも関わらず、下船しろという手紙が届く。完全に動きを把握されているように思えた。今、こうしている間も、誰かが見張っているのかもしれない。
 だが、その真の目的は?
「どちらかといえば、脅迫状を送りたくなる立場であるのに、脅迫状を受け取り……その内容は命が惜しければ四国で下船しろというもの……つまり、次の港で下りろということですよね。その都築さんという方とお話をしたあとであるならば、まだわかるというものですが……」
「いえ、まだ全然です。俺が乗っていることすら知らないと思います」
「では、ライバルのバンドの皆さんは?」
 それを問うと、和泉はうーんと唸り、難しい表情で小首を傾げた。
「俺は、奴らを見てないですね……たぶん、奴らも俺が乗っていることは知らないと思います……知ってたら……どうかなぁ、嫌がらせ……してくるかなぁ……」
 どちらかというと馬鹿にされるかもと和泉は付け足す。
「とりあえず、犯人はわかりませんが、その文面を素直に受け取るならば、四国までは何事も起こらないようですね」
「……あ」
 それに気づいていなかったらしく、和泉は急にほっと安堵した表情を見せた。実は、結構、参っていたらしい。
「そっか、四国で下りろ……そうだよな、なんか、すぐに殺されるような気になっちゃって……」
 和泉は最初に出会ったときの、あの照れたような表情と動作で髪をかく。
「本当に、もうどうしようと不安で仕方がなかったんだ……ありがとうございます、セレスティさん」
 本当にほっとしたのだろう。その言葉と表情にそれを感じる。
「抗議をしようというのもあったけど、純粋にこの船に乗ってみたいなというのもあったんです。これで少しは楽しめそうです……あ、すみません、ご迷惑をかけそうなのでこれで失礼します」
 和泉は何かに気づくとそそくさと席を立った。少し離れた場所に座っていた二人の娘がこちらの方を見やり、今のは絶対そうだよ、似てるだけじゃないの、いや絶対にイズミだよ……と小さく言葉を交わしている。それを聞き、彼はその言葉のとおり、バンドのベースなのだな……と、今さらながらに納得する。
 一方的ですみませんと付け足し、和泉は去った。ラウンジを去るまで、その背中を見送り……ラウンジを利用している客の動きを見つめる。特別な動きを見せる客はいないかと思ったところで、遠くに座っていた娘が立ちあがり、和泉が去った方向へと歩きだす。
 さて、このまま何事もなかったかのように船旅を楽しむか……それとも。
 セレスティはカップを口許に運ぶ。
 飲み干した紅茶は、少し冷たくなっていた。
 
 −完−


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1883/セレスティ・カーニンガム(せれすてぃ・かーにんがむ)/男/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い】


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■         ライター通信          ■
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ご乗船、ありがとうございます(敬礼)

相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。口調ちがうよ、こういうとき、こう行動するよ等がありましたら、遠慮なく仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。

こんにちは、カーニンガムさま。
……和泉、喋りすぎです(笑) すみません、他の客と話す時間がもてませんでした。それどころか船内もまだ十分に見て回っていなかったりしますが……楽しんでいただけたらなと思います。

今回はありがとうございました。#1のみの参加でも旅の一場面として楽しめるようにと具体的な事件が発生するまでは話を進めておりません(一部、例外な方もいらっしゃるかもしれませんが^^;)よろしければ#2も引き続きご乗船ください(納品から一週間後に窓を開ける予定でいます)

願わくば、この旅が思い出の1ページとなりますように。