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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


ストリートバトル −The crime in street−



■ オープニング

「だ、誰かアイツを!」
 中年サラリーマンが地面に倒れ込んだまま逃げていく男を指差す。しかし、ここは都心の街中。他人の不幸などお構いなしに人々はサラリーマンの側を通り過ぎていく。高校生の集団が笑っていた。街は冷ややかだ――。

「被害者の話によると犯人は同じ背格好で、同一犯ではないかと……。途中まで追いかけた者も中にはいるのですが、いずれも逃げられています」
「スリではなく、引ったくりというわけですか」
 草間・武彦はお客がいるにも関わらずタバコを吹かしていた。
「そうですね。えっと……犯人は男性の二人組みではないかという目撃者がいたんですが……」
 刑事は曖昧な口調でそう話した。草間はその自信のない口調から状況を察した。
「あまり情報がないようですね?」
「実は……我々、警察が街の見回りなどを行なっているのですが……それを見越しているのか、まったく別の場所で事件が起きるんです。そして、決まって昼間に事件が発生します。すでに十三件の被害が出ていまして……まるで、警察を嘲弄しているかのようで……何ともお恥ずかしい限りです……」
 額の汗を拭きながら刑事は申し訳なさそうな顔をする。
「相手はプロというより……」
 草間は犯人像を思い描いた。まず、昼間に犯行を行なうということは自分たちの能力に絶対的な自信があるということだろう。そして、街の構造を完全に熟知している。相手は手強い。
「ただの引ったくりだと最初は思っていのですが……これだけの被害が出てなお、犯人が捕まらないなんて、普通はありえません」
「確かに……昼間の犯行は人目に付きます。臭いますね」
 久しぶりに探偵らしい事件――草間の胸の奥底で煮え滾る探偵魂が今にも爆発しそうであった。



■ 出発前

 探偵、草間・武彦はこの日ばかりはと張り切っていた。
 今回の事件は霊絡みなどではなく、警察も手を焼いている引ったくり犯。ただの引ったくりなら相手にしないが、すでに二桁の被害を出している凶悪犯(草間の錯覚)だ。半ば確信するかのごとく草間は犯人像を勝手に作り上げていた。
「……準備できたの?」
 興信所内に足を踏み入れたのは細身の男――五降臨・時雨(ごこうりん・しぐれ)であった。独特な口調とテンポで話す時雨は今回の調査に参加する調査員だ。
「俺は、肉体労働は得意とするところではないから、そこは君に任せよう」
「……ああ……うん」
 苦手なら苦手だと言えばいいのに、と時雨は心の中で呟いた。
「そうだな、俺は高い場所――見晴らしのいい場所から指示を送ろう。道具も準備をした」
 そう言って、草間はテーブルの上に双眼鏡や発信機、デジタルカメラなどを置いた。
「……張り切るのはいいけど……空回りして……失敗しないようにしてね」
「あ? 何だって?」
 どうやら聞いて(聞こえて)いなかったようだ。
 ちなみに、時雨の言葉に悪意なんて邪悪なものは一切、含まれていない。
 これが素なのだ。
「現場へはここから一時間ほどだ。さっそく出発しよう」
「そうだね」
「……兄さん、無理をしないでくださいね」
 零が、張り切る草間を心配そうに見つめていた。

 二人が出発して数分後、興信所に蒼王・翼(そうおう・つばさ)が姿を現した。
「あ、いらっしゃい」
 零が慌ててお茶を用意する。
「あれ? 今日は一人なの?」
「はい、兄はちょっと調査に出かけてまして……」
「珍しいね、あの人が自ら調査に足を運ぶなんて」
「心霊絡みの事件じゃないからだと思います。ここ、怪奇現象を取り扱うことが多いですから……」
 零がふうっと溜息をつく。落ち着かない様子だ。
 草間は怪奇絡みの事件を嫌う節があるのだが、今回の事件に関してはそういった心配が薄そうだった。
「あの、もしよかったら調査に協力してもらえませんか?」
「……僕がかい?」
「はい……」
「いいよ、よろこんで引き受けさせてもらうよ」
「本当ですか?」
 目を輝かせる零――断れるはずもなかった。
 翼は女の子にはめっぽう甘いのだ。
「じゃあ、事件の概要を詳しく教えてくれるかな?」
「あ、はい」
 零から説明を受けた翼はさっそく草間を手助けするための作戦を練り始めた。
 当然ながら『草間を助ける』のではなく『零の願いをかなえるために草間を助ける』のである。
「兄をよろしくお願いします」
「任せてよ」
 翼は零に微笑みかけ興信所を後にした。



■ 現場到着

 草間は片手をポケットに突っ込み、くわえタバコというハードボイルドなスタイルで街の中を練り歩く。赤髪に赤目、人目を引く時雨は、多少控えめな服装で草間の隣を歩いている。重量三十キログラムの巨大な長刀は草間の車に残してきた。あんなものを携帯していたら、自分が警察に捕まってしまうに違いないのだ。
「……ところで、何か作戦があるの?」
「ふ、ないさ」
 草間は煙を吐きながらカッコよく決めたつもりだったようだが、何の解決にもなっていない草間のいい加減な態度に時雨は呆れ顔で呟いた。
「……大丈夫……なのかな」
「こら! 君、条例を知らないのか?」
 その時、警官の怒声。
「な、なんの話だ!?」
「くわえタバコは条例で禁止されている」
「だぁぁぁ! そんなの俺の勝手だ!」
 草間は警官を無視して走り出した。時雨も慌てて着いていく。
 警官は顔色を変えて追いかけてきた。

 その頃、翼は近くで二人の様子を窺っていた。
「……まずくないか、あの二人?」
 警官に追い回される草間と時雨。
 何とも幸先不安なことか。

「最後に事件があった現場がここ――つまり昨日だな」
 根性で警官を巻いた草間と時雨は大通りの東――通称『東通り』へとやって来た。
 今回の引ったくりだけでなく、他にも似たような事件が頻発している地域らしい。
「えっと……犯人は走って逃走?」
 街路樹に背を預け、時雨が問う。
「そうだ。足が速いというよりも、入り組んだこの街の地図が頭に入っているといった感じだな。人外的な動きというわけでもないようだ」
「それなら……僕の足で何とか捕まえられそうだね」
「何か能力があるのか?」
「……少なくとも人間より速く走ることぐらい朝飯前だよ」
 人懐っこい笑みを浮かべる時雨――これで殺し屋だというのだから信じられない。
 動物や子供がよく近寄ってくるらしい。
「現場に居合わせれば……何とかなりそうだな」
「そうだね……」
「あまり、事件のことについて話していると、犯人に気づかれるかもしれない。これからは離れて、携帯で連絡を取り合おう。俺は全景が見渡せるビルを適当に探す。犯行時間は午後二時以降だから、まだ一時間ほどある」
「……了解」
 草間と時雨はそこで別れた。

 建物の陰から様子を見ていた翼はどちらに着いて行こうか迷っていた。しかし、聞くところによると時雨は足に自信があるようだ。それにまずは引ったくり犯、一人の人間を追うわけだから二人で追いかけても無意味だろう。
 ならば、犯人を見つける草間の手助けと、その後、協力者の有無とアジトなどを見つけるためには上空からの方が察知しやすいかもしれない。
 翼は零から聞いておいた時雨の携帯番号をプッシュした。
『……も、もしもし?』
 戸惑ったような声で時雨が電話に出た。
「今回の調査の協力者の蒼王翼だ。僕も上から犯人の特定を行なうから、その時は連絡するよ」
『あ、はい、分かりました』
 時雨がやけに恐縮しながら返答するものだから翼はどんどん心配になっていった。
 本当に上手くいくのだろうか、と。



■ 事件発生

「……何本目のタバコだろう」
 翼は草間が上ったビルに隣接するビルへと上っていた。
 双眼鏡で隣のビルの様子を窺うと、草間はひっきりなしにタバコへ火を点けていた。
 翼は草間の推理力については信頼していた。あれだけの依頼が舞い込んでくるのだ。よほどの信用がなければ依頼など来るはずもなく……。

 草間はタバコを靴で踏み潰し、双眼鏡を覗き見た。右手には地図を持っている。地図には赤い丸記が無数につけられていた。事前調査がしっかりしているようだ。地図はボロボロになっていた。
「――ん? あれは?」
 草間が携帯を鳴らす。
『も……もしもし?』
「俺だ。東通り1−20辺りの様子が変だ。すぐに急行してくれ!」
『は、はい……!』
 電話を切った草間は再び双眼鏡を覗いた。

 翼も草間が見ている場所を同じように双眼鏡で眺めていた。
 車のクラクションの音が聞こえる。
 どうやら、人が飛び出したらしい。飛び出したのは男のようだ――右手には赤いハンドバッグを持った帽子をかぶった男。
「あれが犯人か……」
 翼は犯人の逃げていく方向に果して何があったかな、と思案した。

「ま、まてー!」
 時雨は引ったくり犯を追っていた。
 黒い帽子をかぶっている男は中肉中背でどこにでもいるような感じだった。
 逃げ足が速い――だが、それは人間としての話だ。
 時雨の能力『超速度』――それは人間の限界を凌駕した畏怖すべき人外的速度。
「――チィ!」
 黒帽子の男は道端のゴミ箱を倒して時雨の進路を阻む。近くを歩いていた通行人たちが悲鳴を上げる。時雨は止む無く立ち往生してしまう。
 しかし、そこは人間業ではない時雨の足だ。
 ものすごい速さで黒帽子の男に近づいていく。
 その時、時雨の携帯が鳴る。慌てて通話ボタンを押す。
『次の角を曲がった先に車が待っている! その前に捕まえるんだ!』
 草間の声。
「え?」
 次の角――すぐ目の前にあった。
 時雨はさらに速度を上げる。
 角を曲がると仲間の姿、同じ型の帽子を被った男だ。
「くそお!!」
 手を伸ばす。
 あと少し、もう少しで手が届く。
「――ぐあああ!!」
 時雨が男を捕まえ、そのまま地面を転がる。
「あぁぁぁ、待ってくれ!」
 黒いワンボックスカーがものすごい轟音を響かせて去っていった。

「なるほど、失敗したら切るわけか」
 一部始終を見ていた翼はそう結論付けた。
 引ったくりを実行していたのが腕の立つ人間なのは間違いないが――それでも下っ端。トカゲの尻尾切りのように、警察に身柄を確保されたら逃走する。恐らく捕まった男に何を訊いても、しらばっくれるだろうし、最悪、何も知らされていないかもしれない。
「仕方ないか」
 翼は風に呼びかけた。『風の声』から逃げた敵の情報を収集する。逃げていく車のナンバーを把握、さらに乗っている男たちの情報なども得られた。あとは、どこへ逃げるか――アジトが分かれば親玉も明らかになるに違いない。
 翼の思惑通り、敵の正体は明らかになった。実行犯は街のギャング――そして、それを指示していたのはヤクザだったのだ。借金のある若者を選別し、街を徘徊させ、警察がいないか入念なチェックさせた後に犯行を実行。一度の引ったくりに費やす徒労といったら半端ではない。
 翼は催眠能力によって犯人たちに自主を促した。
 これで事件は解決だ。



■ 事件解決後

「兄さん、これ見てください」
 零が新聞のあるページをテーブルの上に広げた。
 そこには、連続引ったくり犯逮捕の見出しがあった。
「ま、まあ、これぐらいは当然だ」
 草間は今日もお気に入りのタバコを吹かしていた。
「張り切った甲斐が……ありましたね」
 報酬を貰いに訪れていた時雨が悪意のない一言を呟くと、
「べ、べつに、いつもこの程度で解決しているさ――っと、タバコが切れたようだ。ちょっと自販機へ行ってくるよ」
 などと、とちったように捲し立て草間は逃げるようにして興信所を出て行った。
 その一分後、入れ替わりに翼がやって来た。
「あ、いらっしゃい」
 零が笑顔で迎える。
「依頼達成かな?」
「お手柄でしたね、蒼王さん。ありがとうございました」
「うん、僕は実行犯しか捕まえることができなかったから……」
 時雨が頷く。
「最初はどうなることかと思ったよ。でも、これで一安心だね。草間さんもこういう事件だと張り切っちゃうみたいだね」
「怪奇絡みが多いですからね」
 零が苦笑しながらテーブルに四人分のお茶を用意した。
「ただいま、っと来てたのか。どうした、依頼でも探しに来たのか?」
 草間が真面目な顔で翼に訊くものだから、三人はそれに応えるように吹き出してしまった。



<終>



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1564/五降臨・時雨/男/25歳/殺し屋(?)】
【2863/蒼王・翼/男/16歳/F1レーサー兼闇の狩人】

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■         ライター通信          ■
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今回は『ストリートバトル −The crime in street−』へご参加いただきありがとうございます。
ストリートっぽい雰囲気が出ていればいいのですが、何故か草間がボケ役になっています……。
街特有の無機質さとスピード感みたいなものを味わっていただけたら幸いです。
それでは、またどこかでお会い致しましょう。

 担当ライター 周防ツカサ