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<東京怪談・PCゲームノベル>


 アトランティック・ブルー #1
 
 聞いて……聞いて……。
 遙か遠く、彼方から響く声。
 それは、あまりにも微弱で、今にも消え入りそうでありながら、それでも、強い……思い……どこから?
 誰か、私の声を……聞いて……。
 聞いている。
 聞こえている。
 どうしたのかと問いかけても、訴えても聞いてくれないのは、あなた。
 尚も、声は続く。
 お願い……誰か、私の声に気がついて……。
「だから、気がついている……!」
 声に出したところで、はっとした。
 周囲の空気がざわりと動く。不可解と好奇とか混ざった視線。それを避けるようにラウンジを離れた。
 デッキへと足を運び、海を眺めて軽いため息をつく。
 青い空、陽光に照らしだされ、うねり、輝く海原。船が進むことによって作りだされる波は、同じ色を見せず、そのどれもが違う。光の加減による輝きの違い、波の大きさ……見ていて飽きることがない。
 もう一度、ため息をつく。
 こんなはずではなかった。
 思えば、最初から自分の思惑とは違うところで話が進んでいる。
 両親は仕事の都合により海外に在住。自分は祖母と暮らしているが、それに自体に不満は、ない。それはそれで騒いでどうなることでもないし、それが両親の行く道、人生というものだから。
 しかし。
 仕事の都合で戻るから、たまには旅行にでも行こうか……とある客船の乗船券が手に入ったから。そんなことを告げつつも、これまた仕事の都合で戻れなくなったからと乗船券だけが送られてきた。
 ……待て。ちょっと、待て。
 そんな言葉のひとつも投げかけたくなる。結局、ひとりで乗船することになり、今に至る。それについても、生活同様、さほどの不満はなかったのだが……ひとつだけ、どうにも気になることがあった。
 それは、乗船する間際から始まった。
 乗船の手続きを終え、さあ、船に乗り込もうとゲートをくぐったときのこと。
 ……聞いて……。
 風に乗り、そんな声を聞いた。
 周囲は、乗船する客でごった返しているような状態。ざわざわと喧しく、ひとつひとつの言葉を聞き取ることはできない。だが、そのなかでいて、小さな声を確かに聞いた。
 そう、『聞いて』と訴えかける声を。
 そのときは、それでも気のせいで済ませることができた。声はそれ以上、聞こえてこなかったから。
 だが、乗船して、自室を確認、出航記念式典を見るとはなしに見ているときに、再び、あの声が。
 聞いて……聞いて……。
 やはり声は訴えかけてくる。気のせいではないと確信し、周囲を伺った。が、やはり周囲は喧しく、記念式典のために演奏が行われている状態。小さな声などかき消されてしまう。なのに、それでも聞こえる……それは、人の声ではない、とも確信した。
 そのときは、それだけで終わった。
 しかし!
 聞いてと訴えかける声は、どこへ行こうと聞こえてきた。何を聞いてほしいのかと問いかける。だが、返答はなく、ただ聞いてくれと訴えかけてくる。
 何を聞けというのか。
 思わず、ラウンジで声をあげてしまった。
 いったい、この船はなんだというのだろう。乗船手続きの際に受け取ったパンフレットを広げてみる。
 アトランティック・ブルー号。
 今回が処女航海である豪華客船。
 重量は118000トン、最大乗客は約3000人、全長は約300メートル、幅は約45メートル、水面からの高さは約55メートルとある。客室は1340室で、そのうちのひとつが自分の部屋。
 船の主な施設は、大小様々な七つのプール、映画館、劇場、遊技場、図書館、インターネットルーム、スケートリンク、ロッククライミング、船上結婚式用のチャペルなどがあるらしい。ジムもあり、専用のインストラクターもいるようだ。……身体が鈍ってきたなと思ったら、行くといいかもしれない。
 食に関するものは、メインとなるレストランの他に二十四時間営業で軽食やデザート等を楽しめるフードコーナー。これら食に関する費用は基本的に乗船料金に込みとなっているとある。つまり、好きなとき、好きなだけ、どれだけ食べても無料というわけだがアルコールは除くとあった。
 パンフレットに書かれていることは、一般的な情報。そもそも宣伝用のパンフレットにいわくありげなことが書かれているわけがない。
 あれは人の声ではない。
 では、何か?
 幽霊?
 精霊?
 気のせい?
 ……三番だけは、あり得ない。
 これは感度の問題かもしれない。訴えかける何かの近くに行けば、それだけ声も強く、はっきりしたものへと変わる……かもしれない。あくまで、かもしれない、可能性の範囲を出ないが、実行しないよりはした方がましというもの。……どうせ、声が気になって他のことには集中できないのだから。
 
 船内を歩きまわる。
 内装は豪華客船という言葉を使うだけあって、確かに豪華で、美術館を思わせるような雰囲気の場所さえある。乗客は誰もが楽しそうで……というわけでもなく、たまに変わった乗客の姿も見受けられた。
 まず、出会った相手は難しい顔で何もない空間を見つめては、深いため息をつく少女。中学生か、もしくは高校生か。自分よりは年下に思える。
 ふと目があった。
「……」
 お互いに言葉もなく、しばらく見つめあったあと、何事もなかったかのように視線を外す。通りすぎる間際、少女の肩の辺りから声を聞いた。
『これはまた迫力のあるお方ですな』
 そんな声にじろりと視線をやると。
『わわわ、こちらをご覧になりましたぞ……!』
『我らが見えるのでありますかな?』
 それは人の声ではない。
「……うるさいぞ、黙れ」
 静かに呟いた少女の声に、ぱたりと声がやむ。……多少、気にはなれど、声をかけるほどではなく、通りすぎ、通路に佇む。
 声は……聞こえるだろうか。
 心を落ちつかせ、精神を集中させる。
 ……聞いて……このままでは……。
 辛うじて聞こえるのは、そんな声、そんな言葉。
 このままでは?
 声は何かを訴えかけている。
 何かの警告……?
「……っと、ごめんよ」
 はっと思う前に身体は動こうとしていたのだが、一瞬、遅かった。横の通路から飛び出してきた青年とぶつかり、お互いに床に転がる。そのあと、立ち上がった。
「前方不注意だった……怪我はないか? ……あ、いや、お怪我はありませんか、お客様?」
 改めて青年を見つめる。白を基調とした制服に身を包んだ青年は、明らかに乗務員であるのだが……その制服は、どうにもきつそうに思えた。サイズがあっていない。その口調も少し……言いなおしてはいるが、それにしても。
「大丈夫……ですね。医務室は……あー、どこだったかな、まあ、探せばそこいらに……いえいえ、冗談です、睨まないで」
「……」
 べつに睨んだ覚えはない。が、睨んだことになっている。こんなふうに言われてしまうことも、今日に始まったことではない。
「それじゃ……失礼」
 おまえの態度が失礼だと言いたくなりそうな乗務員だが、青年は片手をすっとあげるとすたすたと歩いて行ってしまった。それを見送るつもりはないままに見送り、自分も歩きだそうとする。
 と。
 床に何かが落ちていた。……パンフレットだ。あの男が落としたものだろうと拾いあげる。広げてみると、何かが床へと落ちた。改めて、拾いあげる。
「アトランティック・ブルー号はパシフィック・ブルー号の姉妹船として誕生し、国外級の規模を誇りながらも、処女航海は国内に決定。設計はおろか、構成部品、内装から皿やフォークといった備品に至るまで、姉妹船であるパシフィック・ブルー号とまったく同じである……」
 メモだった。下手ではないが、上手くもない文字でそう書いてある。さらに続きがあった。
「記念すべき航海にも関わらず、セントラル・オーシャン社の上層部および上層部の血族は揃ってキャンセル、乗船せず……」
 これに似た話を聞いたことがあるような気がする。
 そう、確か……同じような豪華客船だった。
 世界的に有名な……絶対に沈まない船と言われた……タイタニック号。
 気になる、ちょっと調べてみよう。
 図書館があったはずだと船内地図を見て、図書館へと向かう。調べものならば、まず図書館と思ったのだが、豪華客船タイタニック号に関する本はなかった。やはり、同じ豪華客船で、沈んだ縁起の悪い船だから、入荷しなかったのかもしれない。
「やはり、ないか……タイタニック」
「タイタニック号に関する本を探しているんですか?」
 呟きが聞こえたのか、そんな声が背後から響く。振り返ると学生服の少年がいた。高校生には見えず、どう見ても中学生という幼さと背の高さだ。
「僕も探してみたんですが、ここにはないみたいですよ。……これ、よかったどうぞ」
 少年が差し出したものは、世界のミステリーという本だった。
「ちょっとですけど、タイタニック号のことも載っています。やっぱり、縁起が悪いから入れなかったんでしょうね」
「ちょっと借りる……」
 本を受け取り、ぱらぱらと見やる。少年が言うように、確かにちょっとしか載っていなかった。内容は呪われたミイラを乗せたために沈んだのではないかというもの。自分が知りたいことは、書いてはいない。
「……ありがとう」
「これにはミイラのことしか載ってないけれど……いろいろとありますよね。いわくありげな話が」
 そう、いわくありげな話がいくつかあったと思う。そのなかのひとつに……メモと同じような内容があったような気がする。
「……」
「なんですか、その紙?」
「これは……」
 見たそうなので、見せてみる。少年はメモを受け取ると、目を通した。
「……。これ、本当ですか……?」
「……わからない」
 書いてあることが本当かどうなのかは、わからない。横に首を振る。
「タイタニックにも……これと同じような話が……姉妹船であるオリンピア号と、皿もフォークも内装も、みんな同じだったって……」
「……」
「僕、確かめてきます」
 少し考えたあと、少年はうんと頷いた。
「どうやって?」
「僕の叔父は……この船の関係者なんです。だから、聞いてみればわかるはず……お姉さん、このメモ、借ります」
 いいよと言う前に少年は図書館を飛び出していた。
 そのメモが事実であったとするならば。
 それを考え始めると、またも声が聞こえ始めた。
 ……気づいて……このままでは……沈む……。
「沈む……」
 沈む。タイタニックのように?
 まさかと否定するためには、声の主を確かめなければならない。たくさんの人々の声や思いに遮られ、その声は自分のもとまで届かないのかもしれない。
 感性が研ぎ澄まされる夜であれば、もしかしたら。
 図書館をあとにし、デッキへとあがる。
 陽は傾き、沈みはじめている。
 夕暮れの空、紅の海。
 夜の闇に抱かれれば、私の声は届くだろうか……あなたに。
 ルティは黄昏の海を見つめたあと、夕陽に染まるアトランティック・ブルー号を見あげた。
 
 −完−


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2770/花瀬・ルティ(はなせ・るてぃ)/女/18歳/高校生】


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■         ライター通信          ■
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ご乗船、ありがとうございます(敬礼)

相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。口調ちがうよ、こういうとき、こう行動するよ等がありましたら、遠慮なく仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。

こんにちは、花瀬さま。
気に入っていただけるといいのですが……と、とても不安であったりします。せめてイメージを壊してなければ良いのですが^^;

今回はありがとうございました。#1のみの参加でも旅の一場面として楽しめるようにと具体的な事件が発生するまでは話を進めておりません(一部、例外な方もいらっしゃるかもしれませんが^^;)よろしければ#2も引き続きご乗船ください(納品から一週間後に窓を開ける予定でいます)

願わくば、この旅が思い出の1ページとなりますように。