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<東京怪談・PCゲームノベル>


 アトランティック・ブルー #1
 
 お守りが必要な年齢ではないと思うんだけどねぇ……と、目の前の少年を見つめる。
「少し疲れてしまいました……部屋で休んでいますので、どうぞ僕のことは気にせず、船内を見てきてください」
 ほらね。見た目以上にしっかりしている。同室であるし、夜はどうであれ一緒に過ごすのだから、今はお互いにひとりの時間を楽しむべきかもしれない。七重の申し出を素直に受けることにした。
「それじゃあ、ちょっと船内を散策してこようかな」
「そうして下さい。僕も……少し休んだら、船内をまわってみます」
 七重は言うが、それは本当のことなのやら。自分に対する気遣いにしか聞こえない。……目の前の少年は、あまり船旅に積極的ではなさそうだから。それでも、その折角の気遣いを、もしかしたら、本当のことかもしれないそれを無駄にする必要はない。
「夕飯は……確か、十八時からだったね。その時間には、部屋へ戻ろう……お互いに」
 七重が頷くのを確認してから、部屋をあとにした。
 最新の設備を整えながらも、モダンかつクラシカルな内装は、豪華客船の黄金時代、1930年代を思わせる。全体的に狭さを感じさせない大胆な空間の使い方をしているが、なかでもラウンジの螺旋階段はその高さと見た目の華やかさで人目を引くのか、乗客たちの記念撮影の絶好のポイントで、やたらと人が多く、またカメラのシャッターを切る音がいくつも響いていた。
 乗船を終え、出航したところで一息いれるかとラウンジで酒でも……と思ったのだが、これではあまり気が休まらない。
 やれやれと思いながらもまあそんなものかもしれないねと少し離れた席に腰をおろす。現れたウェイトレスに適当に軽いアルコールを注文した。……まずは、味見程度に軽いものから。
 何が出てくるのかはわからないが、それが運ばれてくるまで、何をしていようかと思ったところで、ご自由にお取りくださいとばかりに置いてあるパンフレットが目についた。そういえば、これは客室にも置いてあったか。手にとって開いてみる。
アトランティック・ブルー号の概要、施設についてが簡単に書かれていた。
 重量は118000トン、最大乗客は約3000人、全長は約300メートル、幅は約45メートル、水面からの高さは約55メートルとある。客室は1340室で、そのうちのひとつが自分と七重の部屋ということになる。
 船の主な施設は、大小様々な七つのプール、映画館、劇場、遊技場、図書館、インターネットルーム、スケートリンク、ロッククライミング、船上結婚式用のチャペルもあるらしい。……わりと施設は充実しているかもしれない。さすがは豪華客船、ひまつぶしの道具は揃えてある。
 食に関するものは、メインとなるレストランの他に二十四時間営業で軽食やデザート等を楽しめるフードコーナー。これら食に関する費用は基本的に乗船料金に込みとなっているとある。つまり、好きなとき、好きなだけ、どれだけ食べても無料というわけだが……アルコールは除くとあった。……なるほど、今の注文は無料に含まれない、と。
 ひととおり目を通し終わった頃、深い青のカクテルが運ばれてきた。軽いものをと注文したが、カクテルが出てくるとは思わなかった。カクテルが似合わない……と自分で言い切りたくはないが、年齢、性別としてどうだろうと思う。それでもどうもと受け取ると、ブルーカードを求められた。
「ブルーカード……ああ、これだね」
 青色のそのカードは乗船の際に受付嬢から手渡された。ルームキーであり、船内での身分証明となるものでもあり、施設を利用する際に提示を求められると言っていたような気がする。そう、船内にある端末にカードを読み込ませることで、自らの情報、船内のイベント等の情報を知ることが可能で、予約なども行えるとか。
「ありがとうございます。カードをお返しいたします」
 カードリーダーに読み込ませたあと、ウェイトレスは丁重にカードを返してくる。それを受け取り、しまいながら、やはり丁重に頭を下げて去ろうとしたウェイトレスを呼び止める。
「ところで、このカクテルは?」
「当船、オリジナルのカクテル、アトランティック・ブルーです」
「……ありがとう」
 なるほど。大西洋の青か……しかし、やはりこれは自分にはあわないような気がする。グラスを手に取り、口許へと運ぶ。そして、ひとくち。……やはり、自分にはあわないような気がする。いや、不味いとかそういう理由ではなく。見た目も味も女性に好まれそうであるし、実際、女性に飲ませたい……いやいや、似合うと思うカクテルだ。そう、例えば……ひとつ向こうのテーブルにいる女性のような。
 グラスを掲げ、その青と女性とを比べてみる。……うん、どちらも適度な華やかさ、似合うね……と。
「……ん?」
 見つめる女性の目つきが険しくなる。こちらの視線に気づいた様子はなく、何か別のものを見つめているようだが……ああ、もとに戻った。しかし、今の眼差しは……と思っていると、またもその眼差しは鋭いものへと変わった。どうにも剣呑な感じが気になり、しばらく様子を見守る。……彼女は何度も同じことを繰り返した。どうやら、豪華客船に寛ぎを求めて乗船したわけではなさそうだが……。
 声をかけてみようか。
 そんな考えに至るまでに、そうは時間はかからなかった。
 
「こんにちは」
 まずは挨拶。声をかけると、彼女は確かに驚いた。……少々、不審に思えるほどに。心はここにあらず、何かを見つめていたことがわかる。だが、それをやめ、傍らに立つ自分を見あげた。
「こ、こんにちは」
 その言葉も辛うじてという感じだ。何故だろう。その表情には焦燥が伺える。落ちつこうとしているが、明らかに動揺をしている。声をかけられただけだというのに、そこまで驚くだろうか、普通。
「ご一緒しても?」
「え、ええ、どうぞ……」
 顔はにこやかではあるものの、心はどうなのか。警戒を抱いていることは、間違いない。腰をおろす自分の一挙一動を油断なく……そう、見張っているという表現が似合うほどに。おそらく、それが眼差しの鋭さと関係するのだろうが……苦笑いのひとつも浮かべたくなる。そこまで露骨に、相手に感情を悟らせてしまう彼女に。
「誰かを待っていたりするのかな?」
「え? いいえ、そんなことは。ひとりですから」
 きょとんとした表情を浮かべ、彼女は答える。思っていることが顔に出やすい、いや、出やすいのではなく、出てしまう素直な性格なのかもしれない。
「そう。では、恋人が現れ、気まずい空気……ということはなさそうだね」
 穏やかに言うと、目をぱちくりさせたあと、少しだけ笑う。
「恋人なんて……いませんから」
 ひらひらと小さく横に手を振り、答える。見た目の華やかさよりも、実際は控えめな性格らしい。そんなふうに感じた。
「ああ、ナンパじゃあないんだよ。……ナンパにしか思えないだろうが」
 気分をほぐすつもりで口にしてみる。彼女は口許に手を添え、小さく笑った。
「君は……学生さんかな?」
 見た目の印象で言ってみる。思ったよりも、間近で見た彼女は若い。大学生か、もしくは既に社会に出て働いているか。どちらであってもおかしくはないように見える。
「……ええ、学生です」
「学生さんか。懐かしいねぇ、何年前の話だろう」
「あの……ご職業は、何を?」
 訊ねられ、うんと頷く。
「文筆家だよ。但し、売れない、という言葉が頭についてしまうけれどね」
「作家先生ですか……! どういったものを?」
 驚きつつも興味を示す。売れない文筆家は嘘ではないが、しかし、魔術書を解読し、それに関する著述をしている……とは言いにくい。一般の常識からすると、さすがにそれは胡散臭いというものだ。初対面の、親しくなろうとしている、しかも女性に告げる内容ではない気がする。
「そうだね……古書の独自的な解釈などを……そう、しているんだよ」
 まあ、嘘ではない。ある意味、あれは古書だ。これでいい。少し考えたあと、うんと頷き、そう告げる。
「古書ですか……例えば、どんな?」
 ……突っ込んでくるなぁと心のなかで苦笑いを浮かべながら、少し、考える。やはり正直に言うのはどうかと思われるので、適当なものを答えておくか……。
「あ……ごめんなさい、私ったら。初対面の人に……身まで乗り出しちゃって」
 はっと気づいたという顔で彼女は言った。恥ずかしそうに頬を赤らめながら、少し乗り出した身をもとに戻す。
「古いものに興味を持っているもので……」
「古いもの……考古学とか?」
「専門的なことは、まるで。ただ、遺跡やそこで発掘されるものの話を聞くのが好きなんです。たぶん、父がそういう仕事をしていた影響だと思います」
 警戒がかなり緩んだ。彼女が気を許すキーワードのひとつが、古いものであったらしい。相槌を打ちつつ、話を促す。
「お父さんはそういう仕事を? ……学者さんだったりするのかな?」
 すると、苦笑いを浮かべ、ひらひらと横に振る。違いますと否定しながら、言葉を続けた。
「そういう先生の指示で遺跡を発掘する作業に携わるだけです。幼い頃は、よく現場に連れて行ってもらって、父の仕事を見ていたものです。土を掘る……ひたすら地味な作業なんですけどね」
 汗水を流して作業に勤しんでいる父の姿は今でもよく覚えていますと彼女はどこか遠い眼差しで語る。
「出土されたものが、研究され、博物館に並ぶと自分のことのように嬉しくて」
 にこやかに語っていた彼女の表情が不意に変わる。あの鋭い眼差しになった。その視線の先を伺ってみると……恰幅のいい男を中心に会社員かと思われるスーツ姿の男が数人いる。ラウンジでの休憩を終えたのか、席を立つところだった。
 ……彼らを見張っているのか。
 時折、視線が鋭くなるのは、彼らの動きに警戒をしているからか。……しかし、その表情では、相手に悟られるのは時間の問題だろう。今だとて、相手に悟られているかもしれない。
「この船には、観光で?」
 絶対にそれはあり得ないとわかっていながらも訊ねる。
「え、ええ……」
 彼らは行ってしまった。残念そうに目を細めながら彼女は答える。
「目的は……沖縄?」
「……一応、そうなっています」
 微妙な返答。答えにくそうでもあった。嘘をつくのが苦手なのか、心苦しいのか、とにかく、相手に動揺が伝わりやすい。その性格で、あの恰幅のいい男とその一行の動きを追っているとは……他人のことながら、いささか心配になる。
「あの……ごめんなさい、私、ちょっと用事が……」
 そわそわとした態度を見せたあと、遂に彼女はそう言った。……原因は、わかっている。あの恰幅のいい男とその一行を追うためだ。
「ああ、付き合ってくれてありがとう」
「いえ、こちらこそ。本当はもっといろいろとお話を聞きたかったんですが……」
「気にしなくていい。……早くしないと見失うよ」
「あ、はい。それじゃあ……?」
 返事をしたあと、不可思議そうな、微妙な表情を見せる。そして、失礼しますと頭を下げ、席を立った。そのまま、彼らが去った方向へと去って行く。
 大丈夫だろうかと少し心配に思いながらも、見送る。……残念だ。カクテルの一杯くらいは奢りたかったのに……そう、彼女に似合いそうな、あのカクテルを。
 ……いや、諦めるのはまだ早いか。
 彼女が去ったそこには、茶色の封筒がぽつんと残されていた。
 
 うっかりやの彼女が残した茶封筒の中身をこっそり確認したあと、部屋へと戻る。
 勝手に人のものを覗くのは悪いような気はしたが、それはそれ。見た内容を決して口外しなければ、それは見ていないも同然。
 封筒の中身は写真だった。
 一枚は、あの恰幅のいい男。
 一枚は、古そうな鏡。
 一枚は、絵巻物でも入っていそうな細長い桐の箱。
 一枚は、龍宮城の玉手箱を思わせるような漆の箱。
 そして、一枚の手紙。
『ひとつは陸路、もうひとつは海路、残るひとつの経路は不明だ。私は陸路を押さえる。君は海路をよろしく頼む。乗船券はどうにか手配した。三上。追伸。あまり無茶はしないように』
 この手紙から推測するに……三上という人物が誰かにあてた手紙であり、四枚の写真のうち、恰幅のいい男を抜かす三枚の品物が陸および船で運ばれているということになるのだが……残る一枚の写真、恰幅のいい男を三枚の写真の品物の主と見て、さらに、この手紙が素直に彼女にあてられたものだと考えると……。
「ううーん、そういうふうには見えないけれどねぇ……」
 宝物を狙う賊にしては、どうにもそそっかしいというか、危なっかしいというか、なんというか。うーむと唸りながら扉を開ける。部屋には七重がいた。ソファで本を読んでいたが、自分が現れると顔をあげる。その様子だとずっと部屋で本を読んでいたように思えるのだが……何故か、その隣にはクマのぬいぐるみがちょこんと座っている。確か、でかける前はなかったはずだ。
「おや、その愛嬌のあるクマくんは?」
「ねこきちです」
 ……。よくわからないが、そういうこともあるのだろう。深いことは気にしないことにして、時計を見やる。
 もうすぐ、十八時。
「そろそろ、行こうか」
「はい」
 七重を連れ、城ヶ崎は再び、部屋をあとにした。
 
 −完−


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2839/城ヶ崎・由代(じょうがさき・ゆしろ)/男/42歳/魔術師】
【2557/尾神・七重(おがみ・ななえ)/男/14歳/中学生】


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■         ライター通信          ■
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ご乗船、ありがとうございます(敬礼)

相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。口調ちがうよ、こういうとき、こう行動するよ等がありましたら、遠慮なく仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。

こんにちは、城ヶ崎さま。
アルコールは……別扱いということで(笑) プレイングの雰囲気で書かせていただいたつもりですが、イメージを壊していないかが心配です。

今回はありがとうございました。#1のみの参加でも旅の一場面として楽しめるようにと具体的な事件が発生するまでは話を進めておりません(一部、例外な方もいらっしゃるかもしれませんが^^;)よろしければ#2も引き続きご乗船ください(納品から一週間後に窓を開ける予定でいます)

願わくば、この旅が思い出の1ページとなりますように。