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アトランティック・ブルー ＃１
乗船券を取り出し、受付嬢へと差し出す。
「アトランティック・ブルー号へようこそ。乗船手続きを行いますので、申し訳ありませんがこちらにお名前をお願いします」
白を基調とした制服に身を包んだ受付嬢は明るい笑顔で署名欄を示した。ペンを取り、裏はカーボン紙になっているそこにさらりと自らの名前を記入する。
……城田京一、と。
「城田さまでございますね。……三等客室でご予約を承っておりますが、間違いはございませんか？」
端末に何やら軽く入力を行った受付嬢は相変わらずの明るい笑顔でそう問うてきた。
「三等……ああ、そうだね、そうかもしれない」
曖昧な答えに受付嬢は少し不思議そうな表情を浮かべたものの、それでも笑顔は忘れなかった。そのまま作業を続行する。
「それでは、こちらがルームキーのほか、お食事等、あらゆる施設を利用するにあたって必要となります、ブルーカードです」
受付嬢は名前を記入した紙の二枚目をぴりりと点線で切り、傍らにあったパンフレットに添え、最後に深い青色のカードをその上に乗せて差し出した。
「ありがとう。つまり、これは身分証明のようなものであり、これがなければあらゆる施設の利用ができない、と？」
キャッシュカードやクレジットカードとほぼ変わらない大きさ。持ち運びに便利なサイズではあるが、目立つ大きさでもないため、見失いやすいサイズともいえる。
「はい。そうなっております。船内に設置されております端末に、こちらのカードを差し込みますことでお客さまの個人的な情報……お部屋の番号や、今後のご予定……船内のイベントといった情報が表示され、予約やその取り消しなども行うことができます。それでは、良い船旅を」
そんな明るい笑顔と声に見送られ、廊下を歩き、乗船ゲートへと向かう。
「良い船旅を、か……」
呟き、乗船券が入っていた封筒を開く。と、そこには、メモのような紙が一枚。それには、簡素な文……いや、文というよりもただ一言、言葉のみが書かれている。
良い船旅を。
そんな言葉に乗船券が添えられていた。
まさか、彼がバースデープレゼントをくれるとはねぇ……と、浮かべる笑みが少し苦笑いになってしまうのは……この贈り物が親友らしからぬためか、それとも、医者が休みを取りづらい職業と知っていながらの贈り物だったからか……だが、意外だと思うと同時に嬉しいと思うこの気持ちは嘘ではない。有給届けを出して……院長にはすこーし何かを言われかけたが、そこはそれ、にこやかに……一瞬だけ、ひと睨み。それで万事解決（？）ここへと至る。
わりと普通に、素っ気なく、それこそ特別なことでもなんでもなく、新聞をはいよと差し出すような感覚で渡された封筒から、今日ここに至るまでの短い回想を終える頃には建物の外へと辿り着いていた。これから乗り込むであろう船を間近で見あげ、その大きさにため息をつく。
まさに、白い巨体。全長はいかほどになるだろう。ぱっと見た感じでは、２５０、いや、３００メートル前後だろうか。高さもまたすごい。まるでビルを見あげているような感覚をおぼえる。
そういえば、パンフレットを受け取っていたか。
受付嬢に手渡されたパンフレットを広げ、眺める。重量は１１８０００トン、最大乗客は約３０００人、全長は約３００メートルとある。……自分の予想はだいたい当たっていたようだ。幅は約４５メートル、水面からの高さは約５５メートルとある。客室は１３４０室で、そのうちのひとつが自分の三等室ということになる。……まあ、特等室にしてくれとは言わないが……三等室、そこがらしいといえば、らしいのか。
船の施設に関しては、大小様々な七つのプール、映画館、劇場、遊技場、図書館、インターネットルーム、スケートリンク、ロッククライミングなどというものまであるらしい。……船の上にまできてロッククライミングやスケートを楽しみたいものかね……と思いつつ、さらにパンフレットを読み進める。
食に関するものは、メインとなるレストランの他に二十四時間営業で軽食やデザート等を楽しめるフードコーナー。これら食に関する費用は基本的に乗船料金に込みとなっているとある。つまり、好きなとき、好きなだけ、どれだけ食べても無料……量はともかく、好きな時間に食べることができるというのは自由度が高くていいかもしれない。
但し、自由になるとはいえ、メインとなるレストランでのディナーだけは、時間が区切られているらしい。時間帯がメインとセカンドで区切られている。メインは十八時から、セカンドは二十時からとある。……メインとは特等室、一等室の客を示し、セカンドは二等室、三等室の客を示しているらしい。つまり、自分のディナーは二十時以降というわけだ。こういうところに部屋の違いによる差が表れるらしい。
ともあれ、楽しい旅行にはなりそうだ。もっとも、何か事件でも起これば、さらに楽しい旅になりそうだが。それは映画の見すぎ……か、な……と思うその視線の先には見るからに胡散臭そうなサングラスにスーツの男たち。
さらに楽しい旅行になるような……そんな気がした。
思うよりも身体が先に動いているというのは、これのことかもしれない。
ふと、そんなことを思う。
気づけば、ごく自然に、なんの躊躇いも覚えずに男たちを尾行している自分がいる。男たちの人数は、五人。周囲の視線を避けるように、しかし、周囲をよく見回し、最終的にあまり人が訪れないような場所へとやって来た。そこでも周囲をよく見回し……そのあと、ほっと息をついている。それを見て、思う。……本当は息をついてなどいられないぞ。しっかりと尾行をされているし、ここで聞き耳をたてている自分がいるのだから。
「とりあえず、どうにか船内に乗り込むことができたわけだが……」
五人のうちのひとりが言う。
「なんか、じろじろ見られてましたよー」
声の雰囲気からすると、まだ若い。十代後半か、二十代前半か。
「そりゃ、見られるでしょ。こんな恰好をしていたら。ばっちり、浮いていたわよ」
声も口調も女だった。背中で長い髪を一本にまとめている。どうやら男装をしている女らしい。……もしくは、まあ、そういう方面の男なのか。
「高木さん、どうしてこんな恰好を？ 普段の恰好では駄目なんですか？」
「豪華客船だからな……フォーマルな服装の人間が多いと思ったんだが……意外と、普通の恰好……だったな……」
呼びかけに対して答えたのは、最初に口を開いた男。どうやら、高木というあの男がこの五人のなかでは最も力を持った存在であるらしい。
「ドレスとかスーツって、あとから着替えるものでしょう？ 豪華客船とはいえ、一般向けなんだし。これじゃあ、目立ってとても任務を遂行できないわ。着替える。文句はないわよね？」
任務。女のそんな言葉にぴくりと反応する。なるほど、彼らは思ったとおり、その外見に見合った胡散臭い任務を帯びているらしい。気になるところは、その任務の内容なのだが……。
「そう……だな。一般乗客に紛れた方が動きやすいだろう」
「サングラスを外すだけでも、かなり胡散臭くなくなると思いますよ。着替えなかったとしても、ね」
そう言いながら五人のうちのひとりがサングラスを外す。確かに、そうやってサングラスを外してしまうと胡散臭くはない。どこかのビジネスマンのようだ。この状態であったら、自分は彼らに気を止めなかったかもしれない。
「……。では、改めて任務の確認をする」
高木はサングラスを外した。二十代後半か、三十代前半か。どちらかといえば、三十代前半だろうか。こちらの気配に気づかないことはさておきとして、『普通の会社員』という顔つきではない。
「第一は、奴よりも先に、目標に接触すること。この三千人の乗客のなかに、目標が紛れてこんでいる。そして、奴も、な」
『奴』が何者なのかは知らないが、その言葉を聞いた途端、残る四人の表情が張り詰めたものへと変わる。かなり『できる』存在であるらしい。
「目標はおそらく、偽名。これが、目標の写真だ。各自、一枚ずつ持っていてくれ」
高木が手渡す写真を四人は受け取る。自分も受け取りたいところだが、それは無理であるし、なんとか覗きみたいところだが、それも距離がありすぎて難しい。もう少し角度を……そう、自分の方に向けてくれれば。
「あれあれ、どっちですかー？」
その言葉から察するに、写真には人物が二人ほど写っているらしい。『どれ』ではなく、『どっち』と口にしているから、それで間違いはないだろう。……あの男の日本語能力が正しければ。
「目標は片方だが、二人で行動をしているはずだ。ちなみに、片方は助手だが……二人は奴に狙われていることを知らずにいるはずだ。連絡しようにも手だてがなかったからな……こんなときに旅行に行かなくても……しかも、こんな乗客の多い船……」
「まあまあ、ぼやいても始まらんだろう？ それに、国内ではこのレベルの豪華客船は初めてというじゃないか。しかも、処女航海、乗りたくなる気持ちはわかるねぇ〜」
仕事じゃなくても乗りたいもんだよと高木の隣にいた男は呑気な口調で高木を宥める。口調からすると高木と同格……他の三人は部下のようだが、この男は違うようだ。
「……いや、初めてではないぞ。確か、七、八年……いや、十年くらい前にも同じような豪華客船が国内航路で……プリ……プリンス・ブルー号……だったかな……」
「プリンセス・ブルー号じゃないですかー？」
「ああ、そんな感じだったな。……いや、それはどうでもいいんだ。とにかく、奴よりも先に目標に接触し、保護。有効な手段を聞き出す。乗客、乗員に被害が出ないように行動してくれ」
四人はその言葉に頷く。
「最悪、奴を止めてしまえば、目標を見つけ出せなくても問題はありませんよね？」
サングラスを外している男が言う。
「止める？ 交戦するという意味か？ ……だとしたら、それは却下だ。そう、これだけは言っておく。もし、目標を保護する段階で奴が現れたら……目標の保護は取り止めとする」
「え、でも、それって……見捨てるということですか？」
女は戸惑う表情で問う。残りの四人も小首を傾げ、顔を見合わせている。
「そうだ。奴は自らの邪魔をする者を容赦なく排除する。それに例外は、ない。それに、最悪……奴は目的を果たせば……」
「そんな……高木さんらしくないことを言いますね。何か……あったんですか？」
問われるが、高木は答えない。しばらく俯いたあと、顔をあげる。
「……可能な限り、交戦は回避。乗客、乗員、己の命を第一に行動しろ。……いいな、交戦は避けるんだぞ？ ……散開！」
その言葉を合図として四人が散る。ひとり残った高木はしばらくその場に佇んでいたが、やがてふとこちらへと顔を向ける。……気取られるわけにはいかないから、するりと身を引き、影へと潜ませる。
「……気のせい、か？」
呟き、高木は姿を消す。
……どうやら、二流の腕前を持つらしい。三流とは相手の存在に気づかないこと。二流とは、相手の存在に気づき、相手にもそれを気づかせること。そして、一流とは、相手の存在に気づきつつも、それを悟らせないこと。
まあ、相手の腕前云々は置いておくとして。
どうやら、この船には危険なモノが乗り込んでいるらしい。三千人の一般乗客のなかに紛れ込み……いや、高木はそう口にしていたが、従業員や船員として乗り込んでいる可能性もある。そうなると……いそいそとパンフレットを取り出し、最大乗員数を見やる。……四千二百人とあるから、この四千と二百人のなかに彼らの言うところの『目標』と『奴』が紛れ込んでいることになる。
彼らの話を思い出し、知りえたことをまとめてみる。
彼らは五人。そのリーダーともいえる存在は、高木。腕は二流……未満。背後関係は不明だが、彼らの口ぶりからするとこういった仕事を引き受けることを常としているらしい。目標を保護することが今回の任務であり、交戦は徹底的に避けたい意向。目標の保護よりも周囲への被害に憂慮し、目標の保護を第一としていない。それどころか危なくなったら見捨てろとの仕事人らしからぬ発言。が、その意向は、部下から言わせるとらしくない、ということだ。
『目標は』二人で船旅を楽しんでいるらしい。片方は、助手。では、片方はなんだろう？ 少なくとも、助手がいるような立場にあることは間違いない。写真があるようだが、とりあえず、覗き見ることは距離的に不可能だった。
アトランティック・ブルー号はこのクラスでは初の国内航路……ではなく、十年近く前にプリンセス・ブルー号なる……と、これは関係がなかったか。
『奴』は……どういった存在なのかよくわからないが、任務に忠実であるらしい。彼らと同じく『目標』を狙ってこの船に乗船している。自らの邪魔をする者は容赦なく排除するような非情さを持っているらしいが……いったいどんな奴なのか？
よくはわからないが、何かが起こりそうな気配は十分に感じている。
どうやら楽しい旅行は間違いなさそうだよ……いや、もしかしたら、これを見越して……これこそがプレゼント……？
城田は身を翻し、親友を思う。
遠く鳴り響くは、汽笛。
旅はまだ始まったばかり、結末は、まだ誰にもわからない。
−完−
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
【2585／城田・京一（しろた・きょういち）／男／44歳／医師】
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■ ライター通信 ■
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ご乗船、ありがとうございます（敬礼）
相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。口調ちがうよ、こういうとき、こう行動するよ等がありましたら、遠慮なく仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。
こんにちは、城田さま。
センセー、いきなり尾行なのですね。素敵すぎます（笑）城田さまの能力と高木らの能力を比べまして、今回の行動はわりとたやすく行えると判断いたしまして、すんなりと妨害を受けることなく成功しております。
今回はありがとうございました。＃１のみの参加でも旅の一場面として楽しめるようにと具体的な事件が発生するまでは話を進めておりません（一部、例外な方もいらっしゃるかもしれませんが＾＾；）よろしければ＃２も引き続きご乗船ください（納品から一週間後に窓を開ける予定でいます）
願わくば、この旅が思い出の１ページとなりますように。
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