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<東京怪談・PCゲームノベル>


 アトランティック・ブルー #1
 
 ぱたん。
 本を閉じて、深いため息をつく。
 室内を見回すだけならば、どこかのホテルの一室。それも観光で使われるような安っぽいホテルではなく、各方面の著名人が利用するような一流ホテルの、それ。
 ほとんど揺れを感じることはないし、こうしていると本当に……海の上、船の中のいるとは思えない。
 そう、海の上。
 読みおえた本をローテーブルの上に置き、ゆったりとしたソファから立ちあがる。窓辺へと歩き、外を覗き込むと、きらきらと輝くうねる水面とどこまでも青い晴れ渡った空だけが目に映った。それ以外には、何もない。出航してそれなりの時間が経過し、陸地は既に遠い存在であるせいか、海鳥の姿さえ、見かけない。
 青い海と青い空。
 人はそれに喜んでいるけれど、自分には……そう、ひどく単調な景色に見えてしまう。初めての船旅、しかも、手に入れようとしてもなかなか手に入らない豪華客船処女航海でのそれだというのに。
 しかし。
 いったい、どういう経由で乗船券が送られてきたのか……購入された様子はなく、そもそも『ご優待』の三文字が乗船券に書いてある時点で購入の可能性は消える。まさか、雑誌やテレビ等の懸賞に応募するとも考えられない。……テレビを見て懸賞ハガキに記入し、応募する父の図……とても想像できない。ふるふると横に首を振り、このことについては考えないことにした。
 特等室二名様ご招待とあったが、同行するばずの父は予定が入り、乗船不可能。父は知人たる城ヶ崎に自分のお守りを任せた。だからといって、折角の豪華客船による船旅、それを楽しまない理由はないので、自分のことはどうぞ気にしないで下さい、お互いに船旅を楽しみましょうと城ヶ崎には告げてある。
 そういうわけで、自分なりに豪華客船の旅を楽しんでいたわけだが……用意してきた本を読みおえてしまった。甘かった、もう少し用意してくるべきだったと嘆いたところで、もう遅い。
 同じ本を同じ日にもう一度、冒頭から読む気にはなれず、ため息をつく。他に時間を潰せそうなものといえば……この部屋にあるもので言うならば、パンフレットか。ローテーブルの上に置かれているそれを手に取り、広げてみた。
アトランティック・ブルー号の概要、施設についてが簡単に書かれている。
 重量は118000トン、最大乗客は約3000人、全長は約300メートル、幅は約45メートル、水面からの高さは約55メートルとある。客室は1340室で、そのうちのひとつが特等客室、この部屋ということになる。
 船の主な施設は、大小様々な七つのプール、映画館、劇場、遊技場、図書館、インターネットルーム、スケートリンク、ロッククライミング、船上結婚式用のチャペルもあるらしい。……自分にはおよそ関係がない、興味が持てない施設ばかりだ……と、待て。
「……図書館?」
 思わず、呟く。もう一度、よく目を通す。……やはり、図書館とある。インターネットルームもある。映画館に劇場、これらも上映、上演されているものによっては、興味が持てるかもしれない。……少し、希望(?)が見えてきた。
 食に関するものは、メインとなるレストランの他に二十四時間営業で軽食やデザート等を楽しめるフードコーナー。これら食に関する費用は基本的に乗船料金に込みとなっているとある。つまり、好きなとき、好きなだけ、どれだけ食べても無料というわけだが……それはともかくとして、図書館。まずは、これだ。
 七重はパンフレットをローテーブルに置き、部屋をあとにしようとした……が、戻ってパンフレットを再び手にする。そして、部屋をあとにした。
 
 べつに方向音痴というわけではない。
 が。
「……あれ?」
 エレベータをおりて、周囲を見回す。そこに広がる光景は、自分が望み、思っていたものとは、少し違う。周囲を確認すると、そこが三等客室フロアのひとつであることがわかった。おかしいなと指をこめかみにやって、軽くとんとんと叩いたあと、パンフレットを広げてみる。……もうひとつ下の階であるらしい。
 小さくため息をつき、パンフレットを折りたたむ。さて、戻るかと思ったそのとき、三等客室前に通路に佇む少女がいることに気がついた。大きなぬいぐるみを抱き、時折、周囲に見やる。……あの子も退屈で、部屋をあとにしたのだろうか。しかし、それにしてはあまりにも年齢が幼いような気がする。低く見て幼稚園か、高くみて小学校の低学年。その雰囲気が気になり、エレベータには戻らずに少女へと足を向ける。
「どうしたんですか……あ、いや、どうしたの?」
 相手は大人ではなく、子供なのだからこういう場合は砕けた口調の方がいいのかもしれない。それに気づき、なるべく柔らかい口調で接してみることにした。
「……」
 少女は顔を向けた。その表情は寂しげとも不安げとも取れた。これは……もしや、迷子か?
「……もしかして、迷子……だとか……?」
 少女はしゅんと俯く。そして、こくりと頷いた。……決定だ、この子は迷子だ。近くに乗務員の姿は、ない。
「誰かを探しているのかな? それとも、どこかへ行く途中で迷っちゃったのかな?」
 そういう意味では、自分も迷子かもしれない。だが、自分は自分でどうにかできる。図書館は上の階だとわかっているし。しかし、この子の場合はそうはいかないだろう。
「おとーさん……探してたの……」
「そうか、お父さんを……それじゃあ、一緒に探そうか」
 ところが、その言葉に少女はぱっと笑顔を浮かびかけるが、すぐにしゅんとした表情に戻り、俯いた。その動作と表情に、こちらがしゅんとしそうになる。自分では力になれないのだろうか。それほどに怖い、もしくは怪しい人間に見えるのだろうか、この僕は。……少し、切ない。
「おとーさん、お部屋にいなさいって……でも、なな、おとーさんの言ったこと、守らなかった……」
「ああ、そうか……だから……」
 部屋にいろと言われたのに、部屋を出て探しているわけだから、会ったら会ったで言いつけを守らなかったということで怒られてしまうと思っているのかもしれない。
「じゃあ、部屋に戻ればいいんじゃないかな?」
 至極正論を述べてみる。
「……お部屋、わかんない……」
「……そうだよね」
 わかっていれば、素直に戻るだろう。七重は三等客室前の廊下を見やる。扉はどれも同じもので見分けがつかない。扉には大人の目の高さで番号が振られているだけだから、子供には確認しにくい。造りも同じだから……迷って当然かもしれない。
「部屋の番号は覚えている?」
 問いかけるが、少女は横に首を振った。つまり、わからない、と。どうしたものかと考えたとき、ふと乗船の際に渡されたカードの存在を思い出した。ブルーカードと呼ばれるそれは、船内でのあらゆる施設において身分証明になるだけではなく、ルームキーの役割も果たしているという。そのカードを船内の至るところに設置されている端末に差し込むことで、自らの情報、船内のイベントなどに関する情報を知ることができるとも言っていたはずだ……確か。
「これくらいの青色のカード、持ってない?」
 指でブルーカードの大きさを示してみる。少女は少し考えたあと、答えた。
「おとーさんがふたつ持ってた」
 子供のカードを親が管理するのは当然といえば当然か……がっくりとしそうになるが、そこではっと思い出した。扉は、オートロックだった。部屋をみつけたとしてもなかには入れないことになる。
「お父さんについて、教えてもらえるかな?」
 もしかしたら、感覚で探し出せるかも。可能性にかけてみることにして、少女に話を聞いてみる。
「おとーさん?」
 少女は不思議そうな表情を浮かべ、小首を傾げる。
「そう。背の高さとか、雰囲気とか……顔がわかるものとかあるといいんだけど……」
「んーと。おとーさんは、ななが見あげるくらい大きくて、いつもきびきびしてるよ。お仕事ばっかりしてるの……このお船に乗ったのも、お仕事だからみたい……なながいい子でお留守番していたご褒美だと思ったのに……」
 少女はしゅんと俯いてしまう。その気持ちは……わからなくはない。すっと手を伸ばし、少女の髪に触れた。その頭をそっと撫でる。少女はきょとんとした表情で顔をあげた。そこではっとして伸ばした手を慌てて戻す。
「ご、ごめん……」
「? なな、いい子?」
 小首を傾げつつ、訊ねられ……いい子だよと笑みを浮かべようとするが、どうにもぎこちなくなってしまう。結局、言葉にならず、ただ頷いた。
「うん、なな、いい子!」
 にこりと少女は笑う。その笑顔に眩しいものと戸惑いとを感じている自分がいる。なんとも言えない気分のまま、精神を集中させてみる。近くにこの子の父親はいないだろうかと探査を試みるが……。
「……わからない」
 はぁと小さく息をつく。いくらなんでも情報が少なすぎる。見あげるくらいの背の高さで仕事に熱心な男。……無理だ。
「おにーちゃんは、おとーさんとお船に乗っているの?」
「……違うよ」
 見あげる視線に気づき、答える。その態度、眼差しに警戒は見られない。
「ひとりなんだね……」
「あ、いや、ひとりというわけではなくて……」
 城ヶ崎が一緒であるから、ひとりではない。そんな寂しげな視線を向けられる必要はないのだが、少女のなかでは既にひとりということになっているらしい。
「おにーちゃんにもねこきちがいるの?」
「いないよ」
 冷静に答えてから、考えた。ねこきちって……なんだろう?
「そうなんだ……あ、おとーさんっ」
 エレベータの扉が開き、数人が現れた。そのうちのひとりに向かい、少女は声をあげる。その視線の先にいる人物は、確かに少女が見あげる高さの身長で、仕事着と思われるスーツにネクタイ着用の男がいた。きびきび仕事もこなしそうだし、職務に忠実そうにも見える。
「ななこ! 部屋で待っていなさいとあれほど……あ」
 男の視線が自分へと向く。七重は軽く会釈をした。その行動で男は状況、事情を理解したのかもしれない。駆け寄って来ると頭を下げた。
「うちの娘が世話になったようで……」
「いえ、気にしないで下さい」
「ありがとうございます。ななこもお礼を言いなさい」
 父親に促され、少女はぺこりと頭を下げる。
「ありがとう、おにーちゃん!」
「……いや、僕は何も……」
 してないし……と言っている間に改めて頭を下げた男と少女は行ってしまった。それを見送っていると、少女が戻ってきた。
「はい、ねこきち」
 はいと差し出されものは、少女が手にしていたクマのぬいぐるみだった。
「え?」
「おにーちゃん、ひとりで寂しいでしょう? ななはお船ではおとーさんと一緒だから寂しくないの。だから、貸してあげる」
 無邪気な好意に彩られた笑み。自分はひとりではないから大丈夫だとは言えなかった。手を伸ばし、クマのぬいぐるみを受け取る。
「……ありがとう、借りるよ」
「うんっ。またね、おにーちゃん!」
 少女は手を振り、去った。それを改めて見送ったあと、クマのぬいぐるみを見つめる。可愛いというよりは面白い……いや、人を小馬鹿にしたようなという顔のぬいぐるみ。
 なるほど。
 ねこきちというのはこのぬいぐるみのことなのか。
 七重は妙な感心をしたあと、ぬいぐるみを抱え、エレベータへと乗り込んだ。
 
 部屋に戻っても良かったが、折角なら図書館を確認してからとクマのぬいぐるみを抱え、歩く。
 辿り着いた図書館は、思ったよりも充実していた。専門書の類は、さすがに少ない。しかし、娯楽に関するものは多かった。絵本、童話から始まり、文学から推理、科学といったエンターテイメント系のものまで。
 その場で読むだけではなく、三冊までならば借りることもできるというので、早速、読みごたえがありそうな本を三冊ほど選んだ。司書に本を渡すと、本に張りつけられているバーコードを読み込ませる。最後にブルーカードの提示を求められ、司書が端末にそれを読み込ませたら、手続きは終了。本とカードを受け取り、図書館をあとにした。
 片手にぬいぐるみ、片手に本を三冊という状態で部屋へと戻る道すがら、ふと、自分が持っているクマのぬいぐるみと同じものを持った存在が何人かいることに気がついた。相手は、いずれもいい年齢の大人であり、自分のような年齢ではない。最初は特に気にも止めなかったが、さすがに同型のぬいぐるみを持った人間を三回も四回も眺めた日には、気にもなるというものだ。
 ……乗船記念にもらえる品物なのだろうか?
 いや、それなら自分ももらっているはず。そうなると……売店で売っているおみやげ……そうかもしれない。しかし、この船のキャラクターはクマだっただろうか……?
 気のせいかもしれないが、同型のぬいぐるみを持っている存在は、自分を見つめている気がする。……視線を向けた瞬間にさっと横を向く。あれは、気のせいではないだろう。なんだか、感じが悪い。
 部屋へと戻り、扉を閉めたあと、改めてぬいぐるみと向かいあう。可愛いというよりも面白い、いや、ちょっと人を小馬鹿にしたような……それでも愛嬌があるという言葉で片づけられるようなクマのぬいぐるみ。変わったところがあるようには思えない。
「……?」
 まあ、いいか。ソファへと歩き、腰をおろす。本をローテーブルの上に置き、ぬいぐるみは自分の隣に……そう、折角だから。
 本の一冊を手に取り、開く。
 七重は静かに本を読み始めた。
 
 −完−


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2557/尾神・七重(おがみ・ななえ)/男/14歳/中学生】
【2839/城ヶ崎・由代(じょうがさき・ゆしろ)/男/42歳/魔術師】


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■         ライター通信          ■
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ご乗船、ありがとうございます(敬礼)

相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。口調ちがうよ、こういうとき、こう行動するよ等がありましたら、遠慮なく仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。

こんにちは、尾神さま。そのぬいぐるみを手にしていると、何故か人の注目を集めます(おい)このあと、手にしていなくても何故か注目を集めます。

今回はありがとうございました。#1のみの参加でも旅の一場面として楽しめるようにと具体的な事件が発生するまでは話を進めておりません(一部、例外な方もいらっしゃるかもしれませんが^^;)よろしければ#2も引き続きご乗船ください(納品から一週間後に窓を開ける予定でいます)

願わくば、この旅が思い出の1ページとなりますように。