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<東京怪談・PCゲームノベル>


 アトランティック・ブルー #1
 
 ふと見かけたテレビの、あれは……ニュースだったのか、CMだったのか、ともかくなんであったのかは覚えていない。だが、青い海を颯爽と行く船を見たことが思い立ったひとつの理由であることには違いない。
 本に囲まれるこの生活が嫌いなわけではなく……いや、むしろ大好きで、充実した毎日を送っているわけだが、たまには気儘に一人旅というのも悪くはないかもしれない。
 そういうわけで。
 船で行く一人旅を計画、実行。国内航路で豪華客船があるらしいから、それに決定、乗船券を確保したあとに、実は、処女航海なので非常に乗船券が取りにくい状態にあることを知った。自分がすんなりと確保できたのは、客室を選ばなかったことと、たまたまキャンセルが出たという二点からで、周囲から言わせると運がいいの一言に尽きるらしい。
その噂の豪華客船の名前は、アトランティック・ブルー号。
 乗船券と共に送られてきたパンフレットには、その概要、施設についてが簡単に書かれている。
 重量は118000トン、最大乗客は約3000人、全長は約300メートル、幅は約45メートル、水面からの高さは約55メートルとある。客室は1340室で、そのうちのひとつが自分の部屋。運良く取ることができた一等客室。折角の旅だからと、金銭については多少、目を瞑った結果が功を奏した。三等客室や二等客室よりも割高ではあるが、それだけに部屋からの眺め、広さ、設備は充実したものとなるらしい。
 船の主な施設は、大小様々な七つのプール、映画館、劇場、遊技場、図書館、インターネットルーム、スケートリンク、ロッククライミング、船上結婚式用のチャペルなど、とある。……図書館があるのか……しかし、それほどの規模ではなく、せいぜい公民館の図書コーナー程度だろう。これだけの施設があるのに、本を読むことに熱意をかける人間もいないはずだ。図書館の本の内容は誰にでも手に取りやすそうなものとみた。……自分で多少の本は用意して行こう。
 食に関するものは、メインとなるレストランの他に二十四時間営業で軽食やデザート等を楽しめるフードコーナー。これら食に関する費用は基本的に乗船料金に込みとなっているとある。つまり、好きなとき、好きなだけ、どれだけ食べても無料というわけだがアルコールは除くとあった。が、まあ、これは下戸なので関係ない、と。
 豪華客船であることはわかっていたが、自分が思っていたよりも豪華な客船であるらしい。乗船券が届く頃には取引される価値がぐんと上昇していた。それを運良く手に入れることができたわけで、これは幸先のいい旅になりそうだ……と思っていたのだが。
 
 これは……また、食欲をそそられそうな。
 乗船手続きを終えて、ゲートをくぐり、船内へと乗り込んだところで、彼女たちに出会った。
 ひとりは、華やかな雰囲気を漂わせた二十代前半といった女性。
 ひとりは、難しい顔で何もない空間を見つめてはため息をつく中学生……いや、高校生か、微妙な年頃の少女。
 ひとりは、大きなぬいぐるみを抱いた幼稚園か小学校に通っているのか判断に迷う少女というよりも、幼女。
 そのうちのひとり、少女がこちらの視線に気づいたのか、はっとし、顔を向ける。そんなにじろじろと露骨に見つめているつもりはなかったが……とりあえず、目をそらすのもなんなので、厭味にならない程度に笑みを浮かべてみる。……ため息をつかれた。
 なんで、そこでため息をつきますか!
 心のなかで訴える。それでは何もない空間を見つめているのと変わらない反応。浮かべる笑みも少し引きつり、こちらがため息をつきたくなるというもの。はぁと小さく息をつくと、つかつかと少女が歩み寄ってきた。
「おまえもあれに引き寄せられて来たのか?」
 正面に立ち、真っ直ぐに自分を見つめ、少女は言った。
「あれ……? どれです?」
 べつに惚けたわけではなく、本当にわからなかったから訊ねたというのに、少女はため息をつく。……だから、ため息をつきたいのはこちらだって。
「……得体の知れぬ客が多いな、この船は。あれは同属にも牙を剥くとか。おまえも気をつけることだ」
 それだけ言うと少女はくるりと背を向けた。そのまま振り向くことなく去ってしまう。それを言葉もなく見送り、よくわからないけれど、気をつけることを決める。……まったく、何に? という感じだが。
 気を取り直し、他の気になるふたりはどうしたかなと周囲を見やる。ぬいぐるみの少女は姿を消していたが、今回の本命(?)ともいえる華やかな女性は、まだそこにいる。声をかけてみようか……しかし、なんと声をかけたものか。ただのナンパに思われるのも、ちょっと。少しばかりお近づきになりたいだけであるし……そういうのをナンパというのかもしれないけれど。
 どうしようかなと考えながら歩みを進める。彼女との距離は縮まっていき、このまま通りすぎるか……というところで。
「……っと、わあ!」
 何かに躓き、転ぶ。手にしていた本も床に転がった。
「……大丈夫ですか?」
 立ち上がると、そんな言葉と共に転がった本が差し出された。気になる彼女がなんとも言えない笑みを浮かべている。
「ありがとうございます。はい、大丈夫です」
 本を受け取り、大丈夫ですよとにこり笑ってみせる。
「何もないところで転ぶなんて、器用な人ね」
「いえいえ、そんな。しかしながら、あなたのような女性の気を引けるなら、何もないところでも転んでみせるというものですよ……いえ、今のは確かに何かに躓いたんですけどね……本当ですよ?」
 少し困ったような笑みを浮かべつつ、小首を傾げると、彼女は口許に指を添え、くすくすと笑った。
「どうなのかなぁ? ……ふふ、嘘です。それじゃあ、転ばないように気をつけてくださいね」
 あ、行ってしまう……その言葉に去り行く気配を感じ取り、くるりと身を翻される前に誘いをかける。
「とにもかくにも、何かのご縁です。ご迷惑でなければお食事でも……」
 と、言葉を投げかけている最中に、彼女の表情が慌てたものへと変化していることに気がついた。何に慌てているのかと周囲を伺う。恰幅のいい男とその周囲に数人の男という集団がこちらへ歩いてくるのだが、どうやら彼女はそれを気にしているらしい。雰囲気としては、顔をあわせたくはなく、気づかれたくはないといったところだろうか。だが、今さら逃げだすには不自然な距離で、どうあっても相手に気づかれてしまいそうだ。
 それなら。
 彼女の背中、腰のあたりにそっと手を添え、静かに抱き寄せる。
「そのまま、私の肩に頭を」
 びくりと身体を震わせ、反射的に顔をあげる彼女の耳元に唇を寄せ、小さく囁く。小さく頷いた彼女は肩に頬を埋め、軽く体重をかけてくる。
 静かに寄り添っていると、恰幅のいい男と数人の男という集団はこちらを気にすることなく、通りすぎた。……そう、何事も自然であれば目をひくことはなく、この場所で男女が寄り添うことは、決して不自然なことではない。
「……行ってしまいましたよ」
「ありがとう……ございます……」
 ほんの少し頬を染めた、俯き加減の小さな謝礼。それを受け、気にしないで下さいと微笑みかける。
「あの……その、もう……」
 恥ずかしそうな、言いにくそうな表情で腕を見る。その視線で、背中にまわした腕のことだと気がついた。……いや、本当はとうに気づいていたのだが。
「ああ! これはすみません。気がつかないで」
 そう言いながら背中にまわし、添えていた腕を戻す。そして、改めて彼女と向かいあった。
「それで、先程のお返事は……」
 その問いかけに、彼女は躊躇うような、少し困ったような笑顔で小首を傾げたあと……こくりと頷く。
「夕飯にはまだ早いから、ラウンジでお茶でいいかしら……?」
 なるほど、ラウンジで様子見、ここでうまく持っていけば、夕飯もOKと? ……いいでしょう、受けて立ちましょう!(?)とその言葉に頷く。
「ええ。そうだ、私は東雲飛鳥といいます」
 どうぞよろしくと軽く会釈をする。
「私は夏目弥生です」
 こちらこそと控えめな笑みを浮かべ、彼女……弥生は言った。
 
 ラウンジで様子を見たかったのは、自分のことではなく……彼らのことだったのかもしれない。
 恰幅のいい男と数人の男という集団が向かった方向にラウンジがあり、実際、彼らはそこで休憩をしていた。弥生はそこからそこそこの距離を置いた、しかし、多少の様子は伺えそうでもある目立たない席を選ぶ。
「お互いに時代を感じさせる名前ですね。……私は飛鳥であなたは弥生だから」
 弥生にあわせ、紅茶にプチケーキがついたティーセットを注文する。運ばれてきたケーキは、本当に『ぷち』という言葉が似合う小さなものだった。
「父は歴史が好きの人で……ついでに、三月に生まれたのでわりと迷わずに決定したみたいです」
 カップを手に取りながら弥生は微笑む。こうしていると、まったく普通の女性で、普通に旅を楽しんでいるように見える。が、実際は、少し離れた席の彼らと浅からぬ因縁を持ち、気づかれぬように同行を見守って……いや、見張っている。
 もしかして、探偵だろうか?
 しかし、それにしては……あの先程の慌てぶりが気になる。本業として動いているのであれば、あれはちょっとまずいだろう。もう一度、マニュアルを読んだ方がいい。
「わりと最近にお誕生日を迎えられたんですね。それでは、お祝いにケーキを奢りましょう……と思ったら、ここは飲食料金が込みだったんですよね。でも、気持ち、注文させてください」
 そして、弥生が答えるよりも早くにウェイトレスを呼び、ケーキを注文する。その際、小さく彼女は誕生日なんですと告げた。
「そう、歴史といえば……歴史は繰り返すといいますよね。豪華客船も数々あれど、やはり世界的に有名かつミステリアスなものといえば、タイタニック号、映画にもなったあれですが」
「泣けるという話を友人に聞いて……観に行くのはやめたんです。……私、すぐに泣いちゃうから。やっぱり、この年齢になると映画館で映画を観て泣くのは恥ずかしくて」
「わかりますよ。映画館では画面と音響で感動が1.5倍(当社比)ですから」
 うんうんと頷きながら、そんなことを言ってみる。
「なんですか、その当社比って……」
 受けたらしく、弥生はころころと笑う。彼らを気にしている様子は見られない。自分に集中してくれるのはもちろん嬉しいことだが、しかし、彼らはいいのかなと他人事ながら心配し、何故か自分が彼らを時折、気にしている。
「結局、見てはいないんですが……タイタニック号に積み込まれた宝物もきちんと再現されているらしいですね。そう、あのエジプトのミイラとか」
「呪いのミイラと呼ばれているあれのことですね。エジプトの王女……いや、女神官のミイラ……でしたっけ? あれのせいで、船が沈んだという説話もありましたね」
 カップに口をつけながら、言葉を返す。弥生はこくりと頷いた。
「そう、絶対に沈まない船だからと輸送に選ばれた船……でも、結局、沈んでしまった……そういった呪いは信じますか?」
 悪戯っぽい眼差しを向け、弥生は問うてくる。その眼差しを受け取り、やんわりと微笑みを返す。
「そういうこともあるかもしれないですね」
「ミイラはその後、引き上げられ、大英博物館へと戻った……歴史には奇妙な符号が見られるもの。この船も豪華客船にして、処女航海。最新の設備、天候は荒れる予定はない……」
 やや視線を伏せがちに弥生は言う。
「そして、いわくのある古代の宝物が積まれている……」
 その言葉を受け、そう続けると弥生は視線を戻した。自分を見つめるその眼差しに気づきながらも、敢えて気づかないふりでカップを傾ける。
「なんて、ね。……ああ、ケーキがきました」
 ウェイトレスは弥生の前にケーキを置く。薄いピンク色のクリームとアラザンでデコレートされたショートケーキには、小さなバースデーカードが添えられている。
「これ……」
「お誕生日おめでとうございます」
 にこりと微笑み、どうぞと促す。
「……ありがとうございます。ここのところいろんなことがあって……自分の誕生日のことなんて、すっかり忘れていたんです……」
 神妙な顔で呟き、そのあとで笑顔を見せる。
「本当に、すごく嬉しいです」
 そう言った弥生の瞳は僅かに潤んでいた。
 
 ケーキを少しずつ口にする弥生を見守りつつ、彼らの様子も伺う。
「……ごちそうさまでした」
 にこりと弥生が微笑んだのと、彼らが席を立つのは、ほぼ同時だった。あっと思ったせいか、視線を弥生に戻すことが一瞬、遅れた。
「……。……!」
 弥生は不意にはっとして、彼らの方を見やる。立ち上がった彼らが、再び腰をおろすわけもなく、ラウンジを出て行った。弥生はそれを見つめ、席を立つ。
「ご、ごめんなさい、私、ちょっと用事が……失礼なことをしているってわかっています……でも」
「気にしないでください。……もう一度、出会えたら、今度はお食事に付き合っていただけますか?」
「……喜んで」
 一瞬、きょとんとしたあとのその言葉と微笑みは嘘ではないだろう。
「それでは……失礼します」
 弥生はテーブルの上のカードを手に取り、足早にラウンジを出て行った。それを見送り、そろそろ行こうかと席を立つ。
 もう一度、出会えたら食事に付き合うという約束。この船の乗客は約3000人。船は広大で、わかっていることは彼女の名前のみ。
 再び、出会えるだろうか……出会えそうな気がする、彼女なら。
 少し苦笑いになってしまうのは、彼女は目立っていないつもりなのだろうが、意外と人の目を引き、目立ってしまっているからだ。
 席を離れ、数歩ほど足を進めたところで、ウェイトレスに声をかけられた。お客様というその声に振り向くと、弥生が座っていた席の隣を示す。
 そこには茶色の封筒がぽつんと残されていた。
 
 うっかりやの弥生が残した茶封筒の中身をこっそりと確認してみる。
 勝手に人のものを覗くのは少し悪いような気はするが、それは時と場合による。今回は……見てもよしという状況。
 封筒の中身は写真だった。
 一枚は、あの恰幅のいい男。
 一枚は、古そうな鏡。
 一枚は、絵巻物でも入っていそうな細長い桐の箱。
 一枚は、龍宮城の玉手箱を思わせるような漆の箱。
 そして、一枚の手紙。
『ひとつは陸路、もうひとつは海路、残るひとつの経路は不明だ。私は陸路を押さえる。君は海路をよろしく頼む。乗船券はどうにか手配した。三上。追伸。あまり無茶はしないように』
 手紙と写真とを封筒にしまう。
「うーん……これは……微妙ですね」
 どちらかを善とすれば、どちらかが悪。世の中は何事であれ、二面性があるというものだが……さて、この場合、どちらを善とし、どちらを悪としたものか。
 弥生か、はたまた、あの恰幅のいい男か。
 どちらであれ、とりあえずもう一度、彼女と顔をあわせることにはなりそうだ。……この封筒を渡さなければならないから。
 飛鳥は本を広げ、封筒をその間に挟み込むとぱたんと閉じる。
 そして、歩き始めた。
 
 −完−


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2736/東雲・飛鳥(しののめ・あすか)/男/232歳/古書肆「しののめ書店」店主】


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■         ライター通信          ■
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ご乗船、ありがとうございます(敬礼)

相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。口調ちがうよ、こういうとき、こう行動するよ等がありましたら、遠慮なく仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。

こんにちは、東雲さま。
微妙に気障ということで……厭味な気障にならないつもりで書かせていただきました。狡猾が高いのでこのような感じに。イメージを壊していなければよいなと思っています。

今回はありがとうございました。#1のみの参加でも旅の一場面として楽しめるようにと具体的な事件が発生するまでは話を進めておりません(一部、例外な方もいらっしゃるかもしれませんが^^;)よろしければ#2も引き続きご乗船ください(納品から一週間後に窓を開ける予定でいます)

願わくば、この旅が思い出の1ページとなりますように。