コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


散花 -後篇-


[ 序 ]

 ―悲しい思い出
 ―想うはあなたひとり

         …それは、ひとつの花の花言葉。


「このまま調査を続行して欲しい」
 草間武彦は途中経過を聞き終えた後、煙草に火を点けるためにマッチを擦りながらそう告げる。
 今まで集めらた情報から、花を狂い咲きさせている原因と思しき人物に想い人がいたであろう事は、草間にも容易に想像出来た。
 しかし、母親ですらそれがいったい誰であるのかも分からないと言う。
 おそらく、それを突き止めただけでは花が消える事はないだろう。
「依頼人の願いは調査だけでない」
 花が息子の心残りのために咲いているというのであれば、報告だけという訳にはいくはずがない。
 草間が指に持った煙草から、一筋の煙が立ち昇っている。
「仕事は依頼人の願い、つまり息子の願いを果たす所まで」
 そう言うと、ようやく草間はただ無意味に灰となるばかりであった煙草を口元へと運んだ。


[ 1 ]

 古びた事務所内に射し込む傾きかけた太陽の光が、すべてを柔らかなオレンジ色に包み込み、細く長い影を室内に落としていた。
 ソファに身を預けたまま武田隆之は、首の動きだけで事務所内をぐるりと見回す。武田自身は調査を続行するつもりで草間の話を聞いていた。気になる事といえば、他の同行者達が降りるかどうかということだけだ。
 ふと、その視線が対面に座っていた柏木アトリのものと交差する。アトリはその動向をうかがう視線に柔和な微笑で答えると、頬をぽりぽりとかきながら視線をそらした武田に向かってひざの上でちょこりと両手を揃え『よろしくお願いします』と頭を下げた。
 逸らした視線の先にはもう一人の同行者、海原みなもの姿がある。一目で学生と見て取れる昔ながらのセーラー服に身を包んだみなもの表情は、武田の座る位置から見て逆光であったせいかもしれないがどことなく沈んでいるようにも見えた。
「どうかしたのか?」
 武田の無骨な気遣いに、みなもはさらりと顔にまとわりついた髪を払うように首を振った。彼女自身の名をそのままに、海の水面を表したような深い深い色をした青い髪がその動きにあわせ、さらりと揺れる。
「いえ、あたしも継続しますね」
 武田の気遣いにみなもは小さな笑みで応じると、武田だけではなく室内の人間全てに調査の続行を宣言した。
「じゃ、決まりだな」
 調査員の面々から一線を置いて、窓を背に軋みを上げる事務椅子に座っていた草間は、手にした煙草を灰皿でひねり消すと一同に調査の開始を告げた。
 とはいえ…。
 溜息と同時に吐き出された独白とも取れる小さな呟きに、室内の人間の視線が武田へと集中する。
「コレだけじゃ、どうにもこうにもなぁ」
 予想外に声が響いてしまった事に対してか、あるいは視線が集中した事への居心地の悪さからか、困ったような笑みを口の端に浮かべた武田はゴソゴソと左胸のポケットに納められた煙草の箱を取り出し、軽く振った。
 数度目でようやく口から飛び出した煙草を一本取り出す。
「確かに…」
 居場所なり何なり、突き止めなくちゃならない事はたくさんありますねとアトリは武田の言葉に軽く同意をする。
 分かっている事は、まだほんの少しに過ぎないという事実。その事を認識して、アトリの表情は一瞬翳りを見せる。
「ところで、小瓶の中身は何なんでしょう」
 鱗か貝殻か何かでしょうか。
 気を取り直すようにそう言うと、アトリは机の上に置かれたラベルの剥がされた小さな薬瓶に手を伸ばした。
「それは鱗です」
 アトリが伸ばした手がその小瓶に届く、その前に、みなもは確信を持って告げる。
「ウロコ…ですか?」
「多分、間違いないと思います」
 アトリの言葉にこくりと頷いてから、みなもは開けてみて下さいと先を促した。
 そっと小瓶を手に取ると、からからと音を立てアトリは瓶の蓋を回すと開いた口から中を覗き込むように確認する。それから慎重に瓶を逆様にすると手のひらの上で瓶の中身を受け止めた。
 光を受けて虹色に鈍く輝くそれは、形状こそ魚類の鱗をしていたが螺鈿細工によく似ていた。
 ……こんな、綺麗な魚が?
 自らが手にしている重さを感じさせない虹色の物体を見ながら、アトリ感嘆にもにた呟きを漏らす。
「いえ…。
 けれど、それは鱗なんです」
 頑なにそれが鱗である事を主張するみなもは、けれどそれが魚のものである事は否定した。魚は彼女が属する所の眷属なのである。それゆえに、そのようなものを持つものがいない事を重々承知していた。
「…ま!それが鱗だったとしようや。
 けど、何でそんなものを後生大事にとっといたんだろうな。」
 気を取り直すように、努めて明るいダミ声で武田は話題を変えようとした。
 それに便乗する形で草間が割ってはいる。
「明日にでも、再度お邪魔させてもらうことにしよう。
 まだ何か見つかるだろう」
 すでに今日出来ることは推測する事だけでしかない。それゆえに、草間は今日の調査の終了を告げた。


[ 2 ]

 緩々と続く坂道を登る。傾斜自体がきつい訳ではなく、息が上がるほどのというものでもなかったが、、むしろその締まりの無さが疲労感を強くしていた。
「どう思われますか」
 黙々と坂道と格闘する事に疲れたのか、アトリは話題を探して口を開く。
「依頼についてか?」
 日頃から重量のある機材を背負って仕事に走り回っている武田のこと、疲れなど微塵も感じさせない口調でアトリに聞き返す。
「はい。 私、写真を見ていて思ったんです。
 空に咲いた花火って、彼岸花に似ているなって」
 彼岸花がねぇ。相変わらず足を交互に動かしながら、武田はアトリのその女性的な考えに感心したような声を上げた。
 それはアトリの言葉を決して馬鹿にしているというのではなかった。言われてみれば、それは確かにその通りであった。
「一緒に…花火でも見たのでしょうか」
「そうかもしれませんね」
 さらに続くアトリの言葉に今度はみなもが同意する。だとしたら花火も手がかりになるかもしれませんねと小さく答える。
「とにかく遺品を当たってみるしなねぇなあ」
 この話題は切り上げだとばかりに武田が言葉をまとめ、顔を上げる。目的の家がすぐそこに迫っていた。


 挨拶も手短に、三人は主のいなくなった部屋へと向かう。母親の方もあまり多くを語らず、ただお願いしますとだけ短く告げた。
 アトリはこの前見つけたアルバムを再びめくり始めた。目的のものはひとつ。先程、道すがらに話していた花火の写真だ。それに何か手がかりがあるかもしれない。
 目的のページにいたった時にアトリは手を止めた。
 一面に大写しになっている花火は、市販のものではない事が容易に見て取れた。花火大会で打ち上げられているような尺玉だ。鮮やかな一瞬を切り取った写真の右下に、やけに明るいオレンジで刻まれたものがあった。
 その写真に似つかわしくない、機械的に挿入された日付印だ。
 もったいないとなんだかその写真にけちがついてしまったようで、アトリは残念そうに溜息をついた。しなやかな黒髪をゆらしながら、アトリは小さく首を振った。
「日付? 日付がついてます!」
 アトリの言葉に、それぞれに調査を開始していたみなもと武田はアトリを振り返り、その写真を覗き込んだ。
 そこには、アトリが言うように確かに日付が刻印されている。
 三人は顔を見合わせると、小さくうなづいた。
『花火大会,■年■月■日』
 武田は記録を確認するために起動させた、机の上のパソコンを使い検索を始めた。
 かなり膨大な数のヒット数があったが、その中でも細かく特集を組んだページを見つけ出し期日の重なっている花火大会を一件一件抜き出す。
 数の多さゆえに時間のとられる作業ではあったが、該当する期日の花火大会自体は何とか数えられる程度のものだ。
「運がよければ、この中のどれかっていう事ですよね」
「まだ。運がよければってレベルだがな…」
 これだけでは、まだ材料が足りない。ネットで検索するのと同様に、材料が多い方が絞り込みが出来る。
「…もうひとつふたつ必要だな」
 武田の言葉に、アトリとみなもは言葉ではなく行動で応じた。


 パソコンの中のデータはよく整理されていた。レポート類が、フォルダ毎に分けられ整理されている。
 すでにブラウザの履歴は消えてしまっている。キャッシュやショートカットを武田は根気よく調べていく。
 プライバシーに立ち入るようで少し心苦しく躊躇したが、武田は意を決してメールソフトのショートカットをダブルクリックした。
 受信ファイル、送信ファイル共に調べてみたがそれらしいものは見つからない。あるのは、大学の友人とのやり取りのみを残したメールだけだ。
 力なく首を振ると携帯に手を伸ばした。
 この分だとこちらにも期待できないだろうか。諦め気味で携帯をチェックする。
 本来であれば、すでに契約も打ち切っていてもおかしくないその携帯は、息子の生前の面影を求めるように両親によってそのまま料金が支払われ、充電されていたようだった。
 かといって、連絡をしてくるものがあるというわけではない。ちょうど本来の持ち主の死の直後に届いた友人であろう人たちからのメールで埋め尽くされていた。
 まばらに広告メールが入っていたが、その程度のものだ。
 女性の名前もいくつか見当たったが、文面を見る限りにおいては友人以上のものは感じられない。
 残すは…と、携帯の画像フォルダをあさり始めた。
 その多くが動物や自然物。あるいは、風景が納められていた。時折、変な顔をした青年の顔もあったがこれといったものもない…。
 そう思われた直後、夜の闇の中に微笑む女性の顔を写した画像が画面に表示される。
「こりゃぁ」
 ヒットした事に武田は知らず声を出していた。
 旧型で解像度が低いためか、あまりきれいには表示されてはいない。けれど、それが女性である事は容易に見て取れる。
 画面の中で微笑む女性は、闇の中白く浮き上がっていた。透けるようなというよりは、そのまま闇の中に溶け込んでしまいそうな雰囲気を受けた。
 ゆったりと伸びた髪は、雨に濡れたような光沢を放ち、幾筋かが女性の顔に貼りついていた。
 自分の携帯電話のメーカーが違うだけで携帯の操作の難易度は跳ね上がる。武田の携帯との格闘によって、その画像のタイムスタンプが花火の写真に刻まれたものと数日の差しかない事を確認出来た。

 武田が携帯と格闘している間、みなもは丁寧に本棚を一つ一つ洗っていた。
 パソコンを確認した感じでは青年は几帳面だったようだ。日記なり手帳なりが残されていないとも限らない。
 その中に、市販の本の背表紙となんら変わらない一冊の日記のような本を見つけ出した。表紙には西暦が書かれている。中には一ページごとに月日が刻まれ、自分で本を作り出していくという感じになっている。
 マイブックと銘打たれたそれをみなもは調べ始めた。
 もしかしたら、死後とはいかないまでも後に誰かに見られることを意識していたのだろうか、内容は赤裸々とは言えない程度のものにおさまっていた。
 心情が吐露されていたとしても、それは読み手に明確に分かるというものではない。断片的に描かれ自分の中の整理に使用しているようだった。
 以前彼の母が語っていたように、旅の記録も多少だが残されていた。どこに向かうのか、目的は何か。どこに泊まった。何を買った。
 そういった断片が残されている。
 順繰りにみていたその記録を、みなもははたと気付き先程の写真に刻まれた日のページを繰った。
 そこには花火を見た事と水中では花火を上げる事が出来ないという当然の事が書かれていた。そこから数日遡ると、当座の宿泊先が書かれている。
 見つけた…と小さくみなもはつぶやいた。
 花火大会の実施されたいくつかの場所の中に、この宿泊先が書かれていたら…おそらくアタリだ。
 震える心を落ち着けさせて、先程のリストを見直したみなもは、小さくビンゴと呟いた。


[ 3 ]

 みなもが見つけ出したのは、どこかわびしげな小さな海辺の漁業の街だ。あまり大きな街ではない、だからこそ町興しとばかりに比較的に規模の大きな花火大会を催しているようだった。
 海辺の街である事が幸いした。場所が海であればこそみなもには、つまりは三人には好都合であった。
 この街に到着して早々に、写真を手にしたみなもは人目を避けて海辺へと向かった。
『…お姉様方、どうかあたしにお力を貸していただけませんか』
 未だ陽に温んではいない春先の冷たい海に手を浸し、みなもは優しき眷属へと呼びかけた。
 低く低くうねるような波の音に掻き消されるか消されないかのかすかな、あるいはみなもでなければ聞き取れない声が呼びかけた海から返る。
『地に棲まう強き妹。いかがしました』
 ぱしゃりと遠浅の海面で水が揺れる。慎重に姿を現さないようにしながらも、数人の眷属、人の世では人魚と呼ばれる存在が、そこにいる事をみなもは感じ取った。
『一人の女性を探しているんです。
 おそらく、あたし達と同じ人魚だと…』
 みなもが今までの経緯を手短に伝えると海中の人魚達はわずかにざわめいた。
『優しき妹…、おそらくそれは我らの末の妹でしょう』
『末の妹さん…ですか?』
 あっけなく、尋ね人が見つかってしまった事に気抜けしてみなもはわずかにほうけたような声を上げた。
『妹は、人に想い。火を想っています。
 それは決して手の届くものではないのに』
 声を落として語る人魚達にみなもは知らず反発していた。
『それは、それは違います!!
 人でも人魚でも、そんなの関係ありません』
 たとえ異種族であったとしても、それは乗り越えられるものであるとみなもは信じている。それゆえに、強く。そう強くみなもは反発した。
 海面下の人魚達はみなものその言葉には答えなかった。ただ、ずっと隠していたその姿をわずかに海面に現し、みなもを見つめた
『……強き妹、どうかあの子に伝えて。
 夜半…、南の巨岩の岩場に姿を現すでしょう』
 それだけを言い残して、人魚達はたぷんと小さな音を立てて深海へと去った。追おうと思えば、みなもにはそれも可能であったが目的の人が現れる場所が分かったのであればそれ以上は不要ともいえる。
 みなもは南の岩場の場所だけを確認すると離れた場所で待つ、アトリと武田の下へと情報入手の方法をどう説明しようかと考えながら戻った。

「本当にここに現れるんだよな」
 すでに小一時間も比較的大柄な体を小さくして岩陰に身を潜めて待っている武田は焦れたようにみなもに確認した。
「…そのはずです」
 直接、姉であるという人魚達から聞き出したものの確実かどうかといわれると自信の無いみなもは、気弱げに返した。
「いいじゃないですか。
 たまにはこういうのも楽しいと思いますよ」
 どこか緊迫感という言葉から遠く離れたようなアトリがほんわりと微笑んで、二人をなだめる。アトリに気勢を削がれる形になった武田は、困ったように頭を掻いた。
「あ〜、なんていうかアレだな。
 夜の海ってのは重油にまみれて蠢くヘビみてぇだな」
 武田が撮る繊細な写真からは到底想像出来ないような、その表現にみなもとアトリはくすりと笑い声を上げる。その様子にさらに困ったように武田は頭を掻き毟った。
「早く出てきてくれんかね、やっこさ」
 いい終えないうちに、みなもにシッと静かにするように指示された武田は事態が読み取れずぱちくりと数度まばたく。来たみたいですよとアトリ耳打ちされて、表情を引き締める。
 パシャリと軽い水音を立てて、海面から一人の女性が姿を現す。上半身こそ、人間の女性のそれであったとはいえ、その下半身は小瓶に納められた物と同じものでびっしりと覆われていた。
 わずかに身じろきするたびに、月の光を反射した。
「…に、んぎょ?」
 その正体をすでに知っていたみなもと、うすうすではあったが想像していたアトリとは違い、よもや海面から人魚が現れるとも思っていなかった武田は頓狂な声を上げた。
 背後で上がった声に、人魚はびくりと体を震わせるとしぶきを上げて再び海中へと身を躍らせた。
「待ってください」
 異口同音に発せられたみなもとアトリの言葉に、海面に出した顔だけで振り返る。
 アトリは依頼人の息子の名前を出し、知っていますかと尋ね、もし知っているようなら話を聞いてくださいと制止した。
 小さくうつむいて岩に腰掛けた人形に向かって、三人は代わる代わる経緯を説明した。彼岸花の事、写真の事。それらを説明している最中も、人魚はただ身を堅くして話を聞いていた。
「あの人は…死んでしまったんですか?
 …地の上で、あの人は死んでしまったんですか」
 すべてを聞き終え、初めて虹色の人魚は肉声をもって3人に話し始めた。
「どういうことですか?」
「わたしとあの人は…この場所で出会いました。
 海中まで届くような音がして、海面もわずかに震えるような振動にびっくりして…
 わたしはあの日、何がどうなってるのか知りたくてこの場所に来たんです」
 あの日というのはおそらく花火大会の日であろうと察した武田は、露になった上半身から視線を逸らして先を促した。
「そうしたら、そらいっぱいに光が。
 まるで光が降って来るようで、あまりにきれいで…時間を忘れてここにいたんです」
 その後、あの人はこの場所に姿を現しましたと、続けた。
 あまりの衝撃に、彼女は惚けていたらしく青年が近づいた事にも気付かなかったという。なんだか、逃げる機会を逸してしまって、さらにいえばあまりに青年の接し方が普通すぎてこの場所で話していたと。
「次の日も会う約束をしました。あの人はハナビを持ってきてくれました。
 手に持って咲く、ハナビです。
 それから毎日、ハナビを持ってあの人はここに来ました」
「毎日、楽しかった。でも、あの人は自分は病気だって。
 一緒にいたかったけど、家に戻らなくちゃって…」
 ずっと人魚の話を聞いていたみなもは不思議そうに小首をかしげて「一緒に行こうとは思わなかったんですか」と尋ねると、彼女はふるふると小さく首を振った。
「行きたかった。連れてってといったらダメだって。
 この海より広い水槽を持っていないからって」
「だって、人間の姿には!?」
 声を大きくしたみなもにびっくりしたように人魚は目を見開き、さびしげに笑った。
「わたし達一族は人との交流を絶っていたせいか
 海の影響が強いのです。
 あなたのように四肢を手に入れる事は出来ないんです」
「ごめんなさい」
 そう小さくうなだれたみなもの肩を元気付けるかのようにアトリがぽんと叩く。
「戻らなくっちゃって…どうしたんですか」
「僕も地の上でしか生きられない。わたしも水の中でしか生きられない。
 だから、お互い別々に…って
 でも、でも死んだら後は自由だから。君の元に戻るよって」
「じゃあ、あの花は自分をここに戻せってことだったんかい」
 呆れたような声を上げて、武田は額を押さえた。とはいえ、遺骨なんてものは、墓の中だ。ここに撒くわけにも行くまい。
 わずかに途方にくれたように見える武田を見て、はたと思いついたようにアトリはごそごそと岩場に置いた荷物をあさり始めた。
 アトリがさぐりあてたのはすでに萎れつつはあったが、未だに真っ赤な花弁を誇る彼岸花であった。それを一度胸に抱えてから、そっと人魚に手渡す。
「こ、コレは??」
 恐る恐る手を伸ばし、彼女がその胸に抱いた瞬間、一輪だけを残しすべての花弁が花火のように宙に舞った。
 微かに…潮風に乗って微かに男の声が聞こえる。
『きみに…、きみに水の中でも消えない花火を…』
 その声が聞こえた途端、虹色の人魚は嗚咽を上げてたった一輪だけ残された花をそっとつぶさないように抱きしめる。
 武田もみなもも、そしてアトリも依頼人の息子である青年の声を聞いたことは無い。けれど、その声がその青年のものであるという確信に近い思いがあった。


[ 終 ]

 数日後に再び訪れた草間興信所の古びた事務所で武田とアトリ、そしてみなもの3人は今回の依頼の報告を終えた。
「なるほど…。分かった。
 詳細は、俺の方から依頼人に伝えるとしよう」
 それから、付け足しとばかりに軽くお疲れさんと労をねぎらう。
「そうそう。おそらく…時間的には、その夜だったと思うが
 依頼人の庭の花も全部散ったそうだ」
 完璧に終わったってことだな…。
「それにしても、奇妙な符号でしたね」
 小さく豊かな黒髪を揺らしてアトリは、考え込むように呟いた。
「どういうことだ?」
 一瞬独白かとは思ったが、ふと気になって武田はアトリに向き合う。それに対して、えぇとと考えるように指を自分の唇に押し当てた。
「少し調べてみたんですけど彼岸花は…どこかでは相思花っていうんだそうです」
 花が咲く頃には葉が枯れ、葉が出る頃には花が散る。決して、共にあることの出来ない花。
「……そんな、あたしは違うと思います。
 今回は、そうだったかもしれないけど…
 決して共にあることの出来ないなんてそんな事」
 みなもはその大きな瞳に涙を溜めながら、アトリの言葉に小さく被りを振った。


 花は散った。
 一面に咲き誇っていた、万人へと願いを伝えるための花は。
 今はただ一輪、たった一人のためのその胸で咲き続けている。


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 1252/海原・みなも/女性/13歳/中学生
 1466/武田・隆之/男性/35歳/カメラマン
 2528/柏木・アトリ/女性/20歳/和紙細工師・美大生

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
こんにちは。皆様、二度目まして。
一応まだ新人…のシマキです。

この度は、前篇に引き続きいて後篇への参加ありがとうございました。
全篇通して参加してよかったと思えるものであればとは思っております。
そのくせ、構成が不恰好であったりしておりますが。
窓開け開始後の1回目、2回目と連続で参加していただいたお陰で
皆様全員がとても印象深いPCさんとなりました。ありがとうございます。

またの機会がありましたら、どうぞよろしくお願いいたします。
PCの描写等で、PLさんの意にそぐわないもの等がありましたらご報告下さい。