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<東京怪談・PCゲームノベル>


 アトランティック・ブルー #1
 
 たまには旅行にでも行こうか、そんな言葉と共に差し出されたものは、白い封筒。
 母親と顔を見合わせ、封筒を受け取り、開けてみる。そこに入っていたものは、最近、テレビでちょっと噂になっていた豪華客船アトランティック・ブルー号の乗船券。目をぱちくりさせたあと、母親とふたりで父親を見つめる。
 久しぶりに休みが取れたんだ、ついでに仕事の関係でこの乗船券をもらってね……なかなか手に入らないんだぞ、と少し自慢げに笑った父親を前に小躍りせんというほどに喜んだのは、もちろん、なかなか手に入らないという豪華客船の乗船券だったということもあるが、それ以上に、忙しくてなかなか休暇が取れない父親の久しぶりの休暇、そして、何より久しぶりの家族旅行が嬉しかったからだ。
 旅行というものは、最中はもちろんのこと、準備段階もまた楽しいもの。やや面倒といえば面倒なのかもしれないが、それでもあれこれと思いを馳せ、ああしようかこうしようかと話し合うのは楽しい。そんな準備期間を終え、旅行当日が訪れた。
 乗船手続き等の少し煩わしいが、しかし避けては通れない作業は父親が率先してやってくれるので、その後ろについて周囲の乗客の様子を観察した。誰もが明るい表情を浮かべている。
「みんな楽しそうだね、マール」
 胸に抱くマールに話しかける。マールは応えるようにしなやかな身体、首を少し動かして周囲を見回す。そして、にゃあんと啼いた。
「家族で旅行の人が多いかと思ったけど……そうでもないみたい」
 家族連れがいないわけではない。だが、思ったよりも子供の姿は、少ない。家族で旅行に行くだけの乗船券を用意するのは至難の技だったのかな……手に入りにくいとも言っていたし。そんなことを考えていると、ふとぬいぐるみをを抱いた少女が目についた。隣の列に並んでいるその少女は、年齢を低く見て幼稚園か……いや、小学校か、高く見ても小学校の低学年程度。手続きをしているのだろう、おそらく父親だと思われる男の隣に佇みながら、じーっとこちらを見つめている。自分を見ているのかと思ったが、視線があわない。どうやら、少女の視線はマールにあるらしい。
 ……気になるのかな?
 そこで、マールの腕をちょんと掴み、ゆっくりと横に振ってみる。すると、少女はにこりと嬉しそうな笑みを浮かべ、同じようにクマのぬいぐるみの腕を掴むと手を振っているように動かす。
 目があった。
 にこー。
 お互いににっこりと笑う。そうしていると、父親に声をかけられた。どうやら、手続きは終わったらしい。少女の父親の方も終わったらしく、少女を連れて歩き出している。
 じゃあねと手を振って歩きだした。
 
 宿泊は、二等客室。
 窓から海を眺めることができる。部屋は思ったよりも広く、浴室やトイレも広い。ベッドでの寝心地も良さそう。
 部屋の確認を終えたところで、マールと共に船内探検にでかけることにした。……たまには、夫婦水入らずということで。
 でも、その前に。
船内施設を簡単に知っておくことは悪くない。室内の机の上に置いてあったパンフレットを手に取り、広げた。
 パンフレットにはアトランティック・ブルー号の概要、主な施設についてが記載されている。
 重量は118000トン、最大乗客は約3000人、全長は約300メートル、幅は約45メートル、水面からの高さは約55メートルとある。客室は1340室で、そのうちのひとつがこの部屋。
 船の主な施設は、大小様々な七つのプール、映画館、劇場、遊技場、図書館、インターネットルーム、スケートリンク、ロッククライミング、船上結婚式用のチャペルなど。……どんなチャペルなんだろう。興味が沸いた。場所を確認し、頭に叩きこむ。
 食に関するものは、メインとなるレストランの他に二十四時間営業で軽食やデザート等を楽しめるフードコーナー。これら食に関する費用は基本的に乗船料金に込みとなっているとある。つまり、好きなとき、好きなだけ、どれだけ食べても無料ということだ。
 船内の施設はブルーカードというものを提示することで利用することができ、キャッシュカードと同じ大きさのそれは、身分を証明するもの、ルームキーの役割を果たしている。船内の至るところに設置された端末にカードを読み込ませることで、自らの情報や船内イベントの情報を知ることができれば、劇場や映画館の座席予約もできるとある。
「いろいろと見てまわれる場所があって迷っちゃうけど……とりあえず、行こうっ、マール!」
 気をつけてね、夕飯までには戻って来るのよ……という普段の生活でも聞きそうな言葉を背に受けて、いってきますと部屋をあとにする。
 まずは気になるチャペルを見にいってみようか……それとも、デッキに出て潮風に吹かれながら青い海を眺めてみようか。フードコーナーでどんなものが食べられるのか確かめに行くのも悪くはない……そう、あまりにも美味しそうだったら、ちょっと食べてみるというのもアリかも。
 とりあえず、足の向くまま、気の向くままに探検してみようと赤い絨毯が敷かれた通路を歩きだす。ゆったりとした造りで、狭さは感じさせない。歩いて行くと、階段が見えてきた。エレベータがあるせいか、利用者はいない。
「ここから上の階か下の階に行ってみようか。マール、どっちがいい?」
 胸に抱いたマールに訊ねてみる。マールは、みゃあ? と少し考えるように啼いたあと、するりと腕を抜け出した。とんっとしなやかな動きで着地し、階段をちょんちょんと下りはじめる。二、三段ほど進んだところで立ち止まり、振り向いた。
「……下の階が気になるんだ? じゃあ、下の階を探検だねっ」
 マールに続き、階段をおりてみる。上の階とは少し雰囲気が違い、比べてみるとやや通路が狭いかもしれない……とはいえ、気になる狭さではない。だが、同じ赤い色の絨毯が敷かれているが、その上を歩いた感覚が微妙に違うような気がする。上の階では歩いたときに音がしなかった。ここでは少し、歩いたときに音がする。
「ここって……あ、三等客室フロアなんだ……あれ?」
 きょろきょろと周囲を見回し、それを知る。そして、通路に佇む少女の存在も。
「ひとりでいるみたいだけど……」
 周囲に大人の姿はない。それに、よくよく見るとぬいぐるみを抱えている。乗船手続きのときに会った少女かもしれない。その顔を確認すると、やはりあの少女だった。
「どうしたんだろう……」
 迷子でなければいいけれど……マールと顔を見あわせたあと、とりあえず、話を聞いてみようと少女へと駆け寄る。
「こんにちは」
 声をかけると少女はすぐに反応した。一瞬、不安そうな表情を見せたものの、すぐにあっと少し驚いたような表情を浮かべる。
「ねこのおねーちゃん……。あ、ねこちゃんだ……!」
 足元のマールに気づいた少女は小さく喜びの声をあげる。マールの頭にそーっと手を伸ばしたところで、その手を止めた。自分を見あげ、小首を傾げる。
「なでなでしても、いい……?」
「うん、いいよ」
 にこりと笑顔で答えると、少女は小さな手をこわごわと伸ばし、マールの頭に触れる。そして、ゆっくりと撫でた。マールはおとなしく撫でられている。
「この子はね、マールっていうの。あ、おねーちゃんは、茉莉奈っていうんだよ」
「マールちゃん? まりなおねーちゃん?」
 マールを見つめ、そして自分へと顔を向けたあと少女は確認するように言った。そこでそうだよとと頷く。
「この子は、ねこきち。私は、ななこ……」
 クマのぬいぐるみを示し、少女はそう言った。クマのぬいぐるみだが、名前は『ねこきち』であるらしい。
「ななこちゃんっていうんだ。よろしくね、ななこちゃん。それから、ねこきち」
 手を伸ばし、クマのぬいぐるみの頭を撫でる。ななこは自分が撫でられたかのように、にこりと笑う。この様子を見ると、迷子ではなさそうに思えるのだが……。
「ななこちゃんはここで何をしていたの?」
 それを問うと、ななこの表情が寂しいものへとなった。……やっぱり、迷子?
「もしかして……お船の探検中、お父さんとはぐれちゃったのかな?」
「……。おとーさんはねこきちとお部屋でおとなしくしていなさいって……でも……」
 ななこはぬいぐるみを抱く腕にきゅっと力をこめる。
「そっか。でも、寂しくなっちゃったんだね……。それじゃあ、おねーちゃんも一緒にお父さんを探そうかな。ね?」
 にこりと笑いかけると、その顔にぱっと笑顔も浮かびかけるも、すぐに笑顔は消えてしまった。
「……ななこちゃん?」
「おとーさんね、お部屋にいなさいって言ったの……でも、ななは……」
 部屋にいろと言われたのに、部屋を出て探しているわけだから、父親に会っても怒られてしまうと不安に思っているのだろう。その不安はわからなくもない。しかし、だからといってここでこうしているのも……。
「それじゃあ、お部屋に戻ろうか?」
「……お部屋、わかんない……」
 廊下を見回す。扉はどれも同じものであるし、それがいくつも並んでいるだけではなく、三等客室のあるフロアに廊下は二つ、左右対称の造りとなっている。扉には室番号が書かれているだけで、それも大人の目の高さ。子供にはわかりにくいことこの上ない。
「あ、そーだ! このカード、持ってる?」
 ブルーカードを取り出し、ななこに見せる。これがあれば部屋の番号もわかるし、扉も開けられる。……逆に言えば、このカードがなければ部屋には入れないのだが。
「おとーさんがふたつ持ってた」
「うーん、そっかぁ……どうしよう、マール?」
 子供のカードを親が管理するのは当然といえば当然。困ってしまい、マールを見やる。マールは小首を傾げ、ゆらゆらと尻尾を振った。……困っているらしい。
「ねぇ、ななこちゃん。ななこちゃんのお部屋はこの階なのかな?」
 こくりとななこは頷く。ならば、下手に探してまわるよりも、この階の目立つところ……そう、エレベータの近くで待っている方がいいかもしれない。寂しくならないように、その不安な心を消すように、話をして……そう、歌を歌ったり。
「ななこちゃん、エレベータの前でお父さんを待とうか? ……大丈夫、お父さん、お迎えに来たって言えば、怒らないよ、きっと」
「……そうかな?」
「うん。マールもそうだよって」
 マールを見やる。と、肯定するようにみゃあんと啼いた。ななこはそれを見ると、にこりと笑みを浮かべ、うんと強く頷いた。
 
 エレベータの近くで、ななこの父親の帰りを待つ。
 幸い、自分は手続きのときになんとなくななこの父親の顔を見ているから、エレベータから現れればすぐにわかる。……ななこはマールと遊ぶことに夢中になっていて、父親の存在を忘れてしまっている。少し苦笑いを浮かべてしまいそうになるところだが、不安にうちひしがれた表情よりも、ずっといい。
「ななこちゃんは、ねこちゃんが好き?」
 ふとクマのぬいぐるみに『ねこきち』という名前をつけていることを思い出し、訊ねてみる。
「うん、大好き!」
 マールを可愛がりながらななこは元気よく答える。……やっぱり父親のことは忘れているらしい。
「ねこちゃんが欲しいってお願いしたの……でも、生き物は死んじゃうからダメだって。この子をくれたの……」
「お父さん、ネコのぬいぐるみを買ってくれなかったんだね」
 せめて、せめてネコのぬいぐるみを買ってあげればよかったのに……茉莉奈が言うと、ななこは強く頷いた。
「うん。ななはねこちゃんが欲しいって言ったのに……くまさん……。くまさんも好きだけど……そうだ、あのね、この子は、ななのために買ったんじゃないんだよ。おとーさんが会社でもらったんだって」
「そうなんだ……」
 クマのぬいぐるみをもらう会社。どんな会社で仕事をしているのか、少し気になった。……ぬいぐるみのメーカーさんだったりして。
「うん。かいちょーさんのお誕生日のお祝いにもらったんだって。あれ、でも、変だよ。お誕生日なら、もらうんじゃなくて、あげるんじゃないのかなー?」
 ななこは不思議そうに小首を傾げる。
「誕生日プレゼントをあげたから、そのお返しなんだよ、きっと。パパもたまに誰々さんの誕生日だからと出掛けるんだけど……そのときって、大抵、おみやげを持って帰って来るの。お誕生日パーティに来てくれた、記念とお礼にって」
「じゃあ、ねこきちもそれなんだねっ」
「きっとそうだよ」
 お互いににこりと笑いあう。そろそろマールがくったりとした様子を見せ始めた。疲れてきたなと感じたので、ちょっと方向を変えてみる。
「ななこちゃん、おねーちゃんと一緒に歌を歌おうか?」
「うんっ」
 ななこが知っている歌といえば、やはり童謡の類かと、有名どころな童謡を口ずさんでみる。ななこもそれにあわせて歌いだした。解放されたマールは近くで毛繕いをする。
 しばらくそうしていると、見覚えのある男がエレベータから現れた。スーツにネクタイ、見るからに仕事着で遊びに来ているようには見えない。
「ななこ!」
「あ、おとーさん……! ……」
 にこりと笑みを浮かべかけるも、やはり部屋の外にいることに罰の悪さを感じたのか、ななこの表情はかたい。大丈夫だよとその背に手を添える。
「……君は……どうも、娘がご迷惑をおかけしました」
 自分と娘とを見て、状況を推測したのか、父親はやって来るなり、頭を下げる。
「いいえ。ななこちゃんはお父さんを迎えに来たんです。……ね?」
 父親にそう告げたあと、ななこと視線をあわせた。ななこをこくりと頷き、父親を伺うように見あげる。
「……。そうか、ありがとう、ななこ。でもな、ななこにまで何かあったら、お父さんは……だから、ひとりで部屋を出ては行けないよ。いいね?」
 屈み、諭すようにそう言った父親は、優しげではあったが、どこか寂しそうな、哀しそうな表情を浮かべていた。
「君も、本当にありがとう。娘の相手をしてくれて……」
 立ち上がり、父親は言う。
「いいんです。……ななこちゃん、またね」
「おねーちゃん、またあとで遊んでね!」
「うん、またあとで遊ぼうね」
「……すぐそこの、三番目の客室です。よかったら、遊びに来てやってください。私は部屋にいても……仕事であまり相手をできないので……」
 こういうのも問題だとは思っていますがと罰が悪そうな表情で付け足し、父親は客室を示す。
「おねーちゃん、絶対に来てね。ねこきちと待ってるから」
「うん、マールと一緒に行くからね」
 指切りを交わし、手を振って別れる。すっかりここに長居をしてしまったが……と、時計を見やる。そろそろ夕飯の時刻になろうとしていた。思ったよりも時間は経過しているようだ。
「あ、そろそろ戻らないと……船内探検はできなかったけど、ななこちゃんと仲良くなれたから……それでいいよね」
 それに、まだ船の旅は始まったばかり。見てまわる時間はたくさんある。答えるように啼いたマールを抱きあげ、茉莉奈は歩きだした。
 
 −完−


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1421/楠木・茉莉奈(くすのき・まりな)/女/16歳/高校生(魔女っ子)】


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■         ライター通信          ■
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ご乗船、ありがとうございます(敬礼)

相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。口調ちがうよ、こういうとき、こう行動するよ等がありましたら、遠慮なく仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。

こんにちは、楠木さま。
話的には迷子の女の子の父親を探し出し、よかったねで終わっているのですが……事件は起こります。次回、ななこに会いに行く、もしくは会いに行かなくても父親が探しに来ることで、ななこがいなくなってしまうことを知ります。次回も参加していただける場合、プレイングの参考にしていただけると嬉しいです。プレイングの優しさと可愛らしさが少しでも表現できていたらいいなと思っております。

今回はありがとうございました。#1のみの参加でも旅の一場面として楽しめるようにと具体的な事件が発生するまでは話を進めておりません(一部、例外な方もいらっしゃるかもしれませんが^^;)よろしければ#2も引き続きご乗船ください(納品から一週間後に窓を開ける予定でいます)

願わくば、この旅が思い出の1ページとなりますように。