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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


開かずの箱




「では武彦さんはいないのですね」
 モーリス・ラジアルは出された緑茶に礼を言いつつ、そう問い返した。
それを受け、零はすまなそうに肩を落とす。
「ごめんなさい、仕事がちょっと難航してるらしくて。本当は今日の朝帰ってくるはずでしたけど」
「いえ、大丈夫ですよ。急用で来た訳ではないですから」
にっこりと紳士的にモーリスは笑ってみせる。――本当は急用どころかこれといった用すらあったわけではなかったが、紳士として言う必要のないことはただ己の胸に秘めるのみ。
 ゆったりと応接セットでくつろぎつつ、モーリスは出された緑茶に口をつけた。
「おいしいです」
その言葉に、零はホッとしたように顔をほころばせた。
 と。
「こんにちは〜。武彦さんいるかしら」
 さび付く一方の蝶つがいをきしませながら入り口の扉が開く。
「……と。あらごめんなさい。お仕事中だった? 本を返してもらいに来ただけなんだけど」
顔をのぞかせたのは綾和泉汐耶だ。モーリスと目が合うとバツが悪そうに口に手をやる。
「あ、いえ。大丈夫ですよ。お兄さんまだ帰ってきてないんです。
よろしければお待ちになりますか、汐耶さん」
「あら、そ? じゃ、待たせていただくわね」
遠慮なく入って来る汐耶に、モーリスは形の良い眉を軽く寄せた。
 ――全く、せっかく零さんと二人きりで話せる機会だったのに。
 
 こっそりと逢引を楽しむには、この草間興信所は少々賑やかに過ぎるようだった。



「あら。確かあなた以前も」
「ええ、よくここでお会いしますね。ちゃんとお話するのは今日が初めてかもしれませんけど」
 モーリスの向かいに座った汐耶は、まずは友好的に話しかける。
「当初は男性かと思いましたが」
 ……が、返って来た爆弾に軽く頬を引きつらせた。
「あら、それは失礼したわね」
それでも大人な態度でにっこりと笑って見せた汐耶に、モーリスも笑顔で応じる。
「ご心配には及びません。私は両刀ですから」
「……あなたのその態度、カーニンガムさんの教育の賜物かしら」
と、今までの余裕はどこへやら、汐耶の言葉にモーリスははっきりと顔をしかめた。
「あの方を引き合いに出すのは止めていただきたい」
「ま、まあまあお二人とも! お茶のお代わりはいかがですか?」
慌てて間に入った零に、二人は全く同じタイミングで振り返る。
「いただきます」
「いただくわ」
そして全く同じタイミングで返答。零はつい噴き出してしまう。
途端二人のキツイ視線を受けてしまい、零は慌てて回れ右した。
「……え、えっと。あっそうそう! 実はお二人に見ていただきたいものがあるんです、今持ってきますね!」



「……で、これが倉庫の奥から出てきた『開かずの箱』?」
汐耶は零から受け取った小さな箱をしげしげと眺める。
 軽い箱だ、桐だろうか。複雑な形が組み合わさった寄木細工。大きさは両の手のひらに乗るくらい。汐耶が上下に振ると、中からカラカラと小さく音がする。
「掃除の途中で見つけたんですけど、何だか分からないから片付けることも出来なくて。
それでこれが、箱に貼られていました紙です」
そして、モーリスは渡されたその紙を明かりに透かして見た。
「『この箱、開けるべからず』……なるほど。紙自体に仕掛けはないらしい。普通の和紙ですね。文字は毛筆、墨の状態から見るとかなり古い、か……?」
「零ちゃん、これ開けてみた?」
「それが開かないんです。どんなにひっぱっても叩いてもびくともしなくて。たぶん、箱自体に呪(まじな)いがかかってるんじゃないかなって」
「あら、なら私の出番ね」
零にニッコリと笑いかけ、そしてモーリスにはその笑顔に加え少しだけ得意げなものを滲ませる汐耶。
「『封印』を解くなら私に任せなさい」
 そして箱を掲げるようにして持ち、軽く瞑目した。……が。
「何も起きないですね」
モーリスの言葉に、少しバツが悪そうに再び目を開く汐耶。
「わ、私はちゃんと念じたはずなのよ」
「言い訳はいいです。それより、私に貸してください」
 返事を待たず半ば奪い取るようにして、モーリスは箱を手にする。
「私の『調和』の力を使い、この箱を元のあるべき姿に戻せば済むこと。呪いをかける前に戻せばいいのです」
 フッと勝ち誇ったように笑い、モーリスは箱に手をかざした。

 ――そして、間。

「はいはい、残念ね」
「ちょ、ちょっと何をするんです」
「何言ってるの、今まさに失敗したじゃない」
「失敗ではありません! これからやろうと……」
「えっと! ほらこれって寄木細工ですから、まずはこの細工の仕掛けを解く事から始めませんか!」
間に割って入るように零の提案に、二人からの異論はとりあえず出なかった。
「きっとパズルのようなものでしょう」
「馬鹿ね、こういうのはからくりと言うのよ」
「お二人とも! お茶のお代わりいかがですか!」
そして二人は声をそろえて
「「いただきます」」




 数刻後。
 努力の甲斐も空しく、箱は一向に開く気配を見せなかった。
「この古さから推測するに、江戸時代頃に作られたものかとは思うのですが」
モーリスが首をひねると、汐耶が合いの手を入れる。
「そうね、きっとからくりもその頃のものだわ」
「この寄木の図柄、どう思いますか?」
「単純なものに見えるけど、開かないのは見えない部分が組み合わさってるからなのかしら」
 ……変だなあ、と零はこっそり首をかしげる。
 傍から見ていると、こんなにも気が合っているのに。
「倉庫からはこの箱にまつわる物は他になかったのですか、零さん」
「何言ってるのよ、書類関係当たってたら時間がかかりすぎるじゃない」
「なぜあなたが返事をするんでしょう。私はあなたには言っていないんですが」
「零ちゃんがいいがかりをつけられるのを庇ってあげてるだけよ!」
「えっと! 箱に仕掛けがないとなると、やっぱり手がかりはこの紙でしょうか」
 零はにらみ合う二人の間に割って入り、貼られていた紙を示す。
「『この箱開けるべからず』……どういう意味だと思います?」
「何って……そうねえ、文字通りの意味なら開けるなってことよね」
と、モーリスが何かを思いついたように顔を上げた。
「これを書いた者は、なぜこう書いたのでしょう」
「というと?」
「例えば『開けたら恐ろしいことが起きるから』といった警告ではなく、むしろこの言葉自体が箱を開ける手がかりなのだとしたら?」
モーリスの言葉に、汐耶はなるほどと考え込む。
と。
「じゃあ、開けるなと言うことですから……閉めればいいんでしょうか?」
零の無邪気な言葉に、二人は思わず顔を見合わせる。
「零ちゃん……ほらね、よく見て? 箱、閉まってるわよね?」
「零さんの無垢さは、たまに罪ですね……」
二人の反応に顔を赤くした零だったが、それでもなお食い下がる。
「とりあえずやってみましょう。ね? 汐耶さん、これを『閉めて』いただけませんか? 汐耶さんのお力なら」
根負けしたように、汐耶は笑った。
「……分かったわ零ちゃん。この箱を『封印』すればいいんだもの、私にはそうね、簡単だわ。やってみましょう」
 そして汐耶は再び箱を手にし、箱を『封印』しようと念じた……。
 
 
 

 次の瞬間。
 三人は箱から湧き出した嵐に腕で顔を覆う。――それは、紫の蝶だった。
 膨大な数の紫の蝶が、まるで箱から放たれたかのように勢い良く飛び立った。視界が紫色に染まるほどの蝶は三人の周りを囲み、そして。

「……ここは、どこでしょうか」
 気がつくと、三人は見知らぬ土地に立っていた。
 そこは一面の花畑だった。見渡す限り平坦な土地に、敷き詰められたように咲き乱れる花々。――バラにチューリップ、スミレにコスモス。すずらんがそよ風に揺れている横で向日葵がいままさに花開こうとしている。
 ぼかしたような淡い色は地平線の彼方まで続く。辺りには甘い匂いが漂い、紫の蝶がちらほらと移り気に蜜を吸う。
「キレイね……」
 語彙が豊富であるはずの汐耶も、そう言ったきり語を継ごうとしない。
そう、「夢のような」という形容詞がまさにぴったりの、麗しい景色だった。
夢に酔いしれ、うっとりとした表情を浮かべる二人。
 ――モーリスを除いては。
 
「……気に入りませんね」 
 険しい顔をして、モーリスはそう搾り出すような声で言った。
そのただならぬ雰囲気に、汐耶はハッと我に返る。
「どうしたの?」
「チューリップやスミレは春を告げる花、コスモスは秋を告げる花です。向日葵は照りつける太陽に似合うものですが、スミレがそんな熱に当たったりしたらしおれてしまうでしょう。……花は咲けばよいというものではないのです。
 ここは無秩序に過ぎる。美しくありません」
 怒りもあらわに、モーリスは腕をかざした。
「幻の世界よ、あるべき姿に戻りなさい。時よ、調和を取り戻りなさい。……散!」

その声に、世界は膨れ、膨れ、そして弾けて……。




「気がついたか」
 ふと我に返ると、三人は興信所の古びたソファに身を委ねていた。
ただでさえ大きくないソファだ、お互いに牽制しあいながらも身を起こすと正面のソファに草間武彦が座っていて、じっと三人を見詰めていた。
「お兄さん、お帰りは夜になるんじゃなかったでした?」
「だからもう夜だろうが。よく見ろ」
 窓から外を見れば、すでに夜の闇が風景を塗りつぶしていて何も見えない。
 ……自分が来た時はまだ日も高い時刻だったのに。モーリスと汐耶は呆然とする。
「私たちが幻を見てた時間なんてほんのわずかよ。それなのに現実ではこんなに時間が立ってるなんて……」 
「お前ら、この箱開けたな?」
 と、武彦は床に転がっていた寄木細工の箱をテーブルに置いた。箱はカラン、と軽い音をたてる。
「……お兄さん、開けてません」
「分かった分かった。開けたんじゃなくて閉めたのな。……おい零、俺にもお茶」
上目遣いの零の反撃も、武彦には軽くあしらわれてしまう。零は渋々立ち上がり台所へと消えた。
 と、武彦の物言いに気づいてモーリスが問う。
「武彦さん、この箱のことご存知なんですか?」
「……せっかく人が詳細を調べてきてやったのに、それを待つことすら出来ないほどお前らはせっかちなのか」
 はぁ、とため息をついてから武彦はカバンから書類を取り出した。……きっと、本人からしてみたら怪奇の類に関わりたくはないのだろうが、すでに行動には諦めが滲んでいる。
「これは江戸時代頃、ちょっとした名のある呪い師が作ったシロモノらしい。『開ける』んじゃなくて『閉める』んだって?
全く、ふざけたからくりだな。 ……ああそうそう」
 と、武彦は傍らの本を示す。
「汐耶、お前に借りた本役に立った。助かったよ」
「あなたが本を読むなんて、変だなとは思ったのよ」
汐耶の言葉に、武彦は苦笑する。

「それで武彦さん。箱の由来とかは判明されたんですか?」
「……あくまで、話を聞いた坊主の受け売りだが」
 モーリスの問いにそう前置きしてから、武彦は髪をガリガリとかき回した。
「お前は庭師だろ。ガーデニングの概念に『箱庭』ってのがあるな」
「人の手で風景を創る、と言う意味での『箱庭』ですか。ここ日本だと盆栽とかもその類だと思いますが」
「ああ、それだ。……今まさに見ているこの現実こそ『箱庭』なんじゃないか。不自由で限定されてばかりのこの現実こそが『箱庭』で、それを『閉じる』ことによって本当の世界が広がるんじゃないか、と。
 つまりは、箱はその切り替えスイッチで、お前らが見た風景こそが真実だってことだ」
「……まさか」
 驚いたような表情を浮かべる汐耶とモーリスに、武彦は同意したように頷いた。
「俺自身、こんなくだらん意見信じてない。ただ一つ確実なのは……」
「「確実なのは?」」
 声を揃え尋ねた汐耶とモーリスに、軽く驚いた表情を浮かべる武彦。
「とっとと蓮のところに売っぱらうのが一番だ……ってなんだお前ら。いつの間に仲良くなったんだ」
「仲良くなんかなってませんが」
「そうよ、たまたま一緒になっただけ」
ムッとした表情を浮かべる二人に返され、武彦は首をひねる。

 とそこへ、苦笑をこらえた表情の零がお茶を片手に戻ってきた。
「はい、お兄さんお茶です。……お二人とも、お茶のお代わりはいかがですか?」
 その言葉に、二人は同じタイミングで振り返った。
「「いえ、もう結構」」




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1449 / 綾和泉汐耶 / 女 / 23 / 都立図書館司書】
【2318 / モーリス・ラジアル / 男 / 527 / ガードナー・調和者】

(受注順)

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■         ライター通信          ■
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こんにちは、つなみです。この度はご依頼ありがとうございました。

お二人の相関や過去プレイングを拝見しましたところ、何度か顔は合わせているが直接話した機会はない、といった感じでしたので、このような描写をさせていただきました。
決して仲が悪いわけではなく、むしろ仲が良過ぎてこんな感じに……なんてニュアンスが伝わっていればと思うのですが、さていかがでしたでしょうか?

モーリスさんの紳士なところと、あと「意外な魅力」がこの物語自体の魅力となりました。
モーリスさんでなければ、この展開にはならなかったと思うのですが、ご自身はさて気に入って下さいましたでしょうか?
あと、鋭いプレイングありがとうございました。寄せていただいたものに負けないよう、ライターとしては今回は挑むつもりで書かせていただきました。


ご意見や感想などありましたらぜひお寄せ下さい。何かありましたら、どうぞお気軽に。
それでは、またお会い出来ますことを。つなみりょうでした。