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growing up
オープニング
ノックの音に振り返った草間の目に入ったのは、扉から顔を覗かせた少年だった。
年の頃は7,8才だろうか、黄色い帽子を被ってランドセルを背負っている。
――なんだ、子供か……。
チッと舌打ちして草間は眼中からその姿を追い出す。
子供なんざ尋ねてこられても嬉しくとも何ともない。彼が喜ぶのは、極簡単な依頼を持ってやってくる金持ちだ。
勿論、そんな都合の良い依頼人がいるわけがないのだが……。
草間は子供を完全に無視して自分で自分に珈琲を入れた。いつもなら誰かに入れて貰うところだが、生憎全員出払っている。
珈琲を入れると言っても、粉をスプーンにすくってカップに入れ、ポットの湯を注ぐだけだ。しかし、日頃やらない事だけにそれさえも面倒臭い。
子供は相変わらず顔を覗かせたままこちらを見ているようだ。
見せ物じゃないぞ、とでも言って追い払うか、それとも、飽きて帰るのを待つか……。決めかねていると、子供の方が先に決断を下したらしい。
「あのう……、ここって、化け物を退治してくれる会社ですか?」
――何だそれは!
草間は思わずカップを落としそうになった。
「あのう、おじさん、ここって、草間こうしんじょですよね?」
「草間興信所に間違いはないが化け物退治などせんっ!」
子供相手につい、声を荒げてしまった。しかし、子供は全く気にしないようだ。
扉を全開にして、興信所に足を踏み入れる。そして、言った。
「草間こうしんじょなら、化け物退治してくれるってウワサ、聞いたもん。おじさんが退治してくれるの?」
誰がそんなウワサを流したんだ……と、目の前の子供に問い質しても仕方がない。
ここは一つ簡単に興信所の仕事を説明して帰って貰うか、と溜息を付いた時、再び子供が口を開いた。
「あのさぁ、変な化け物がいるんだ!すっごい早さで年とってるんだよ!」
ほんの3ヶ月前は自分の弟と変わらない小さな子供だったのが、3ヶ月後には自分と同じ位の年齢に、更にその3ヶ月後には自分より年上になってしまった子供。
時折自分の前に現れる不思議な少女の話を、少年は時折つっかえながら懸命に説明する。
「……そりゃ別人だろう」
「違うよ!だって、いつも着てる服が一緒だもん!」
「なら、兄弟だろう。お下がりの服だ」
「違うってば!髪の長さがずっと一緒なんだもん。そんなの変だよ!」
少年は懸命に草間を見上げて言った。
「昨日だって見たんだ。今度は、大人になってたんだよ!」
「あー、はいはい。分かった分かった、早く帰って宿題しなさい」
ヒラヒラと手を振って、草間は扉を指差す。大人しく帰れ、と。
しかし子供は引かない。
「本当だってば、おじさん!絶対化け物だよ!ねぇ、やっつけてよ!」
化け物退治?冗談じゃない。しかもこんな子供の金にもならない頼み事?絶対にやってたまるか。
草間は地団駄を踏みそうな勢いの子供を放って、応接室に逃げ込む。
誰かが帰ってきて(或いはやって来て)子供を追い払ってくれるのを待つばかりである。
その日、所用で出掛けていたシュラインが帰社すると、事務所には途方に暮れたように佇む1人の少年がいた。
それを取り囲む数人の大人達。
「一体何事なの?」
尋ねるシュラインに応えたのは、観巫和あげは。
「お客さんらしいんですけど、草間さんが相手にしてくれないとかで……」
「武彦さんって、子供に好かれるタイプなのよねぇ……」
言って、シュラインは恐らく彼が引きこもったであろう部屋の扉を見る。
相手が子供で、武彦がここにいないと言うことは、いかにも子供染みた依頼だったのだろう。自分はとっとと逃げ出して、他の者に相手にさせるか、追い払って貰おうとしているに違いない。
シュラインとて、出来ればこんな子供の収入に繋がらない依頼などより、もっと大口のそれらしい依頼の方が嬉しいのだが。
「僕?どう言う依頼なのかしら?お姉さんにも話して貰えるかしら?」
追い返すにしても依頼を受けるにしても、話しくらいは聞かなくては。
「もうあっちの部屋のおじさんに話したよ。ねえ、バケモノ、やっつけてくれるかなあ、あのおじさん?」
どうかしらねぇ、と応えて、シュラインは扉を叩く。返事がない事は承知している。
溜息を付いて、シュラインはお茶の準備に取り掛かる。
おやつでも食べさせてお引き取り願おうと言う魂胆である。
「ねぇ、ちゃんと話し聞いてよ!本当だよ!嘘じゃないんだから!」
目の前に置かれたケーキと紅茶に手を付けず、少年は自分を取り囲む7人の大人を見回した。その内の1人は勿論この興信所の所長・草間武彦。そして後の6人は少年が1人取り残された部屋で粘っているうちに帰社したシュライン・エマと天樹火月、真名神慶悟、観巫和あげは、綾和泉汐耶、モーリス・ラジアルだ。
火月が持ってきたケーキと汐耶が持ってきたプリン。シュラインが入れた紅茶と珈琲で3時のおやつとなり、少年もちゃっかりおこぼれに預かったのだが、草間に話した化け物の話しを、誰1人まともに聞いてくれない。自分が子供だから相手にされないのだと思うと少年は無性に腹が立った。
くわえて、金髪のやたら派手な大人が「子供の【聞いてくれ】発言には誤解や誇大が混じるが……」などと言うので更に腹が立つ。
「どうして信じてくれないの?絶対に変だよ!だったらさ、その化け物を一緒に見に行ってくれたら良いんだよ。小さい子供から大人になっちゃったんだから、次はおばあちゃんになってるかもしれないよ!」
珈琲を飲み干して汐耶は大きな溜息を付いた。慶悟の言う通り、誤解や誇大が混じっているかも知れない。だとしても。
「それが本当かどうかの調査は出来るけど、やっつけることは出来ないですよ。その子、キミに何か悪い事でもしたの?変だからやっつけてって言うのはおかしいんじゃないかしら?人が皆と違うからと排除したがるのは昔からですけど……」
汐耶の言葉にシュラインも頷く。
「虫や猫、犬等は人より成長早いけど、彼らも化物だと言って倒そうと思う?人でも老化が早く進む病気もあるし、ただ変だってだけで排除はどうかと思うの」
少年は流石にしょんぼりとした……ように見えた。が、次の瞬間勢いよく立ち上がり、宣言でもするように高らかに告げた。
「だったら僕、あの化け物のしょーたいが知りたい!犬や猫や虫だったら、どうして人間の姿なの?変だよ!ねぇ、ちょーさしてよ、ちょーさ!」
少年を取り囲む7人は深々と溜息を付く。そして草間は6人を軽く睨んだ。――どうしてとっとと追い払ってくれないんだ――とでも言うように。
「……服が同じで年齢を変えて……もしかして、幽霊とかかな?」
火月が言うと、少年は更に好奇心をかき立てられたようだ。
「幽霊!化け物じゃなくて、幽霊!だったら、やっつけないとダメだよね!」
幽霊だから退治しなければならないなんてことはないぞ、と言う慶悟の言葉など耳に入っていない。
「半年でそれだけ成長するなら、遺伝子異常だとは考えられますが、少年の言葉を鵜呑みにするのもどうかと思うので、実際に目にしてみないと確信が持てないです」
モーリスの言葉に、少年はにっこりと笑った。
「だったら、ちょーさだよね。ちょーさ!やってくれるの?」
「金はあるんだろうな?金は?」
少年相手に金銭を要求する草間。どうにかして追い払いたいようだが、慶悟がソファに深く背を預け、
「子供の発言にだって真実は紛れ込む。金にならないのは確かに痛いが……折角の心躍る春だ。酔いの肴に聞いてみるのも悪くはない」
と言うと、諦めたように項垂れてじろりと少年を睨んだ。
「俺は知らんぞ……」
とばっちりを喰わないようにとでも思ったのか、ケーキと珈琲を持って逃げる草間。
その後ろ姿を見送りつつ、あげはは少年に尋ねた。
「その化け物が現れる場所は何処ですか?お家で?それとも病院とか……別の場所?夢の中で……という事はありませんよね?」
「夢じゃないったら!あのね、ばーちゃんちの近くでね……」
説明しようとする少年を火月が止めた。
「ばーちゃんちの近くと言われても分からないよ。地図で教えて貰えないかな?住所は?」
すかさずシュラインが地図を取り出し、少年の祖母宅付近と思しきページを開く。が、少年はどうも地図の見方がよく分からないらしい。
「地図の見方ってのは最近じゃ学校で習わないのか?」
と首を傾げる慶悟。
「習うとは思いますがねぇ。多分、学校や自分の家の周囲でもなければ分からないものなのではないですか?」
応えるモーリス。
その間にシュラインと火月は少年の言う住所と付近の建物から祖母の家を見つけだし、不思議な少女と出会うのだと言う場所に印を付けた。
「……病院はなさそうね……。色んな時間の交差している辻と言う訳でもなさそうだし……。何時も必ずここなの?」
尋ねる汐耶に少年は頷く。
祖母の家から一番近い公園の前だ。付近にあるものと言えば民家。
「実際は、とある家族がお揃いの格好してるだけかしら?服はオーダーメイドか手作りで、髪型も一緒とか……」
「実は別人が同じ制服を着ていて……規則で同じ髪の長さにしている……とか」
顔を見合わせる汐耶とあげは。少年はふてくされたような顔で反論した。
「だから違うんだってばあ!同じ人だよー。夢じゃないし、別人じゃないよー」
シュラインは小さく溜息を付いて地図と少年を見比べる。
「3ヶ月毎ってところが気になるわね」
言うと、あげはも頷く。
「3ヶ月毎に大きくなる……というのは厳密な意味でしょうか?絶対に3ヶ月?」
「絶対って言っても、数えたんじゃないから分からないけど、3ヶ月くらいだよ。だって、覚えてるもん。初めて見たのがばーちゃんのお葬式の時で、その後がお正月で、次がお彼岸の時なんだもん」
「3月、1月、10月ってところか……。厳密ではないにしてもほぼ3ヶ月だな」
頷きながら慶悟は他の5人を見た。
「あり得ないとは云えないですが、おかしな事に変わりはないです。半年かそこらでそれだけ成長するなら、遺伝子異常だとは考えられますが、君の言葉を鵜呑みにするのもどうかと思うので、実際に目にしてみないと確信が持てないですね。しかし、君に危害を加えるわけでもない、他の人に危害を加える訳でもない、ただ早く成長すると言うだけでそんなに気になるものですか?実は君、その人に何か思うところでも?」
モーリスは、実は少年はその急速に成長する不思議な少女に恋でもしているのではないかと思ったのだが、少年は首を振った。
「だって、僕は知らない人だけど、向こうは僕の事しってるみたいなんだもん。僕と目があったら、絶対あっかんべーってするんだ」
……3ヶ月毎に驚異的に成長し、少年にあっかんべーをする少女。
少年の誇大表現なのか真実なのか、6人は顔を見合わせて肩を竦めた。
少年が少女を見るのは何時も同じ場所で、それ以外の場所では見たことがないと言う。
「あなた以外にその子を見た人っていないのかしら?ご近所の人とか、お友達とか?」
あげはの問いに、少年は首を振る。両親と共にいる時に見かけた事があるが、指差して教えた訳ではない。
その不思議な少女が気になる反面、怖いと思う面もあり、なるべく無視する事に決めていたのだそうだ。大人が6人も一緒にいれば例え襲って来ても怖くはない。もし今日見かけたら、声をかけてみるつもりだと少年は言う。
嘘か真かも分からない、いるかいないか、見えるか見えないかも分からない少女の為に大の大人が少年にくっついてぞろぞろ6人……と思うと何だか無性に虚しい。
「お花見がてら、と言う事にしましょうか?公園なら桜もあるでしょうし」
と言って何故かシュラインは出掛けに化粧を直して身だしなみを整えた。
それならば、と慶悟は持参したビールを再び手に持ち、汐耶と火月は公園で食べられそうなケーキとプリンを箱に詰める。
「お花見と言えばお花見弁当ですよね……。前もって準備しておけば良かったわ……。今年はまだお花見をしていないのに……」
洋菓子とビールでのお花見は少々寂しいと呟くあげは。
「それならば途中のどこかで何か買いましょう。今からならば少しゆっくりして、夜桜を愛でられますよ」
モーリスが言い、いざ出発となったのだが、草間は別の部屋に閉じこもったまま出てこない。
折角なのだから、とシュラインが強く誘っても子供がいる限り絶対にイヤだと言い張る。結局、調査が終わり次第連絡すると言う話しになった。
「どうしてあんなに子供を嫌うのかしら?」
首を傾げる汐耶に、シュラインは「自分が子供だからでしょ」と不機嫌に呟いた。
恋人でありながら仕事中しか会うことは儘ならず(最近は仕事中でも会えない時が多かったりもして)、折角念入りに化粧しても見ようともしない。と言うか多分気付きもしないであろう甲斐性のない草間にシュラインは腹を立て、本気で転職を……とまで考えているのだが、甲斐性のない当の本人は全くそんな事には気付いてもいない様子。
子供よりも子供のような手のかかり具合に呆れるばかりである。
「ああ、そうだわ。写真を撮らせて貰えないかしら?」
興信所を出て暫く歩いた処であげはが口を開いた。
「化け物や幽霊が映ってしまったら怖いですけど……」
化け物退治となった場合には自分ではどうしようもないと言いながら、あげはは愛用のデジタルカメラを取り出し、丁度信号待ちで立ち止まった少年に向ける。
「ああ、あげはさんの写真で相手の正体が分かるかも知れませんね。どうして舌を出すのかは分からないにしても……」
あげはが写真を撮りやすいように場所を譲りながら火月は呟く。
「何かあれば四魔逐滅の符と式神で封滅させる算段はある」
同じくあげはに場所を譲りながら慶悟は呟き、あげはの方を向いてポーズを取る少年を霊視してみた。
あげはの撮る写真と同じ物が自分の目に見えるだろうかと思ったのだが……。
「あ!ばーちゃんだ!」
デジタルカメラの小さなモニターを覗き込んで、少年は歓声を上げた。
「あなたのおばあちゃんなの?この人が?」
汐耶もモニターを覗き込んで訪ねる。
そこには、ポーズを取る少年と、その横に小柄で人の良さそうな老婆が映っていた。
やはり念写と霊視では少々見えるものや映るものが違ってくるようだ。生憎慶悟の目には老婆の姿は見えなかった。
「君が見ると言う少女と、君のお祖母さんは似ているのですか?」
モーリスが尋ねる。もしや祖母が少女の姿となって現れ、少年に何か告げようとしているのではと思ったのだ。
「ぜーんぜん似てない!だって、ばーちゃんは顔がシワシワで髪が真っ白なんだもん」
「……そりゃ年を取ってるからだろう。若い頃と似ているんじゃないのか?」
子供との会話は今ひとつ噛み合わない。調査は5人に任せて興信所で待っていれば良かったと内心少々後悔してしまう慶悟。
「わかんないよそんなの。僕の知ってるばーちゃんはずーっとばーちゃんなんだもん」
「ごもっとも。年齢的に見てもそんなに若いおばあちゃんではなさそうだものね、」
汐耶がクスクスと笑って少年の頭をぽんぽんと撫でる。
「でも、念写に映ったと言う事は、何か関係があるのかしらねぇ……」
あげはと並んで歩きながら少年と祖母と不思議な少女との関連を考えるシュライン。
「毎回同じ場所なら、そこから動けないコなのかしら?お祖母さんの家とも近いし……やっぱり何か関係があるわよねぇ……」
「服を着ていて髪がある、という事は動物が現れている訳ではないのでしょうけれど……動物が擬人化したとか」
少年と手を繋いで歩く汐耶の後ろ姿を見ながら、ふと火月が口を開いた。
「親子みたいに見えますよね」
「親子と言うにはちょっと無理があるんじゃないか?せめて叔母さんくらいだろう?」
汐耶は23歳だ。少年が8歳前後として、親子はちと厳しい。そう言う慶悟に、モーリスが首を振る。
「それは、私達が汐耶さんの年齢を知っているからでしょう。第三者……或いは子供の目からだと、親子の様に見えるかも知れませんよ」
「そうそう」
頷く火月。
「それで思ったんですけど、あの少年の言う『大人』と言うのはどれくらいなんでしょうね?自分より大きいと大人になるんでしょうか?」
「まあ……そうだろうな、子供の目に年上の人間ってのは大きく映るもんだろうからな……」
応えて、慶悟はモーリスと目を合わせた。
「つまり、3ヶ月毎に大きくなると言うのも少々誇大が含まれると言う事でしょうか?」
「まあ、自分の弟くらいだったのが自分と同じ年齢になったと言っていましたから、そんなに酷い誇大ではないと思いますけど。自分より年上から、大人……と言うのはちょっと誇大があるでしょうね。小学生の目から見たら、中学生だって高校生だって大人ですよ」
5歳前後から8歳前後、10歳前後から13歳以降。
「3ヶ月毎に3歳ずつ年を取っているとしたら、13〜4歳ってところか……。1年足らずでそんなに成長する生き物がいるのかね?」
妖怪やそう言った類の病気を除いて、と言う慶悟に火月は頷く。
「さっきシュラインさんやあげはさんが言ってましたけど、犬猫なんかはそうですよ」
「犬猫、ですか……」
少年と祖母と不思議な少女と犬猫。
「何だか考える要素が増えただけのような気がするな……」
火月が呟いた時、先を歩いていた汐耶と少年が立ち止まった。
「いた!ほら見て、あれだよ!」
公園の植木の側に立った少女を、少年はそっと指差した。
日当たりの良い場所で目を閉じた少女は、白いワンピースに肩口までの黒い髪。すらりとした足には茶色い靴を履き、少々退屈そうに誰かを待っているような様子だ。大人と言うにはまだまだ幼い、15歳程度と言ったところだ。
「最初はあんな大人じゃなかったんだよ。ホントだよ?」
言いながら少年は何故か汐耶の背に隠れた。
「こらこら、隠れるんじゃないの。声を掛けてみるんでしょ?」
「うわぁ」
前に押し出されて少年が情けない悲鳴を上げる。と、その声に少女が目を開いた。
薄緑色の澄んだ目が少年の姿を捉える。途端に、少女は意地の悪そうな顔で少年に舌を出して見せた。
「舌を出すなんて、嘘かと思ってましたけど、本当だったのね……」
思わず呟くあげは。
「ほら、早く行け」
たじろぐ少年の背を押す慶悟。
それを合図に火月は少年と自分達を含む周囲に気を配る。少女が襲ってくるほど凶暴そうには見えないが、もし何かあった時にはそれなりの防御や治癒をしなければならない。
ビクビクした少年とは反対に、少女の方は落ち着き払った様子だ。
「な、何なんだよおまえー!」
少年はかなり勇気を持って声を掛けた。一体何が何なんだか分からないが。
と、少女はじっと少年を睨み、拗ねたような声で言った。
「嘘吐き、あんたなんか嫌いよ」
確かに、少年の言った通り少女の方は少年を知っているらしい。
「何で僕が嘘吐きなんだよー」
「嘘吐きだから嘘吐きって言ってるのよー」
「オマエ誰なんだよー」
「何で覚えてないのよバカー!」
……8歳の少年と15歳程度の少女の喧嘩とは思えない幼稚さだ。
「……ちょっと良いかしら?」
この2人に話しをさせても埒が開かないと思ったか、シュラインが声を掛ける。
「ごめんなさいね。この子、あなたの事が分からないみたいなのよ。嘘吐きって言うことは、何か約束でもしていたのかしら?」
この言葉に、少女は首を傾げて言った。
「……人間って、記憶喪失になる生き物なの?」
少年にぞろぞろとくっついてきた大人6人は顔を見合わせる。
少年を人間と呼んだと言う事は、この少女は人間ではないと言うことだ。
「記憶喪失……まあ、そう言う事にしておいて、どうして嘘吐きなんて言うのか教えて貰えない?」
嘘吐きなんかじゃないもんと言う少年の口を塞いで汐耶が尋ねると、少女はふてくされたように唇を尖らせた。
「だって、ばーちゃんが言ったんだもん。仲良くしてあげてねって。その子も、うんって言ったのに、全然仲良くしてくれないんだもん」
「僕、オマエなんか知らないぞ!何でオマエがばーちゃんを知ってるんだよー!」
少年の方にはそんな記憶が全くないようだ。
「やっぱり嘘吐きだぁ!一緒に遊んでくれるって言ったのにー!」
15歳の少女とは思えない幼稚なの言葉にモーリスは首を傾げる。いっそ元の姿に戻してみれば話しが早いかと思ったのだが、少女はモーリスの目の前でグズグズと泣きだしてしまった。
「寂しかったんだからぁ!ばーちゃんがいなくなってからずっと、待ってたのに……」
「……こう言っているが……何も覚えがないのか?」
突如泣き出した少女にたじろぐ少年に慶悟は尋ねる。
「おばあちゃんと何か約束した覚えはないのかな?」
火月の質問にも首を振る少年。
ポンと手を打って、あげはが口を開いた。
「動物を大切にしなさいって、言われなかったかしら?例えば、お祖母さんの飼っていたペットとか?」
「ペット……?シロは死んじゃったし……、あ、タマ……!」
「タマ?」
少年と少女を見比べつつ訪ねるシュライン。
「うん。あのね、僕が拾った猫なんだけど、うちじゃ飼えないからって、ばーちゃんが飼ってくれる事になって……」
約束をしたのだと、言った。
「思い出した!タマはまだちっちゃいから、弟と同じように大切に可愛がってあげなくちゃダメだよって。寂しがるから、一緒に遊んであげなくちゃダメだよって……」
呟く少年の目の前で、少女がゆっくりと猫の姿になった。
白い毛に、足だけ茶色の斑。目は澄んだ薄緑。
「これで早く成長した理由も分かったわね」
言いながら、汐耶がにゃあと鳴く猫を抱き上げて少年に渡す。
「ちゃんと約束を守ってあげなさい。お祖母さんもそう願っているでしょうし……」
シュラインの言葉にあげはも頷く。
「私の写真にお祖母さんが映ったのは、その所為だったのね。いっぱい遊んであげてね。猫って結構寂しがりやなんだから」
「そうそう、ちゃんと遊んでやらないとまた人間になって出てくるかも知れないぞ」
言って、慶悟が猫の頭を撫でる。猫は気持ちよさそうに喉を鳴らしてから少年に頬ずりをした。
「バケモノじゃなかったんだ……、タマ……、ごめんね」
少年は少しつまらなさそうに、それでも嬉しそうに猫の背を撫でる。
「おじさん、おばさん。ごめんなさい。今日はどうもありがとうございました!」
おじさん・おばさん呼ばわりされた20代4人(外見のみも含む)と10代2人は少々複雑な顔で猫を抱いて走り去る少年を見送った。
「……さて、それではお花見としますか?」
幸い公園には沢山の桜があり、満開だ。公園の斜め前にコンビニエンスストアがある。食料も酒もそこで仕入れられそうだ。
「そうね、武彦さんに電話しなくちゃ……、」
言いながら携帯を取り出すシュライン。6人で公園内へと向かいながらダイヤルを押し、呼び出し音の間に園内に設置された無料の職業案内情報誌を取る事を忘れなかった。
風が吹いて、薄紅の花びらが舞う。
穏やかな夕暮れに、少年の笑い声と鈴の音がどこからか聞こえた。
end
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086 / シュライン・エマ / 女 /26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
1600 / 天樹・火月 / 男 /15 / 高校生&喫茶店店員(祓い屋)
0389 / 真名神・慶悟 / 男 /20 / 陰陽師
2129 / 観巫和・あげは / 女 /19 / 甘味処【和】の店主
1449 / 綾和泉・汐耶 / 女 /23 / 都立図書館司書
2318 / モーリス・ラジアル / 男 /527 / ガードナー・医師・調和者
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■ ライター通信 ■
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まだお花見に行けていない佳楽です、こんにちは。
この度はご利用有り難う御座います。
遅くなってしまい申し訳ありません……。
ほんのちょっとでもお楽しみ頂ければ幸いです。
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