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The Secret Garden
『此処に居りますわ! 庭に居ます!』
そして、魔法は成就された――この話では最後に哀しみに沈み心をいつも彷徨わせていた可哀相な主人が最後に幸福を見つける。
奥方が遺した二つのものによって。
二つのもの、それは――……愛すべきものと、蘇った花園…だった。
◇◆◇
「……美しい、話ですね」
そう、呟きながらセレスティ・カーニンガムは本を閉じ、此処から見える庭を見下ろした。
様々な花が咲き誇り、まるで今が春の盛りだと言っているかのような鮮やかだ。
中でも庭師が丹念に育てている薔薇の美しさは計算されつくしたであろう配置の中にあって計算では表すことの出来ない美しさを放ち、セレスティの目を和ませる。
色とりどりの百花繚乱。
風にそよぐ花達は如何にも気持ち良さ気で、かつ、可憐だ。
其処に、其の場所に愛しい少女が立ち自分に向かって微笑む。
そんな幻を垣間見ては、この本に毒されたろうかと思い。
だが、もし、あそこに――……いいや、此処から見える場所でなくてもいい。
この屋敷の庭の何処かに、ひっそりとある秘密の花園があればどんなに良いだろう。
何を植えたか、何を育てたかは当人と庭師以外知らない秘密の園。
そして誰かが呼ぶまでは誰にも邪魔されることのない愛すべき人との時間……ふ、とセレスティは庭を見ながら考え顎に手をやった。
「……モーリスを呼ぶとしましょうか」
彼ならば必ずや自分の望みの花園を作ってくれるだろう――そう、思いながら。
◇◆◇
呼んだ人物が来るのは、殊の外早かった。
息切れをする事もなく、汗をかくこともなく、ただ素早く迅速に。
セレスティから呼ばれた人物の名は、モーリス・ラジアル。
財閥に、と言うよりセレスティへと仕えている人物であり、また「庭師」と呼ばれる人物でもある。
いつもすっきりとしたスーツ姿と、「庭師」と言うよりは「秘書」か何か――そう、裏の事務作業を取り仕切っている事が似合う知的な緑の瞳と穏やかな金の髪を持っていた。
今日もそうだ。
すっきりと黒のスーツを着こなす姿には一部の隙もなく洗練されていて、とてもではないが、つい先ほどまで庭仕事をしていたようには見えない。
とは言え、日々の仕事をしっかりとやっていれば毎日の作業は少なくていいと言うのがモーリスの持論であり、折りしも今日は休日。
日々、欠かせないものだけをやってしまえば、後は楽なものだった――と言うのもあるかもしれないけれど。
「どうかなさいましたか? 急に呼び出しとは……」
「まあまあ。まずは、此処からの眺めを御覧なさい。素晴らしい、眺めですよ」
そう、言いながらセレスティの傍へと寄るモーリス。
車椅子の青年が居る、採光を多めに取った窓から見えるのはモーリスが作り上げた庭園と、其処に咲く花々。
穏やかな春の陽射しが注ぐパステルカラーの色合いは確かに見ていて素晴らしい眺めであり、またモーリスは当然だとも思う。
あまり、陽射しに強くない主人のために綺麗なものを作り出したかったのだから。
だから労えて貰って嬉しくもあり、また自分の仕事を為し得た満足感も得れて、自然とモーリスの口に柔らかな微笑が広がる。
だが、まさか、この為だけに呼ばれたわけではないだろう。
ふと主人を見、其の膝の上に置かれた本を見る。
「…何か読んでらっしゃたんですか?」と聞くと、
「ああ、……いえね、懐かしい児童文学ですよ」
そう、セレスティは「ほらね」と言いながらモーリスへと本を見せる。
児童文学書とは言え、意匠を凝らしているその本は、ぱっと見、児童文学書には見えず……モーリスは一言、「ああ」と呟き、
「つむじ曲がりのお嬢さんのお話ですね」
彼らしい解釈の言葉を添えると、微笑を浮かべた。自然、セレスティの表情も「おや?」と言うものに変わる。
実際、モーリスがこの手のものを知っているとは思えなかったのだ。
だから、セレスティとしてもその気持ちを隠す事無く、モーリスへと問い返した。
「…意外でしたね、モーリスがこの話を知っていたとは」
「何、大したことではありませんよ。つい最近、庭園でどのような形があるのかと庭園描写のある本を全て片っ端から読んでいただけで……其の中に、この本があったんです」
実際、この屋敷には様々な蔵書がありますからね、不自由しなくて結構な事です、と言う言葉も付け忘れる事無くモーリスはセレスティの疑問に答えていく。
「なるほど。研究熱心なのは良い事ですね。では、そんなモーリスを見込んでお願いが一つあるのですが……」
聞いてもらえますか?と言うより先に、いいですよ?とモーリスが言う。
セレスティは一瞬、ちらとモーリスを見やりながら、そう言ったのを後悔しなければいいのですけれどね――そんな意味を含め、くすりと笑った。
「? どうかなさいましたか?」
「いいえ、どうもしませんよ?」
では、お願いをしましょうか。
まるで何かを告白するように言うとセレスティは、まずテーブルの上にある設計図を持ってきてくれませんかとモーリスへと頼む。
ややあって、モーリスがそれらを持ってくるとセレスティは設計図を広げ、それを更にモーリスが手伝っていく。
今度は、モーリスが「おや?」と言う顔をした。
「…これは…今現在、予定している庭の設計図ですね」
「はい。ですが、この設計図に変更をお願いしたいのですよ」
「変更?」
「ええ。秘密の花園を作って頂きたいのです。そう――正しくこの文学のような、ね」
出来ますか?とも聞かず、あえて"作って頂きたい"としたのは、これがもう決定事項であることをモーリスへ言外に伝えるためだった。
幾分、考え込んでいるようなモーリスの表情は何処へそれらを配置していいのか悩んでいるようでもあり、僅かに、彼の眉間に皺がよった。
無論、セレスティが秘密の花園を欲しがった理由を知ればモーリスは笑みを浮かべるのだろうけれど。
実際、良い提案では無いかと思うのだ。
幸いにもと言うべきか、土地は幾らでもある。
その中で、二人っきりで秘密の花園で過ごす蜜の時間も、また格別だろう。
(ただ一つ、この花園を作る際に要望のようなものもありますけれどね)
そう思いながらも瞳を伏せる。
言わなくても大概の希望は汲んでくれるだろうモーリスだけに、この点は心配ない筈だけれど。
すぅ、と息を吸い込む音がセレスティの耳へと届く。
何時の間にかモーリスの額に刻まれていた皺は消え、幾分考えが纏まったのだろう事を示していた。
だが頭の中にざっと浮かんだ風景は、今の設計図とは全くと言っていい程に違い、まずモーリスはこの事をセレスティに伝えねばならなかった。
「……かなり、大幅に設計図を変更する事になりますが」
「構いませんよ。モーリスでしたら私が満足できる出来に仕上げてくださるでしょうからね」
「では、ごゆっくり過ごせるだろう花園を作らせて頂きましょう。ですが、まずは手始めに……何処に作らせるかは内緒にさせて頂きますよ?」
「おやおや……」
正しく秘密の花園ですね――、その言葉を言いかけようとしてふと止まる。
モーリスが解ってもらえましたかと言っているように、ゆっくり口の端へ笑みを浮かべていたからだ。
付き合いが長いから当然といえば当然なのかも知れないが、こういう時お互いの言わんとしている事は良く解り、セレスティは、これもきっと「勿論です」と言われるだろう事を聞いた。
…解っていたとしても双方のコミュニケーションもまた重要だと思う所以でもある。
「では植える樹や花でさえも内緒ですか?」
「勿論です。秘密にする花園ならば、完成までは私も秘密にさせて頂きたいですね」
「花や樹はモーリスが選んだもの……ふふ、3人での秘密の園、となるわけですか……」
くすくすとおかしそうに微笑うセレスティ。
モーリスは、穏やかな微笑を浮かべた唇を上げていき、
「不服ですか?」と車椅子の主人へ至近へと寄ると意地の悪い事を聞いた。
…意地が悪いと解ってはいるが主人にも一度は聞いてみたい、問いかけ。
実際、主人の恋人とは逢ってしまえば言い合いと言うか、からかいあいの応酬と言うような形になってしまっているのだから。
無論、祝福をしていない訳ではないし、お似合いだとも思う。
だが、そう思う心と感情と言う物は上手い具合には行かない物で……もう最近は意地っ張りなだけなのかもしれない、と苦笑を浮かべてしまう事も多々あったりする。
まだ、くすくすと楽しそうにセレスティは笑い――そして。
「いいえ? 不服ではありませんけれど。……そうですね、私はモーリスのそう言う所が」
「はい?」
「――微笑ましいとさえ、思いますよ。私が愛すべき人は貴方も入っているのかも知れませんね」
にっこり。
モーリスへ、トドメと言わんばかりに本当に心から楽しんで居るだろう笑みをセレスティは浮かべ、外を見た。
何処に作られるのか、未だ解らぬ花園を探しているかのように。
・End・
+ライター通信+
セレスティ・カーニンガム様&モーリス・ラジアル様。
こんにちは、ライターの秋月奏です。
いつも本当にお世話になっております^^
今回は、このお二人をシチュノベで書かせていただき本当に有難うございました!
花園が欲しいと言う総帥と、それを叶えようとしている庭師さんの
力関係のようなものが上手く出ていれば、と思うのですが如何だったでしょうか^^
最後の台詞はどうしても総帥に言って欲しい言葉でして……其処で庭師さんに
切り返しも出来ず、総帥からの愛情?と言うか感情を感じてもらえたらと♪
今回、色々と楽しく書かせていただきました。
少しでも、お気に召した部分がありましたら幸いに思います。
それでは、また何処かにて♪
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