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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


泳げば尊し猪の恩

 守崎・北斗(もりさき ほくと)と守崎・啓斗(もりさき けいと)にとって、山は一番の遊び場であり、修行場であった。幼少時は、山は修行の場であると同時に、遊びの場でもあったのだ。正しくは、遊びと修行を兼ねていたのだが。
 なので、二人は良く山で過ごしていた。北斗は青の目を悪戯っぽく光らせながら、啓斗は緑の目を諌めるように見つめながら。二つの茶色の頭は、ひょこひょこと山の至る所で顔を覗かせていた。
 そんな在りし日の、一こまであった。


「かくれんぼをしよう」
 山で、一番に口を開いたのは北斗だった。一瞬きょとんとしている啓斗に、北斗はにかっと笑う。
「なあ、いいじゃん。かくれんぼしようよ」
「かくれんぼ……そうだな」
 啓斗はこっくりと頷き、それからにっこりと笑う。
「じゃあ、ついでに修行をしよう」
「ついでに修行?」
 今度は北斗がきょとんとする。すると、啓斗はそっと目を光らせて口を開く。
「北斗、かくれんぼとはどういう遊びか分かってるよな?」
「そりゃ、分かってるよ。鬼に見つからないように隠れる遊び」
「その通りだ。つまり、鬼に見つからないようには上手く隠れないといけない」
「確かに、そうだけど」
「上手く隠れるとは、隠れている場所に隠れているとは思わせないことが重要だ」
「その通りだけど」
「つまり、だ。気配さえ隠す事が出来たら、かくれんぼにおいて敵などいない!」
 啓斗はぐっと拳を握って、そう言い切った。思わず北斗はぱちぱちと拍手をする。
「ということで、かくれんぼ兼気配を消す修行をする」
 あまりにもはっきりと言い切る啓斗に、北斗は思わず再び拍手をした。そして、二人でじゃんけんをし、啓斗が鬼となった。啓斗は鬼にならずに喜んでいる北斗に向かい、にっこりと笑う。何故だか目は全く笑っていなかったが。
「北斗」
「何?」
「俺が鬼となった」
「そりゃあ、俺が勝ったからそうなると思うけど」
 北斗が言うと、啓斗はさらににっこりと笑った。やはり目が全く笑っていない。
「全力でやらないと、死ぬはめになるかもしれないぞ」
「あ、うん……ってええ?」
 にこやかに言う啓斗に、思わず北斗は呆気に取られる。
「じゃあ、始めるか。鬼はいくつ数えるんだったっけ?」
「ええと、10だっけ?」
 うーん、と考え込みながら北斗が言うと、啓斗はこっくりと頷く。
「10、でいいんだな?」
「え?う、うん」
 問いただしてくる啓斗に、北斗は少しだけおどおどしながら頷く。
「本当に、10なんだな?」
「う、うん……」
 尚も聞いてくる啓斗に、北斗は心の奥底からおどおどしながら頷く。すると、啓斗はにこやかな顔を崩さずに口を開く。
「たかだか10で、お前は事足りると言うんだな?」
 その一言で、完全に北斗は言葉を失う。そのように言われてしまうと、10だけでは足りない気がしてくるから不思議だ。むしろ、啓斗から隠れる為に10しかないのは、本当に足りないと思えてくる。北斗はごくりと喉を鳴らし、そっと口を開く。
「……じゃあ、30で」
「ほお、たかだか30でいいんだな?」
「もっと増やしていいの?」
 北斗が尋ねると、啓斗はにっこりと笑う。
「いくつでもいいぞ。ただし……」
 啓斗はそう言い、爽やかに北斗に向かって親指を立てる。
「俺はいつでも全力で立ち向かうからな」
「ごめん、一分とかいいかな?」
 思わず言う北斗に、啓斗は快く頷いた。そして、啓斗は近くにあった木を指差す。
「じゃあ、ここで目を隠して一分数えるから。その間に、しっかりと気配を消して隠れるんだぞ」
「分かってるって」
「……しっかりと消さないと、鬼に捕まるからな」
 啓斗はぼそり、と呟く。北斗はそれを聞いて、背筋がぞぞ、としたが、あえて聞こえないふりをした。聞こえなかった事にしておきたかった、というのが本当なのだが。
「じゃあ、数えるぞ」
「分かった」
 言うや否や、啓斗は目を隠して数を数え始める。北斗は、教えられたとおりに気配を消し、そして隠れる場所を探す。丁度木の上が目に付いた北斗は、地を蹴って飛び上がり、木の上に身を隠す。啓斗に見つからぬ事を心の奥底から願いながら、息を潜め、気配をさらに消すように懸念する。そうしている間に、啓斗は一分を数えきった。
「……さて」
 啓斗は小さく呟き、自分もまた気配を消した。隠れている方と同じく、探す方も気配を消しておかなければ、せっかく隠れている方を見つけても逃げられてしまう。そう考えたのだ。
「……やっぱり、隠れるとしたら……」
 啓斗はそっと注意深く辺りを見回した。
 気配を消しているといっても、北斗も啓斗も所詮は未熟者である。完全には気配を消しきれていないはずだ。という事は、用心してみれば、消しきれていない気配を辿る事は可能だということだ。啓斗はそう考え、周辺の気配を辿る……が。
 ずざ。
「……あ」
 用心して周りを見て、用心して北斗の気配を感じようとしたその矢先に、啓斗は「ずざ」という感覚に思わず声をあげた。何かの穴に、足を踏み入れてしまったのだ。何かと思い、ひょい、と覗くとそこは巣穴になっていた。何らかの動物の、巣穴。
「ああ……やってしまったな」
 啓斗は苦笑し、足を引き抜いてから確認をする。それは、まだ子どものいる猪の巣穴であった。中からものすごい勢いで、母親猪が巣穴から飛び出してきた。啓斗はざっと地を蹴り、走り出した。
 どすっ!
 啓斗に向かって一直線に走ってきた母親猪であったが、それをひらりと啓斗が避けてしまったため、啓斗の後ろにあった木に激突してしまった。すると、その木の上からぼと、と何かが落ちてきた。啓斗ははっとし、母親猪が体を震わせてから体制を整える前に、落ちてきたものを確認する。落ちてきたものは「痛……」とぶつぶつ呟いている。
「……何をしているんだ?」
 落ちてきたのは、腰を摩る北斗であった。啓斗は不思議そうに首を傾げ、北斗に尋ねる。すると、北斗は不満そうに口を尖らせて答えた。
「何をしてるって……隠れてたんだけど」
「そうか……残念だったな。実は、もうかくれんぼじゃなくなっているんだ」
「はあ?」
 不思議そうに聞き返す北斗に、啓斗はにっこりと笑って北斗の後ろを指差し、走り出した。北斗はそれに従って振り返り、そして啓斗に続いて走り出した。そこにいたのは、怒り狂う母親猪だったからだ。
「な、何したんだよ!」
「もうかくれんぼじゃない……鬼ごっこだな」
「鬼ごっこって……鬼は?」
 走りながら、啓斗は後ろの母親猪を指差した。
「何を一体やらかしたんだよ?すっげー怒ってるじゃん?」
「ちょっとばかし、巣穴に足を突っ込んだだけだ。心が狭いっていうのは良くないな」
「いやいや、そういう問題じゃないと思う」
 啓斗の言葉に、思わず北斗は突っ込んだ。啓斗は突如「あ」といい、ぽんと手を打った。
「北斗、見つけたぞ」
「はあ?」
「かくれんぼをやってただろう?鬼である俺は言わないといけなかったな。北斗、見つけた」
 自身満々に啓斗は言ったが、逆に北斗はぶるぶると肩を震わせていた。
「今、そういう事を言う場合なのかな?」
「いや、こういうのはちゃんとはっきりしていた方が良いかと思ってな」
 啓斗はわなわなと震えている北斗の心中を知ろうともせず、にっこりと笑った。北斗は大きく溜息をつく。啓斗は小さく笑い、前を見る。そして何かに気付き、地を大きく蹴って飛び上がった。頭上にある木に上手く飛び上がり、枝に着地した。啓斗は手をすっとあげ、爽やかに微笑んだ。
「じゃあ、北斗。宜しく!」
「はあ?……はあああ?」
 首を傾げながら北斗は言うが、既に時は遅かった。北斗はついつい走りすぎてしまい、感覚がなくなり、目の前が滝壷となっている絶壁となっているのに気付かなかったのだ。よって、北斗は滝壷へと走りこんでしまった。滝壷に落ちぬように地を蹴って木の上に飛び上がったのだ。
「わあああ!」
 急になくなってしまった地面に、北斗は大きな叫び声をあげた。そして綺麗な弧を描いて滝壷へと吸い込まれていった。だが、寂しくは無かった。そのすぐ後に今度は猪が滝壷へと吸い込まれてしまったのだから。
「おお、仲良しだな。さすがだ、北斗」
「わああああ!足、足がつかない!」
 妙に感心している啓斗とは反対に、北斗はパニックに陥っていた。北斗は泳げないのだ。後から落ちてしまった猪でさえも、悠々と泳いでいるというのに。
「助けて!俺、溺れちゃう!助けて!」
 必死で叫びながらばしゃばしゃとやっている北斗を、啓斗は木から飛び降りて一瞬助けに行きかけたが、止める。代わりに、ぽんと一つ手を打つ。
「丁度良いじゃないか、北斗」
「はあ?……ごほっ」
 溺れかけている北斗に、啓斗はにっこりと笑って親指を突き立てる。
「ついでだから、泳げるようになったらどうだ?」
「……はあ?」
 ごほごほ、と水を飲み込みながら北斗は必死になって啓斗に手を伸ばす。だが、啓斗は手すら伸ばそうとしない。
「ファイトだ、北斗!」
「ファイトの一言で……ごほっ……済むかよ!」
「根性だ、北斗!」
「だから根性……げほっ……で、済むわけが……げほげほっ……ねぇ!」
 ゴゴゴゴ、という音と共に、北斗は下流へと泳いで……もとい、流されていった。啓斗はこっくりと頷きながら流れて行く北斗を見つめる。
「これも、兄弟愛だな」
 北斗がこの場にいれば、思い切り否定されそうな一言を啓斗は呟いた。一緒に落ちた母親猪は、既に岸に上がっている。もう怒っていないようで、まっすぐに子どもの待つ巣穴へと帰っていった。
「ちくしょー!」
 下流の方で、北斗の声が響いてきた。何とか下流の方で、自力で這い上がる事が出来たらしかった。啓斗は満足げに頷く。
「ほら、出来るじゃないか。さすがだな、北斗」
 やっぱりこの場に北斗がいれば、力いっぱい否定されそうな一言を啓斗は呟いた。


 後に、北斗は呟く。山だとか、滝壷だとかを見ると、必ずといっていい程呟くのだ。この時の恐怖体験を、得たくなかったトラウマを。
「この頃からなんだよな……兄貴と猪に対するトラウマってやつ」
 追いかけてくる猪も、溺れているのにも関わらず泳げと言って来た啓斗も。北斗の中では恐怖の権化でしかない。
 ついでに言うと、猪属性の幼馴染にも頭が上がらないのも、この時のトラウマが関わっていると北斗は豪語しているが、この辺りの真偽は謎である。
 因みに、猪肉は好きなのだとか。念のため。

<猪との関わりを思い浮かべながら・了>