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ひまわりとたんぽぽ
花に例えるなら向日葵、薔薇、チューリップ。
女の子はまさに、花畑に咲く色とりどりの花に似ている。けれど、見た目に美しい花がどれも素晴らしい内面を持っているかは、手折って傍に置かなければ分からないものなのかもしれない。
ここにひとりの少女。名は蒲公英。
春の野に咲きし、ささやかな花の名と同じだ。彼女もまた、葉の伸びゆく夏を待ち侘びる者のひとりだった。
<報告>
午前6時32分。ベランダにて、スズメにパンをあげている姿があり。キョロキョロと周囲を確認して、プランターに水をやる姿も同時に目撃。
父親はいない模様。柵ごしに誰かを探す様子が見てとれるため、父親は仕事に出かけているようだ。
三交替?
出勤時の服装をチェックする必要あり。
午前7時12分。早めの登校らしい。学校まで15分の距離。
白いセーラーに黄色のタイ。長い黒髪は結んでいないようだ。赤いランドセルが目に眩しい。綺麗に使っていることがよく分かる。
……おや、誰か後ろをついて歩いている?
ここからの距離では把握できない。しばらく様子を見ることにする。
10分経過。
突然、目の前に少年が現われた。同じ校章、蒲公英の制服を男子物に変更したデザイン。同じ学校の人物らしい。
「お、おはよう……。今日もカワィ――かっ髪長げぇな! 足遅せぇんだから、遅刻すんなよ!」
「おはよ……う…うん。ガンバるね」
何を言いたかったのか、急に語調を強めて立ち去る少年。彼の背が見えなくなってから、ようやく返事を投げかける蒲公英。少年は返事を聞かなくてもよかったのだろうか。か細いが可愛らしい声なのに。そう言えば、彼女を追っていた人物の気配が消えたみたいだ。
さて、彼の行動はイマイチ不明だが、蒲公英に言った指摘は正しいようだ。
確かに遅い。
周囲に同じ学校に通う小学生が増えるに従って目についてくる。蒲公英は非常に歩くのが遅い。ゆっくり、まるで地面を踏み込むことを楽しむように、何かを踏まないか確かめるように。
不思議なことに鳥の中で一番警戒心が強いと言われるスズメが、彼女の周りを飛び回っている。何か関係があるのかもしれない。
チェック。
午後12時38分。給食終了。
本日はスパゲティナポリタンと肉団子のコンソメスープに春雨サラダ――奇妙な取り合わせだ。
――おや? 蒲公英の姿がない。
クラスの女子がクスクスと笑っている。もっとよく聞いてみよう。
「ねぇ〜! 大体、彼に近づきすぎなのよ、あの子」
「今朝見た!? ファンクラブの私だって、まだ彼から挨拶してもらってないのに」
「そうそう」
「ずっとあそこにいるといいんだわ、ね」
「先生だって、屋上の用具入れなんて覗かないもん」
「いい気味よ。泣いてたら、大げさに心配してあげる…ふふふ」
「彼に気づかれないように……うふふ」
互いに顔を見合わせる3人の少女。朝、蒲公英に声を掛けていた少年の元へと走っていく。サッカーボールを蹴っていた彼はうるさそうに手を振って、水道に向かった。
なるほど、3人の少女は蒲公英がいないことに関わっているらしい。理由はこの少年。それも分かる気がする。クルクル変る表情、元気な瞳。太陽を射抜く眼差しはヒマワリを思い出させた。
視点を変える。耳を澄ませるとドアを叩く音。多少ガタが来ているらしく、音はドアの大きさを考えると軽い。再度大きな音がして、蝶番がずれドアが外れた。
「……とーさま…」
小さく肩が震えている。叩き続けたのだろう。両小指の腹が赤く腫れていた。それでも涙は零れていない。結構、我慢強い子らしい。
彼女を閉じ込めたクラスの女子が囁き合うのを背に、蒲公英は昼からの授業にちゃんと出ていた。
午後4時02分。
校庭の済みで飼っているウサギ。そして水仙の咲いている花壇。どちらも養い手を待っている。けれど生徒の姿はない。
理由を分かる気がする。こんなにもいい天気なのだ。学校全体で世話をしている動植物よりも、遊びに夢中になってしまうのだろう。ふむ、蒲公英はひとり水をやっている。
ひどく楽しそうにみえる。どうやら世話をするのが好きらしい。ひとり――というのが、気持ちを楽にしているのかもしれない。
赤い宝石の如く瞳。なるほど、輝くは純真さか。
午後4時45分。
帰宅。父親はいない様子。
「……ただいま、とーさま…。いって…らっしゃい」
部屋に残っていたのは父親がいたことを示す飲みかけのコーヒー。入れ違いらしい。
「神…社に行け……ばよかった……かな…」
心ここあらず、ベランダでぼんやりと夕日を眺めていた。
傍にはやはりスズメがいる。肩に乗りはしゃぐように遊んでいる。そんな能力を持っているのだろうか。
追調査を希望。
<以上>
たんぽぽは野に咲く花。踏まれても踏まれても、美しい花弁を広げ綿毛となって空に舞う。
蒲公英もまた、名に相応しき少女。
□END□
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ライターの杜野天音です。なかなか納得がいかず、遅くなりました。
ちゃんと「報告書風」になっているでしょうか? 不安です……。
しかし、いったい誰が蒲公英ちゃんをつないでいるのか。満足頂けたなら幸いです。
ありがとうございました!
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