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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


速攻買い出し大作戦!


 穏やかな日差しが降り注ぐ日曜日の朝。散歩を終え、朝食を済まし、朝のワイドショーに一喜一憂しながら余暇をのんびりと楽しむ世間に対して背を向けるように、今日も元気に活動する女たちがいた。平均年齢40歳程度のその集団は賑やかではあるが粛々と行列を作っている。その戦いに引っ張り込まれた夫や小さな息子たちは退屈そうにあくびをしながら小説や携帯ゲーム機に夢中になるしかない。そう、ここは街一番の激安スーパー。日曜特価に引きずられ、今日も女たちが戦いの場へと赴く。
 そんな列の中に平均年齢をがくんと下げるような若さの女性たちが並んでいた。ひとりはプリンのようなカラーリングの頭で常連客から目をつけられている四方峰 恵、もうひとりは彼女の親戚で同居人の新野 サラだ。恵もサラも常連客からは敵視される存在である一方、買い物上手でも評判の姉妹……いや、実際は姉妹ではないのだが、それ以上のあうんの呼吸を見せつけるのだから勘違いされても仕方はない。今日も実に威勢よく自動ドアを睨みつける恵。もちろんサラにも気合いが入っている。彼女も店内の移動に適した姿でこの場所に立っていた。いつもこの日だけはロングスカートではなくジーンズにスニーカー姿、さらにはその美しく長い髪もひとつに結わえ静かな闘志をふつふつとたぎらせていた。
 なぜこのふたりが激安スーパーと縁ができたのか。それはそれぞれに原因があった。まず恵の場合はよく食べる。普通のスーパーで買い物していたのではエンゲル係数と食費がとんでもないことになってしまう。サラの場合はそれほど食べはしないのだが、趣味に没頭するタイプ。どうしても古書趣味に少しでもお金を使いたいと考えるのだ。そしてふたりで住んでいるマンションの家賃のことを考えれば、タッグを組むのは当然の結果とも言えた。恵は朝刊に挟まれたチラシの目玉商品に関してサラと綿密な打ち合わせを行う。

 「サラ姉、今日の目玉は玉子とキャベツ! 玉子はレジでふたり一緒に並べば2パックまで買える! キャベツの方はサラ姉にお任せ! いいの取り逃しちゃダメだよ!」
 「ええ、わかっています。今日の戦果で一週間の献立が決まるのですから。ふたりと一匹の運命はあの自動ドアが開いた瞬間に決まるわ……」
 「あっ、開いた! サラ姉、玉子は奥だから先に行ってるよ!」

 周囲もふたりも騒がしくなる瞬間……それは店員によって自動ドアが開け放たれる時だった。頭に真紅のはちまき、身体に真紅のはっぴを着た店員の朝のご挨拶とご来店感謝の言葉など誰もいらない、欲しがらない。恵の心は玉子に向かって猛ダッシュ! どこで身につけたのかはわからないが、無数に存在するおばさまを見事なフットワークで避けながら愛しいコーナーへと進んでいく。
 一方のサラは買い物カートを確保するために列の流れに身を任せたままゆっくりと進む。彼女はしっかり大きめのカートを手に入れると、すぐ目の前にある生鮮食料品売り場でピラミッドのように詰まれているキャベツの山の裾野へと歩を進める。彼女はまず両手にひとつずつキャベツを持ち、それをほんの少しだけ宙に浮かせてその重さを確認した……そう、キャベツは重ければ重いほど中身が詰まっている。同じ値段でもそれなりに価値が変わるというものだ。それにサラにしてみれば、虫食いだろうとなんだろうと関係ない。実は先の言葉に出てきた『一匹』というのは、恵が飼っているペットの灰色ウサギのことだった。人間が食べれない部分はウサギが食べる。だからこそ、この場は重さだけを考えればいいのだ。サラは左手のキャベツを軽いと判断して山に戻し、別のものに取り替えて再び動作を繰り返す……その姿はまるでマジシャンのようだ。これでキャベツがレタスにでも変われば周囲から喝采を受けるだろう。重さをしっかり手で感じるため、目をつぶったり小汚い天井を見つめたりして重さを比べるサラ。とりあえず数回か繰り返した後に暫定トップのキャベツをカートに収め、再び作業を続行する。しかし、隣に強敵が現れた。サラの倍は生きているであろう奥様が同じ動作でも絶妙で高速のテクニックを見せつけるではないか。その強敵はなんと彼女の半分以下の手間でその辺にあった重い優等生キャベツをさっさとかっさらっていった……しかもいじわるなことに、サラを見て鼻で笑っていた。冷静沈着なサラもさすがにこの態度にはムッとしたのか、まなじりと唇を上げながらブツブツ言いながら作業を再開する。

 「なんて意地の悪い人なのかしら……普通、あんなことするもんじゃないですわ。ブツブツ……」

 心の底から淑女を目指すサラは熟年奥様の嫌らしい笑みですっかり冷静さを欠いてしまった。2玉目のキャベツの選別を始めるも、どうも重量の感覚がうまくつかめない。それどころかほんの少ししか宙に浮かしていないのに手からそれをコロコロとこぼしてしまう始末。それを別の奥様に横取りされてしまったりとどうにもうまく行かない……キャベツの山は時間とともになだらかな斜面へと姿を変えていく。

 それに比べて恵の仕事はまだ簡単だ。玉子のパックを2つ持ってくるだけなのだから。しかしその棚の前ではいくつもの瞳がじっと彼らを観察している……ぴくりとも動かない奥様集団。サラのところとは違い、ここでは視覚的な技術が必要なのだ。玉子はデリケートだからキャベツのように扱って重さを量るわけにはいかない。だからこうやって大きいのがたくさん入ったのを見定めるより他にないのだ。しかも、おひとりさま1パック。奥様たちに混ざって獲物を狙う恵は意を決して動いた! まずは3つほど規定サイズよりも大き目の玉子の入ったパックを頂点から5段下にあった場所から器用に回収した。すると羨望のため息や負けん気の強そうな視線が周囲を包む……すると恵が取った列で隠れていた後ろの段の頂点に飛びつく奥様方! 恵は思わず声を上げた。

 「ああっ、しまった! あっちの方が大きめのが……!」

 見えない部分まで計算に入れていなかった彼女が慌てるが、もう後の祭だ。それを皮切りに集団が動き始めた! いくら恵でもどれが自分の目星をつけていたものだったかわからなくなってしまった……

 「あーあーあー! もうこうなったら野生の勘だ! 絶対に見つけてやる、でっかいでっかい玉子さんっ!!」

 持っていかれる玉子をなるべく見ないように集中し、恵は手に持ったもの以上の大物をつかもうと必死になった……


 今日の目玉を持ち寄ってふたりが合流する頃には心地よい疲労感と多少の苛立ちが心に残る。結局、恵もサラもそれなりの戦果をあげた。その辺にカートを止め、お互いをたたえ合うふたり。

 「あら、今日はなかなか大きめの玉子が入ってるじゃないですの。」
 「だけどこれのせいで油断しちゃったんだな〜。その裏に半分くらい大きめの玉子が並んでるパックがあってそれにみんなが群がっちゃって……結局みんなが店が裏にいいのを隠したんだと勘違いしてそのまま大騒ぎになっちゃった。で、ふたつ目のパックも同じようなのしか取れなかったってわけ。サラ姉もそこそこいいもの取れたみたいじゃん。」

 思わずそれを言われてあの嫌味な笑みを思い出すサラ……なぜか顔を斜め下に向けて静かに言葉を発する。

 「……ま、まぁね。あのオバさまのお下品な笑いさえなかったら、もうちょっといいのを取れた自信がありましたけれど……」
 「サ、サラ姉……ってことは、またどっかのオバちゃんに心乱して……」
 「さ、今日はコロッケも安いですから今日はこれで済ませるとして、他の特売品もチェックだけしておきましょう。」
 「やっぱり、サラ姉! 何言ってるの、まったくもう……」

 惣菜売り場へと勝手にカートを動かすサラの横で恵は呆れた顔をしながら歩く。実際にサラと同じ手段で重さを確認しようかとも考えたが、ここで彼女のただでさえ曲がっているへそをこれ以上曲げるわけにはいかない。とりあえず彼女の言う通りに先へ進むことにした。
 惣菜売り場は店の角に設けてあった。たくさんの揚げ物などが肩を並べている。今日のお目当てはコロッケだった。すでに揚げられているコロッケはあまり日保ちがしない。ふたりの場合、こういった商品は今日か明日までに食べてしまうことにしている。特にふたりともこの後遊びに行ったり古書収集に行ったりする時もあるし、週の仕事始めにあたる月曜日に料理をするというのもこれはこれでなかなか疲労の溜まることなので、惣菜が安い日はこういったものを適当に皿に広げて食卓に並べるのだ。今日はコロッケよりどり5個で大特価なのでお互いに好きなものを取り合っていく……カニクリームコロッケ、カレーコロッケ、特選牛肉コロッケと次々にプラスチックの容器に入れる。最近では種類によってコロッケの形状が違い一応見分けがつくようになっているが、やはり家ではケンカになってしまう時もある。原因はいつも恵だ。彼女は調べるよりも先に口に入れて食べて確認してしまうのでサラの怒りも相当なもの。コロッケの恨みは怖い。お互いに2つ選んだところでサラが恵に言う。

 「それじゃ、最後の1個は恵さんが選んで。」
 「じゃあ〜、コーンコロッケかな。たしかコーンだらけなんだよね、ここのコロッケは。」

 そう言いながらご指名のコロッケを取ろうとすると……もう1個しか残ってないではないか。物事を気楽に考えていた恵は慌てて金バサミを使ってそれを取ろうとするが、悲劇は再び起こった。後ろでその話を聞いていた小さな男の子がさっと横からそれをかっさらい、自分のパックに収めてしまったのだ……!

 「え、ウソ……」

 「あら、最後のコロッケはそれにしたの?」
 「うん! だって、このお姉ちゃんがコーンだらけでおいしいって言ってたから!」

 おいしいとは言ってないだろうが……怒りに燃える恵だったが、弱肉強食や電光石火という言葉がものをいうこのスーパーでこの子どもを責めるわけにはいかない。むしろ油断していたのは自分の方だ。肩をガックリと落とす恵を見て、サラがとっさにその手から金バサミを奪って野菜コロッケを入れてしまう。

 「あっ、何するんだサラ姉っ! 最後のは私の分じゃなかったのか!?」
 「欲しいものがなくなったのなら、別に構わないと思って……」
 「別にコーンコロッケだけが欲しかったわけじゃないぞ! 一番食べたかったのがコーンコロッケであって、最近流行りのチーズフォンデュコロッケでもよかったんだけどってもう輪ゴムでパック閉じてるし!」
 「恵さぁ〜〜〜ん、ちゃんと売り場を見てからいわないとダメですわよ。」

 その言葉にはっとする恵。売り場にはすでにチーズフォンデュコロッケの看板しか存在していない……呆然とする彼女を置いてカートを押すサラはくすくすと笑いながら去っていく。しかし恵もこんなことではへこたれない。戦いはまだまだ続く。ぎゅっと手を握り締め、小さな声を震わせる。

 「家に帰るまでが、勝負なんです……!!」

 激安スーパーでの成果が一週間の生活を左右する。恵とサラの戦い、そして恵とサラとの戦いはまだまだこの店内で繰り広げられそうだ……