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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


ハンプティ・ダンプティは二度死ぬ 【1】


 こうして呼び出されたのは何度目か、夜倉木有悟……もとい現在はフェイスレスと呼ばれる事になっている。
 小さく舌打ちしたフェイスレスは、目の前に回された写真をのぞき込み真っ直ぐに見下ろす。
「間違いないんだな」
「はい、この男は……確かに殺したはずなんです」
 その男は虚無の境界の一員であり、名前はジャック・ホーナーと言う。
 最近と言うには、いささか日にちが立ちすぎてはいたが……記憶から消えるには短すぎる時間でもある。
「その男が、また動いたと連絡が入った、急いでくれ。もうあいつらが動いてる」
「……今度はどうします。ハンター?」
「同じだ。最悪の事態がおきる前にお前が殺せ、その男は危険だ」



 少しだけ、時間はさかのぼる。
「リリィ嬢に会いに来てみれば、久しぶりですねミス・リジーボーデン」
 軽口を叩く男からリリィを庇うように前に立ち、メノウは鋭くその男ジャック・ホーナーを見据える。
「失礼な事を言わないで下さい、私は両親をオノで惨殺なんかしていませんから」
「ピッタリだと思うんですけどね」
 無垢で、空っぽの笑顔。
 背筋がゾッとする。
「何の用なんて事は聞きません、今すぐ消えて下さい」
「つれないね」
「嫌なら消えて貰うだけです」
「君が? どうやって?」
 そろそろだ。
「……訂正します、消して貰うんです」
「ああ、そう言う事」
 既に包囲は完了している。
 リリィとメノウを庇うように現れる、三人の黒いコートの男。
 いずれも似通った服を着ているが、少しずつ違う。
 ディテクターとりょうとナハト。
「多対一なんてずいぶんな扱いだ」
「大人しくしろ」
「解ってるよ、初めからそのつもりだからね」
「……何?」
 ゆっくりと手を挙げながら、見たのは近くに立っているりょうの姿。
「離れて!」
 コートを引っ張ったメノウのにクスリと笑う。
「気を付けてください、前にあの男が精神破壊を使うと言ったの忘れたんですか!?」
「うっ……」
「ははっ、鋭いね。でも遅いよ」
「なっ!?」
「予告しよう、そう遠くないうちにハンプティダンプティは死ぬ。これは、予告殺人だ」

【シュライン・エマ】

 IO2本部。
 頼まれた資料を手にしたシュラインを出迎えたのは、普段とはまったく別の顔をした草間武彦。
 今は、ディテクターと言ったほうがいいかも知れない。
「どっちで呼べばいいのかしら」
「あのなぁ……」
 冗談めかした口調に、帰ってきたのは苦笑しながらの言葉。
「でもうっかり呼んじゃったら困るでしょ」
 戦闘中というなら話は別だが、こうして普通に話をしている間はあまり変わらないのだ。
 すぐに気付くだろうし、既に気付いている人も出てくる頃である。
「……調べる時は武彦さんでいいと思うわ」
「そうだな」
 他にも人を呼んでいると思うから、それは尚更だろう。
「着替えるから、少し待っててくれ」
 借り受けたという会議室の場所を教わる最中。

 遠く、近い場所で唄われるハンプティダンプティ。

「Humpty Dumpty sat on a wall,
 Humpty Dumpty had a great fall.」

 それは子供のように無邪気で、残酷さを秘めた歌。

「All the king's horses,
And all the king's men, 」

 予告殺人だと言った。
 死ぬのは、ハンプティダンプティだと。
 彼は今この本部で捉えられ、これから事情聴取だそうだ。
 一体、どれほどの情報を聞き出せるのか?
 何かが起きる前に手を打たなければならない。

「Couldn't put Humpty together again.」

 壊れてしまえば、二度と戻す事は出来ないのだ。


 彼、ジャック・ホーナーがいる部屋は不自然なほどに作られた陽の気で満ちた部屋。
 何事も過ぎれば毒になる。
 他に置き換えるのなら……人になくてはならない酸素も、濃度が高ければ人をハイにさせるかのように、この空間も形容しがたい居心地の悪さを作りだしていた。
 自然と口数が少なくなりかけた中、ポツリとシュラインが呟く。
「まるで病院のようね……」
 そう感じさせるのはこの部屋に捕らわれている男のせいかもしれない。
 白の中に残った黒か、血のようなイメージ。
 全身を呪術的な拘束着で覆われ、身じろぎ一つ、指先を動かす事すら出来ない。
 服や壁に隙間無く張られた呪札は、大げさともいえるかも知れないが、IO2が虚無の境界に対しての対応を考えれば不思議であるかも知れない。
「殺したはずなのにな」
 夜倉木の言葉に何も帰ってこない。ジャック・ホーナーは喋る事すら出来ないのだから。
「本当に殺したの?」
「死んだよ、確かに殺したんです」
 強力な封印が、力で覆い隠していた死の気配を伝えてくる。
「……彼は、確かに死人です」
「わたくしにも魂が感じられません」
 よりはっきりと解る悠也と撫子が答えるからには、そうなのだろう。
 魂のない体。
 それでも動くのは何故か?
 中に入っている物が、魂とはまったく別の何かのようにすら感じさせられる。
「深く考えないほうがいいわ」
「……ああ」
 そう考えたほうがきっとずっと楽なのだ。
 飲まれかけていたりょうに出した羽澄の提案に、納得し肩の力を抜く。
 何が起きるか解らない。
 その中にりょうもしっかりと組み込まれているだろう可能性は予想するべきだ。
「もう、いいでしょう。あれは何も答えませんでしたし、ある程度必要な情報は手に入ってるからここにいるのは無意味です」
 つらつらと無感情な口調で並べ立てる夜倉木に汐耶が待ったをかける。
「何か知ってるようですけど?」
「ゲームでもやってるつもりなんでしょう。捕まった後、椅子にくくりつけられてる最中に言ったんですよ『ハンプティダンプティになる条件を満たしているのは誰か?』と、それ以後は何も話さないか、同じ事を繰り返すだけです」
「それは俺も確認したから、間違いない」
 夜倉木に草間も同意する。
 おそらく、相手はこれをゲームか何かだとでも思っているに違いない。
「私たちにも話を聞かせてもらってもいい?」
 同じ事を繰り返すだけかも知れないが、何か進展が無いとも限らない。
「それは……」
 僅かに躊躇ってから、ジャック・ホーナーに視線を移す。
「何かあっても責任は取りません。あと話が聞けるかも解りませんがそれはわかってください」
 らしい言葉に悠也が苦笑する。
「俺も見てますから、どうぞ安心してください」
「あー、ここからここまでが結界な」
 指で空に線を書く動作をしながら、りょうがナハトを呼ぶ。
「頼む」
「……解った」
 結界を踏み越え、拘束されているジャック・ホーナーのマスクを外す。
 自由になった男は、ゆっくりと顔を上げ、一同を見渡し子供のような表情で笑いかける。
「こんにちは、皆さんおそろいで……初めましてですか? ああ、彼女とは会いましたっけ、お久しぶりです」
「………」
 撫子は、なんと言ったらいいかが即座には思いつかなかったが……真っ直ぐに視線を返すと、それを見ておかしそうに笑う。
「何か聞きたい事、あるんでしたよね」
「はい……あなたは一体何をなさったんですか?」
 真っ直ぐな問いかけにククッと喉を鳴らす。
「教えない、ヒントはもうあげたから」
 答えは、あっさりとした物だった。
 どうしたものかと思ったが、相手がこれを遊びだと思い、そのルールを守っているのだとしたら聞くのは難しい事かも知れない。
「……困ったわね」
「話してくれるとは思いませんでしたが……」
 ため息を付くシュラインと汐耶に、悠也があっさりと話を切り替える。
「ここにいるのも時間の無駄でしょう、考える事は出来ますから場所を変えましょうか」
「そうね、そっちの方がよっぽど有意義だわ」
 こういうタイプは何をしたって無駄なのだ。
 無理矢理引き出している時間はおしい。
「先に行っててください、俺はやる事がありますから」
「解ったわ」
 夜倉木を残し全員が出て行こうとする中、羽澄だけは歩こうとしない。
「私も後から行くわ」
「……羽澄?」
 足を止めるりょうに羽澄が微笑みかける。
「先に行ってて」
「……でも」
「ナハト、お願いね」
「わかった」
 戻ってきたナハトがそのままりょうを引き吊り、連れて行く。
「お、おいっ!」
 それは置いといて、撫子が念を押しておく。
 解っているとは思うが、念のためだ。
「何かあると行けませんから、出来るだけ早く合流してくださいね」
「解ったわ」
 頷いた羽澄を見てから、あとに続いて部屋を出たシュラインが僅かに振り返り、呟いた。
「大丈夫かしら?」
「心配いりませんよ」
「それに確かめたい事もございますから」
 調べ物があるという撫子に、汐耶も頷く。
「そうね。資料室大分片づけたけど、また調べるのかしら」
 二人を残し、借りていたという会議室に腰を落ち着けるなんて出来るはずもなかった。 やるべき事は山ほどあるのだ。


「少しずつ整理していきましょうか」
「気になるのはハンプティダンプティが誰かと言う事ですね」
「私はジャック氏と最近会っている人の洗い出しもしたほうがいいと思うけど」
 ヒントめいた言葉は『ハンプティダンプティになる条件を満たしているのは誰か?』だ。
 汐耶、撫子、シュラインは持ってきた資料をまとめていたが、考えている事はおおむね一緒だ。
 言葉にしたのは、悠也。
「可能性としてはりょうさんでしょうか?」
「は? 何、俺?」
 自覚はないようだが、何かされていた場合の可能性として最も高いのは彼だ。
「例えばですが、どこからか落ちた事は?」
「……落ちた事?」
「夜倉木さんとのケンカの延長でとかはありそうな話ですよね」
 悠也と汐耶の問いに『ああ』と顔を上げる。
「それなら結構あるな」
「それはまた……」
「あるんですね?」
 当然のように答えられ、悠也はヤッパリと苦笑し汐耶は呆れたように息を付いた。
「ハンプティダンプティの条件は満たしてるわね、確かに」
 歌には確かに落ちるという描写は存在するからと聞いたのだが、つくづく期待を裏切らない。
「なにか相違点が解ればそこから割り出せるのではないでしょうか」
「そうね、何をされたか割り出さないとならないでしょうし」
「呪術的なら事なら俺が調べますから」
 りょうを調べるのは悠也と汐耶、メノウとナハトに任せる事にして、他の関係者の割り出し等はシュラインと撫子、リリィと草間に一任する事になった。



 貸し出し許可を貰った書類の束と情報を引き出すパスワード。
 古い情報を引き出すのならパソコンの方が整理されているだろうし、入ったばかりの情報だとデータ化されていない可能性がある。
「これで見落としはないはずだから」
「……量は多いけどな」
 ため息をタバコの煙と共に吐き出す草間の言うとおり、以前からジャック・ホーナーの情報は集められていたらしくかき集めた情報料はかなり多い。
 この中で何かをした事とを捜すのは苦労するだろう。
「調査はしてたみたいね、これなら割り出せそうだわ『ハンプティダンプティになる条件を満たしているのは誰か?』よね」
 人の名前が出てきた所にチェックを入れ、前後にあった事を簡単にまとめていく。
「この中からハンプティダンプティが誰であると考えたんですが……戻ってこられたようですね」
 扉から入ってきた羽澄が部屋の向こう側、両の方を見てからこちらに視線を戻す。
「今どうなってるの?」
「他に危ない人は居ないかの割り出しよ、可能性は色々な面から考えたいから」
 羽澄と夜倉木に状況を話し、こちらの作業を手伝ってもらう。
「私もこっちを手伝うわ」
「お願い致します」
「ありがとう、さっきの続きだけど……ある程度人数出したら答えが解らないかしら」
「ハンプティダンプティが誰か、ですね?」
 作業の手は止めず、同時進行での会話だが、手は一切抜いていない。
「何かされてる可能性として高いのはりょうさんだって事になって今調べてるんだけど」
「ああそれで……」
 羽澄が顔を上げ向こうを見る。
 最初部屋に入った時気になったのだ、どうして背中を晒しているのかと。
「考えつくのは歌か……」
「不思議の国のアリスですよね」
 有名な所でハンプティダンプティが出てくるのはこのどちらかだ。
「落ちるもそうだけど、当てはめるのならアリスも考えられるかも知れないわね」
 予告殺人というのなら、何かになぞらえて行動するのは推理小説なら考えられる事。
「例えば狩人さんが王様で、馬はナハト? アリスがメノウちゃんだったり」
「馬……確か居たわね、騎士が乗ってて」
「鏡の国のアリスですね」
 アリスと言って浮かぶのは不思議の国のアリスだろうが、ハンプティダンプティであるのなら鏡の国のアリスの方が近いだろう。
 不思議の国のアリスはトランプを連想させ、鏡の国のアリスはチェスを題材とした話だ。
「だとしたらリリィちゃんが赤の女王か、子鹿あたりね」
「赤の女王は足が速くて子鹿は名前が思い出せないだったわよね、たしか」
 赤の王様と白の王様が居るが、ハンプティダンプティに関わるのだとしたら白の王様かも知れない。
「今のところハンプティダンプティの予想はりょうさんでしょうか」
「夜倉木さんって事も考えられなくもないわね」
「俺?」
 今まで話しに加わっていなかった文、唐突だったのだろう。
「セレブで理屈やな所とか」
「卵から想像するなら、個々で特徴のない姿の印象って事もあるわね」
「………」
「可能性がない訳じゃないからな、ジャック・ホーナーの前でどんな行動取った? それと俺達が出た時の行動も会わせれば解りやすいかも知れないな」
 草間の意見に、夜倉木が書類の束の中から報告書を引き出す。
「ほとんど言葉は交わさなかったな」
「力があるのなら、少ない言葉でも条件さえ整えば何かをなす事は可能だと思われます」
「可能性としては、強力な暗示で徐々に精神をむしばんでいくような物でしょうね」
「おかしいって感じた事はない? どんな些細な違和感でも」
 もっと簡単に考えれば良かったのかも知れない。
 誰が殺されるのか解らない不明確な予告殺人よりも、よく知った人間の方が可能性としては大きい。
「……無いとはいえないな」
「思い当たる節があるのね」
 安全と万が一を考え、書類を作成していたが……どうやら良い意味で使わなくて済みそうだ。
「ちょうど良いわ、前に夜倉木さんがあった事と今回の事を比較すればハンプティダンプティの条件が解るかも知れないわ」
「そうだな、何があった?」
 考え始めたのを見て、作業の手を止める。
 一言すら聞き逃すまい、そんな真剣さに包まれた雰囲気の中。
「そうだ、俺があいつを最初に殺す前に聞こえたんです『ハンプティダンプティの歌』が」
 言葉は交わす事すらなかったと言う。
 一瞬のやりとり。
「先ほど感じた思い当たる節とは?」
「……戻るのが、最近遅い」
 それだけでは意味をなさない言葉に羽澄は気付いたようだった。
「さっきもそうだったの?」
「……きっと」
 二人で会話を進めてしまいそうなるが、話が見えない。
「どういう事?」
「それは……」
 言っても良いものか判断に迷い、羽澄が夜倉木を見る。
「良いですよ。俺は仕事をする時にスイッチを入れるように感情を消してるんです、その代わり……反動のように普段よりもハイになるんですが……その状態が普段より少しだけ長かったものですから」
「そう言う事……」
「精神に影響しているのなら、可能性は高いですね」
 シュラインが腰を浮かしかけるが、まだ向こうは調査中のようだ。
「効果が霊的なものであるのなら、わたくしでも異常が有るか無いかだけでも判断は可能かと思いますが」
「そうね、お願い」
 意識を集中させ、夜倉木を視る事で異常と思えるような気配を探り当てていく。
「………少し、難しいですね」
 人よりも陰の気が強いのだ。
 何かを感じ取る事は出来るのだが……砂浜に落ちた星の砂を捜すように難しい。
「何かある事は感じられるのですが、断定してしまうのは難しいかも知れません。照らし合わせる何かが有ればいいのですが」
 ちょうどそんな時だった。
 汐耶がシュライン達の方に向かい声をかける。
「どうですか、こっちは一段落したので」
「助かるわ、今夜倉木さんを調べてたんだけど解りづらいらしくて」
「他と適合が可能な物が有れば断定できると思うのですが」
「それならちょうど良かった、りょうさんの調査が終わった所です」
 悠也がまとめた資料を受け取りながら、撫子が今度こそと再挑戦を試みる。
 調べた事や解った事の情報を交換しながら他に悠也が割り出した術の影響が出ている人間が居ないかを調べていく。
 保険はかけておくに越した事はない、もし調べのがした人が犠牲になったなら目も当てられない。


 ジャック・ホーナーが出会った人間はもう程なくして調べ終えるだろう。
 データーを転送し終えた羽澄がほんの少し首を傾げる。
「封印も、解除も出来ない?」
「出来ない事はないんですが、リスクが大きすぎます」
「何が起きるかは解りませんが、保留にしたほうがいいと言う事になって」
 悠也と汐耶がそろって試そうとしたらしいが、解ってしまったのだそうである。
「厄介な事になったわね」
 かけられた術はまるで神経毒のように、奥深くまで入り込み浸透している。無理に外せば障害が残るだろうし、術に関わる物を封印していては動く事すらままならない。
 こればかりは情けないともいえない。
 どちらを選んでも真っ当な選択ではないのだ。
 一人なら最悪の場合として残す事も出来るが、他に条件に当てはまる者が居た場合はそれはそのままリスクになる。
 辺りに目配せをしてから、撫子。
「この術を一瞬でなしたからには、事前の準備や高い能力が必要だったはずですが……それだけでは成立しません」
「かけられる側にも条件が必要なのではないかと」
 一方的では通用しない、それが悠也と撫子共通の意見。
 だからこそ相手の心をのぞき見、かける相手を限定させる事で効果を高め、術の効果が及ぼす時間すらも短縮したのだ。
 最小で、最大限の効果が得られるよう。
「それが、ハンプティダンプティ条件ね」
 何かしらの行動ときっかけ。
 必要なのは型にはまるパズル。
 形さえ合えば、犠牲者となりうるのだ。
「私たちが調べたのは、ジャック氏と接触した人ね。途中にパンプティダンプティの意味を考え始めた所でタイムアップ」
 今解るのは術の適合者か否かのみ。
「シュライン、向こうは全員おわって……白だそうだ」
 最後の連絡を受け、手を止める。
「これで全員ね」
 答えが出たのだ。
「接触した中では適合者は全部で3人」

 静まりかえる室内。

 それ以下でもそれ以上でもない数字。
 りょうと夜倉木とナハト。
 それが、ハンプティダンプティ。
「誰に気を付ければいいかは解ったけど問題は、どう術が発動するかですね」
 悠也の言うとおり、何かしらの行動を制御されているようだが……それが何かまではまだ突き止められていない。
「はっきりと解るまで、出来るだけここにいて貰うと言う事になりますがよろしいですか?」
「解ってます」
 バラバラに動くのは危険だ。
「場合によっては強制手段もとらないとよね」
「……了解」
 覚悟はしておいた方が良いとの羽澄の示唆にうなずく。
 絶対的に命を奪うようなもので有れば、多少無理矢理でも押さえてしまわなければならない。
「違いが出たのはどうしてでしょう?」
 ゆったりとした口調で問われたのは、誰もが考える事だ。
 条件が術に関わってくるのなら、ヒントになりうる。
「……結果がわかれば、少し行動をずらせばいいんだけど」
「……?」
 思案顔のシュラインに、リリィが首を傾げた。
「たとえば、結果がどこからか落ちるとかで有れば、人を物にずらすとか」
「なるほど、因果律を変えようと言う事ですね。その方法も使えそうですね」
 簡単に出来る事ではないだろうが、勝手に行動を書き換えたのはあちらが先なのだから、歪んだ流れを修正するという形に持っていく事は可能かも知れない。
 試す価値は十分にあるだろう。
「何か使えそうな物はないか借りてきますね」
「調べるのでしたら、ハンプティダンプティかアリス当たりでしょうか?」
「そうね、後は別の方から解術できないかも調べてみましょうか。似たような例もあるかも知れないし」
「資料を借りに私も一緒に行くわ、許可が必要になると思うし」
 動き出す汐耶と撫子を案内するリリィ達とは悠也は別の行動を選択する。
「俺は念のため結界を強めておきますから、三人はここを離れないでくださいね」
「解った」
「ここは私が見てるから」
「何かあった場合はすぐに対処できると良いのですが」
「俺は最低限の対応は出来ているつもりだが?」
「念のためよ」
 軽く頭を抱えるナハトは軽く流された。
 術にかかっている時点であまり選択権はないのだ。
「ある程度材料は揃ったから、術をかけた本人にカマをかけに行くのは?」
 答えるかどうかはずいぶんと分の悪い賭だ。
「……出来るんだったら苦労はしない」
「そもそも動かないほうがいいですよ」
 一途両断され、深々とため息を付く。
「なんかこう、煮え切らないのってキッついよなー」
「そうでもありませんよ、少しずつ進展してます」
 気を付けなければならない人物がが3人に絞られた事で大分進展した。
 それが幸か不幸かは判断しかねるが、完全に不特定であるよりはずっとましだろう。
「でもなぁ……」
「もう少し緊張感長続きしないの?」
「自分たちだって解ったしな」
 椅子に深く座り背もたれにもたれ掛かる。
「とにかく、もう少し資料を集めてきますから、大人しくしてて下さい」
 汐耶にたしなめられ、あっさりと黙り込んだ。
「……護るっても、なんかあった時危なくないのか、いっそ隔離されたほうが気分的に楽なんだけど」
「それは同感だ」
「そんな事言わないの、みんな助かる方法を今捜してるんだから」
 コツンと手の甲で軽く頭をこづいてから、羽澄が話を元に戻す。
「人手不足なのはそうかもしれないわね」
 この人数で何とかならない事はない、ここがIO2本部内だと言うことも含めて考えれば十分すぎるほどなのだが……嫌な予感は消えないのだ。
 これは今までの経験から来る、信じて良い類の感だろう。
「それでしたら」
 取りだした二枚の人型に力を注ぎ込む。
 柔らかい光に包まれ、軽い音を立て地に足をつけたのは二人の少年と少女。
「悠でーす☆」
「也でーす♪」
 ぴょんぴょんと跳びはねる二人を悠也は笑顔で落ち着かせる。
「後でりょうさんとナハトさんと遊んでいいですからね」
「おい……」
 突っ込みはあっさりと無かった事にされた。
「はーい☆」
「ナハちゃん〜♪」
「………」
 賑やかだが、能力的には頼りになる。
 守りはこれで大丈夫だろう。


 チッチッチッ………。
 繰り返される時計の規則的な音。
「……はあ」
 結界を補強し、資料を集め直してからブラックボックスでもある『何』をしようとしているのかを調べ始める。
 もう少しで解りそうではあるのだ。
「場合によっては徹夜になるかも知れませんね」
 読み終えた本をそろえながら言う悠也にシュラインが立ち上がる。
「コーヒーでも入れましょうか」
「そうだな」
「あー、リリ。錠剤貰ってきてくんないか? 眠くてしょうがない」
「解ったわ」
「……犬の状態に戻ったほうがいいか?」
「いい、人出足りないし現状維持な」

 チッチッチッ……。

 入れられたコーヒーを飲み始める頃には大分無口になっていた。
 一部を除いての話だろうが、集中し始める瞬間。
 境目がどこかなんて解らない。
 張り詰めた慎重さと眠りに落ちる直前のような曖昧さ。
「おかわりいる?」
「……いい」
 コーヒーポットを差し出すシュラインに、やんわりと首を降る
「疲れてるわね、仮眠でも取ったら?」
「悪いな羽澄、そうさせてもらう」

 チッチッチッ…。

 ページをめくる手が、携帯の電子音にピタリと止まる。
 自分の物を確かめようとして、汐耶の手が止まる。音が違う事はすぐに気付いた。
 メノウも左右に首を振る。
「……夜倉木さん?」
「済みません俺です、はい。まだ何も……はい」
 そのやりとりだけですぐに会話を終え、マナーモードに切り替えてから携帯を仕舞った。
「何か起こりましたか?」
 新しい本に手を伸ばしながら、問う撫子にあっさりと答える。
「状況を聞かれただけです」
「この本、向こうに届けて貰えますか?」
「解りました」
 汐耶から本を受け取り、席を立った。


 チッチッチッ。


 紙に書かれているのは、魔術の方陣めいたもの。
「何してるんですか?」
「むずかしそうですね〜☆」
「ふくざつです〜♪」
 悠と也にかた当たりに乗りかかられ、多少不自由そうにしながらもペンを動かす。
「……今からでも遅くない、解く事は出来ないか? 出来るなら、それに超した事はない」
 何かが起きる不安が拭いきれないのだろう。
「大丈夫ですよ、信じてください」
「もし巻き込んだら……いや、いい」
「りょうさんの様子、気になるなら見てきたらどうです?」
「……ああ」
 ナハトの背を見ながら、悠也は本を片手に微笑んだ。



 チッチッチッ……カチッ。



 近づいてくる気配に目蓋を開く。
「ダラダラしてるな、まあお前一人居なくても大して変わらないですけど」
「お前な……」
 寝ぼけた頭を振りながら、起き上がると目の前にあったのは銃口だった。
「………は?」
「……!?」
 向けられたりょうよりも驚いているのは、銃を向けた本人。
 引き金が、引かれる。
「夜倉木さん!」
 ガタリと椅子が倒れる音。
「――っ、ナハト!!」
「早くっ!」
 交錯する声。
 そして銃声。
「だめっ!」
 振り上げた剣が夜倉木へと振り下ろされ、吹き飛ばされた体が壁へと叩き付けるのが見えた。
「こ、これは……?」
 見えたのは拳を握ったままの呆然とした何をしたのか、解っていないようなナハトの表情。
 が、肩にの痛みに気付く。
 じわりと広がる血と燃えるような痛み。
「……っ!」
 肩を撃たれたのだと言うことに気付くまでに一瞬の時間を要した。
 何があったのか?
 攻撃したのだ、ナハトが、夜倉木を。
「な、ナハト……?」
 信じられない思いで視線を動かし、交互に見る。
 赤く染まったナハトが持つ剣と動かない夜倉木。
 壁に叩き付けられたままの夜倉木に駆け寄り、なにかを話していた。
「……あ?」
 どうして銃を向けられたのか?
 どうして切ったのか?
「な、なん……」
「りょう!?」
 驚いたような視線。
 二度目の銃声。
「え?」
 いつの間に、自分の手に銃が治まっているのか。
「………っ?」
 ナハトが血に濡れた胸を押さえ、後ずさる。
「っ、なっ!?」
 慌てて手を離す。
 がしゃっ。
 重々しい音を立てて床へと落ちた銃が離れるのと同時に、ナハトも崩れ落ちる。
 引き金を引いたのは、りょう。
 何故か、それだけははっきりと解った。
「―――っ!?」
 思考が真っ白になる。
 周りの声も、言葉として認識できない。

 パァン!!

 手を鳴らす音を聞いた途端、世界は暗転した。


 相変わらずこの場所は居心地が悪く、慣れそうにない。
 足音に気付き、ジャック・ホーナーが顔を上げる。
「……ひゅっ、やあ」
「これが狙いだったのね」
 先ほどと同じように一定の距離を保ったままの会話。
 今度は話が出来るだろうと解っていた。
 全て、終わったのだから。
 見下ろすシュラインの視線と言葉に、全員を見渡しクククと肩を揺らす。
「同士討ちなんて……」
 帰ってきたのは、ヒュウヒュウという音。
 ここにいて殺人なん到底不可能、出来るはずがない。
 仕組んだのは時限式の爆弾でも毒でもなく、殺し合い。
 決してうち消す事の出来ない効果で有れば、それだけでこちらのダメージは大きいのだから。
 外傷的にも、精神的にも。
「……ごぼっ、はい…ごぼぼ、良い手でしょごぼ」
 喉が裂かれている所為で、言葉は酷く聞き取りづらかった。
「誰がやったんですか?」
「夜倉木さんよ」
「そう言う事ですか……」
「さっき残ったのはそのためだったのですね」
 その場にいた羽澄の説明に汐耶と撫子が眉を細めるが、話を逸らす事もないと会話はそれで途切れる。
「殺せなかったんでしょう」
 知っていたような悠也の口調。
 実際、感づいていたのだろう。
 勘のいい人間の筆頭なのだから。
「そうよ、痛みも無いみたい」
「それも含めて、聞けば解るんじゃないかしら?」
「そうですね、今度こそ話していただけますか。あなたは、負けたんですから」
 再び視線がジャック・ホーナーへと移る。
「……敗、者…ひゅ、そうです、ね」
 空っぽの笑みと視線で見つめるのは三人の姿。
 りょう。
 夜倉木。
 ナハト。
 誰一人かける事なく無事に揃っている。
「計画は阻止させていただきました」
「あれだけ人数が同じ部屋にいて、阻止できない訳無いわよね」
「残念。でもおも、しろかった、でしょう? …ごぼごほごほっ!」
 何かを吐き出すように咳き込むのは、あまりにも聞き取りづらい。
「こうなるって解らなかったの、夜倉木さん?」
「もう話をする機会なんて無いと思ったんですよ」
 呆れたような羽澄の口調に夜倉木がサラリと答える。
「っひゅ……解けるとは、おもわなか……ごほっ」
「ギリギリでしたけどね」
 微笑み返す悠也の表情には、そんな焦りなどは見られなかったが。
「危なかったわよね、本当に」
「ナハトさんを止めるのは苦労致しました」
「ナハちゃん早いです〜」
「でしたね〜」
 会話を聞き、笑い出す。
「美味く、ごぼっっ、いったと思っ、たのに……ひゅう」
「俺だってビックリしたよ!」

 種明かしをしよう。

 本当はもっと早く解っていたのだ。
 話し合ったのは、コーヒーを入れに立った少し後。
 ちょっと細工をして3人に眠ってもらっている間に話し合っていたのである。
 狙いがターゲットを殺し合わせる事であるのは判明しても、解く事は出来ないのでは同じだ。
 むしろ説明をして自覚させてしまう事で、悪い方に向かうかも知れない。
「じゃあ逆を行ったらどう?」
 狙いを少しずらす。
 消す事が不可能なら、上から書き加えればいいと提案するシュラインに、幸いな事にそれが可能な人材は十分すぎるほどに揃っていた。
「眠らせる必要はあったのでしょうか?」
「記憶や意識は曖昧なほうがいいわ、それにリアルにやった事と感じて貰わないと成功するか解らないし」
 仕組まれた術は、最低な事に誰かが死ぬまで解けないようになっているのだから、本気でそう感じて貰わないと仕方がない。
 チャンスは一度。
「幻だって解らないようにしないと行けない訳ですね」
 状況が飲み込めた汐耶がナハトを見る。
 りょう辺りなら簡単に済むだろうが、魔術を使うナハトは気付きかけている可能性もあるし、夜倉木は感覚で幻であると気付いてしまうかも知れない。
「単純に幻で済ませる訳にはいかなさそうですね」
「ギリギリまで現実に行動させるのが確実だけど危険は多くなるでしょうね」
 何事もなかったように振る舞い、危なくなったら直前で止めながら幻術をかける。
「危険だけどそれしかないでしょうね」
 一回きりの大勝負だ。
「ある程度は誘導した方がよろしいではないでしょうか?」
「そうね、不意に動かれても困るし」
 あえてやりやすい状況を作った方が覚悟も出来るだろう。
 そんな打ち合わせの後行われたのは予定通りの殺し合い。

 現実と幻を混ぜた限りなくリアルな嘘。

 術を止める事は出来なくても、効果の発動を誘発したり出来る事は可能のようだった。
 トントンと、時計の音に合わせるように羽澄が振動を作り催眠がかかりやすい状況と、術が発動しやすい状況を作り出していく。
「……」
 一度頷き、そろそろと合図を送る。
「ダラダラしてるな、まあお前一人居なくても大して変わらないですけど」
「お前な……」
 言葉が途切れる。
「夜倉木さん!」
 始まりの合図と同時に、悠也が幻術をかけ現実と幻の境目を曖昧にさせる。
 引き金が引かれるより早く、汐耶が銃を封印し効果を無くす。
 だがそれだけではここで終わってしまう。
 銃声は……シュラインの声帯模写。
 これで夜倉木は大丈夫、そしてナハト。
「――っ、ナハト!!」
「早くっ!」
「だめっ」
 振り上げた剣が夜倉木をなぎ払うように見せかけ、その瀬戸際で悠と也が夜倉木を抱え壁ぎわへと非難させた。
 紙一重、制止の声が混ざり、動きが鈍らなければ危なかったかも知れない。
 続きを見ているナハトを撫子が妖斬鋼糸で拘束する。
 そっと移動した羽澄が、りょうにあらかじめ抜き取って置いた銃を持たせ……そして二度目の銃声。
「りょう!?」
 もちろんこれも演技で嘘。
 りょうが見ているのは、続きの光景。
「っ、なっ!?」
 ガシャリと銃が落ち、ナハトをタイミング良くくずおれさせる。
 呆然と立ちつくすりょうに、もう大丈夫だろうと悠也が手を鳴らし幻を解く。
 パァン!!
 呆然としていて、何が起こったか解らないような表情。
「…………」
 狐につままれたなんて言葉を言い表すなら、まさにこれ以上の例えはないように思えた。
「大丈夫ですか、りょうさん?」
 返事はない。
「……………」
 羽澄がりょう目の前でヒラヒラと手を振るが、これも反応がなし。
「―――っ」
 反応が早かったのは、夜倉木だ。
「有ちゃんおきました〜☆」
「どっきりでーす♪」
「……どっきり……いえ、勢いが良すぎて背中を打ったんですが、まあ助かりました」
 術が解けた事を汐耶とメノウが確認する。
「こちらは大丈夫のようです」
「はぁ………」
 深々とため息を付くナハトに、もう平気そうだと撫子が縛り付けていた妖斬鋼糸の戒めを解き微笑む。
「もう大丈夫です、安心なさってください」
 効果が感じられなくなったのは確認済だ。
 そして、りょう。
「本当に大丈夫?」
「効き目、有りすぎましたか?」
 ようやく動きを見せたが、ギギギと錆びたような不自然な動きだ。
 りょうの足下に来た悠と也がペシペシと足を叩いたりしている。
「だいじょうぶですか〜?」
「ドッキリですよ〜♪」
「えっ、うっ、あっ………なっ、なっ、なっ、なっ……ななっ?」
 まだ何が起きたか解っていないらしい。
「誰も死んでいませんし、殺しても居ませんよ」
 ゆっくりとした言葉で話す事で、少しは落ち着いたようだが……。
「……でも、銃声とか」
 少し壊れ気味なのは誰の目からも明らかだった。
「りょうさん、銃声は私よ」
「タイミングの良さを流石ですね」
 シュラインの声帯模写。
 それが彼女の特技である事を反芻してから。
「………血とか、ばーって、血は!?」
「幻覚よ」
 はっきりと言いきられ、ヘタリと座り込んだ。
「すいません、リアルすぎたみたいですね」
「…………うああああああ!!! 冷静そうな顔しやがって」
 ようやく状況を飲み込んで緊張の糸がようやく切れたらしい。
「もう少し穏便に済ませる事も出来たのですが、気づきかけていらっしゃる方がいたので」
「三人一緒に解いた方が安全ですから、こうさせて貰いました」
 おっとりとした撫子と冷静な汐耶の説明。
「って、ことは!」
  りょうか勢い良く夜倉木とナハトにビシリと指を突きつける。
「お前も! お前も! 気付いて黙ってたのか!!」
「薄々、何かしてるな程度には」
「……悪い、言う訳には行かなかったからな」
「ナハトさん勘が良すぎますから、正直ヒヤリとしましたね」
 言いながらも、悠也の表情からはヒヤリなんて物は感じ取る事は出来なかった。
「ここまで気付いて無いのりょうだけよ」
「らしいといえば、ね」
「俺で和むなあああああああ!!!」
 床を叩き始めて落ち着かせるのにしばらくかかったのだが……それはあくまでも余談だ。
 そうして、ジャック・ホーナーの拘留される部屋に来たのである。



「残念だったわね、アリスは夢から覚めて現実に戻るのよ」
 ハンプティダンプティを呪に用いたのだから、切っ掛けに利用したのだ。
 マザーグースの歌に出てくるハンプティダンプティからアリスに出てくるハンプティダンプティに書き換えたのである。
 これなら無かった事で終わらせられるから。
 ヒュウヒュウと息が漏れる音が止まり、口を開く。
「お……えてあげよう、術が、発動するのは……」
 何とか聞き取れた答え。
 それは『誰かを殺した事のある者がハンプティダンプティを聞く事』だ。
 一度やった行動を繰り返させるのはとても容易い、一線を越えたのなら尚更だろうと言い切った。
「偽善者君、目が覚めただろ、結局は………」
「……黙れ!」
 ナハトが胸ぐらをつかみ上げる。
「待てって!」
「落ち着いてください」
 りょうと悠也が止めにはいるが、一度火がついたナハトの怒りも止まらない。
「止めるな! こいつは俺なら殺せるんだ!!」
「ナハト!!」
「挑発に乗らないでください」
「―――っ」
 その直後の事だった。
 それまで聞き取りずらかった声が、別の何かに変わり響き渡る。
『あはは、あはははは!! 時間だ! いったでしょう、人を、殺してハンプティダンプティだと、パンプティダンプティは死ぬと!!』
 ゴウッとジャック・ホーナーの全身が火に包まれる。
「なっ!?」
『僕も、ハンプティダンプティなんですよ』
「離れて!」
 声と共に玻璃色の障壁が炎を防ぐ。
『……はは、はははは!』
 真っ赤に染まる部屋の中央で、動く人の形をした者は、まるで踊る人形のように見えた。
『あははははは!!!』
「封印……っ!」
「無茶です、お姉さんも下がってくださいっ」
 特殊な力が働いているのか、火は消えない。
 拘束を解き結界事焼き払っていくのに気づき結界を張るが……間に合うかどうかは微妙だ。
「間に合いません、防御に切り替えます」
「それがいいでしょうね」
 判断の速さは、正解だった。
 逃さないための結界から、護るための結界に切り替える。
 ゴウと熱風が部屋を凪ぎ払う。
「―――っ!」
 目を開けた時には、床には灰しか残っていなかった。
 目の前には何かが爆発した様にメチャクチャになった壁。
 爆弾は、本人だ。
「こんな事までするなんて」
「最初から体事捨てるつもりだったんだな」
 草間がポツリと呟く。
 トカゲのしっぽ切り。
 おそらく本体か、別の体がどこか別の場所にあるのだ。
「……逃げられてしまいましたね」
「そうでもありませんよ、場所は……解ります」
 あの短時間で追跡できるような仕掛けは施していたらしい。
「みんな怪我はない?」
「シュラインは?」
「私は大丈夫よ」
 グルリと見渡しそれぞれの無事を確認し会う。
「みんな無傷みたいね」
 誰も傷一つ無いようだった。
「……はあ」
 座り込んだりょうがタバコをくわえ、眉をよせる。
「……あれ?」
「っ!?」
 ナハトが勢い良く振り返り、りょうのコートごとまくり上げて背中を確認する。
「……能力はどうしたんだ!!?」
「あっ……」
 その一言は絶望的な声で響いた。
「と、盗られた」





【続く】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【0164/斎・悠也/男性/21歳/大学生・バイトでホスト】
【0328/天薙・撫子/女性/18歳/大学生(巫女)】
【1282/光月・羽澄/女性/18歳/高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員】
【1449/綾和泉・汐耶 /女性/23歳/司書 】

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■         ライター通信          ■
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参加していただいた皆様ありがとうございます。
『ハンプティ・ダンプティは二度死ぬ』前半をお届け致しました。
個別は、
夜倉木と一緒にいたか居ないかの部分。
調査の前半で2分割。
後半は同一です。

オープニングで出した問題の答えは作中に有るとおり、
『誰かを殺している(殺しかけた)事とハンプティダンプティと聞く事』でした。
同士討ちになるように仕組んでいたので
『バラバラにならないように』と言うプレイングがなかったら修羅場になっていました。
『精神干渉の後がないかを調べる』と言うのが出ていなかった場合も危なかったかも知れません。

それでは、後編もお付き合いいただければ幸いです。