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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


草間犯科帳【前編】
●オープニング【0】
「うちは芸能プロダクションじゃないんですがね」
「そこを何とか、頼む! ちゃんと金は払う!」
 困った様子の草間武彦に、両手を合わせ頼み込んでいるのは『あぶれる刑事』や『魔法少女バニライム』などの監督でお馴染みの内海良司である。さて、いったい何を頼んでいるのかというと――。
「俺の後輩が困ってるんだ。先輩としては力になってやりたくてなあ」
 内海の話によると、大学の後輩である真鍋達夫(まなべ・たつお)という演出家が、今春開始予定の時代劇『八丁堀裏同心・闇を斬る!』で監督デビューするのだという。ちなみに撮影場所は関東近郊のいわゆる時代村だそうだ。
 で、先日飲んだ際に何故かエキストラが集まらないと相談され、内海は先輩として一肌脱いでやろうとしていたのだった。
「分かりましたよ。見学だけの奴が居てもいいんなら、声かけてみますよ」
 根負けしたのか、草間は溜息を吐いてから内海の頼みを引き受けることにした。
「時代劇ですか」
 そこにお茶を持って、草間零がやってきた。
「あれですよね。長い階段をごろごろと落ちていく」
「そりゃまた別の奴だ」
「え。じゃあ、『よひではなひか』と言いながら帯を持って」
「それは即刻忘れろ。というか、誰だ! 零に変なこと教えたのは!」
 何はともあれ、時代村に行ってみますか?

●現場が動き始めた【1】
 関東某所時代村――撮影現場の朝はかなり早い。まだ朝靄のかかる頃合から、スタッフが準備のために現場を動き回っている。
「はい、山口さん入りまーす!」
 ADらしき青年の声が現場に響き渡った。見れば背丈の低い小柄な少年が普段着のまま、現場に顔を出した所であった。
「おはようございます!」
 元気よく挨拶する少年――いや、違う。集められていたエキストラの一団の中から、こんな驚きの声が上がっていた。
「えっ? sanaも出てるのっ?」
 sanaと呼ばれた男性、山口さなは『imp』というグループのベーシストである。つまりアーティストだ。少年のように見えるが、これでももう30歳を越えている。
 そんなさながここに居るということは出演者であるのだろうが、果たしてどういう役所で出演するのか。さなは現場のスタッフに挨拶を済ませると、衣装に着替えるため衣装部屋のある方へと向かっていった。
 忙しそうにスタッフが動き回る現場。そこからちょっと離れた所に、見学者の一団が居た。一般客ではない。草間たちである。
「なーんか、知らない役者さんばっかり……がっかり」
 と言って小さな溜息を吐いたのは村上涼だった。きょろきょろと現場をくまなく見渡してみたのだが、かろうじて『あ、他のドラマでちょい役だった人だ』という役者を2、3人見かけたくらいであった。
「有名所の人は、もうちょっと遅く現場入りするんじゃないかしら。ね、武彦さん」
 シュライン・エマが草間に同意を求めた。確かにそういう面はあるのかもしれない。
「そうだな。駆け出しやエキストラと、大御所なんかじゃ待遇も違うだろうからな」
 頷く草間。その後ろでは真名神慶悟が小さくあくびをしていた。
「草間……俺たちも朝早く来る必要はあったのか?」
 慶悟はそう言い、またあくびをした。どうも朝早いのは苦手らしい。
「エキストラ出してるからな。何か問題起こされたら、俺が責任取らにゃいかん。そういうことだ」
 草間が苦笑いを浮かべた。
「……まあ、こういうのもたまにはいいか」
 草間の言葉に一応納得した様子の慶悟。懐から煙草を取り出し、1本口にくわえた。そして火をつけようとした所、隣に居る何やら大きな風呂敷包みを手にした綾和泉汐耶から一言ぴしゃりと飛んだ。
「ダメよ。禁煙だって、さっきスタッフの人が言いに来たでしょう?」
「……禁煙だったか」
 ライターを仕舞う慶悟。草間が振り返ってニヤリと笑った。
「終わったら思いっきり吸うか?」
「ああ」
 慶悟が短く答える。が、零から窘めるような一言が飛んだ。
「吸い過ぎもダメですよ」
「分かってるさ。誰が馬鹿みたいに、1度に5本や10本吸うもんか」
「じゃあ、1本を根元まで吸うつもりでしょ」
 今度はシュラインからきつい一言が飛んできた。
「う……」
 言葉に詰まる草間。図星だったようだ。
「……吸うよなあ?」
 草間が同意を求めようと、慶悟に話を振ってくる。そこに1人の男性がやってきた。細身の30代半ば、何だかほわんとした雰囲気の男性である。
「すいません、草間さんというのは……」
「はい? 草間ですが」
 男性の方に向き直る草間。すると男性は草間の両手をぎゅっと握って、こう言い放ったのである。
「どうもありがとうございます!!」
 両手を握ったまま、深々と頭を下げる男性。一瞬呆気に取られる一同。
「あなたのおかげで何とかエキストラが集まりました! 本当に助かりました!!」
 男性は笑顔で草間に感謝の言葉を述べていた。
「あー……そうすると、あなたが真鍋さんですか」
「ええ。今回の作品で監督を務めさせていただいてます、真鍋達夫です」
「あのー、監督さん。ちょっと聞きたいことがあるんですけどー」
 草間と真鍋の会話に、涼が割り込んできた。
「何ですか?」
「えーと、時代劇エキストラって金属バットじゃダメ?」
「……はい?」
 涼の言葉に真鍋は目が点になった。
「お前はまだ言うか」
 呆れたように頭を振る草間。先日同じことを涼に言われ、草間はエキストラのリストから速攻で外したのであった。
「さすがに金属バットはあれでしょう」
 苦笑する真鍋。当たり前の反応だった。

●エキストラ顔合せ【2】
 真鍋が草間たちの所へ挨拶に行っている頃、エキストラの一団には台本が配られていた。といっても1人1冊とはいかず、3人程度で1冊という配分だったが。
「あら……? 題名……少し変わったのね……」
 台本を受け取り表紙を見て、エキストラの一員だった巳主神冴那はすぐにそれに気付いた。
 草間から聞いた話では『八丁堀裏同心・闇を斬る!』だったのに、何故か台本では『八丁堀裏同心・闇を討つ!』となっていた。
「八丁堀裏同心……闇を斬る……素敵な題名だったのに」
 少し残念そうな様子の冴那。足元には大きめのバスケットが置かれていた。
「……どっかで聞いたことある名前だったから、かな」
 同じ台本を見ていた藤井葛は、このタイトル変更をさほど意外とも思っていない様子だった。そして冴那から台本を受け取り、ぱらぱらと捲ってゆく。
「ええと、どれどれ。主役は八丁堀の同心……昼行灯なのか。ますますもって、どっかで聞いたことある内容だな……」
 苦笑いを浮かべつつも、内容に目を通してゆく葛。
 簡単に言うとこの時代劇、普段の顔は昼行灯の役立たずな八丁堀同心だが、実は江戸南町奉行直属の裏同心という顔を持つ主役が、江戸の街にはびこる悪を成敗してゆく、という内容である。
「ふん、なるほど……江戸中期辺りの設定か」
 同じように台本を読みつつ、ぽつりとつぶやいたのは不動修羅という硬派な雰囲気漂う少年である。
「……より実物らしい方がいいか」
 続いてつぶやく修羅。エキストラといえども、ちゃんと役作りを考えているようだ。立派な傾向だといえよう。
「現場ってのは、こんな風になってんのか」
 その近くでは、物珍し気に現場を見回していた革のジャケットを羽織った赤茶色の髪の青年が居た。煙草をくわえていた向坂嵐である。
 嵐は何気なく煙草に火をつけようとした。その途端、叱責の声が飛んできた。
「こらエキストラ! 何煙草吸ってんだ、ここは禁煙だぞ!!」
 年長のスタッフが嵐を叱りつけた。嵐はその物言いに対し一瞬むっとした様子だったが、無言でくわえていた煙草をポケットに仕舞い、軽く頭を下げた。
「たく、監督様直々に集めてきたエキストラか? 使えんのかねえ、あんなの」
「そうスよね、タケさん!」
「ま、せいぜい言われた通りにやってもらうか。何しろ監督様直々だもんなあ、それくらいは出来んだろ」
 『タケさん』と呼ばれたその年長のスタッフは、エキストラ連中にも聞こえるような声で嫌味ったらしく言った。
 この場に居たエキストラはだいたい20人ほど。少なくはないが、特別多いという訳でもない。その大半は、今の年長のスタッフの言葉を聞き、畏縮しているようであった。
「エキストラの皆さん、おはようございます」
 監督の真鍋がやってきたのは、ちょうどそんな時だった。
「早朝から集まってもらって感謝しています。他の現場でエキストラを経験された方はもしかすると多少困惑するかもしれませんが、僕には僕のやり方があるということで。えー、その辺りはご理解願いたいと思います。じゃあ今から1人ずつ、基本的な役所を設定してゆきたいと思いますんで、そのまま待っていてください」
 真鍋は挨拶を済ませると、エキストラたちのすぐそばを回っていった。最初に向かったのは冴那の所だ。
「何か希望はありますか?」
「そうね……素敵な着物が着たいわ……」
 役所の希望を聞かれ、微妙なわがままを言ってみる冴那。
「素敵な着物を着ていればいいんですか?」
「着物姿は……昔はお座敷で少しはならしたものよ……」
「ははあ、お座敷」
「疑っている……かしら? 愛想が悪い、なんて言われたこともあるけれど……人気はあったのよ……?」
 などと、つらつら語る冴那。すると真鍋は冴那をじろじろと見、若干思案してからこう言った。
「……幽霊やってみますか?」
「幽霊?」
 話の飛び方に、きょとんとなった様子の冴那。何故お座敷からいきなり幽霊に飛ぶのか。
「詳しい話は後程に。次は……じゃ、あなた」
 今度は葛の所へ向かう真鍋。
「希望はありますか?」
「何でもいいよ。男役でもオーケー」
 さらっと答える葛。エキストラ、そんなに目立つこともないだろうし、これといった希望は葛にはなかった。
「ちなみに、運動は得意ですか?」
「……まあそれなりに」
「ふんふん、なるほど。女剣士……そういうラインがいいかなあ」
 ぶつぶつと言いながら、真鍋はまた別のエキストラの所へ向かった。
 しばらくして、真鍋が嵐のそばへやってきた。
「希望はどうです?」
「侍か浪人……ってとこか。殺陣もやってみたいしな」
 希望を聞かれ、特に悩む様子もなく答える嵐。すでに希望はまとまっていたようである。
「殺陣の経験は?」
「刀とかは扱ったことないぜ。けど、殺陣と実際の剣術とは違うらしいんだろ?」
「そうですね、あれは似て非な物ですからね。いい殺陣師も居ますから、その辺は大丈夫でしょう。んー……浪人の方が似合うかな。まあまた後程に」
 嵐の次に真鍋が向かったのは修羅の所であった。
「えっと、希ぼ……」
「武士で」
 真鍋が皆まで言う前に、修羅がきっぱりと答えた。
「なるほど。君はそういうの似合いそうだね。まあ、血気盛んな若侍……かなあ? さっきの彼にも聞いたけど、殺陣の経験は?」
「全く問題なし」
 再度きっぱり答える修羅。嘘を吐いているようには見えないので、きっと大丈夫なのだろう。
 このようにして、エキストラ全員に役所の方向付けがなされてゆき、この後で各々に見合った衣装に着替えに行くことになるのだった。

●スポンサーは神様です【3】
「おーい、真鍋くん!」
 エキストラ全員に対し、真鍋が役所の方向付けを終えた時だ。背広姿の中年男が真鍋のことを呼んだ。そこに居たのは背広姿の中年男が3人と、眼鏡をかけた可愛らしい少女の4人であった。
「あ、はい、何でしょうか、常務?」
 駆けてくる真鍋。どうやら中年男は制作会社のお偉い方の1人であるようだ。他の中年男たちも同様だろう。しかし、1人居るこの少女はいったい?
「こちら、紹介しておこう。スポンサーの1つ、シルバーフィールド社の社長ご令嬢だ」
「初めまして、銀野らせんです」
 少女――銀野らせんは常務の言葉を受け、自己紹介をしてからぺこんと頭を下げた。
 ちなみにシルバーフィールド社というのは、日本でもトップクラスに位置する玩具メーカーである。『何故時代劇に玩具メーカーがスポンサーを?』などと決して思ってはいけない。企業の戦略であるのだから。
「ああ、どうも。監督の真鍋達夫です」
 真鍋がにこやかに挨拶を返すと、常務が話しかけてきた。
「本日撮影の様子をご見学なされたいということなので、くれぐれもよろしく頼んだよ、真鍋くん」
「はあ。僕としては撮影に支障がなければ、見学は別に」
「だそうですので、どうぞ楽しんで帰っていただきたく思います。では、くれぐれもお父様によろしくお伝えください。じゃ、真鍋くん。スポンサーのご令嬢だから、丁重にな」
 常務たちはらせんにぺこぺこと頭を下げると、後を真鍋に託して帰っていった。
「スポンサー、スポンサーって、スポンサー様がそんなに偉いのかねえ。常務もあれだな」
「そうスよね、タケさん!」
 『タケさん』と呼ばれたその年長のスタッフ――真鍋より年上のようだ――は、らせんにも聞こえるような声で言い放った。すると窘めるように真鍋が言った。
「武田さん。独り言はもう少し小さな声でお願いしますよ」
「あー、聞こえてましたか。はいはい、分かってますよ、監督」
 『タケさん』こと武田はそう言うと、何人かのスタッフとともに別の場所へ向かっていった。
「あの、今のは……」
「助監督の武田さんです。悪気があって言ってるんじゃないとは思うんですけど……すいません」
 真鍋は苦笑いを浮かべ、らせんに謝った。

●主役登場【4】
「主演・中山平蔵役、福村さん入りまーす!!」
 現場に若いスタッフの声が響き渡った。やってきたのは40歳前後といった感じだろうか、よれよれっとした同心衣装に身を包んだ細身の中年男性俳優だった。
「お、あれは」
 その中年男性俳優を見て、意外そうに草間がつぶやいた。
「ご存知なんですか?」
 汐耶が草間に尋ねた。残念ながら汐耶には見覚えがなかった。
「確か斬られ役専門……じゃないな。そういう役所が多い大部屋俳優だろ? 今年の初め頃に『松子の部屋』に出てたぞ。福村清二とかいったかな。そうか、主演なのか」
「だとしたら、これが初主演なんじゃ」
「そうなるんじゃないか? にしても、思い切ったキャスティングしてるな」
「どういう台本……?」
 首を傾げる汐耶。そして後でどうにかして、台本を読ませてもらおうと思う汐耶であった。
 同心姿で現場に入った福村に、真鍋が二言三言話しかける。それからすでにカメラなどが待機している橋のたもとに向かった。
 橋のたもとには、ずぶ濡れになった職人風の装いの男がうつ伏せに倒れていた。どうやら福村演ずる中山が、この職人風の男を発見するシーンから撮影するようだ。
 こうして、本日の長い長い撮影が始まった――。

●傾奇者、事故を未然に防ぐ【6A】
「ああ、監督! 助けてください!!」
 B班の撮影現場に到着した真鍋に、若いスタッフが半泣き状態で駆け寄ってきた。
「どうかしたんですか?」
「エキストラの若いのと、殺陣師さんが喧嘩してるんですよぉ! このままだとやばいですって!」
 真鍋に訴える若いスタッフ。さて、いったいどういう状態かというと――。
「エキストラが口答えしてどうする! わしの言った通りに動けばいいんだ!」
「……貴殿にとやかく言われなくとも、人を斬る術は心得ている」
 顔を真っ赤にして怒っている殺陣師に対し、極めて冷静に返している若侍姿の修羅。その目はまるで人斬りのごとく、冷徹であった。
「何なら、貴殿のその身体で身をもって示してもよいのだぞ。……この新撰組三番組隊長・斉藤一が」
 刀の鍔に指をかける修羅。どうやらとんでもない霊を降ろしてきているようだ。
「久しく人は斬っておらぬが……」
 冗談ではない、本気だ。このままゆけば間違いなく抜刀し、一撃を殺陣師に叩き込むことだろう。
「はい、そこまで! そこまで!!」
 が、そこで真鍋が割り込んできた。そして修羅の肩をつかんで、諭すように話しかける。
「君、いい意気込みだね。しかしこのシーンは人を斬るんじゃないからね。ちょーっと、方向性が違うかな?」
「……御意」
 やや間があって、修羅が返事をした。次の瞬間、修羅の雰囲気が変わったような気がした。
「じゃ、殺陣師さん。もう1度お願いします」
 真鍋が殺陣師に促した。すると、修羅が不意に尋ねてきた。
「……ここは何処の街だ?」
「あれ、言ってなかったかな。江戸の街だよ」
「ほう、あの徳川のたぬき爺のお膝元か!」
 ニヤリと笑って、楽し気に言う修羅。先程までとは、全く雰囲気が変わっていた。
「いつのまにこうもあか抜けた街にしたのか……さすがたぬき爺」
「今度は誰のイメージだい?」
 苦笑し、尋ねる真鍋。
「うん、オレの名か? 前田慶次……と言っても、知らぬか。わーっはっはっはっは!」
 修羅は豪快に笑った。なるほど、今度は前田慶次の霊を降ろしてきたらしい。
 修羅はおもむろに腰の刀を引き抜いた。
「何だぁ、このなまくら刀は? これじゃあ斬れる物も斬れはせんぞ、んんー?」
 刀身を見、苦笑する修羅。まあ撮影用の刀なので、なまくらで当然のはずだが……何故か殺陣師の顔色が変わった。
「ちょっと待て! その刀貸してくれ!」
 殺陣師は修羅から刀を奪うように取ると、じっと刀身を見た。
「これ……本物の刀じゃないか! 誰だ、こんなもん用意したのは!!」
 何ということか、修羅に渡された刀は本物の刀であったのだ。現場はちょっとした騒ぎになったが、どこかで混じってしまったのだろうという結論にひとまず落ち着いた。
 なお、この騒ぎの影響でこのシーンは後回しとなってしまい、修羅は別のエキストラ役を演ずることになったのだった。

●昼行灯、裏の顔【8A】
 長屋のそばでの撮影が行われていた。この場に居た役者は福村と、エキストラの修羅の2人だけ。その修羅は何故か職人風の装いに身を包んでいた。
 カメラが回り、画面奥から手前に向かって福村が長屋そばの道を歩いてゆく。
「八丁堀」
 それを脇道に居た修羅が、懐から出した飾り物を鳴らして呼び止めた。どうやら修羅が演じているのは飾り職人の若者のようだ。
「……おう、お前さんか」
 立ち止まり、振り返らぬまま答える福村。
「気を付けな。蝿が2匹、ぶんぶとまとわりついてるぜ」
 修羅が静かに福村に伝えた。
「分かってらあ。こちとら百も承知だ」
 福村はそう言い残し、また歩き出す。修羅は飾り物を懐に仕舞うと、脇道に引っ込んでいった。そして、真鍋からカットがかかった。
 このシーンは福村演ずる中山の、裏同心としての一面を見せる物であった。裏同心である中山には、このような手下が居るというのを視聴者に伝えたのである。

●イメージ通り【8B】
「いいタイミングでしたねえ。おかげでこっちも芝居がやりやすかったですよ」
 長屋そばでのシーンを撮り終え、福村がにこやかに修羅へ話しかけてきた。そこに真鍋もやってきた。
「うん、イメージ通り! それっぽくてよかったよ、君!」
 真鍋もこのシーンの出来に満足だったようだ。それも当たり前な話で、今の修羅は実際に昼行灯な八丁堀同心の知人だった飾り職人を降霊していたのだから……。
「で、どうだろう。今度また、同じ役柄で出てみないかい?」
 修羅に今後のオファーをかける真鍋。知らぬは周囲の者たちばかりなり。

●差し入れ【10C】
 午前11時過ぎ。撮影B班に居た俳優やエキストラ、スタッフ一同は一足早い昼休憩に入っていた。
「ああ……よかったら、これどうぞ。差し入れです」
 ロケ弁当を取りに向かう一団を呼び止め、汐耶は大きな風呂敷包みを差し出した。
「これは?」
 スタッフの1人が汐耶に聞き返す。
「お弁当ですけど」
「え、ほんとに? おいみんな! 弁当の差し入れだ! ロケ弁じゃないぞー!!」
「本当か?」
「嬉しいねえ、ロケ弁には飽き飽きしてたんだよ!!」
 わらわらと集まってくる俳優やエキストラ、スタッフ一同。
(……足りるかしら?)
 その人数に量の心配を始める汐耶。多く作ってはきたが、この人数だとどうだろう――そう思われた時だった。
「俺も……お弁当を作ってきたのだが」
 と言って、葛も重箱を持ってきたのである。これを見たスタッフの喜びといったらもう!
「ひゃっほーい! 今日の昼飯はかなり豪勢だぞー!!」
「タケさんは居ないなっ? あの人居たら、全部持ってくもんな?」
「居ない居ない。取り巻きも含めてA班の方だろ」
 かくして(スタッフにとっては)豪勢な昼食が始まった。基本的に2人ともおにぎり中心で作ってきていたが、汐耶の作ったアスパラガスの牛肉巻きや、葛の作った大豆とひじきの煮た物は一際好評であった。
「いいなあ……家庭的で」
「お袋元気かなあ……」
 こんな声が漏れてくるのだから、たいしたものである。
「むう、素朴にしてこの味わい……! 塩加減といい、米の炊き方といい……このわしを試すつもりか!」
 修羅はどちらのか分からないがおにぎりを手にし、険しい表情を浮かべていた。……というか、あんた誰だ?
「……旨いじゃん、どっちも」
 両方のおにぎりを摘んだ嵐は、そんな素直な感想を残すと大部屋の方へ向かっていった。

●ある事件【10D】
 穏やかに昼食が続いていたそんな時だった。1人のスタッフが慌てた様子でやってきた。
「大変だ! 向こうの倉庫で煙が!!」
 その報告に昼食を中断し、慌てて倉庫へ向かうスタッフたち。その中には汐耶や葛、修羅の姿も混じっていた。
 現場は倉庫のベニヤ板や木材などが置かれている場所であった。しかし行ってみると焦げ臭い匂いはあったものの、火も煙も見当たらない。
 しかし何故かベニヤ板が1枚、端の一部分がまるでドリルで削られたかのように丸く抉れていた。
「おい、何か落ちてるぞ」
 そしてベニヤ板の前に落ちていた物。封の開いた煙草とライター、そして微塵になった煙草の吸殻であった。
「誰かここで煙草吸ったんだな……。後で持ち主を探してみよう」
 さて、いったい誰がここで煙草を吸ったのだろう?

【草間犯科帳【前編】 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
     / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 0376 / 巳主神・冴那(みすがみ・さえな)
          / 女 / 妙齢? / ペットショップオーナー 】
【 0381 / 村上・涼(むらかみ・りょう)
                    / 女 / 22 / 学生 】
【 0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご)
                   / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 1312 / 藤井・葛(ふじい・かずら)
                    / 女 / 22 / 学生 】
【 1449 / 綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)
               / 女 / 23 / 都立図書館司書 】
【 2066 / 銀野・らせん(ぎんの・らせん)
          / 女 / 16 / 高校生(/ドリルガール) 】
【 2380 / 向坂・嵐(さきさか・あらし)
              / 男 / 19 / バイク便ライダー 】
【 2592 / 不動・修羅(ふどう・しゅら)
           / 男 / 17 / 神聖都学園高等部2年生 】
【 2640 / 山口・さな(やまぐち・さな)
             / 男 / 32 / ベーシストSana 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全24場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせしてしまい申し訳ありませんでした。ここに時代村での時代劇撮影を扱ったお話の前編をお届けいたします。……何だかどこかで聞いたことあるような設定もありますが、それはそれとして。1つ確実に言えるのは、真鍋が撮ってるのは普通の時代劇ではないということですね。それこそ反発も喰らうような。
・諸々のことは後編で語りたいと思いますが、結末がどのようになるにしろ、1つだけ肝心なことを言っておきますね。『今の時代村には一般客も居ます』と。どうかこの点、お気を付けください。
・不動修羅さん、初めましてですね。読んでて楽しいプレイングでした。その結果は本文の通り。事故を1つ未然に防いでいます。あと、OMCイラストをイメージの参考とさせていただきました。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。