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<東京怪談・PCゲームノベル>


『千紫万紅 ― 4月の花 杜若の物語 ― 』

 球体を成す水晶。それをどんぐり眼をぱちくりと瞬かせながら覗き込む虫…もとい、スノードロップの花の妖精。
 その彼女の様子につい微笑んでしまう。
 知らなかった。自分がこんなにも小動物に弱いとは。
 セレスティは水が半分注がれているグラスの淵をそっと指先で弾いた。奏でられるのは澄んだメロディー。
 その音色が生み出した余韻に合わせて歌うように、彼女は驚きの声をあげる。
「ふぅうわぁー」
 そう、それは小さな小さな水の雫。水の結晶を寄せ集めて凝縮したそれはものすごい透明感を誇り、彼女が今まで覗いていた水晶よりも美しい光を発していた。なるほど。平安時代に生きたかの歌詠みの女性のセンスはやはり見事な物だ。セレスティが弾いたグラスの中に注がれていた水から浮かび上がったその小さな雫は生きているようにスノードロップの前に飛んでいく。
 その水の珠を両手で持つ彼女はなんだか初めて雪を見た仔犬かのような顔で、本当に純粋無垢な笑みを浮かべた。セレスティはそれに浮かべていた笑みを深くする。
 そして彼は自分の座るデスクの前に置かれた応接用のソファーに座る人物に視線を向けた。
「お話はわかりましまた。なるほど、確かにそれは哀しい話ですね。白さん」
「はい。二人は前世の因縁故に出逢い、愛し合い、そしてその前世の因縁故に苦しんでいます」
 セレスティは肩をすくめながら、小さくため息を吐く。
「両想いな二人に何も疑うべき想いは無いとは想うのですが、前世の記憶のせいで二人が縛られるのには今の自分たちの生をないがしろにしている気はします。生きているのは前世の二人ではなく、現在の二人なのですから。そこを須藤氏と雪菜嬢に理解してもらわねばならないようですね」
「そうですね」
 セレスティはにこりと微笑み、組んだ指の上に形のいい顎を乗せる。
「よろしい。この二人の心を縛る前世と言う枷は私がはずしましょう。お任せください」
「お願いします」
「しますでし」
 ぺこりと頭を下げた白さんに倣って、同じく両手で水の珠を持ったまま頭をぺこりと下げたスノードロップにセレスティはわずかに目を見開くと、その次の瞬間にくすくすと笑いだした。
 そんなセレスティにスノードロップは小首を傾げ、そしてその様子がまたセレスティをさらに笑わせるのだった。


 ******
『逃げるのかよ、彼女から?』
 友人にそう言われた言葉が心に突き刺さっていた。
 殴られた頬も。
 親友の彼は彼女の事が好きで、だけど自分も彼女の事が好きで、そして自分たちが想いを寄せる細井雪菜も自分の事が好きだと知ると、競いあうどころか二人の仲を何とかとりまとめようと力を注いでくれた。
 本当にそんな彼を自分はいい奴だと想った。そしてどうして彼女はまともに口も利いたことのない自分なんかを好きになって、彼を好きにならないのだろう? と本気で疑問に想った。
 そしてそう想った自分を失笑した。
 ばかだ、ばかだと想っていたが、本当にそんな事を考えるなんて大ばかだ。
 そんな自分には本当に彼女を想う資格など無いと想った。
「お似合いだよ、おまえら・・・」
 フランス留学を決めたのはだから。
 邪魔者の自分が消えれば、きっと彼女は自分の事なんか忘れてくれるし、そして後は彼がちゃんとやってくれる。
 もう日本に帰ってくるつもりも無いし、彼女や彼と連絡を取るつもりも無い。
 逃げる?
 確かにそうだ。
 自分は彼女から…細井雪菜から逃げるのだ。
 彼女を見つめるたびに、想うたびに心に思い浮かぶ紫の杜若。
 それが自分に告げる。教えてくれる。
 前に自分は決定的に彼女を不幸にし、哀しませたのだと…。
 須藤礼は自分の手を見つめる。
 ―――絵を描くためだけにあると想っていたこの両手。
 だけどこの手で紡ぎたいのは今はもう絵じゃない。彼女との幸せ。
 そしてこの絵を描くためだけに存在しているのだと信じて疑わなかった手で、彼女を抱きしめたいと切に望む。
 だけど・・・
 だけど・・・
 だけど・・・ダメなんだ・・・・・・。
 そう想うこの手はだけど彼女の涙に濡れている。
 この手でほんの少しでも彼女に触れれば、その手はまた彼女の涙に濡れてしまう。大切な彼女をまた自分が泣かせてしまう。


 それがイヤなんだよ、ほんとうに・・・


 だから彼女を泣かす事しかできない自分は消えるのだ。
 そう、それでいい。
 自分の事が好きな彼女は傷つき泣くだろうが、だけどきっとその傷はあの優しい親友が癒してくれる。
 そして自分はこの胸に宙ぶらりんになった彼女への想いを抱いたまま独り生きていくのだ。
 そう、それでいい。それがすべてに対する自分の贖罪の方法。
 溢れ出る望みと言えば、彼女が幸せになってくれる事だけ。ただそれだけ。その隣にいるのが自分でなくていい。いや、いないから彼女は笑えるんだ。だから自分は・・・


 消えるんだ。


「はぁー」
 礼は大きくため息を吐いた。
 その彼の目の前に唐突に、
「ため息を吐くと吐いた分だけ幸せが逃げていきますでしよ♪」
 立てた人差し指をリズミカルにふりながらそう言ったのは妖精で、そして視線を感じて見たルームミラーに映る運転手は銀色と青い色の瞳をした男の運転手だった。運転手カードに記載されている名前はセレスティ・カーニンガムだった。


 ******
「スノードロップは大丈夫でしょうか?」
 そう訊く白さんにセレスティは何も心配する事は無いと、顔を横に振った。
「あちらはあちらで上手くやっています。私の水分身には意志もあるし、私と繋がっている。それにスノードロップさんもいますしね」
 白さんはにこりと笑った。
 セレスティと白さんはとある喫茶店の奥にある席に並んで座っていた。
 そして二人の座る席にひとりの女性がやってくる。
 線の細い美しい女性。だけどどこか陰のある儚い感じが拭えない女性だ。
「あの、あなたがセレスティ・カーニンガムさんですか? リンスター財閥の?」
 席から立ち上がったセレスティは紳士らしくお辞儀をした。
「はい。私がセレスティ・カーニンガムです。今日は私自ら選考をしに参りました」
 微笑するセレスティにしかし、雪菜は戸惑う。
「だ、だけどあたしは12月の選考で落とされて・・・。それにもうあたしは・・・」
 セレスティの透明度の高い冬の深い湖かのような青い瞳から、胸元を震える手で掴む雪菜は目をそらした。
 その彼女にセレスティは無礼を問うことはなく穏やかな声で言う。
「それにもうあたしは・・・なんですか? あなたの希望動機に私はいたく感銘を覚えたのですが? もしもあなたさえよければ私の総帥という特権をいかし、フランス留学への枠をひとつ増やしてそこへあなたを推薦しましょう。もちろん、それにはもう一度コンテストを受けてもらう事になりますがね」
 そう、リンスター財閥では若き才能の芽を育てる事を目的として、絵画や音楽といった芸術方面での海外勉強をバックアップするための留学も積極的に行っていて、それに関する特待生制度も設けている。
 須藤礼と細井雪菜は共にフランスでの留学申請をリンスター財閥のその部門に応募してきたのだ。
 須藤礼については教授の推薦並びにその才能が認められて、フランスへの留学が認められた。細井雪菜に関しては才能はあるがしかし、まだ技術が未熟で、下手にここでフランスへ留学させるのはかえってその才能の芽をつんでしまう事になると、その留学の話は見送られた・・・はずだった。
 しかしセレスティは二人の情報を調べ、彼女が自分の財閥のそれに応募し落ちている事を知り、その選考結果と絵、書類などに目を通した。セレスティは想う。確かに才能はあるが、まだ技術は未熟だと。だけど希望動機に目を通した時に、彼は微笑した。そこには彼女の絵に対する真摯な想いが切々と書かれていて、本当に彼はそれに感銘を覚えたのだ。
 そしてセレスティは決断した。これだけの想いがあるのなら、彼女は潰されない、と。むしろ、彼女の実力が低いからこそ、フランスへ行かせるのはよい経験になるのではないのかと。もちろん、それは二人をくっつけたくって言っているわけでもない。彼はシビアな思考の持ち主だ。甘くは無い。ひとりの画家 細井雪菜に対しそう想っている。そして彼は自分のすべてを見抜く心眼には自信を持っている。だから彼はこう動いているのだ。
「ダメです、あたしはもうフランスには行けません」
 彼女は幼い子どもがいやいやをするように顔を横に振った。
 セレスティは彼女の顔にかかる髪をしなやかな人差し指で優しく掻きあげながら、静かに問う。
「それはどうしてですか?」
 別に彼の声には何の悪意もこもってはいなかった。
 だけど彼女はなぜか悪戯を責められた時の子どもかのようにびくりと体を小さく震わせた。
「それは・・・それは、あたしが万が一にもフランスに行ったら彼が、須藤さんが苦しむからです」
「苦しむ? どうして彼が?」
「だって・・・だって、あたしは彼を不幸にする事しかできませんから」
「なぜ、そう想うのですか?」
「前に・・・前にあたしは一度、彼をものすごく不幸にしてしまったのです。謝っても謝っても償いしきれないぐらいにどうしようもなく・・・だからあたしは・・・またあたしが彼を不幸にしてしまわないうちに彼から離れて・・・」
 そこで彼女は声を詰まらせて、俯かせた顔を両手で覆った。
 声を押し殺して泣く彼女はまるで小さな子どものようで、見ていられなかった。
 セレスティはやさしく手で泣く彼女の頭を撫でる。そして優しい兄が頑なな妹に接するように彼は言葉を紡いだ。
「前に、とあなたは仰った。だけどその前とはいつですか?」
 ・・・。
 彼女はわからないと顔を横に振る。
「わかりません。ただ、ただ彼を見るたびに、彼を想うたびに心に浮かんでくるんです。池の辺に咲く紫の杜若が」
 そう、それが責めるのだ、自分を。
 また懲りずに彼を不幸にするのか、と。
 だから自分は彼を想う心を殺して、彼の前からも消える。
 そう、そうすれば彼は今は自分を好きでも、いつかは二人一緒にいない時間のうちに自分の事を忘れて、また新しい恋をして、笑えるようになる。
 ―――それはものすごく哀しい事だけど、笑っている彼の隣にいるのは自分では無い方がいい・・・いや、自分が隣にいないから、彼は笑えるのだ。自分は彼を不幸にするばかりで、笑わせてあげることはできやしないから。
 彼女はそれを幼い子どものようにしゃくり声でセレスティに言った。訴えかけるとか、請うとかそういう風ではなく、感情を吐露するようにただ心の中にあるモノを彼に吐き出した。今日会ったばかりの彼に、今まで誰にも・・・須藤礼や、自分を好きだといい、そして自分や須藤礼との仲を取り持とうとしてくれる友人にでさえ言ったことの無い事を。それはきっとひとえにセレスティの声がどこか心落ち着ける声だったからだろう。そう、まるで母なる海のさざなみの音を聞いているようなそんな安心感。
 それにセレスティは自分が何もかも言い終えるまでずっとすべてを黙って聞いていてくれた。それも嬉しかったのだと想う。こんな普通なら独りよがりだと鼻先で笑われるような事を。
「すみません。ごめんなさい。変な事を言ってしまって」
「いいえ、かまいません。自分の感情を人に言う事で、その自分の想いがよく見えるようになる事は多々あります。そしてね、人に自分の想いを伝える事も本当に己の想いを知る良い方法ですが、人の言葉に耳を貸す事で、またよく自分の想いが見えるようになることもあります。細井雪菜さん。私の言葉も聞いてくださいますか?」
 セレスティは通りがかったウェイトレスにホットミルクを注文した。そしてそれが運ばれてくると彼は雪菜にそのホットミルクを勧めた。
 彼女は両手でカップを持つというひどく子どもっぽい飲み方をするのだがそれには気が付かずにホットミルクを飲んだ。
 そうして彼は温かい飲み物を飲んで彼女の心が落ち着いたのを見計らってから言葉を紡いだ。
 そう、これから彼がする事は常識では測りきれない事だから、落ち着いてもらう必要もあったのだ。
 セレスティは彼女の前に水が注がれたグラスを置き、彼女にその水面を見つめるように言った。
「あなたは前世を信じますか? これからこのグラスの中の水面に映像が浮かびます。それはあなたと彼の前世の映像。そこにあなたを苦しめる紫の杜若の理由がわかります」
 セレスティは優秀なる占い師であり、そして水霊使い。彼は水に関する事を扱う事が出来る。
 彼はこの世界にある水が姫逃池にあった時の記憶を呼びおこそうというのだ。
 水は覚えている。
 姫逃池での哀しい記憶を。
 セレスティは語らせる、それを水に。


 ぽちゃん。


 何もしていないのに、水面に雫を一滴落としたように波紋が浮かび、そしてそれがおさまったかと想うと、そこに映像が浮かぶ。
 

 霧が深い夜、池の中にひとりの女性が入っていく。
 だけどその顔に悲壮な表情は無い。
 あるのはまるで迷子になっていた幼い子どもがやっと母親に出会えたようなそんな表情。
 彼女は池の中に誰かを抱きしめようとしているかのように両手を開き、池に入っていく。
 瞳から零れる涙。
 何かを囁く唇。
 深い霧の中で彼女が池の水面に見ているのは・・・


「やめてぇー」
 雪菜はヒステリックな声をあげながら、目の前のグラスを手で振り払った。
 ガシャーン。
 ガラス製のグラスは砕け散り、その音色が店内に響く。
 店内はその音色の余韻が聞こえるぐらいにしーんと静まり返った。
「あのお客様、大丈夫ですか?」
 ウェイトレスが慌てて飛んでくる。
 セレスティはそのウェイトレスの興味津々という瞳にも気分を害する事無く冷静に対処する。
「ええ、大丈夫です」
 そしてテーブルの上の伝票を手に持ち、
「グラス代は弁償いたしますので、こちらに記載を」
「あ、いえ、それはかまいませんので。はい」
 ウェイトレスは取り乱す事無く淡々と事を進める…生来の支配者としてのセレスティの威厳のようなモノに気圧されてしまう。
 そしてセレスティはもはや周りには構わずに、瞳を己が身を両腕で抱きしめてがくがくと震える雪菜に向けた。
「あなたがグラスを割ってしまったので、あの後の事は私が話しましょう。あの池の中に入った彼女はそのまま死んでしまいました。彼女が見た彼が果たして彼女が…お雪姫が探していた彼なのかはもはやわかりません。しかし彼女の魂は紫の杜若の花となって、この姫逃池の辺に咲きました。わかりますね、私が言っている意味が?」
 有能なる占い師は言葉にも魔力を持つと言う。ならばやはりセレスティは有能なる占い師と認めざるおえない。彼の言葉は一瞬にして細井雪菜の殻に閉じこもろうとしていた意識をこちらに向けさせた。現実に。
 彼はその意識を逃げさせない。
「つまりあなたが彼を想うたびに紫の杜若を想うのはそういうことです。あなたの魂は覚えているのですよ。かつての自分がお雪姫で、そして須藤礼が彼だとね。あなた方は前世故に出逢い、恋をし、そして苦しんでいる。そう、前世故に」
 セレスティは、前世 という言葉を強調した。
 魂のフラッシュバック。
 雪菜の中には、かつて雪菜がお雪姫だった頃の記憶や想いが一気に湧き出る。
 彼が好きで好きでしょうがなかった。
 彼は自分が止めるのも聞かずに行ってしまった。
 深い霧の中で彼を待っていた。
 ―――心配で心配でしょうがなかった。
 だけど彼は帰ってこない。
 それから毎日探し回った。
 ―――わかっていた。彼が殺されてしまったという事は・・・。
 だけどそれを認めたくは無かった。それを認めてしまったら・・・彼がもうこの世にいない事を認めてしまったら・・・そしたら自分は・・・・・・


 意識はホワイトアウトし、そして真っ白になった意識の世界に一輪の花が浮かび上がる。
 それは紫の杜若の花。


「・・・ですねぇ」
 俯く彼女の表情は長い黒髪に隠れて見えない。
「なんと仰いましたか?」
 セレスティは静かに聞きなおす。
 彼女は顔を俯かせたまま、口を開く。
「あたしたちは出逢った事自体が間違っていたんですね。そんなあたしたちが二人幸せになれるわけがなかった」
 出逢った瞬間から感じていたトキメキと、そして記憶に無い…しかし魂が覚えていた彼への罪悪感。
 ―――それをついに知ってしまった。
 そう、自分たちは前世のその深い業によって出逢ってしまった。本当はもう出逢ってはいけないのに。
 なのに出逢ってしまった。
 自分は前世で彼を殺してしまった。
 決定的に不幸にしてしまった。
 漠然と感じていた罪悪感、恐怖・・・それは間違いではなかった。そんな自分たちが幸せになれる訳なんか無い!!!
 彼女は泣き出した。幼い子どもが感情のままに泣くように声を上げて泣いた。
 そんな彼女の頬をセレスティはやさしく触り、言葉を紡ぐ。
「どうして、あなたはそんなにも自分を責めるのですか? そんなにも細井雪菜は自分を責めねばならないような酷い事を須藤礼氏にしたのですか?」
 そのセレスティの言葉を聞いて、雪菜は体を震わせた。そして俯かせていた顔をあげて息苦しそうに…喘ぐように言う。
「だけど、だけどあたしは彼を…殺したぁ・・・」
 ぼろぼろと涙を流しながら彼女は言った。
 その頬に触れたままのセレスティの手は彼女の涙に濡れるのだけど、彼はその涙の温もりがとても愛おしいかのように目を細め、そして優しくその指先で彼女の瞳からぼろぼろと零れる涙を拭い、言う。
「それは前世のお雪姫と彼の物語でしょう? あなたは誰ですか?」
 雪菜は目を見開く。
「あ、あたしは・・・」
「あなたは細井雪菜でしょう。たとえ魂が同じでももはやあなたは彼女とは別人だ。もうお雪姫ではない。細井雪菜と須藤礼の物語はこれからのあなたたちが紡ぐべきもの。留学をなさい。フランスへ。そして彼と共に大好きな絵に打ち込み、何も考えずにただ今を生きなさい。細井雪菜の今を。ね?」
 そして雪菜は触れたままのセレスティの手に自分の手を重ねて、言う。許しを請うように。
「いい、の? あたしが彼を愛しても?」
 セレスティは頷く。
「その想いのままに。好きだと想う気持ちを我慢していたら上手く行く事も行かなくなりますよ。前のリンスター財閥のコンテストに落ちたのもそれが原因だ。あなたは細井雪菜です。お雪姫ではない。だから大丈夫ですよ。大丈夫。彼があなたを幸せにしてくれます。私も恋しているから言えるのですが、大好きだと想える人が隣にいるだけで人は幸せになれます。あなたがいてくれれば彼は幸せ。そしてあなたも彼といれば幸せになれる。それが前世と言う枷を外してくれます。さあ、勇気を持って」
 そしてそのセレスティたちのいる席のすぐ横にある窓の向こうに一台の青い色のタクシーが停まった。


 ******
 須藤礼は慌てる。自分は飛行場に向かってくれと頼んだはずだった。なのにタクシーが停まったのは見知らぬ喫茶店の横だ。
 そして運転手が後ろを振り返る。帽子を取ったそのセレスティ・カーニンガムという運転手は銀色の髪に縁取られた顔にやさしい微笑を浮かべた。優しい兄が意固地になっている弟を諭し、励ますように。
「恋愛はふとしたことでも臆病になりますが、それでも前に勇気を持って一歩踏み出す事ができたら、そうしたら過去も未来も全て二人その手の中につかめるはず。それを零してしまわないようにするのはあなた自身だ。そう、まずは掴まねば意味は無い。そこから先はあなた方自身。そこにある二人幸せになれる可能性の全てをあなたは何の努力もせずに捨ててしまうのですか? 掴もうとすらせずに」
「俺は・・・」
 礼は、セレスティを眺めながらそう呟き、そして視線を感じて、車の窓の向こう…またその窓の向こうにある喫茶店の席に座る細井雪菜の顔を見る。二人顔を見合わせる。
 そしてセレスティはドアを開ける。最後の言葉で、彼の背をそっと押す。
「私には好きな人がいます。とても笑うのが好きな彼女が。その彼女の隣にいられるだけで、その彼女の笑い声を聞いていられるだけで私は幸せになれます。あなたもまずはそれで良いのではないのですか? あなたも彼女の隣にいられるだけで幸せでしょう? それは彼女も一緒なのだと想いますよ。そんな想いがあれば乗り越えられないモノは無いと想いますよ」



 店内でも彼女の背をもうひとりのセレスティが押す。
「雪菜さん。あなたたちなら大丈夫だから」


「「さあ、だからお行きなさい。好きだと言う感情のままに今を生きるのです。そうすれば何もかも上手くいくから、だから怖がらないで、これから幸せになれる二人一緒にいる未来を」」


 セレスティにそっと背中を押された二人は同時に駆け出し、そして二人もう絶対にその手を離さんというようにお互いをぎゅっと抱きしめあい、心と心を重ね合わせた。


【ラスト】
「大丈夫でしかね、あの二人は?」
 両手で水の珠を持つスノードロップはタクシーを運転するセレスティの横でふわふわと飛びながら、そう問う。
 その彼女にセレスティは何も心配していないように口元に微笑を称えて頷いた。
「ええ、大丈夫ですよ。心重ね合わせたあの二人ならね」そしてそこでちょっとセレスティは悪戯っぽい表情を浮かべて、「ただ雪菜嬢はこれからコンテスト用の絵を描かねばいけないので、ちょっと大変になるでしょうがまあ、そこは最後の試練でしょうね」
 ハンドルを回しながらセレスティは助手席の白さんと顔を見合わせあってくすっと笑って肩をすくめあう。そしてその二人の視線の間に割って入ったスノードロップは楽しそうに笑いながら言った。
「愛のパワーの発揮どころでしね♪」
 そして温かく優しい夕方の橙色の光のカーテンに包まれた街を進むタクシーは楽しそうな笑い声に包まれるのだった。


 ― fin ―




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 1883 / セレスティ・カーニンガム / 男性 / 725 / 財閥総帥・占い師・水霊使い


 NPC / 白


 NPC / スノードロップの花の妖精


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、セレスティ・カーニンガムさま。
いつもありがとうございます。
ライターの草摩一護です。

ご依頼していただき、嬉しかったです。^^
何の予告もなくふらりと開けた窓にこうして来ていただけるのは、やっぱりすごく嬉しいものです。
ありがとうございます。というか、実はきっとセレスティさんが見つけてくれると想いながら開けました。^^


さてさて、今回のお話も気に入っていただけましたら嬉しい限りです。
セレスティさんのイメージはもう完璧に草摩の頭の中では固まっているので、プロットも立てやすいですし、それに書きやすいです。
だからやっぱり、今回のセレスティさんもスマートで、そして限りなく優しい紳士だったりします。
リンスター財閥総帥という立場も、そして能力もすごく書いていて面白いですしね。^^
リンスター財閥総帥という設定は本当に僕としては嬉しい設定です。
毎回、これに絡めて色んなお話を書くのが楽しみで。それによってまたセレスティさんの人柄とか思考、スタイルなどを魅せる事が出来ますから。
セレスティさんをカッコよく書く事が何よりも嬉しいのです。><



そしてセレスティさん、今回もプレイングに寄せていただいた最後のお言葉、すごく嬉しかったです。
シチュノベにライターよりを載せるようになったのもいつもプレイングに感想とか嬉しいお言葉をくださるセレスティさんに少しでも早くお礼のお言葉を言いたかったのが、その理由のひとつにあります。^^
これは何度も書いてますが、やっぱりストーリーとか文体を褒めていただけるのは書き手として嬉しい限りなのです。
自信にも繋がりますしね。
そして何よりもほっとします。^^
やっぱりPLさまの反応とかはどれだけノベルを納品させてもらっても怖いですから。
だからあーやって言っていただけると、本当にどれだけほっとして、自信に繋がることか。
前にはあんな嬉しい事(ゴスロリ王子)もしていただけましたしね。^^
本当にいつも色んな喜びごとをくださって、ありがとうございます。


それでは今回はこの辺で、失礼させていただきますね。
本当にありがとうございました。
失礼します。^^