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アトランティック・ブルー＃１
ふたりとも、仲良くね。
裕介と揃って呼び出され、そんな言葉と共に差し出されたものは、乗船券。最近、巷で何かと噂の豪華客船アトランティック・ブルー号の処女航海。しかも、所謂、スイート、特等客室。
素直に喜んだ自分に対し、義弟は何故か複雑な表情。浮かべる笑みは、少し引きつっているような……これは自分の気のせいか？
同じ部屋ですかね……と、やはり少し引きつった笑みを浮かべたまま訊ねる義弟に義母はにこやかに頷き、そして、言った。
仲良く、ね？
問答はそれで終わり。旅行の準備をして、当日を迎えるに至る。
乗船手続きを終えて、ゲートから白い巨体を見あげる。本日は晴天なり、空の青に船の白が映える。周囲は騒然としていて、噂の豪華客船には乗船できなかったが、せめて見送ろう、歴史ある瞬間をカメラにおさめようという人々で溢れていた。
「すごいねー、有名人になった気分」
そこにいる人々は、一般人というよりもマスコミ関係者が多いかもしれない。テレビカメラが何台も設置され、船や乗客の様子にレンズを向けている。
「国内定期航路でこのクラスの船は初めてらしいから……って、こんなところを写真に撮らろうとしないで下さいっ」
「えー、なんで？ 乗船前の図ということで……すみませーん、写真をお願いしてもいいですか？」
カメラを取り出し、近くにいた男に頼み込む。あっさりと承諾され、義弟の隣へと並び、自らの腕をその腕にからめる。そう、二人分の荷物を抱えた義弟の腕に。
「はい、撮りますよー……チーズ！」
ぱしゃり。明るい笑顔でＶサインも忘れずに。きっと自分の笑顔は輝かしく、義弟の笑顔は引きつっていることでしょう……と思いながら礼を言い、カメラを受け取る。
「早いところ部屋へ行きましょうよ……」
はぁとため息つき、裕介は言う。もう少しこの雰囲気を味わうのも悪くはないと思ったが、荷物は確かに重かろう……というより、邪魔だろう。デッキからでもこの光景は楽しめる。その言葉に同意して、船内へと乗り込む。
特等客室は他の客室とは階層も違っていれば、待遇も違う。特等客室へ向かうとすぐに乗務員が抱えている荷物を運ばせて下さいと現れ、部屋まで案内してくれた。
「裕介」
つんと義弟を肘でつつく。
「なんですか？」
「ほら、こういうときは……チップ」
客室係に対し、チップを払うことは、もはやお約束。ここでどれだけ払っておくかが今後のサービスを決める……というのは大げさでも、渡しておくことは礼儀である。
「俺が……ですか？」
その言葉ににこりと笑う。裕介もにこりと笑った。
「ありがとうございました、お世話になります」
そう言って裕介はチップを渡す。客室係は丁寧に頭を下げ、こちらこそよろしくお願いしますと受け取るものはきちんと受け取り、去っていく。
「いくら渡したの？」
「……二千円」
「少なっ。ここ、特等客室だから、もうちょい弾まないと」
「でも、だいたい、旅館ではひとり千円の計算が相場では……」
「ここ、豪華客船だし」
豪華の部分を強調してみる。
「……そうでした」
たはー。裕介は額に手を添え、ため息をつく。そんな様子を見て、くすりと笑ったあと、改めて部屋のなかを見回す。
豪華絢爛という言葉が似合う内装。骨董的価値がありそうな調度品、かと思えば、最新設備と思われる薄型テレビを始めとするホームシアターが楽しめたりと、古風と最先端が見事に融合したような空間が広がる。
「うん、さすが特等客室ってところかな？ でも、さすがにピアノが置いてあったりはしないみたいね」
そう言いながら、二つほどある扉を開けてみる。片方は洋式のトイレ。もう片方は大きな鏡の洗面台、そして、薄い青を基調とした広い浴室。ゆったりと横になれそうな浴槽には、もちろん、ジャグジー機能つき。入浴剤を見る限りでは、泡風呂も楽しめそうだ。浴槽の近くにあるパネルはなんだろうと触れてみると浴室の灯が消えた。かわりに浴槽のなかに淡い青色の灯が点灯、緩やかにその色を変えていく。浴槽に水をはり、その下から淡い光で照らしたならば、幻想的な空間を楽しめそうに思えた。
「一緒に入れるよ？」
にこりと笑みを浮かべて義弟を見あげる。
「いいね、一緒に入ろうか」
「うん」
「……そこ、否定するところ」
そんな義弟とのやりとりを楽しんだあと、灯を消し、浴室をあとにする。部屋へと戻り、テーブルの上に置かれたパンフレットを手に取る。
それにはアトランティック・ブルー号の概要、施設についてが記載されている。
重量は１１８０００トン、最大乗客は約３０００人、全長は約３００メートル、幅は約４５メートル、水面からの高さは約５５メートルとある。客室は１３４０室で、そのうちのひとつが自分たちの特等客室ということになる。
船の主だった施設は、大小様々な七つのプール、映画館、劇場、遊技場、図書館、インターネットルーム、スケートリンク、ロッククライミング、船上結婚式用のチャペルもあるらしい。
食に関するものは、メインとなるレストランの他に二十四時間営業で軽食やデザート等を楽しめるフードコーナー。これら食に関する費用は基本的に乗船料金に込みとなっているとある。つまり、好きなとき、好きなだけ、どれだけ食べても無料……とりあえず、財布を持ち歩く必要はないらしい。ただ、例外として、アルコールの類だけは別料金であるために、ブルーカードが必要とある。
「ブルーカードって？」
パンフレットから顔をあげて訊ねてみる。
「乗船手続きのときに受付のお姉さんが言っていたと思うけれど……ああ、渡していなかったっけ。これのこと」
差し出されたものは、青色のカード。クレジットカードやキャッシャカードと同じ大きさだと思われる。
「施設を利用するときに提示する……そうだね、身分証明所のようなものかな。ルームキーにもなっているから、なくさないように」
「ふぅーん」
「そうそう、船内にある端末にカードを読み込ませることでいろいろな情報にアクセスできるとも言っていたっけかな」
そう付け足すと裕介は小さく息をつく。
「俺は船内を見てまわろうと思っているけれど……」
「一緒に行くよ」
「……そう言うと思った」
少し苦笑い気味の笑みを浮かべ、裕介は言った。
「〜♪」
裕介の腕に自らの腕をからませ、船内の散策にでかける。じっくり見ていると時間はあっという間に過ぎ去りそうだったので、初日は簡単に。
船内の内装はモダンでありながらクラシカル、豪華客船の名に恥じない立派なもの。敷きつめられた絨毯やラウンジのテーブルや椅子にしてもこだわりのようなものを感じさせる。
「……どうしたの？」
裕介の視線がある場所に釘付けのような気がして、声をかける。
「え？ あ、いや、なんでも……ない……というか、そう！ プール、プールに行ってきてはどうでしょう？」
「……」
「確か、すぐそこがプールで……えいやっと」
どこからともなくシーツを取り出し、ふわりとかぶせられる。それが取り払われると……。
「なに、これ？」
メイド服だった。
「あ、つい、いつもの癖で。では、もう一度……はい！」
もう一度、ふわりとシーツをかぶせられる。取り払われると……水着だった。
「どこに用意していたの？」
「そこは冷静に訊ねちゃいけないところです」
「……まあ、いっか。じゃあ、プールで遊んでこようかな。行こうと思っていたところだし。でも！ ……夕飯は一緒に、ね？」
裕介がこくりと頷くのを確認してから、別れ、屋内プールへと向かう。夜は夜でライトアップされるとある。それなら、夜にもう一度訪れるのもいいかもしれない。屋外にもプールはあるらしいが、今回は季節的な関係で使用不可ということだった。だが、光を多く採り入れているそこは、屋外とさして変わらない。出航からそれほど時間が過ぎてはいないせいか、利用客はまばらで、利用する方としては理想的な状態といえた。
いくつかあるプールは、波のあるプールであったり、流れるプールであったりとひとつひとつ特徴が違う。軽く準備体操をしたあと、プールへと飛び込む。周囲に人はいないので、気にする必要はない。
ぱしゃーん。
水音を響かせ、飛び込んだあと、そのまますいすいと泳ぐ。
「……気っ持ちいい〜！」
大きなプールを独り占め。気持ち良く存分に泳いだあと、貸し出し中の大きな浮輪を手に取り、波のあるプールへ。浮輪の上に横になり、心地よくゆらゆら揺られたあとは、流れるプールで流されてみたり。
それなりに楽しんだあと、プールをあとにする。着替えてから、今度はデッキへと出てみた。心地よい潮風が吹き抜け、海原は陽光に照らされきらきらと光る。
綺麗だなと眺めているうちに、ふとやたらと周囲を気にしている眼鏡の青年がいることに気がついた。
何をそんなに気にしているのか。それが気になり、てくてくと近づき声をかけてみることにしたのだが。
「こんにちは！」
「うわっ……あ」
青年は声をかけたことに驚いたのか……明らかに驚いていたが……ともかく、手にしていた紙を手放した。風に舞い、飛んで行く前に、舞いあがったそれを素早く手に取る。
「驚かせちゃったかな。ごめんね」
「あ、ありがとう……いや、その、俺も大げさでした……っていうか、素早いですね……って、いきなり読んでるし！」
まあ、いいけど……青年はため息とともに付け足す。
「ん？ 命が惜しければ四国で降りろ……なに、これ？」
紙はどの客室にも置いてあるだろうこの船のメモ用紙だった。文面はやたらと物騒で、所謂、脅し文句。もしや、脅迫状とかいうものでは？
「俺が聞きたいっすよ……」
困ったような顔で青年は言う。
「なるほどー、それできょろきょろしていたのね……こんなのは、悪戯だよ、悪戯！」
そう言いながら青年に紙を返す。
「そう思っちゃっていいんすかね〜？」
青年の表情は少し明るくなってきた。
「そう思っちゃっておっけー、大丈夫！」
もう一度、強く言い、元気だせと背中を軽く叩く。青年はかなり元気になった。
「大丈夫……ですよね！」
「……たぶん」
持ちあげて置いたところで、落とす。お約束のそれをやると青年はがくりと手すりに手をつく。
「……ひどいなぁ」
しかし、そう答える青年の表情は明るい。文面を気にしていたことは明白で、今のやりとりによって気分が少し晴れたようだ。
だが、脅迫状。
何故にこんなものを受け取っているのか。悪戯なのか、それとも、本当に……？
「こういうものを受け取りそうな心当たりってあるの？」
「どちらかと言えば、俺が出したい方ですよ。本当は、今夜の船上イベントのライヴ、俺たちがやるはずだったのに……」
青年は憂鬱そうな吐息をつく。
「ってことは……」
「なんですか、その上から下な眼差しは。そりゃ、確かに今はらしく見えないと思いますよ。普段の雰囲気とはまるで変えているし……じゃあ、改めて。マジェスティック・サイレンというバンドでベースをやっています。和泉祐一郎です」
改めて名乗り、軽く頭を下げる。
「ああ、マジェスティック・サイレンね！ ……知らない」
ごめんねとにこりと付け足す。和泉は気にするなというように横に首を振った。
「最近、ちょっとは売れてきたというところですから。でも！ そのうち、武道館でコンサートとかやっちゃいますよ……たぶん」
和泉はそう言ったあと、何かに気づき、声を顰めた。
「すみません、迷惑をかけそうなんで、ここで。縁があったら、また」
「うん、またね」
にこりと笑顔で送りだす。何を気にしたのかと周囲を見回すと……若い娘が二人。今のは絶対にそうだよ、人違いじゃないの、いや絶対にイズミだよ……という会話を交わしているのが小さく聞こえた。
そうか、それなりに有名というのは本当なんだ……と妙な納得をしたあと、デッキから離れた。
プールで泳ぎ、デッキで軽く会話をしたせいか、喉が乾いた。ラウンジでお茶でもと足を運んだところで、華やかな雰囲気を漂わせながらも、時折、視線を鋭くする女の存在に気づいた。
あの雰囲気は……。
少しの距離を置いて、女の動向を見守る。ラウンジでひとやすみ、お茶を楽しんでいるようには見えるものの、それだけではなさそうだ。時折、鋭くなる視線の先には、恰幅のいい男と数人の会社員風の男たちがいる。とくに談笑をしているという雰囲気ではないが、テーブルの上には飲み物もあるし、軽く休憩をとっているというところだろう。
あの男たちを見張っている……？
でも、なぜ？
しばらく見守っていたが、やはり女の視線はそこにある。気づかれないように行動しているのかもしれないが、あの視線では気づかれるのも時間の問題ではなかろうか……と他人事ながら気にしていると、はっとして女が席を立つ。見れば、男の方も席を立ち、ラウンジを離れている。
「ん？」
女が席を離れ、ラウンジから姿を消したあと、座っていた席に何かが残されていることに気がついた。さり気なく近づき、その何かを確認する。
茶色の封筒。
女が戻って来る気配はない。封筒を手にし、席を離れると中身を確認してみる。
勝手に人のものを覗くのは少し悪いような気はするが、それは時と場合による。あの女の行動は、少し気になる。
封筒の中身は写真だった。
一枚は、あの恰幅のいい男。
一枚は、古そうな鏡。
一枚は、絵巻物でも入っていそうな細長い桐の箱。
一枚は、龍宮城の玉手箱を思わせるような漆の箱。
そして、一枚の手紙。
『ひとつは陸路、もうひとつは海路、残るひとつの経路は不明だ。私は陸路を押さえる。君は海路をよろしく頼む。乗船券はどうにか手配した。三上。追伸。あまり無茶はしないように』
手紙と写真とを封筒にしまう。
「つまり……」
考えられることはいくつかある。
「うーん」
義弟に相談しようか、それとも黙っていた方がいいか……ともかく、一度、部屋へ戻ろう。
でも、その前に。
「アイスティーをください」
ラウンジに訪れた目的だけは果しておくことにした。
−完−
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
【2922／隠岐・明日菜（おき・あすな）／女／26歳／何でも屋】
【1098／田中・裕介（たなか・ゆうすけ）／男／18歳／孤児院のお手伝い兼何でも屋】
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■ ライター通信 ■
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ご乗船、ありがとうございます（敬礼）
相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。口調ちがうよ、こういうとき、こう行動するよ等がありましたら、遠慮なく仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。
こんにちは、隠岐さま。
バストアップのイメージで書かせていただきました。イメージを壊していないと良いのですが……。都合で通路に佇む女の子まで出会えずにすみませんでした（すごく長くなってしまったので、削ってしまいました・汗）
今回はありがとうございました。＃１のみの参加でも旅の一場面として楽しめるようにと具体的な事件が発生するまでは話を進めておりません（一部、例外な方もいらっしゃるかもしれませんが＾＾；）よろしければ＃２も引き続きご乗船ください（納品から一週間後に窓を開ける予定でいます）
願わくば、この旅が思い出の１ページとなりますように。
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