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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


下着泥棒を追え!
「……下着泥棒って、それは警察の仕事だと思うんだが」
 下着泥棒をつかまえてほしい、と目の前にいる神父から言われて、草間武彦は眉を寄せた。
 たしかにここはある意味、なんでもOKのような状態の興信所だが――だからといって、警察のかわりをしているわけではない。
「いえ、その……警察には行きにくい事情があるのです」
 銀髪の神父――久川総一郎は困ったような顔でそう言った。
「行きにくい事情って、不法滞在だとか?」
 髪の色からあたりをつけて、武彦はそんなことを口にしてみる。
「いえ、私は生まれも育ちも日本ですから」
「……なら、事情ってのは?」
 なんだか面倒そうだな、と武彦はため息をつきながら訊ねる。
「……盗まれているのは、私の下着なのです」
「……は?」
 まさかそんなことを言われるとは思わず、武彦は間の抜けた声を出した。

「そんな! 下着泥棒! かよわき乙女の敵だわ!」
 武彦から話を聞いた馬渡日和は、こぶしを振り上げながら叫んだ。
 その様子にややたじろぎながらも、武彦はコホンと咳払いをする。
「たしかに下着泥棒は女の敵だとは思うが――今回は、男の敵なんだ」
「え……男の?」
 一瞬、なにを言われているのかわからなくて、日和は目をぱちくりとさせた。
 つまり、その犯人が盗んでいるのは、男物の下着なのだろうか。
 だがそんなものを盗んでなにが楽しいのだろうか……。
 日和の頭の中で、ぐるぐると疑問が渦を巻く。
「……まあ、ともかく、悪い人よね!」
 と、なんとか日和は結論づけた。わからないことは気にしても仕方がないのだ。
「それじゃあ、調査開始ね! がんばるわよ、日向!」
「……日向?」
 思わず自分の別人格に声に出して語りかけてしまったことに気がつき、日和はあわてて首を振った。
「あ、なんでもないの!」
「……そうか」
 武彦はなにやら釈然としない様子だったが、それでも、それ以上追求してはこなかった。

 そしてしばらくして、聖歌隊の衣装に身を包んだみなもは、他の7人と一緒に、教会の一室で久川神父と対面していた。
「……なんだか、こうしていると尋問されているみたいですね」
 7人の視線を一身に受けながら、久川神父は困ったような笑みを浮かべている。
「別にそういうわけじゃねえけどな。あんた、おもしれぇこと考えるなあ」
 そう答えてまったく似合っていない黒衣姿の嵐が笑う。
「そうそう。別にあたしたちだって、いじめようって思ってるわけじゃないんだしさ」
 と、修道服姿の京香が豪快に笑った。
 その後ろでは、物静かなシスターに変装した冥月が同意するようにうなずいている。
「そうだぜ。まあ、そりゃあ、この部屋は狭いし、そういうふうになっちまうのもしょうがないけどよ」
 トレードマークのバンダナをはずし、ガタイのいい神父になりきっている真も京香につられて豪快に笑う。
「そうですよ、神父さん! あたしたち、がんばりますから!」
 日和が元気に手を上げた。
「……は、はあ」
 久川神父はやはり困ったような顔で一同を見まわす。
「さて、それじゃあ、早速ですけど、いくつか聞かせていただけますか?」
 まとめるようにパンパンと手を打って、いつもとは少し違った、地味な服装のシュラインが訊ねる。
「あ、はい。お願いします」
「まず、下着の干し場所はどこですか? そこに他にどなたか、下着を干している方はいます?」
「干し場所は私の部屋のすぐ近くです。裏のほうですね。ひと目にはつかない場所だと思います。私以外にそこに干している人間はいなかったはずです」
「……なるほど。盗まれる日や、下着の種類に法則性は?」
 シュラインは手元のメモに几帳面な字で書きつけながら質問を続ける。
「日にちには法則はなかったと……。下着は、その。ガーターベルトだけが盗まれるのですが」
「……え?」
 ガーターベルト、とメモに書きつけ、シュラインは顔を上げてまじまじと久川神父を見る。
「神父さん、ガーターベルトつけてるんです」
 ため息をつきながらみなもは言った。みなもは以前、ちょっとした偶然からその秘密を知ってしまったのだ。……知りたくもなかったが。
「マジかよ……」
 嵐が絶句する。
 一同の反応はおおよそ似たようなものだった。
 真は顔を引きつらせたままで硬直し、京香はまじまじと久川神父の顔を見つめている。日和は今にも泣き出しそうだ。
 その中で、ひとり、武彦だけが平然としていた。
「ま、中にはそういうシュミの人間もいるだろうな。ほら、そこにいる女装シスターみたいな」
 と、武彦の指先が冥月を指し示す。
「……」
 冥月が自分の足下の影に右足を突っ込むと、武彦の影の中から名月の足がにゅっと突き出して武彦を蹴りつけた。
「ぐえっ」
 腹を蹴られた武彦が、つぶれたカエルのような声を上げる。
「大丈夫? 武彦さん」
 シュラインがあわてて武彦へと駆け寄る。
「ああ……。なんとか。なかなかやるな」
 武彦が身体を折り曲げたまま、ニヤリと冥月を見上げる。冥月はそれに薄く笑みを返した。
「……まあ、でも、ひとみさんがかわいそうですから。解決してあげませんか?」
 みなもがなだめるように口にした。
 すると、どうやら全員があの人のよさそうなシスターの顔を思い浮かべたらしく、お互いに顔を見合わせてうなずきあうのだった。

「……さて、綾井さん。いくつか質問をさせていただきますね」
 気を取り直したのか、完全に立ち直った様子でシュラインが目の前のシスターに訊ねた。
 シスターはおっとりと首を傾げると、微笑みを浮かべてうなずく。
 その姿を見、その場の全員がなにやら癒されたような気分になったのは言うまでもない。
「おおまかなところは久川さんから聞いたのですけど、ひとつ、他の方の目から見てどうなのか聞いておきたいことがあって」
「はい、なんでしょうか。わたくしで答えられることでしたら、なんでもお答えいたします」
「久川さんになついている動物――犬とか、猫とか、鳥とか。なにか、いませんでしたか?」
「いえ……特には。神父さまは素晴らしいお方なのですが、どういうわけか、動物には好かれなくて……。この間も、私が拾ってきた野良犬に噛みつかれていらっしゃいました」
「……まあ、それも仕方ないだろーな」
 ぽつりと嵐がつぶやく。
「そうだね」
 京香も同意するようにうなずく。
 もちろん、ふたりの言葉はその場にいた全員の心を適格に代弁していた。
「そうでしょうか。不思議で仕方がないのですけれども……」
 しゅん、とひとみは落ち込んだ風情を見せる。
 知らないということは恐ろしい、とみなもは思った。
「……来た」
 そのとき、冥月がつぶやいた。
 冥月は能力を使って、下着の影を通じて見張っていたのだ。
「下着泥棒が出たのか!?」
 日和がやや低い声で言った。その声に違和感をおぼえたものの、訊ねるものは誰もいない。
「ああ。行ってくる」
 言うと、冥月は影へと沈んだ。
「よし、あたしたちも行くよ!」
 京香が立ち上がり、ドアから外へと飛び出していく。
「ひとみさんはここで待っていてください!」
 みなもはひとみをその場にとどめると、京香のあとに続いた。

 現場につくと、あたりには黄色や赤や青のペンキが飛び散ったあとがあり、冥月が不満げな表情で腕組みしていた。
「逃げられたのかい!?」
 京香が訊ねると、冥月はうなずく。
「死なない程度に全身の骨を折ったはずなのに……逃げられたようだ」
「それで、そいつはどこに行ったんだ?」
 日和が訊ねる。
「あっちだ。……ペンキですっかり緑色になっていたからすぐにわかる」
 冥月が教会の裏手に広がる森を指差す。
「よし、行くぞ!」
 どうやら身体がなまっていたのか、嵐がいきいきと叫びつつ駆け出した。
 冥月は追いかける気がないらしく動こうとしなかったが、他の6人は嵐のあとを追った。

 しばらく走っていくと、向こうに、ペンキまみれになった緑色のものが見えてきた。
「待ちやがれ!」
 その背中に向かって真が叫ぶ。
 そしてポケットからライターと先ほど1枚借りたガーターベルトを取り出すと、高く掲げる。
「待たないとこの下着を燃やすぞ!」
「……それで待つってどんな下着泥棒なの」
 シュラインが冷静にツッコミを入れる。
 けれども、その緑色のものは立ち止まると、くるりと6人のほうを向いた。
 うしろから見ていたときには気づかなかったが、その顔はあきらかに人間のものとは違う。
 帽子や服のせいでわからなかったが、どうやら、それはカッパであるようだった。
「や、やめてくれ! それだけはッ!」
 妙に甲高い声だった。
「……脅す方も脅す方だけど、立ち止まる方も立ち止まる方ね」
 ぽそ、とまたもシュラインがツッコミを入れる。
「えいっ!」
 そのとき、みなもが手持のビンの中から水をまいた。
 するとその水が縄状になり、カッパをぐるぐる巻きのする。
「むぅっ!?」
「へっへっへ、これでもう逃げられねえな」
 日和がまるで悪人かなにかのような笑みを浮かべる。
「大人しくしてろよ。暴れたら蹴る」
 嵐もそう宣言する。
「……今、こいつらを止められる自信はないから、大人しくした方がいいと思うぞ」
 他の5人をあごで指しつつ、武彦がそう言いきった。
「くっ……」
 カッパは観念したようにうつむく。
「さぁて、きりきり吐いてもらおうか?」
 日和がカッパを蹴りつける。
「つーん」
 カッパはぷいとそっぽを向く。
「しょうがないねえ」
 京香が背負っていたバイオリンケースを開けて、バイオリンを取り出した。
 京香が優雅な動作で弓をすべらせる。
 すると、あたりに哀愁が満ちた。
 悲しげな旋律が、辺りの空気をがらりと変えてしまう。
「今ならなんでも大人しく質問に答えるはずだよ」
 京香の言葉を受けて、嵐と日和がじっとカッパを見下ろす。
「で、なんで下着を盗んだりしたんだ?」
 嵐が訊ねると、カッパは目をうるうるとさせた。
「ガーターベルトは男の夢! 野望なんじゃいっ!」
「へー。じゃあ、そのガーターベルト、どうしてるんだ?」
 続いて日和が問い掛ける。
「ふふ、そんなもの、おぢょうさんには言えやせんわい」
「……そのガーターベルト、誰のだと思う?」
 ニヤリと嵐が訊ねた。
「もちろん、あのシスターさんじゃろ! うひょひょ」
「……いや、神父の方の」
 同じくニヤリと日和が告げる。
 ぴし、とカッパはかたまった。
 そこで京香は演奏を止める。
「さて、と。それじゃあ、あとはこいつを久川さんに引き渡せばおわりか」
 真がカッパに歩み寄り、その腕をつかむ。
 すると武彦が、カッパのもう片方の腕をつかんだ。
 まるで、かつて公開された「とらえられた宇宙人」のような構図だった。
「それじゃあ、あとは神父さんに引き渡しておしまいですね」
 みなもがにっこりと笑顔で言う。
「ああ、そうみたいだね」
 京香はケースにバイオリンをしまいながら答えた。
 そうして、6人はぞろぞろと今来た道を戻りはじめた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1252 / 海原・みなも / 女 / 13 / 中学生】
【2380 / 向坂・嵐 / 男 / 19 / バイク便ライダー】
【0864 / 九重・京香 / 女 / 24 / ミュージシャン】
【2778 / 黒・冥月 / 女 / 20 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【1335 / 五代・真 / 男 / 20 / 便利屋】
【0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2021 / 馬渡・日和 / 女 / 15 / 中学生(淫魔)】

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■         ライター通信          ■
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 はじめまして、発注ありがとうございます。今回執筆を担当させていただきました、ライターの浅葉里樹と申します。
 日和さんは男性バージョンの人格もお持ちとのことで、途中から交代していただいたのですがいかがでしたでしょうか。さすがに広島弁はさほど詳しくありませんもので、使えなかったのですが……お楽しみいただけていれば、大変嬉しく思います。
。もしよろしかったら、ご意見・ご感想・リクエストなどがございましたら、お寄せいただけますと喜びます。ありがとうございました。