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<東京怪談・PCゲームノベル>


アトラスの日に


■錫の研究■

 ある日から、星間信人の楽しみが増えた。
 今はもうすっかり焼け落ちてしまった古い研究所、そこから持ち出してきた資料群を読み解くこと――彼はすっかり、それにのめりこんでいた。彼の読書の没頭ぶりは、まったく常軌を逸していると言っても過言ではないほどだった。彼が読書をしている間にすることはと言えば、ページをめくるために手を動かすこと、文字を追うために目を動かすことくらいのもの。が、しかし、いまは時折「ううむ」「なるほど」「ほほう」と小さく感嘆を漏らすことさえあった。それもさほどは珍しいことではなかった。ただ、ここのところそんな感動をもたらす書物がなかなか見つからなかっただけの話だ。
 明治の狂科学者芹沢門吉が残したものは、星間信人の関心を惹くものだった。
 それだけのことが出来る書物は多くない。
 黴臭い資料には、古めかしい漢字と片仮名だけではなく、信人も見覚えがある印や陣が書き込まれ、明治時代仕様の呪文の記述さえみつかった。
 研究所が焼け落ちる前に、作家兼オカルティストであるリチャード・レイと、信人が掴み取ってきたわずかばかりの資料は、奇跡的にも「当たり」であったらしい。信人やレイがいま一番知りたがっている事実の片鱗を、覗き見ることが出来た。

 研究所や、研究所で見つかった「もの」のあちこちに見出せる<コスの印>。
 眠りの神が与えた封印そのもの。
 人間ごときには、それを破ることなどかなわない――その印は、多くの扉を封じ、部屋と夢の中に多くのものを閉じ込める。

「成る程、封じられているものは、研究所の中の研究という小さな枠には留まらなかったというわけですな」
 信人は独りごつ。そうして、資料を束ね、くたびれた鞄の中にしまいこんだ。彼は眼鏡を一旦外して眉間を揉むと、僅かばかりの間、座ったまま眠りに落ちた。
 謎めいた神コスの印が刻まれた塔、城の夢を見たような気がした。


 翌日、仕事を終えたあと、信人は資料の束を携えてアトラス編集部に足を運んだ。応接室の入口の傍らには、芹沢博士が残したものが変わらず突っ立っていた。古びた警帽のひさしに隠れた目は、恐らく信人をとらえた。応接室のドアにノックをしようと手を上げた信人に、つぎはぎだらけの警備員は声をかける。
「こんばんは 星間さん」
 無垢だ。信人がどんな人間であるか、詮索しようともしない。
「こんばんは、陸號さん」
 信人はにいと微笑んで、ノックをし、応接室に入った。信人の笑みに、人造人間が笑みを返すことはなかった。

 リチャード・レイは蔵木みさととともに応接室に居り、相変わらず書き物をしていた。信人の顔を見るや、レイは怪訝そうに眉を寄せた。或いは、忌々しさから眉をひそめたのかもしれないが。
「お望みのものをお持ちしましたよ」
 信人は鞄から資料と、それを現代語に直して要点をまとめたレポートを、レイの前に置いた。レイはさすがに、それには礼を言った。芹沢博士の研究所から持ち出した資料は、当然のことながら明治時代のことばで書かれていて、イギリス人であるレイにはさっぱり理解不能な代物だったのである。
「どうやら、『芹沢式鬼兵』作成のための覚え書きであったようです」
「ほう」
 レイは、興味深そうに目を光らせた。彼と信人が、今もっとも関心を寄せている謎である。
「残念ながら、概念と理論が延々と並べられているだけのものでしたがね――いや、実に興味深かった。あの気まぐれな御方の智慧を授けられていたとはいえ、あの世界の力を何とかこの世に引き出そうという努力と才知には、本当に感心させられましたよ」
「あの気まぐれな輩の介入は、禍であったと言えましょう」
「そうですか?」
「多くの人はそう言いますよ。わたしも含めて」
「そうでしょうかねえ。どうも僕は、芹沢博士が幸福であるような気がしてならないのですよ」
 資料に目を落としていたレイが、くつくつと笑みを漏らす信人に目を向けてきた。その目は、きらりと紫色の光を帯びた。
 だが、それだけだった。
「是非、芹沢博士とその理論について語り合ってみたいものです」
「日本語をお間違いになってはおられませんか? ……芹沢博士は、100年も前に――」
 言いかけてから、レイはかぶりを振る。
「いや、……日本語は、難しいですね」
「ええ、その通りです」
 それから、レイは信人がまとめたレポートに没頭してしまった。このオカルティストもまた、信人と同じように、一度深淵に首を突っ込んでしまうと、なかなか戻っては来られない性質なのだ。
 レイは、『錫の鍵』に関する記述に目を通しているようだ。
 その辺りの内容ならば、わざわざ劣化した資料と睨み合わなくても、『生き証人』に尋ねたら済むことだ――
 信人は、応接室のドアを開けた。
 生き証人が、ぎし、と顔を向けてきた。


「何をするつもりですか?」
 当の本人よりも先に、陸號を連れてきた信人に対して、レイは疑問を投げかけた。
「調べさせてもらうのですよ。レイさんも興味がおありでしょう。貴方は律儀なお方ですから、まだ直接『お願い』してはいないのでは、と思いましてねえ」
「彼は未知の術式そのものですよ。迂闊に手を出すべきではありません」
「おお、貴方にしては、慎重な選択です」
「……」
 むっとするうっかり者を尻目に、信人はつぎはぎだらけの術式を見上げた。ようやく、陸號が不思議そうに首を傾げた。内部機構には木製のものもあるようで、ぎし、という古めかしい音がした。
「僕は博士ではありませんから、強制することは出来ません。ただ出来れば、貴方の構造を調べてみたいと思いまして……お願い出来ますかねえ?」
「稼動中の 内部構造確認は 危険です 拒否します」
 とまどったように、陸號は答えた。芹沢博士は、しっかり秘密を守る術も用意してあったらしい。
「『錫の鍵』 ならば 現在 異常ありません」
 ほう、と信人は口元をゆるめた。
 その道では知らないものなどいない、ボストンに住んでいた夢想家――彼が持っていた、 『銀の鍵』。芹沢博士の研究所から見つけだされたものは、『錫の鍵』だった。錫ならば、簡単なつくりの鋳型でも同じものを低コストで大量に生産することが出来る。陸號は、量産されるはずのものだった。
「貴方は、博士から、ご自分がどのような理屈で動いているかお聞きになりましたか?」
「あまり 詳しくは」
「どの程度まで、ご存じですか?」
 陸號は――
 ゆっくり、何かをなぞるかのように、答えた。

「力 ではなく 世界が 自分を 生かしている と」

 博士は、それなりに自分の作品を愛していたようだ。
 彼らが生きている理由を、詳しく話さなかったのは――その証であると言うのか。
 どのみち、破滅の未来が待っているだけだ。
 多くのものにとっては。
 それがわかっただけでも、信人は大きな収穫を得たような、満足感を覚えた。
 けれども、最後にひとつだけ。
「夢を見ることはありますか、陸號さん?」
 その質問に、レイとみさとがぴくりと反応した。
「いいえ 睡眠を とる 必要が ありませんので」
 陸號は即答したが、
「ただ 見ることが――」
「ほう?」
「門の 向こうに 博士を 見出すことが まれに あるような 気が するのです」
「それならば、貴方は夢を見ている」
 ふふ、と信人は低く笑ってみせた。
「貴方が、夢そのものと言えるのですからね」


 信人が去り、陸號はしばらく、応接室の中で立ち尽くしていた。
 考えを巡らせているようであり、えも言われぬ哀しみを感じているかのようだった。
「あなたも夢を見るの? 陸號さん」
 黒尽くめの少女が尋ねる。
「あれが 夢と 呼べる ものならば」
 夢で出来た男が答えた。




<了>

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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【0377/星間・信人/男/32/私立第三須賀杜爾区大学の図書館司書】

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               ライター通信
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 モロクっちです。今回は陸號が(文字通り)引きずりこまれて感謝感激です。何と言いますか、精密機械ですので、取り扱いには気をつけて下さい(笑)。陸號は人を疑うことがないので、今後も星間様にもレイやみさとと同じように接するはずです。
 星間様の最後の質問と反応は、陸號のみならずわたしも心打たれるものがありました。ドリームランドばんざ……もとい、イア! カダス!