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<東京怪談・PCゲームノベル>


失恋レストラン
 寂れたレストラン、というのはどこの町にもあるものだ。
 その店のドアに、手書きで求人広告が掲げてあるのも、これまたよくある光景だ。
 だが――
『超能力・霊能力など特別な力のある方募集』
 というのは、なかなか見られる広告ではない。
 なんだこれは、と足を止めると、まるで待ち構えていたかのようにドアが開いて、疲れた風情の男性が顔を出した。
「……もしかして、超能力とか霊能力とか、あったりします? もしそうなら、うちで働いてみませんか?」
 言いながら、男は卑屈な笑みを浮かべて見せた。
「ああ、あたしでよければ、お役にたつならいくらでも協力するよ。なんだい、人手が足りないのかい?」
 九重京香は、人好きのする笑顔で男に語りかけた。
 すると男はへへ、と笑う。
「人手が足りない、のとは少し違うんですけどね。なんていうのか、こう、ちょっと怪奇現象が……まあ、詳しいことは中でお話しますので。さあ、どうぞどうぞ」
 怪奇現象、と言ったあたりから、男はぐっと声を低くする。
 どうやら人には聞かれたくない事情があるらしい。京香はうなずくと、男にうながされるまま、店の中へと足を踏み入れた。
「……うわ」
 店の中に入ってあたりを見回し、京香は思わず声を上げた。これはひどい。
 普通、いくらさびれていても、レストランというのは、もう少しきちんとしているものだ。椅子が倒れていたり、テーブルクロスが床に落ちていたり、というのは異常だろう。
「見ての通りのありさまでして……ほとほと困り果ててるんですよ」
「まあ、そりゃ困るだろうねえ……。でも、それなら、掃除すればいいんじゃないのかい?」
「そうなんですけどね。掃除しても、またすぐにこのありさまです。実は、うちの店、幽霊がすみついてるんですよ」
「……幽霊?」
 男はうなずくと、幽霊の手のポーズをして見せた。
「ええ、たいへん嫉妬深い幽霊でしてね……うちの店はもともとカップル向けにっていうのではじめた店だったんですが、カップルが入ってくると、ポルターガイスト現象は起こるわ、ラップ音は鳴るわ……。おまけに、うちの店に入ると恋人と別れるなんていうジンクスが広まって……」
「そりゃまた……思ったより、深刻そうだねえ。どうりで、顔色が悪いわけだ。その様子だと、ちゃあんとメシも食べてなけりゃ、睡眠もとってないんだろう? そのあたりで仮眠でもとっときな。あたしがなんとかしてやるからさ。とっときの曲、演奏してやるよ」
 京香は背負っていたケースを開いて、アコースティックギターを取り出す。
 弦を軽く指ではじいて音を合わせると、京香は近くの椅子にかけた。
「あ、でも、そんな、寝てたりしていいんでしょうか」
「ああ。大丈夫だって、あたしに任せておきなよ」
 明るく答えると、京香は弦を指ではじく。深みのある、低い音が響いた。
 ゆったりとしたリズムで単調な曲を奏でると、次第に、男の目がとろんとしてくる。
「……なんだか、眠くなってきました」
 男は目をこすりこすり、大きなあくびをする。
「いいよ、寝ちまったらどうだい」
「……すみません、そうさせていただきます」
 申しわけなさそうにへこへこと頭をさげながら、男は近くの椅子にかける。そうして、テーブルへと突っ伏して、すやすやと寝息をたてはじめた。
 それを見届けると、京香は曲調を激しいものへと変える。
 ポルターガイストが起こっている、というのだから、つまりは幽霊かなにかがいる、ということなのだろう。
 だとすれば、炙り出すまでだ。
 しばらくすると、空気がぶるぶると震えだす。
 やがてなにやらもやのようなものが、京香の前で人のような形をとりはじめる。眺めていると、それは髪の長い女の姿になった。
「あんたがここのレストランに悪さしてたんだろう?」
「……おまえなんかに、なにがわかるのよ」
 京香が話し掛けると、女は恨みがましくきぃきぃと声を上げた。
「私はねえ、結婚するはずだったの。でも……食中毒で死んだのよ!」
「ここのレストランの料理でかい?」
「違うレストランよ。でもレストランは全部憎いわ! 幸せそうなカップルもね!」
 女が甲高い笑い声を上げて、あたりを飛び回る。
 するとそれに呼応するかのように、椅子が倒れ、テーブルクロスが宙を舞った。
「……まったく、しょうがないねえ……」
 京香は軽く舌打ちする。
 こういう相手が、一番厄介なのだ。
 気持ちがわからないとは言わないが、それでも、間違っているものは間違っている。だが、それを相手にわからせるのは難しい。
「強制的に成仏してもらうよ!」
 京香はそう宣言すると、ふたたび曲調を変えた。
 曲調は一転、神々しいものへと変化していく。
 京香はなんなくこなしているが、これはかなりの高等技術だ。ただ弾いているだけのようにはたからは思えても、曲調が変われば弾き手の心構えも変わらなければならない。それが音楽というものだ。
 だが、京香はまるで何事もなかったかのように弾き続ける。
「……あら?」
 先ほどまで縦横無尽にあたりを飛び回っていた女の霊が、ふと、我に返ったように目をしばたたかせる。
 どうやら、悪意が抜けたらしい。京香は手を止めて、女に向かって微笑みかけた。
「少しは落ち着いたかい?」
「……ええ、ごめんなさい」
 女の霊は、しおらしく頭をさげてくる。
 京香の奏でた曲が、霊の心をしずめたのだ。今や彼女は悪霊などではなく、しおらしいひとりの幽霊になっていた。
「まあ、人間、たまには他人を恨みたくなることもあるだろうしね。改心したならそれでいいさ」
 京香は大きくうなずいた。
 女の霊も顔を上げて、京香にうなずき返してくる。
 そして笑顔のまま、女の霊は薄れていって、最後にはあとかたもなく消えてしまった。
 あとには、京香と、寝息をたてている男だけが残される。
「……さぁて、サービスにもう1曲弾こうかね」
 京香はつぶやくと、弦をつまびいた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0864 / 九重・京香 / 女 / 24 / ミュージシャン】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、2度目の発注ありがとうございます。ライターの浅葉里樹です。
 今回は京香さんおひとりで解決していただく形になったので、このような形になったのですが、いかがでしたでしょうか。お楽しみいただけていれば、大変嬉しく思います。
 もしよろしかったら、ご意見・ご感想・リクエストなどがございましたら、お寄せいただけますとありがたく思います。ありがとうございました。