コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


粘着質的幽霊



■ オープニング

 高校生、白木唯香(しらき・ゆいか)は昔から霊を目視することができた。とは言え、滅多に見れるわけではない。そして、今回も偶々だと思っていたのだが――。
「……何なのよ、あれで隠れてるつもりなの?」
 唯香は後方の電柱を睨みつけた。割と強気な性格の彼女は幽霊にも臆することはない。
 電柱からはみ出している巨体は、格闘家のようなたくましさはなく、単に太っているだけで――つまり脂肪の塊だ。とにかくキモイったらありゃしない。
 無視して歩き出すと背後で足音がする。幽霊のくせに足があるのか、と無用なツッコミを入れつつさらに無視して歩く唯香。
「はぁはぁ……」
 荒い息遣いと引きずるような足音は耳障りだ。この世から抹消してしまいたいほどに。
「あーもう、いい加減にしてよ!」
 思い切って振り返り叫ぶと男は忽然と姿を消してしまっていた。

「それが、二週間も続いたんですよ――」
 げっそりとした顔で唯香は碇・麗香に抱きつく。碇の友人の娘である唯香は昔から霊絡みの事件に巻き込まれると真っ先にここへやって来る。警察に話すわけにもいかないし、他に頼る先がないといっても良い。
「災難だったわね」
「……まだ、終わってませんってば」
「どうして欲しい? 唯香の頼みなら、派手にぶっ殺してあげるわよ」
「いや、霊だからもう死んでるって……。でも、そうね――この際だから木っ端微塵に」
「……お二人とも何、物騒なことを」
 三下が怪訝な顔で話しかけてきた。
「三下さん、こんにちわ。あ、その原稿、たぶん没ですよ」
「――シュレッダーはいやぁぁぁぁぁ!!!」
 脱兎よりも素早く三下は逃げ出した。
「その、霊なんだけど……幽霊のくせにストーカー行為を?」
 何事もなかったかのように話を続ける碇。
「そうなんですよぉ。クラブが終わって帰宅してるといつも姿を現すんです。どうにかなります?」
「うーん、そうね……」
 碇は編集部内を眺めた。すると、すぐに部外者が見つかった。つまり、調査員である――。



■ 編集部内

「じゃあ、頼めるかしら?」
「任せてください。あたしがその変態野郎を躾けてあげますよ。あはははっ」
 上機嫌に笑う藤咲・愛(ふじさき・あい)は某SMクラブのナンバー1女王様である。それはもう変態の扱いにはこなれているのだ。
「……あまり無茶はしないようにね」
 さすがの碇編集長も愛の高らかな笑いに不安を覚えたようだ。だが、適任といえば適任――いや、適材適所過ぎて逆に何か穴があるような気にさせられるのだ。
「愛さん、よろしくお願いしますー」
 唯香が頭を下げる。こちらは能天気だ。
 二人はそのうち意気投合し、「変態を」「変態が」などと会話の中の変態発生率を高めながら作戦を練り始めた。場所は編集部の――三下のデスク。
「だいたい、放課後ですね。でも、どうしてストーカーって朝は出ないでしょうね?」
「だって、学校や会社までは踏み込めないでしょ? その点、帰宅時なら帰る場所は一つ……」
「……何だか生々しいですね、現実って」
 唯香が不安げな表情を浮かべていた。
「ストーカーも仕事に行ってるんじゃないの?」
 側を通りかかった碇がそう言って向こうへ歩いていった。
「ああ、なるほど」
 二人は顔を見合わせて頷いた。
「で、話を戻すけど、その男に心当たりはないの?」
「いえ、顔を見たわけじゃないですから。見たくもないんですけどね」
「それはそうよね。ストーカーだし」
「あの、コーヒーどうぞ」
 その時、コーヒーカップを持った三下がやってきた。
「三下さんありがとー。でも、もう少しだけ待っててくださいね」
 唯香が微笑みながら言った。
「あの、幽霊ってどんなのですか?」
 三下が興味ありげに訊いてきた。暇つぶしの意味もあったに違いない。
「ストーカーですよ。三下さんもよくやってるでしょう?」
 愛がそう言うと、
「あはは、そうです……って、やってませんよ!」
 肯定した次の瞬間には否定していた。誰だってそうするだろうが。
「三下君、原稿はまだなの?」
「ひぃ!?」
 碇の声に脅える三下は机の下に潜り込んでしまった。
「で、調査の方法なんだけど、放課後に出るみたいだし、とにかく一緒に同行させてもらおうかと思ってるんだけど?」
「はい、よろしくお願いします。授業が終わったら校門前で落ち合いましょう」
「そうね」
「げ、げ、げんこうが、いやぁぁぁぁぁぁ!!!」
 三下の悲鳴と共に調査方法の概要が決定した。



■ 調査開始

 唯香が通う学校は都内にある名門校だった。愛は校門前で唯香がやって来るのを待っていた。妖艶なボディに服装も派手で、道行く者の視線は愛に釘付けだ。学校から出てくる男子生徒などは目のやり場に困っているのか、それとも単に純情なのか、愛の側を俯き加減で通り過ぎていく。
「すいません、遅くなっちゃって」
「問題ないわ。さ、行きましょう」
 二人は姉妹のように連れ立って歩き出した。
 時刻は四時半――唯香は電車通学で自宅付近まで三十分ほど掛かる。だいたい、繁華街を寄り道して帰ることが多いので、例のストーカー男と遭遇するのは五時半から六時の間になるらしい。
「じゃあ、適当に時間を潰しましょうか。いつも通りの行動をしないとね」
「そうですね」
 愛の意見に同意し、唯香は普段どおりの行動を開始した。
 街へ出て、ウィンドウショッピング。そうやって時間を消費し、電車を降りる頃には日が落ちかけていた。
「この辺りです……」
 唯香が小声で話す。
 しかし、その日は姿を現さなかった。たまにこういう日があるらしい。

 でもって翌日、同時刻。
「……愛さん、出ましたよ」
「どうやらそのようね」
 二人の後方、約十メートル。愛は一瞬、振り返って電柱に隠れている男を確認した。唯香が言っていた通り、霊体のようだがやたら人間味があった。その実態は、ただのストーカーだが。
「確か、振り返ったり近づいたりすると逃げるのよね?」
「そうなんです……幽霊ですしね」
「……捕まえるのは難しいわね。今日は偵察だけにして明日、捕まえない?」
「どうするんですか?」
「単純な話よ。別々に行動すればいいの。唯香ちゃんをあの男がストーカーするのなら、私はあの男をさらに後ろからストーカーしてやるわ」
「なるほどぉ、じゃあそれでいきましょう」
 作戦決行は明日に持ち越された。

 だが、次の日はストーカーの方がお休みだった。
「一体、どういうこと?」
「……さあ、私にも分かりません。気まぐれなんでしょうか?」
「あたしはただの変態だと思うけど」
 愛の苛立ちは最高潮に達していた。幽霊で、ストーカーで、変態だなんて、最悪なのにも程があるのではないか、と。
「ふふふ、絶対に懲らしめてあげるんだから」
 女王の意地をかけて負けられない――愛はしたたかだった。

 翌日、ついにチャンスが訪れた。
 唯香の後をつけるストーカー――その後方十メートルで様子を窺っていた愛はにやりと不敵な笑みを浮かべた。
 気配を殺して徐々に近づいていく。男は唯香に気をとられている。
「そこまでよ!」
「……ひ、ひぇぇ!」
 男は愛に気づくや否や悲鳴を上げた。
「ストーカー行為は法律で禁じられているのよ? あんた、知らないわけ?」
「ぼ、ぼくに法律が通用すると思うなよ!」
 今度は強気にでた。どうも逆切れらしい。
「ふふふ、良いわ。あたしが、あんたに本当の快楽というものを教えてあげるわ!」
 愛はどこからか(本当にどこからか)鞭を取り出し、アスファルトの上でバチンとそれを鳴らした。
「そ、そ、そんなもので……はぁ……はぁ……どうしようってんだ?」
「はぁはぁ、言ってんじゃないわよ、この豚野郎!」
 ――バシーン!
「ひゃぁぁぁ!」
 完全にスイッチの入った愛は鞭を振り上げ、男の脇腹を鋭く叩いた。
 道端で鞭を打ち鳴らす愛の姿は通行人にさぞ奇妙に映ったに違いない。
「あはははっ! まだまだ、これからよ! その溜まりに溜まった脂肪を全て燃焼するまで許さないわよ! この変態豚野郎!」
 愛は男の痛覚を半分だけ快楽に変換することで、男に痛みと喜びを与えた。あまり快楽ばかりを与えては躾にならない。それに、完全に相手が喜んでしまうと愛の楽しみも半減してしまう。
「だいたい、どうして昨日は姿を見せなかったのよ! あんたの都合に合わせられるほどこっちは暇じゃないのよ! おかげで仕事休んじゃったじゃないの!」
「あひゃぁぁぁ! すみません、すみません、昨日は見たいアニメがあったんです!」
「ふざけないで! 幽霊の癖に何がアニメよ! この変態オタク豚野郎!」
「愛さん、何だか語呂が悪いですよ?」
 唯香が、かなりどうでもいいことを指摘した。
「唯香ちゃん、そんなことを気にしてはいけないわよ? それより、どうして欲しいか注文してちょうだい!」
「……えっとぉ……縄……とか?」
「な、なわ!? 君が僕に縄でお仕置きしてくれるのかい!?」
「あんたに選択権はないのよ! いつからそんなに偉くなったのかしら? この、変態オタクロリコン豚野郎!!」
 愛は鞭と縄を巧みに使い、男を弄ぶ。鞭と縄と言葉による嘲弄――見事な三重奏である。男はマゾヒストの才能がありそうだな、と愛は思った。
 そして、お仕置きは夜まで続いた――。



■ 調査後

「まあ、何はともあれ解決したようね。あいがとう、私からも礼を言わせてもらうわ」
 碇は眼鏡のズレを直し、愛に微笑みかけた。
「あはは、私も十分にたんのう……いえ、いろいろ勉強させて頂きました」
「……ちょっと、こちらの方でも調べたんだけど、あの男、生前もストーカー紛いなことをやっていたようね。唯香の通う学校は名門校として名が通っているから、ターゲットには持ってこいというわけよ」
「いい迷惑ですよぉ……」
 唯香が深い溜息をついた。
「あの男、才能はあったけど、成仏してしまったから二度と唯香ちゃんの前には姿を現さないわよ」
「愛さん、才能って何の話ですか?」
「こちらの話よ。ね、碇さん?」
「私に振らないで。そもそも、私には何の関係もないでしょう」
「碇さんもよくやってるじゃないですか。三下さんに」
「あれは、教育よ。あなたがやっているのは調教じゃないの?」
「微妙にニュアンスが違いますよ。ま、本質は一緒だと思いますけどね」
 愛がそう言い包めると碇は呆れていた。
 変態オタクロリコン豚野郎(愛命名)はこの世から消滅した。
 唯香の日常もこれで安泰だろう。変態(中略)野郎も満足(?)したようだったし。
 愛は満足げな表情を浮かべながら編集部を後にした。



<終>



□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【0830/藤咲・愛/女/26歳/歌舞伎町の女王】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

初めまして、藤咲様。この度は調査依頼「粘着質的幽霊」にご参加くださいましてありがとうございました。
内容が内容だけにお一人様のご参加という事態になってしまいましたが、その分、好き勝手に書かせて頂きました(笑)。
裏表のない性格(別の意味で裏表ありそうですけど)は書いていてこちらも爽快な気分になれました。
それでは、またどこかでお会い致しましょう。本当にありがとうございました。

 担当ライター 周防ツカサ