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<東京怪談ノベル(シングル)>


たたかえ! 御飯戦隊!


 呆れるほどに青く澄んだ空、のどかに浮かぶ白い雲。
 今日も、窓の外はうんざりするくらいに晴れ渡っていた。
 その景色をガラス越しに見つめながら、デスクに座った俺は、はあ……と深い溜息をつく。
 ここは『便利屋本舗』事務所。……つまり、俺の職場だ。
 便利屋なんてものは本来、依頼主の元に出向いてその依頼に応じ、さまざまな業務を遂行する。――だから事務所になんて、新規の依頼話を受ける時や依頼を完了して報告書を書くような時でもない限り、そうそう居ることもなかったりするんだが……。
 今日は、事務所詰めが誰もいないとのことで、急遽俺が電話番をさせられる羽目になったのだった。
「……勘弁してくれよ。こんな天気のいい日にさぁ。こんなとこにこもってなきゃならないなんて、気が滅入っちまうよ……」
 まあ電話番なんて楽な仕事だけどな。しかし俺としては、こんなところで座って電話を待ってるより、外で思いっきり身体を動かしたりしてる方が性に合っている。
 第一肝心の電話だって、さっぱり鳴りやしない。朝からここに座ってるが、まだ1回も電話なんか鳴ってないしな。
 当然、事務所の中には俺一人しかいないわけで。話し相手もいやしない。
 暇過ぎると、かえってどうにもイライラしちまう。
 俺は少しでも気を落ち着けようと、ラッキーストライクを一本取り出し、火をつけた。
 と同時に、まるで狙いすましたかのようなタイミングで、デスクの上の電話が鳴った。俺は反射的に受話器を掴む。
「あいよ、便利屋本舗」
 腹の中にたまっていたもやもやがうっかり声に出てしまったか、我ながらドスの効いた声になってしまった。いけねぇ。
 しかし、受話器の向こうの『客』の声は、そんな俺の声に気おされるどころか、愉快そうに笑った。馴染みのある声で。
《ははッ、どうした? やけにフラストレーションが溜まってるようだが》
 声の主は、俺の親戚に当たる臨床心理士だった。都内某所のとあるビルにひっそりと診療所を開いているのだが、聞いた話では年中閑古鳥が鳴いている状態らしい。まあ、風体からして変わり者のこの男に診てもらおうなんて物好きもそうはいないだろうが。
《ストレス性疾患の兆候があるなら、ぜひ今度うちに来い。丁寧に診てやるぞ。親戚のよしみで、格安サービスにしてやる》
「……俺をおちょくるためにわざわざ電話してきたのかよ。こっちは仕事中なんだぜ」
《その割には忙しそうな声じゃないな。退屈すぎて苛々してるように聞こえるが》
 奴の鋭い指摘に、ぐっ、と言葉に詰まる俺。
《ま、こっちもひやかしで電話したわけじゃない。ちょっと、お前に頼みたいことがあったんだ》
「……頼み?」
《実は、少々色々あって、うちに甥っ子が転がり込んできてな》
 電話口の声が、急に老け込んだかのように、疲れを滲ませた響きを帯びた。
《居候ってことで、当面俺が面倒を見てやることになっちまったんだ》
「……ほー。それで?」
《その甥っ子が言うには、なんでも明日新宿のデパートで、変身ヒーローショーをやるらしいんだ。で、あんまり行きたいってうるさいもんで、連れてってやるって約束をしてたんだが……急に出張診療の予約が入っちまってな》
「……なるほどな。要は俺に、代わりにその甥っ子の子守りをしろってわけだ」
《流石! 冴えてるなッ!》
「――他を当たってくれ」
 受話器を戻そうとする俺の手を、必死の声が制する。
《おいこらー! まあまあ、待てって!》
「あのなあ、こちとら明日はたまの休みなんだぜ。何が悲しくてガキの相手なんかしなきゃなんねぇんだ」
《ちゃんと報酬は出す。俺は『客』として、『便利屋』のお前に依頼してるんだ。それなら文句はないだろう》
「しかしなあ……よりにもよってヒーローショーだと……? いい歳してそんなもんに行けるかよ……」
《でも、大人にも結構ファン多いらしいぞ。なんつったかな、あれ……ほら、日曜の朝にテレビでやってるやつだ》
 それを聞いて、俺ははっと表情を強張らせた。
 もしかして――あれなのか?
 不意に、俺の心臓が高鳴った。
《色違いの奴が五人でてきて……なんだったかな、変な名前だったんだが、思い出せない》
 ……間違いない。あれだ。
 確信した俺は、不意に身体の奥から沸きあがってきた興奮に、受話器を取り落としそうになっていた。
《おーい、もしもし……?》
「わかった、受ける。明日だな」
 先ほどまでの不機嫌はどこへやら、俺は二つ返事で奴からのその依頼を引き受けていた。

         ※         ※         ※

『やって来ました収穫期!!
 農家の祈りが豊作呼ぶぜ!!
 悪しき害虫打ち砕く
 農薬要らずの有機栽培!!』

『――こしひかりレッド!!』

『――ささにしきブルー!!』

『――あきたこまちイエロー!!』

『――はえぬきグリーン!!』

『――ひとめぼれピンク!!』

『御飯戦隊!! ――オコメンジャー!!』

 ステージの上で五色の戦士たちが叫び、華麗なポーズを決める。
 そこからわずか数メートル、客席の最前列に座った俺は猛烈に興奮していた。
 背後のガキどもの視線も、隣に座ったこまっしゃくれた少年の呆れ顔も、もはや俺の心の中からは消え去っていた。あるのは、眼前で今まさに繰り広げられている、正義の御飯戦隊と、悪の害虫軍団との戦いの興奮、それだけだ。

『おのれ、オコメンジャー! また田畑を荒らして農作物を台無しにする我々の計画を邪魔する気かッ! こうなったら、アブラムシ兵ども、やってしまえッ!!』
『ぎぃぃ〜っっ!!』

 害虫怪人コメツキーの号令一下、わらわらと害虫軍団の戦闘員たちが五人を取り囲む。 その危機に、ステージ脇に立つ司会のお姉さんが高らかに叫ぶ。
《大変! オコメンジャーがピンチだわッ! でも、みんなの正義の心が届けば、きっとオコメンジャーはこのピンチを切り抜けてくれるはずッ! さあみんな、一緒に『がんばって、オコメンジャー』って叫んでパワーを送りましょう! いっ、せーのッ!》

『――がんばってー、オコメンジャー!!』

 もちろん、俺は叫んだ。力の限り叫んだ。
 その思いが通じたか――数の差の前に苦戦を強いられていた彼らは途端に勢いを取り戻し、次々と害虫軍団をなぎ倒してゆく。
 そして五人の力を合わせた必殺技・パールライスブラスターが怪人コメツキーの身体を貫く。怪人は有機農法に怨嗟の言葉を残し、倒れた。

『オコメンジャーの活躍で、今日も日本の農業と食文化は守られた!
 ありがとうオコメンジャー、そしてありがとう農家の皆さん!
 皆も御飯は残さずおいしく食べようね!』

 ショーを締める司会のお姉さん。
 そして子供たち(+俺)の歓声の中、五人の戦士たちは倒れたコメツキーをひきずりながらステージの袖へと消えていったのだった。

         ※         ※         ※

 ショーが終わり、俺は少年とともにデパートの屋上にあるベンチに座ってソフトクリームを食べていた。
「いやー、面白かったよな、なっ!」
 上機嫌の俺は、傍らに座る少年――むろん、親戚の甥っ子だ――に同意を求める。
 実は俺、この『御飯戦隊オコメンジャー』だけは欠かさず見ていたのだ。最初は子供番組とひやかし半分で見ていたのだが、いつのまにやら大ファンになってしまっていた。
 一方、少年は少し疲れたような表情を浮かべていた。
「んー、まあ、楽しかったには、楽しかったんやけど……」
 何やら歯切れの悪い口調だ。
「……まあええわ。もうショーも終わったし、帰ろうよ、真さん」
「何言ってんだ。まだショーは午後の部も残ってるんだぜ。あと二時間くらいでまたやるみたいだから、それまで飯でも食って暇を潰すとするか」
「……えーッ!!」

 それから結局、午後の部の方も、甥っ子を巻き込んで夢中になって見ていたのは言うまでも無い。