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<東京怪談・PCゲームノベル>


 アトランティック・ブルー #1
 
 話は少しさかのぼる。
 数日前の荘からの一本の電話。それが発端だった。
『あ、孤月さん?』
「こんにちは、荘さん」
 名乗らなくても声でわかる。その声は、いつもより弾んでいるような気がする。何かいいことがあったのかもしれない。
『あ、こんにちは。来週って、予定、空いてるかな。もう、入っちゃった?』
 予定がないこともないが、空けられないこともない。よって、空いていることにすることにした。
「空いてますよ」
『本当にっ? やったー!』
 電話口で荘は喜んでいる。いったい、何がそんなに喜ばしいのか。
『あ、ごめん。実は、荷物を運ぶという依頼が入ったんだ。目的地は沖縄。とても高価なものらしくて、狙われているわけではないけれど、念のためということで、本物とダミーとを運ぶことにしたんだ。……孤月さん、ひとつ頼まれてくれる?』
「ああ、そういうことか。はい、おっけーですよ」
 なるほど。事情を察し、こくりと頷く。
『沖縄までの道のりは、もちろん、経費。それだけでも嬉しいんだけど、なんと豪華客船に乗れるんだよ〜』
「豪華客船?」
『そう、アトランティック・ブルー号、処女航海、一等客室!』
 その名前は聞いたことがある。最近、巷で噂の豪華客船で、その乗船券はなかなか手に入らず、航海日が近づくにつれて価値を増しているという。荘の声が弾んでいる本当の理由がわかったというものだ。
「やりましたね、荘さん!」
『やりましたよ、孤月さん! ……もうひとりは昴くんを誘う予定なんだ。それじゃあ、待ち合わせは……』
 待ち合わせ場所と日時を決め、電話を切った。
 それが数日前のこと。
 そして、今日、豪華客船は処女航海の日を迎える。
 
 荘、昴のふたりと合流し、依頼の品と対面する。
 それは同じ型、色のトランクのなかにあるらしく、中身がなんであるのかはわからない。そのトランクのうちのひとつが差し出される。
「はい、これが今回、運ぶ荷物だよ。……大事に扱ってくださいね!」
 これから豪華客船に乗船するせいか、荘の表情はいつにも増してにこやか。昴もにこやかで……おそらく、自分も。だが、それは仕方がないかもしれない。
「本物はひとつ、ダミーがふたつ……本物は……」
 トランクを受け取りながら疑問を口にする。
「はい、俺しかわかりません。……言っておいた方がいいかな?」
 荘は小首を傾げる。それに対して、横に首を振ることで答えた。
「いや、いいよ。それぞれに自分の荷物を守りきる……逆に、わからない方がいいかもしれない。自分が本物だと思っていた方が気合が入るからね」
 その言葉に荘は頷き、そのあと、昴を見やる。昴はにこりと微笑み、荘もにこりと笑みを返す。
「楽勝な依頼だよね〜、軽い、軽い!」
「そうですね、かなり軽いです」
 トランクを上下させながら昴は言う。
「……いや、たぶん、荘さんはそういう意味で言ったわけではないと……」
 おそらく、余裕でこなしちゃうよという意味なのでは。荘の笑みは少し引きつっているような気がするし。
「え?」
 にこりと昴は笑う。……わかっていない。
「……ま、まあ、とにかく、乗船手続きを終えたら、部屋を確認して……それから、自由行動にしようね。せっかくの豪華客船なんだし」
「そうですね。軽いですから、持っていても差し支えはなさそうです」
 トランクを手に昴は微笑む。
「……」
「?」
 ……とりあえず乗船手続きを行ってしまうことにした。
 
 客室は三等、二等、一等、特等というクラスがある。
 今回は、一等客室。
 何が違うのかといえば、部屋の位置、部屋の広さ……そして、待遇。特等と一等の乗客はメインレストランでの食事が十八時から可能で、二等、三等の乗客は二十時からとなっている。つまり、混雑することなくゆっくりと食事を楽しめるということだ。船内のイベントや施設においても、予約が少しだけ先に行えたりと何かと優遇されるという。
「さて、一等客室のフロアは……あれ、昴さんは?」
 船内は当然の如く階層で構成されている。一等客室のフロアへ向かおうとしたところで、昴の姿がないことに気がついた。そこには荘の姿しかない。
「え? あ、あれ? 隣にいたと思ったんだけど……」
 周囲を見回し、昴の姿を探す……と、いた。知らない誰のあとについて行ってしまっている。……それは俺たちじゃないですよ、昴さん……心のなかで突っ込みをいれる。
「……」
「……あ」
 思わず見守っていると置いてあるブロンズ像に昴の肩が触れた。……ぺこぺこ頭を下げて謝っている。
「……」
 昴さん……。額に手を添え、ため息をついたあと、昴のもとへと向かう。
「昴くん」
 荘の呼びかけに昴は反応する。
「すみません……あ」
「どんなに謝っても相手は許してくれないよ」
 確かに。ブロンズ像は口をきかない。
「え? ……ああ! ……うっ」
 納得した昴の顔色は少し青ざめているような気がする。……もしかして、船酔いか? ほとんど揺れを感じないというのに。
「昴さん、もしかして、船酔い……?」
 労り、声をかけてみる。
「ちょっと頭がくらくらするだけです。大丈夫、大丈夫、だい……」
 ……本当に、大丈夫なのか? 荘と顔を見あわせる。そして、ため息をついた。
 
 エレベータで一等客室のフロアへとやって来る。
 荘は番号を確かめ、ブルーカードで扉を開ける。乗船手続きの際に渡されたブルーカードという青色のカードがルームキーや身分証明の役割をするという。
「さて、部屋についた。昴くんは少し部屋で休んだ方がいいよ……って、いないんですけど?」
 扉を開き、振り向いた荘の笑みが苦笑いへと変わる。
「えっ」
 驚き、周囲を見回す。……確かに、いない。
「直線距離にして、10メートルないよ……」
 エレベータからここまでの距離は……わずか。具合が悪いようだから、はぐれないようにと注意を向けてきたにも関わらず、ここにきて昴は姿を消した。
「また、誰かについて行ってしまったのかな……」
 とてもあり得るような気がする。いや、絶対にそうだ……。
「確かに、エレベータをおりたとき、数人一緒だったけど……とりあえず、部屋に入ろうよ、孤月さん」
「昴さんは?」
「大丈夫だよ。部屋の番号はわかっているんだし、ブルーカードも持っているから、部屋の鍵も開けられる。昴くんはやるときはやってくれる人だと思うし……それにね、ここが一番大きな理由なんだけど……」
 そう言って小さくため息をついたあと、言葉を続けた。
「探しても、見つけ出せないような気がするんだ……」
「……」
 ……納得。
 
 依頼を受けてはいるが、船内散策も楽しみたいからと、ふたりが船内を楽しみ、ひとりが部屋で荷物を見張ることにした……のだが、昴はいない。とりあえず、昴が船内散策を楽しんでいる……とは思えないが、楽しんでいることにして、荘か自分、どちらかが部屋に残ることになったわけだが。
「孤月さん、先にどうぞ」
 荘は言う。しかしと躊躇っていると、さらに荘は言葉を続けた。
「まずは、依頼を受けた当人として、俺に見張りの一番手を勤めさせてよ。仕事は仕事、遊びは遊び……ということで、楽しんできてくださいねっ」
 それならと素直に送りだされることにして、部屋をあとにする。
 とりあえず、どこからまわろうか。
 かなり広いらしいことはわかっている。何も考えずにまわるのもそれはそれで楽しいかもしれないが、とりあえず概要くらいは知っておくことにした。乗船の際に手渡されているパンフレットを取り出し、広げる。
それにはアトランティック・ブルー号の概要、施設についてが記載されている。
 重量は118000トン、最大乗客は約3000人、全長は約300メートル、幅は約45メートル、水面からの高さは約55メートルとある。客室は1340室で、そのうちのひとつが自分たちの一等客室ということになる。
 船の主だった施設は、大小様々な七つのプール、映画館、劇場、遊技場、図書館、インターネットルーム、スケートリンク、ロッククライミングなど。船上結婚式用のチャペルもあるらしい。
 食に関するものは、メインとなるレストランの他に二十四時間営業で軽食やデザート等を楽しめるフードコーナー。これら食に関する費用は基本的に乗船料金に込みとなっているとある。つまり、好きなとき、好きなだけ、どれだけ食べても無料……ただ、例外として、アルコールの類だけは別料金で、ブルーカードの提示が必要となるらしい。
 なるほど。
 パンフレットをしまい、歩きだす。モダンかつクラシカルな内装は、それだけで美術館にでもいるような気にさせてくれる。実際、壁には絵画が飾られていたりもするし、ちょっとした空間には像があったり、それらをひとつひとつ眺めてまわるだけでもかなりの時間を要するような気がする。
「ラウンジの螺旋階段、凄かったねー」
「うん、吹き抜けになっていて、すごく綺麗だった」
 ふとそんな会話を耳にする。その声の調子に感嘆としたものを感じ、そんなにもすごいものなのかと興味をそそられた。ラウンジはすぐそこ。螺旋階段を眺め、軽く何かを飲むのも悪くはないかもしれない。
 ラウンジの一部分は会話のとおり三階層分の吹き抜けとなっていて、天井はかなり高い。そこにゆるやかな螺旋を描く階段があり、記念写真を撮るたくさんの人々で賑わっていた。その近くには船の模型があり、階段も確かにすごいのだが、その緻密な模型に心ひかれた。
 ガラスケースのなかの模型を見ると、船の全体像がわかる。断面図も見たいところだと思いながら、ガラスケースから離れ、ラウンジでひとやすみすることにする。どこへ腰をおろしたものかとラウンジ全体を眺めているうちに、ふと、華やかな雰囲気を漂わせながらも、時折、視線を鋭くする女性の存在に気がついた。
 なぜ、視線をそんなにも鋭いものへと変えるのか。
 その視線の先には何があるのか……彼女の視線の先を追ってみる。
 恰幅のいい男を中心に会社員かと思われるスーツ姿の男が数人いる。ラウンジでの休憩をしているのか、それぞれに飲み物を口にしている。
 時折、視線が鋭くなるのは、彼らの動きに警戒をしているから?
 声をかけてみようか……しかし、どうやって声をかけたものか。下手な方法で声をかけると煙たがられてしまいそうだ。
 ……やはり、アレか?
 スタンダードに『隣、いいですか?』……しかし、周囲のテーブルがわりとがらがらなのが、ちょっと。
 声をかけることは難しくはないが、警戒されないようにするのは、難しい。あれこれと考えているうちに、彼女は席を立った。
 そして、すたすたと……しかし、様子を見るように歩きだす。はっとして、恰幅のいい男とその数人の方へ視線をやると、彼らは休憩を終えていた。……つまり、彼女の休憩も終わった、と。
 声をかけそびれてしまった。
 悩まずに声をかけてしまえばよかっただろうか……と思ったところで、彼女が座っていた席に茶色の封筒が置いてあることに気がついた。
 忘れてる!
 それを手に取り、ラウンジをあとにした彼女を追いかける。
「……」
 だが、彼女の姿は、もうどこにも見あたらなかった。
 
 彼女が残した茶封筒の中身を確認してみる。
 勝手に人のものを覗くのは少し悪いような気はするが、それは時と場合による。もしかしたら、いらないものかもしれない。そうであれば、ごみ箱へ捨てておくし、そうでなければ……。
 封筒の中身は写真だった。
 一枚は、あの恰幅のいい男。
 一枚は、古そうな鏡。
 一枚は、絵巻物でも入っていそうな細長い桐の箱。
 一枚は、龍宮城の玉手箱を思わせるような漆の箱。
 そして、一枚の手紙。
『ひとつは陸路、もうひとつは海路、残るひとつの経路は不明だ。私は陸路を押さえる。君は海路をよろしく頼む。乗船券はどうにか手配した。三上。追伸。あまり無茶はしないように』
 手紙と写真とを封筒にしまう。とりあえず、いらないもの……ではなさそうだ。
「……」
 写真に写っているものは、骨董品の類に入るかもしれない。だが、どうして彼女はそんな写真を持ち、あの男を見張っていたのか。
 そろそろ見張りを交代する時間だ。
 このことは部屋に戻ってゆっくりと考えることにしよう。
 孤月は小さくため息をついたあと、歩き始めた。
 
 −完−


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1582/柚品・弧月(ゆしな・こげつ)/男/22歳/大学生】
【2093/天樹・昴(あまぎ・すばる)/男/21歳/大学生&喫茶店店長】
【1085/御子柴・荘(みこしば・しょう)/男/21歳/錬気士】


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■         ライター通信          ■
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ご乗船、ありがとうございます(敬礼)

相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。口調ちがうよ、こういうとき、こう行動するよ等がありましたら、遠慮なく仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。

こんにちは、柚品さま。
今回はやや砕けた口調で書かせていただきました(掲示板を参考にさせていただきました……御子柴さまの)ところで、柚品さまの能力では写真そのものではなく、写真のなかに写っている被写体たる物品の情報を読み取りは可能でしょうか(どうしようかと考え、とりあえずその手前で止めてしまいましたが)

今回はありがとうございました。#1のみの参加でも旅の一場面として楽しめるようにと具体的な事件が発生するまでは話を進めておりません(一部、例外な方もいらっしゃるかもしれませんが^^;)よろしければ#2も引き続きご乗船ください(29日から一週間、窓を開ける予定でいます)

願わくば、この旅が思い出の1ページとなりますように。