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<東京怪談ノベル(シングル)>


天敵はシロアリ




『古い木造の家がもっとも恐れる生物は、シロアリ』


 とある事件で耳にしたその言葉は、あたしの頭から容易に離れようとしない。
 あたしの家は木造なのだ。それも推定築百年の。これはもしかして、シロアリにとって格好の棲家なのではないだろうか。
(シロアリ……)
 どんな姿をしているの、と悩む。今まで見たこともないし、そもそも見たくもない生物だけど、海原家が狙われる危険性があるとあっては、調べない訳にはいかない。
 まさか我が家が、とは思うものの、嫌な想像は広がるものだ。
 畳を眺めながらもその下を思い浮かべ、柱を眺めながらもその中を思い浮かべる。この中にいるのだろうか。
 肝心のシロアリがどんな形をしているのかわからない故に、頭の中で生物の影が形を変え大きさを変え数を変え、蠢いている。
(シロアリっていうからには、白いのかなぁ……)
 うー、と手で顔を覆う。想像したくない。
(盲点だった)
 あたしはお掃除には手を抜いたことはなかった。お掃除が特別に好きという訳ではないけど、隅々までお掃除した後の部屋を見渡すのは好きだった。動いたために少々汗ばんだ身体を畳に寝かせて、深呼吸する。綺麗になった部屋は空気も澄んでいる気がして、心地良い。
 ――それなのに、シロアリなんて。
 柱や床下にはまるで気を配っていなかった。シロアリなんて考えもしなかったのだ。
(なんとかしなくちゃ)
 ぐるりぐるりと駆け回るシロアリの影に怯える。


 ネットや図書館で調べてみてわかったことは、シロアリという名前だからと言って、必ずしも白い色をしているとは限らない、ということ。また、害のない小さな群れの場合は大丈夫らしい。勿論大きくなれば対処する必要が出てくるが――。
 予想以上に種類の豊富な生物で、シロアリ対策の本ではご丁寧にも写真がついていた――ある意味ホラー映画よりも恐ろしい。
 あたしは必死に目を逸らしながら、文章だけを拾おうと勤めた。
 写真を見ないように見ないようにすればする程、視界の端にある画像を意識してしまい、ある時は図書館内にも関わらず悲鳴を上げるところだった。
 とても家に持ち帰る勇気はなかったので、簡単なメモを取って図書館を出た。それでも中々怖い思いは消えず、足がもつれそうだった。家に着く頃には、心なしか鍵を持った指先が震えていた。
 シロアリは欠陥住宅にも多い――最近はそちらの方が問題になっている。
(あたしの家には欠陥はないから、その点は大丈夫なんだけど)
 だが安心は出来ない。
 ――シロアリがいるかいないか。業者に依頼すれば早いだろう。折良く「無料で点検致します」と書かれたチラシも入ってきていた。
(でも)
 なんで無料で点検してくれるんだろう。逆に警戒心を抱いた。シロアリのことを調べてもらいたいのに、床下を見るなり「地震の耐久性が無いですね。直さないと……」などと関係のない商売話を始められたら、帰ってもらうのに苦労する。
 有料の業者に頼めば大丈夫かもしれない。でもお金が勿体無い気もする。お金はあたしがこつこつと貯めているから、小さな出費くらいは困らないけど、使うとなると「こんなことくらいで……」と思ってしまう。自分でも驚くくらい、あたしの財布の紐は堅かった。
 ――悩んだ末、あたし自身で解決することにした。
(そのためには、お母さんに戦闘服を借りて……)
 シロアリ対策へ向けて、着々と準備を進める。


 床下を見なければ始まらない。床下だけが危険ということはないけど、日頃気を配らない場所で、最初に浮かんだのは床下だった。目に付きやすい場所の柱などは腐ってもなく湿ってもなく、小さな変化も見られなかったのだ。
 これで床下にもシロアリの気配がなければ、安心出来る。
 髪を束ねてから、服を脱いで、お母さんの中古戦闘服を身にまとう。まるであたしの肌のように貼りつくスーツで、足まで守ってくれる。これなら生物どころか砂一粒だって入り込めないだろう。
 ゴーグルもある。これをつけておけば埃や虫が目に入ってくることもない。どちらも便利だ。
(後は床下にもぐるだけ……)
 いざとなると、緊張してきた。シロアリが巣食っていなければいいけど――通知表を受け取る時よりも濃い不安を感じる。
 ――嫌なモノが映りませんように……。
 目を力強く瞑って、床下に入る。
 狭い床下と緊張のせいで、胸が苦しい。身体を捕まえられて、胸を押さえつけられているみたいだ。
(とにかく、調べないと仕方ないんだから……)
 自分に言い聞かせ、勢いをつける。
(3・2・1……!)
 目を明けるのと同時に、懐中電灯の光を前へ向けた。
 と、映ったのは埃をかぶりつつも頑丈そうな柱だった。
(あれ……?)
 思ったより綺麗みたい。
 小さな蟻を一匹見かけたが、これは外へと離してあげた。シロアリの姿はない。
 光をずらすと、蠢く一つの影が見えた。
「きゃっ……!」
 悲鳴を上げて身体を震わせたが、それは未知の生物ではなく、蜘蛛だった。
(蜘蛛がここにいるのは気になるけど)
 外まで運ぶ勇気はなかった。
 殺すのも悪い気がする。シロアリの本にも、虫がいたからと言って何でも殺すのは良くないとあった。
(後でお母さんにお願いして、外へ離してもらおう……)
 眺め続けるのも怖いため、急いで光の方向を変える。慌てていたために橙色の光は斜めに揺れた――が、すぐに柱を照らし出した。
 何の変哲もない、ただの柱だった。
(それにしても……)
 ちっとも虫に食べられたあとがない。古い柱なのに。
(変なの……)
 床下から出て、戦闘服を脱ぎ、服を着けた。
 杞憂ではあったようだけど、ちょっとおかしい。床下には埃が積もっていた。手入れも殆どしていない。それなのに柱は虫食いもなく、頑丈なまま――。
 何か仕掛けでもあるのだろうか。
(あたしはそんなことしてないし)
 お母さんも違う。と、なると……。
 ――お父さん、だよね?


 お父さんに電話をかけたのは、夕飯を食べ終えてからだった。
「どうして家の柱は古いのに虫食いのあとがないの? ちょっと変だなって思って……」
「そうだね、変だね」
 電話口の向こうから、微かな笑い声が聞こえた。
「みなもは心配しなくていいんだよ。ちゃんと手は打ってあるからね」
「そ、そうなんだぁ……」
 あやすような、やさしい声。
 でもそれが怖いかもしれない、とちょっと思った。
(お父さん、どんなことをしたんだろう……)
 嫌な予感がする。
 お父さんは明るい声で、床下の様子を訊いてくる。
 蜘蛛がいたと答えると、お父さんは小さく「やっぱり」と呟いた。
 ……またアレをやらないといけない、そろそろ時期だとは思っていたんだ――そんなことを言っている。……今度家に帰ってきた時にやろうか。
「……みなも、虫が付かないように床下を『消毒』し終えたら結界を張るから。まず入れないとは思うが、その後三年は床下に入ろうとしてはいけないよ。命に関わるからね」
「――……う、うん…………」


 お父さん。消毒してくれるのは嬉しいけど……。
 何をする気なの?




終。