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<東京怪談ノベル(シングル)>


そんな天狗の日常風景。


 天狗。
 厄介な存在である。
 神のようで神でなく。
 また山野の精霊などでもない。
 どう言う訳か人心の不安を好む。
 人の不幸を喜ぶ。
 幸福を嫌悪する深悪の魔性――ことに戦乱を好み、それも大きければ大きい程――歓喜雀躍すると言う。
 場合によっては自分が事を構えて騒動を引き起こす事さえあるらしい。

 …厄介な存在である。
 この天狗も、例に漏れず。


■■■


 ………………とか何とか言われてたような気もしますがそれは昔の話…と割り切ってしまった方が良いような悪いような(どっちだ)。否、昔もそれ程洒落にならぬ悪さはしていなかったような話も何処ぞで聞いております。…単に都人や伝えた者たちが大袈裟であっただけとの噂もあるようで。…え、何処でそんな噂を聞いたって? そこ突っ込まないで頂きたい。
 とにかくこの今は伍宮春華と呼ばれる天狗、いまいち悪者とは言い切れないようで。
 まぁ、悪戯者は悪戯者のようではあるのですが…。
 それは単に、面白い事好き、であるだけのようでもあり。
 トラブルも起こしますが、別にトラブルを起こす『だけ』な厄介者と言う訳でもありません。
 その証拠に今の世では、好き好んで中学校なんぞに通っていたりも致します。
 まぁ、学校に行った先でトラブルがまったく無いかと言えば…首を傾げもしますがね。
 …クラスの皆々様ともそれなりに馴染んでおります。

 ともあれ、一応ちゃあんと現代社会でそれなりに普通の生活を送っているのでありますよ。
 …但し、何やら学校に保護者さんが呼び出される事態も他の生徒さん方と比べまた多かったりしますが。
 この伍宮春華、成績と出席率だけは優等生の域なのでありますが、如何せんその他の素行がいまいち微妙でありまして。
 とどのつまりはこの伍宮春華、悪戯好きなお子さん…とあまり変わらない状態とでも言いましょうか。
 …とにかく、ええもうとにかく元気です。

 とまぁ、普通の悪戯小僧な程度であるだけならまだ保護者さんも安堵の息を吐けるのでしょうが。
 …時々この伍宮春華、天狗と言う正体がバレかねない騒ぎまで起こす事がありまして。
 しかもそれが危うい事だという自覚が無い。
 やってしまってから、始めて気付くのですね。
 つまり、いまいち現代社会の常識に疎い訳で御座います。
 平安の世では比較的普通に語られた、天狗と言う存在の現代に於いての違和感が掴めないのでありますね。

 何やら急に古めかしい事を言い出し周囲の目を白黒させます。
 今の世に生きている者なら普通に知っているようなモノの使用法さえ人様に聞く始末。
 今の世なら普通に目にしそうなものに驚いたりも。

 …まぁ、この程度ならまだ大丈夫。
 春華はちっちゃい頃はおじいちゃんおばあちゃんっ子だったから古い事知ってるんだよー、とか、今までずーっとド田舎住んでたんだよねー、とか何とか、一応…多少無理ながらも誤魔化しは利きます。

 …いつでも連絡を取れるように、と保護者さんに持たされたと思しき携帯電話に関しても似たような事ですか。
 イマドキの遷り変わりの早さでは…機械モノが苦手で付いて行けない方々は結構いらっしゃいますからして、ここはまぁ、誤魔化す言い訳は何とでもなるかもしれません。

 ………………とは言え、これに関しては…。

 多種多様な機能がわからんと言うのとはちと違い、ただ通話…と言うのも危うい気配。
 そもそも、何やら使い方を間違えて覚えているようですね。
 音が鳴ると消すようです。
 とは言え音を消したそこで通話を始めるかと言うと…携帯電話を速攻で仕舞っております。
 つまり、いきなり切っているのですね。
 意味がありません。
 むしろ携帯電話を持っているだけ電池の無駄です。
 ここは持たせた方に是非頑張って頂かないと無駄のまま終わってしまいます。
 まさかあのイマドキの機械モノには必需品である分厚ーい説明書をこの伍宮春華が読む訳も無し。
 …ああ言ったものは大抵、つまりませんからね。
 ここはこの携帯電話を一番必要としている方に、一層の努力を期待しましょう。
 これは活用出来るようになれば天狗にとってもそれなりに面白いものでもありますからね。…たぶん。

 …さて、この辺りまではまだ辛うじて普通の範疇で通じますね。
 ここからが問題となる訳で。
 問題とは何かって? そりゃあ…天狗としての性質の問題ですよ。

 意識しないと機械モノに映らない訳ですよ。
 背に黒い両翼を持っている訳ですよ。
 病気にかからない…は良いですが、薬も効かない訳ですよ。
 風を自在に操る事が出来る訳ですよ。

 で、これが普通のコトだと思っていたりすると、色々と問題が発生する訳ですね。
 まぁ、普通のコトじゃないんだ、って気付きますと以後は気を付けるようですが。
 伍宮春華、頭の回転は速いようですからね。
 …それでも便利だと、つい、って事がありますね。
 例えば空を飛ぶ事なんか、それです。
 …人間はどなたであっても背中に翼なんか生えてらっしゃいませんからねえ。
 見られてしまうと、ちょっと言い訳がし難いんですよ。
 シラを切り通すくらいしかやりようはありません。

 それでも、つい、はなくなりませんね。
 …いえ、学校や外と言った、一般人な方々が居る場所では結構細かく気を遣うようになった代わりに、自分の正体を知っている草間興信所の皆々様や駅前マンションの住人さん等御身内の方々の周りでは…逆にそれら、エスカレートしているようでもありますか。

 例えば、ちょっとした悪戯の為にすぐ翼出して空飛んでますもんね。
 それからエレベーターが面倒だとか言ってましたっけ。
 外出から戻って来た時、上から数えた方が早いマンションの自室に帰るにも空を飛んでいるようです。

 誰かさんの胃を痛める音が何処からともなく聞こえてくるのは気のせいで御座いましょうか。
 それでもこの天狗、まったく気にする事は無いようですね。
 微笑ましい限りです。
 …何処がだって?
 それは見ていればわかる事ですよ。
 これは、幼子と何ら変わりありません。

 ではこの辺りで、伍宮春華御本人の声を聞いてみましょうか。


■■■


 …別にいいじゃん。このくらい。

 そんな細かい事は気にすんなってば。
 …携帯電話の使い方だってちょっとはわかったんだし。
 え? 違う? …そうなのか?
 ………………じゃあこれ、どうすんだ?

 騒ぎ起こすったって…俺が面白いって思う事、おっちゃんが見てそんっっっなにマズいのか?
 …俺だってちゃーんと、こー見えても今の生活に馴染めるように努力してるつもりなんだけど?

 でも東京って空気悪いし狭っ苦しいじゃん?
 だからさー、ちょっとくらい息抜きしたってそうそうバチ当たらないって。
 ………………なに複雑そうな顔してんだ?


■■■


 と、まぁ、こんな具合で御座いまして。

 にこにこと。
 古より、春華と名の付く天狗は笑います。
 伍宮の名は成り行きで。
 …けれどそれもまた『名前』でして。
 一度名付けられればそれもまた己を指し示す事に変わりはありません。
 名前の意味とはそう言ったものでもありまして。
 そして、この『伍宮』は自分だけを指す訳では無い名前。

 元々の名前と、ふたつ合わせて伍宮春華。

 こう書けば、こう言えば繋ぎ止められている気さえするのでありましょう。
 けれどそれが嫌では無いのでしょう。
 むしろ安心出来る事とでも思っているのかもしれません。
 …それは誰にも言えないのでしょうけれど。


 ………………だってこれ、おっちゃんが――ずっとそこに居てくれるって証明みたいな事なんだろーし?


 …とまあ、天狗の本音は心の奥底に。


【了】