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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


ポチを探して
------<オープニング>--------------------------------------
「ペットを探してもらいたいんですよ」
 ソファにゆったりと腰掛ける青年。銀髪との目が興味深そうに事務所内を見渡して、
「探偵ってそういう仕事ですよね?失せもの尋ね人何でも当たるとか」
「それは占い師の方では。…いやまあ、探し物や尋ね人は確かに承ってますが…ペットですか?」
 足の長さが自慢なのかそれともソファが低いと言うジェスチャーなのか悠々と足を組んだ、マーカスと名乗った青年に更に嫌な顔をする草間武彦。
「ペット用品にありますよね。普通の紐じゃなくて、伸びるリードって。真似して作ってみたんですがね。どうも失敗作らしくて、伸びきったまま戻らなくなってしまって。だから、探して貰いたいと言っても彼とは繋がってはいます。行動範囲が少々広いですが」
 武彦の、ペットを扱いたくない、という表情には気付かないのかそのまま話し始める男。ついその調子に釣り込まれて身を乗り出す。
「どの位?」
「私を中心に半径1キロというところですか」
「――は?」
 青年は、にこにこと笑いながら手を差し出す。その手首に嵌っている鈍い銀のブレスレットが彼の言う『リード』の持ち手らしい。
「紐を手繰ればいいんでしょうけど、上手く行かなくて。かと言って私が紐を追いかけるとその分ポチが移動してしまうので…」
 ――やっぱり。
 がくりと肩を落とす武彦。どうやらこの『飼い主』も普通と違うらしい。単に大法螺吹きという可能性もないではないが。
「姿は、そうですねえ。…茶トラの、猫に良く似ていますよ。ぱっと見気付かないでしょうね。しいて言えば足が6本付いてる位かな」
「いや…ちょっと待った」
 武彦が相手の言葉を遮り、なんなんだ、その生き物は、と小声で呟く。
「え?だから、ポチですってば。私のペットですよ」
 対する相手はあくまでにこやかに。
「あ。そうそう、早いうちに見つけ出さないと大変なことになるかもしれません」
「…というと?」
「彼の大好物がそこらに有りますのでね。これです」
 ごそりと大きな紙袋を脇から取り出してテーブルの上に置く。ぷっくりと膨らんだ白い紙袋の中にぎっしり詰まっているものは、黒々とした…カツラ。いくつか取り出してみると全てストレートのロングヘアで。
「1日数人でお腹一杯になると思いますので、ついでにフォローもお願いします」
「大好物って…まさか」
 ええ、と涼しげな顔を見せる男。
「髪の毛です」
「そんな他人事のように」
「ちょっと動きが素早いですけど、噛みませんし可愛いですよ。…えーと。後は…ああ、そうそう。マタタビで酔います」
 あれは可愛いですよね〜、とややうっとりした表情で天井を見上げる男。
「猫みたいですね」
「ええ。そっくりだと思います」
 足の数多すぎるけど。
「数日あればリードは直ると思いますが、なるべく早くお願いします」
 にっこり、と楽しげな笑いを薄い唇に広げたマーカスは、事務所に居座るつもりなのかでんと構えたまま立ち上がる気配すら見せなかった。

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「猫…へえ、面白そう。草間さんまた変な依頼人に当たったみたいだな」
 各調査員への依頼メールを見ての御崎光夜の第一声がこれだった。口に出して、そして何とはなしにきょろきょろと辺りを見回す。
 何故ならこれは自分宛てのメールでは無く、兄宛てのメールだったからで。送信者と件名を読めばどういった内容かは分かるから特に問題はないだろうが、
「…ま。月兄ぃも最近忙しいみたいだし。オレが代わりに行ってやるか。兄想いだよねーオレってば」
 自画自賛をほんの少しだけやった後で手近にあるメモ用紙にさらさらと『猫探しに草間さんトコ行ってくる』と書いてぺちりとパソコンに貼り付ける。
「えーっと…ああ、これこれ」
 がさごそとあちこちのものをかき回していた光夜がにんまりと笑いながら猫じゃらしを取り出し、それをポケットに無造作に突っ込んでから家を出た。
 事務所には飼い主のマーカスと、他にも呼び出しに応じた面々が揃っていた。
 ――ん?
 不意に、何か見えた気がして光夜が目を細める。
 光の加減だろうか、男の腕からきらりと糸のようなものが光って、消えた。…どうやら、事務所の玄関へと続いていたようだったが…。
 手でその辺りを何度か触れてみる。が、蜘糸のような柔らかな感触にさえ出会う事は無かった。
 その代わり。
 ほんの少しの、違和感が、『糸』の見えた位置を通過した指先に感じ取れた。その気配は、仕事でも良くお目にかかる『負』の痕跡に酷く近しいもので。其れがある場所に手で触れながら意識を集中させると、先程見えた糸ではなく、綺麗に編んだ紐状のものが感覚として『見』えた。
 …へぇ…。
 にんまり、と光夜が口元を綻ばせる。
 なんだ、コレを追って行けばいいんじゃないか。
 大体の方向に見当を付けながら移動し、時々意識を集中させて『紐』の所在を確認すればいい。
 ――物体として形の無い『紐』を追うのは大変だろうけれど。

 あらかじめ聞き出していたのだろう、シュラインが猫の特徴としてもうひとつ上げる。それは、赤いリボンをした銀色の輪だそうだ。マーカスが嵌めている腕輪と同じモノで出来ているのだろう、その材料が何かは分からないが。
「さて…全員揃った所で始めましょうか」
 今回は動き回ることが前提と見たか、皆身軽な格好で来ている。楽しげにその様子を見守っているマーカスは口出しせずににこにことしているだけで。
「――さっきから気になってるんだけど…なに?その視線は…」
 その中で、緋玻がぽつりと呟く。はっと視線を外した3人がにこにこと笑い、
「綺麗な黒髪だなーって思っただけだよ。気にしない気にしない」
 ぱたぱたと楽しげに手を振る光夜。
「食べでありそうだし」
 続けてぼそりと口の中で呟く。――が、しっかりと耳に届いていたらしくひきつった笑みを向けた緋玻にこれまた満面の笑みで光夜が笑みを返した。
「…とまあ冗談はともかく、オレ、紐追っかけてみようと思ってるんだけど、他の皆は何処行くんだ?」
 先程見た紐の存在を、意識の方向の向けどころを頭の中で確認しつつ光夜が自信まんまんで言う。
「追いかけて行けばいいんだよなっ?簡単だよ」
 にかっ、と歯を見せて笑いながら、外へと視線を送る。成る程ね、と呟いた茉莉奈や緋玻も何かは感じ取っているらしい。シュラインが僅かに首を傾げたが、3人の様子に納得したかのように表情を少し緩めた。
「紐を追うお手伝いなら出来ますけど?」
 そう言って立ち上がりかけたマーカスを、皆が押し留めて椅子に座りなおさせる。
「にいちゃんが動いてどうすんだよ。紐がどんどん伸びてくだけじゃないか。…だから、この事務所から出てくるなよ?な?なっ?」
 光夜が慌てて押さえつけ、そして。
「地図、これでいいですか?」
「そうね。じゃあ、大体の範囲に丸を付けて、この中でまず行きそうな場所を見てみるとしましょ」
 光夜に任せればいいかとすぐに手を離して地図とにらめっこを始める3人。にこにこと押さえられるままになっているマーカスの位置から恨めしげに見る光夜の視線に、3人が気付かない振りをする。…と、ぱっ、と表情を変えた光夜が奥の机に向って顔を向け、
「――あ、いいこと思いついた。ねえ草間さん」
「却下だ」
 自分の机から間髪入れずに言葉を返す武彦にえ〜〜〜〜〜、と唇を尖らせながら、
「いいじゃん、ちょっとくらいはさぁ。ひと房とかてっぺんだけとか後頭部とか剃り込みしたみたいにとか」
 それでも言葉を続けるうちに楽しくなったのか悪戯っぽい笑みをにんまりと浮かべながら、
「髪切るお金浮くし、目立つ人になれるしいいこと尽くめだよ?」
「――そう言うことを言うのはどの口かしらね」
 むにっ。
 妙に静かな声と共に掴まれたのは両頬。そのままにゅぅ、っと伸ばされて行く。
「いでででででででっっ」
 じたばたと暴れる光夜に構わず、手を離そうとしないシュラインの薄い笑みは、凍りつきそうな瞳と相まって周囲の動きを止めてしまうほどだった。

 散々頬をいたぶって気が済んだか地図を調べている2人の傍へ向うシュラインを、頬の張りを両手で確かめながら口を尖らせて見送る。
 向こうではカツラを借りてかぽっと被っている茉莉奈が顔を上げ、範囲内と思しき円の中数箇所にマーカーで印を付けたことを告げた。
「私が知ってるのはだいたいこの辺かなぁ」
「後は…長い髪の人が多い場所って言うとどの辺かしら」
「――あっ」
 小さく声を上げた茉莉奈に、2人の視線が向く。茉莉奈は2人に見せるようにマーカーで一部の地区をぐるぐるとペンで丸く囲い、
「この辺って…確か私立の女子高がなかった?校則厳しいって噂の」
 ――ああ。
 シュラインと緋玻が納得したようにこくっと頷く。
「それじゃあ、其処も範囲に入れるとして…やっぱり広いわね。手分けしましょう」」
 仕事の邪魔になるので滅多にやらないのだが、結わえていた髪を解いてさらさらと梳いたシュラインが地図を大まかに3等分する。やっぱり囮なのね、と呟いた緋玻は自分の艶のある黒髪をそっと手に取って見つめていた。
「基本は中心部から。細かく連絡は取り合うこと、それから…被害者が出ているかもしれないから、そういう情報を見聞きしたら全員に連絡しましょう。それと――ねえ、あんたもカツラ持って行く?」
「パース。オレは追っかけ専門ってことで。じゃっ」
 声を掛けられた光夜はそうは言いながら、念のためにと1個だけするっと足元に合ったカツラを引っ張り出し自分のバッグの中へと突っ込むと明るい日差しの中へと飛び出した。

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 先ずは、と事務所から伸びている筈の『紐』へと視線を向ける。
 ――あっちか。
 目標を補足し、とててててて、と小走りに追跡を開始。
 こうして見ると、街のあちこちに猫の姿が見える。塀の上や細い路地へと潜り込む姿、どこかの店先で所有権を主張しつつ大きな態度で横になっている者。
 春先はこういった猫達にとっては良い季節なのだろう。三毛や茶トラは特に良く目に付いて、その都度特徴である足と首輪を見てみるのだが今の所それらしいのは見当たらない。
「――ふぅ」
 軽く息を付いて額にうっすらと浮かんだ汗を拭い、そして改めて『紐』を視線で手繰る。物体を通り抜けてしまう紐の癖に律儀なことに建物の中へは食い込むことがないらしく。
 つまり、
 ――あちこちにクロスしていたりぐるぐると巻きついていたりしているということで。
「うわー、今度は6方向か」
 猫が溜まる場所でもあるのか、何度も通ったらしい公園の中は特に酷かった。大きく溜息を付いて、公園の中にでんと立っている木を取り巻いた何本もの紐に目を凝らし…そして、ひとつ見つけた。茂みから塀の向こうへ続いている紐だけ、他の紐に比べやや明瞭になっていることに。
「…ってことは…やっぱ、こっち、かな」
 てってってっ、と紐に導かれるままにツツジの茂みを突っ切り、身軽に塀の上に飛び乗ると其処からすたんっと歩道へ降り立つ。散歩中の大人達がびっくりした目で見ながら立ち止まるのを気にする事無く再び早足で追跡を開始する光夜。
 其処へシュラインから連絡が来た。手がかりというのか、早速被害が出ているらしく警察沙汰にまでなっているらしい。正体を知っても猫を逮捕するかな?そんなことを思い聞こえないようくすっと笑みを浮かべると、
「こっちはまだまだ。紐があちこち続いてるし猫の歩き方だからね。まあ、なんとかなるよ」
 見つかったらこっちからも電話するー、そう言ってぷつんと切ると紐が続いていた先へと――家と家の細い隙間へと身体を潜り込ませた。

 その後も化け猫に襲われたと言う報告はあちこちから入ってきていた。特に長い髪をした人間が狙われていたらしいが、時々選り好みもしなくなるのか、
「あぁぁぁぁぁぁぁ…………」
 もともと薄かったのか、もう見たところ殆ど残っていない頭部を押さえたままうずくまる中年の男性が道の途中にしゃがみこんでおり、その向こう、角を曲がって消えていく茶トラの後姿がちらりと見え。
「…あの…これ、使う?」
 滂沱の涙にくれるその男性に、おずおずと差し出したカツラ。頷きかけてひたすらぶんぶんと首を振り、
「い、いやっ、何処の誰かは知らないが…そ、それだけはプライドが…ああ、でも…」
 未練ありありに光夜を、いやその手にある長い髪を見つめる男。だが、やはり思い切ったのか首を振って立ち上がり、
「見ず知らずの私を気遣ってくれてありがとう、でも大丈夫だから…」
 よろっ、と足取りもおぼつかずその場から離れて行く。そして、
「――しかしなんだったんだ、アレは…」
 その呟きに、当初の目的を思い出してはっと辺りを見回す。
 さっきまではいたはずだった。だが、去っていく男性に気を取られた隙に何処かへと行ってしまったらしい。
「しまったーっ」
 また紐手繰りかー、と自分でも頭を抱えたい思いになりながらはー、と軽く息を吐き。
「まっ、しょーがないね」
 それにしても気の毒だったなぁ、そう思いながらカツラを無造作に仕舞うとかろうじて見える『紐』の後を追ってトコトコ歩き始めた。
 とは言え、楽になって来たのも事実。それは、次第次第に明瞭になっていく紐の存在の濃さに本体が近いことを連想させるからだろうか。
「ん」
 髪とエリにまだしがみ付いていた葉を摘んで捨てると、ラストスパート、と自らに呟いて先程見えた方向へと走り出した。

「んぁっ!?」
 随分近くなって来たと思った矢先、腰に付けていた携帯が着メロを流し始める。日曜日に兄弟揃って見ている特撮ヒーロー物のテーマソング。このイントロだけでも燃えるのだが今はそれどころではない。慌てて携帯を手に取り、耳に当てながら紐の位置を確認する。
「はいはーい。誰?」
『…猫が見つかったわ。そっちの首尾はどうなってる?』
 この声は緋玻のものか。何故か僅かに笑っているような声に首を傾げ、そして見つかったと聞いて目を丸くし、
「多分すぐ近くまで近づいてると思うよ。紐の気配も随分濃くなって来てるから」
『そう、じゃあこっちは牽制しつつ待ってるわ。――中々手が出しづらくて、ね』
 なんで?と思ったものの、今日集まった面子が自分以外女性だったことを思い出して納得した。自分の髪を切る切らないで大騒ぎするような人に取ってはああいう存在はある意味脅威なのだろう、と。

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 満足しきった顔の『猫』が、塀の上でゆっくりと尻尾を振っている。
 にゃぁぅ。
 大きさにして、大人の猫程だろうか。ぬくぬくと日に当たっている様子は、端から見ても眠気を誘う。
 ふあぁ、と大きく欠伸をしたその猫は、ごろごろと喉を鳴らしながら身体をもぞもぞと動かし、また寝に入っていく。
 ごくありふれた、日常風景に見える。
 ―――塀の両脇から少しはみ出ている多すぎる足さえなければ。
 近くに居る筈の彼女たちの姿は見えないが――恐らく、すぐ近くで様子を見ているのだろう。
 茂みの近くで気配を出来るだけ殺しながら、そろそろと近づいていき――そして。
「よおぉおっし、発見っ!」
 がさっ!と茂みを掻き分けた中から飛び出した光夜がその勢いで下から飛びつき、猫を掬い上げようと動いた――が。
 にゃっ!?
 いきなりの声の大きさに驚いたか、飛び上がった猫がバランスを崩し、手近なモノ、つまり光夜の頭にでんっと飛びついてしっかりと顔を覆うように抱きしめた。落ちるのが怖いのか爪を立てながら。
「うあっっ!?何コレ、何だコレっっ!?いて、いてててててっっ」
 むにぃっと両手で思い切り掴んで引き離そうとする光夜と、その力に却って引き離されまいとしっかとしがみ付く『猫』。
 突然のことに呆然とする3人がいることにも気付かず――と言うより見えず、
 ――ぞくっ、と何か嫌な予感と感触が額の辺りでし。
「っ、この…っ!」
 前足の付け根をそれぞれ引き剥がしたその瞬間。
 ぶちぶちぶちッ。
「痛え――――っっ!?」
 叫び様にぽいっとその塊を何処かに投げつけて額を押さえた。指先に触れる、数本の短い髪の感触でそれと分かる。
 髪を咥えかけたその状態がもう少し後だったら、何処をどう喰われていたのか…そう思えば、コレだけで済んだのはまだマシだったと言えるかもしれない。
「きゃ…っ、わ、わ…っっ」
 額を押さえる光夜の向こうで、投げた『猫』をなんとかキャッチした茉莉奈がじたばたと暴れるそれを腕の中に押さえつけていた。
 ぎにゃーーーーー!
 うにゃ、にゃにゃ、にゃーーーーー!
 ぺしぺしぺしぺしっ!
 ――大容量ねこぱんちに茉莉奈が怯む様子は無い。良く見れば爪を立てていないのだから、当たり前だろうが、顔にしがみ付かれた光夜が乱れた髪を手ぐしで掻き上げながらなにやら複雑な表情を浮かべている。
「お、大人しくしようよ、ね?」
 話し掛ける茉莉奈にちらっと視線は向けるものの、じたばたくねくねと暴れる様子に変化は無い。しかも横腹から突き出ている2本の足を上手く使ってするすると腕からすり抜けようとするからまるでウナギのように掴み所がなくなってしまう。
「きゃーっ、何とかしてーっっ」
 必死で格闘している茉莉奈だが、その外から掴む訳にもいかず茉莉奈ごと網にかけることも出来ず、おろおろと『紐』を掴んだままその周りを回り続ける光夜。そこに、
「どいて」
 ぷしゅっ、とポチの鼻面目がけてシュラインが香水のようなものを振りまいた。
 瞬間。
 くたん、と背骨がないかのように猫が柔らかく茉莉奈の腕の中で身体を反り返らせた。
「えっ、え、え?」
 慌てて3人を見る茉莉奈。
 な〜ぁぅ。
 その足元でも妙な声を上げた黒猫が、ふらふらと動き、身体を押し付け、そしてごろんとひっくり返る。
「…マタタビよ」
 小さな容器を振りながらシュラインが言い。そして緋玻も持ち歩いていたらしい粉をくにゃくにゃと茉莉奈の腕の中で踊っている猫の顔に近づける。――ますます酔いが深くなるポチ。
 なうぅぅん…
 うるうる、つぶらな瞳で見上げる『猫』。
 …茉莉奈の腕に、6本の足でがしがしとしがみついて。あぐあぐと痛みの無い力で手を噛みながら、時々誰か分からない相手に向ってねこぱんちを繰り出している。後ろ足の2本は普通の猫と同じく蹴り足らしく、脇腹から出ている足と前足の4本が『手』のような役割になっているようだった。
「6本ってやっぱり虫?」
「そんなこと言ったら8本は蜘蛛になっちゃうわ。糸吐かれても困るし」
「糸吐いたら面白いのになぁ」
「うぅ…マールも下で襲ってるし…」
 嘆く茉莉奈の足元でぺしぺしと茉莉奈の足を攻撃している黒猫をシュラインがひょいっと抱え上げ。
「はい。交換しましょ」
 ぽってり重い茶トラと黒猫を交換し、楽しそうにうにゃうにゃと呟き続けている猫を抱きしめた。

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「本当に猫そっくりなんですね。…動いたり、お腹見せればばれちゃうけど」
 光夜が持ってきた猫じゃらしに飛びついている『猫』達の動きに目を細める零。茉莉奈のマールと一緒になってぱたぱた揺れるそれに目を輝かせながらじゃれ付く様子は常の猫と変わらない。終いにはマールと猫じゃらしの奪い合いになりごろごろと事務所内を転げ回る。
 その様子をくすくす笑いながら見つめている皆と、毛が飛ぶとかなんとかぶつぶつ呟きながらも嫌いではないのか猫の動きに何度も目を向ける武彦。
 そして、手首の輪をかちゃかちゃ弄っていたマーカスがふぅっと息を吐いて小さく笑みを浮かべ、かちりと今までにない音を立てた腕輪を猫へと向ける――と、
 にゃう?
 何かに引張られるかのようにポチが腹を上に向けたままずるずると床を滑り、そしてマーカスの足元へと行くとぴたりと止まり、そしてしたんっと身体をひっくり返して体勢を整える。
「応急処置はこんな感じでしょうか」
 言いながら、足元に来たポチを抱き上げるマーカス。
「全く、心配ばかりかけるんだから。ほら帰るよポチ」
 なう〜
 甘えた声でごろごろと喉を鳴らしつつ、ぺたぺたとよじ登っていたそれが青年の腕に抱えられて丸くなった。腕の中に抱えられると安心するのか、頭をすりすりと擦りつけて小さく鳴く。
「お世話になりました。このお礼は改めて」
 余ったカツラの入った紙袋を手に、にこりと笑った青年が事務所を出て行った。

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「ちょっと…これ、見た?」
 春の特集を組んでいる女性誌をぽんと事務所の机に置いたシュラインが呆れたような、納得したような複雑な笑みを浮かべて、暇潰しと次の依頼探しを兼ねて遊びに来ていた皆へ開くよう言う。
「えーと…『特集―話題のカリスマ美容師、マーカス・クレイマンさん』」
 顔を横から突っ込む光夜に構わず見出しを読み上げた茉莉奈がええっ、と小さく声を上げ。
「ぶ」
 煙草の煙にむせた武彦がけほけほと咳をし、零が興味深そうにその記事を覗き込んだ。
「まあ。あの時の人ですね」
 膝の上にふっさりとした毛並みの猫を――ポチでは無かったが――乗せ、柔らかな笑顔でいる青年。
「美容師の資格持ってたんだ」
「と言う事は…もしかして、あのペットって」
 皆が顔を見合わせる。
「…ゴミ処理用…?」
 雑誌記者はさかんに美容院の綺麗さを褒め称えていたが、それも尤もな話だろう。
 そしてその更に数日後、丁寧な言葉を綴った手紙、そして小切手と共に送られてきた『優先予約・無料チケット』と手書きで書かれた数枚綴りの紙には、いくつもの肉球スタンプが押されていた。それぞれのスタンプの下には、名前らしい『ポチ』『カメ』『ハナ』の文字が楽しげに踊っていた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女性/ 26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1270/御崎・光夜   /男性/ 12/小学生(陰陽師)         】
【1421/楠木・茉莉奈  /女性/ 16/高校生(魔女っ子)        】
【2240/田中・緋玻   /女性/900/翻訳家              】


NPC
草間武彦
  零
マーカス・クレイマン
ポチ

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■         ライター通信          ■
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お待たせしました。「ポチを探して」をお届けします。
春の陽気に誘われて、つい迷子になってしまった『猫』のポチ。飼い主もペットも一筋縄では行かなさそうですが…。
ひとまずは無事に元の住処へと戻って行くことが出来たようです。
残り2匹も名前だけは出て来ていますが、一匹は白のチンチラ(風)、もう一匹はシャム猫に良く似ています。彼の店の従業員も皆銀髪に青い目、という不思議な世界みたいですが、腕も会話のスキルも良いので評判は良いようです。
とまあ、使うことの無かった設定を書き出してみました。もしかしたらまた別の話で使うことがあるかもしれませんが…。

ともあれ、今回の参加ありがとうございました。
また、別の機会にお会い出来ることを楽しみにしています。
間垣久実