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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


run,run,and run

 うろうろうろうろうろうろうろうろうろ。
 擬音が漫画の描き文字みたいに形になって現れていたならば、神雅斗の足元にはうろうろが堆く降り積もっていたに違いない。で、それに足を捕られてすっ転ぶのがオチだな、等と多少自虐的な想像をしてしまう己自身に、神雅斗は深い深い溜息をついた。

 同居中の天狗二人組が帰ってこない。奴らが自分の言う事を聞かない・心配掛けまくる・その事に付いて何の罪悪感も持たない・それどころか揶揄って楽しんでいる・等々の事は既に承知の上だが、それでも彼らには彼らなりの暗黙のルールと言うものが存在した。
 例えばそれは、神雅斗に当たっても物には当たらない、とか、神雅斗を食いもんにしても他の人間には手を出さない、とか。その中に、夜遊びする時は一旦家に帰ってから、と言う不文律があったのだ。自由奔放で気紛れな彼らも、その点については(恐らく意図的にではないだろうが)ちゃんと守っていたからこそ、何の連絡も無くこんな時間まで帰宅しないと言う事は、天狗達にとっては何でもない事でも、神雅斗にとっては一大事なのだ。
 暫くはマンションでうろうろと冬眠から目覚めたばかりの熊のように右へ左へと落ち着き無くうろついていたが、こうしていても埒が開かないとばかり、神雅斗は上着を引っ掴むと、鍵も掛けずに飛び出していった。

 まずは周辺住民への聞き込みだ、とプチ刑事な気分になって、丁度帰宅したばかりのお隣さんへ二人の姿を見なかったか聞いてみた。
 「あら、そう言われてみれば、今日はまだ会ってないわね。いつもなら、夕方には一度必ずと言っていい程顔を合わせるのにねぇ」
 それはきっと、一旦帰って夜遊びに出て行く時の二人なのだろう、殆ど毎日と聞かされて、改めて胃が痛む思いがしたが、今はそれどころではない。
 「すみません、もしも奴らが帰ったら、家でじっとしているように言って貰えますかね」
 「はいはい、お安い御用ですよ。伍宮さんも気苦労が多いですねぇ」
 うふふ、と笑って会釈するお隣さんは、実際の神雅斗の苦労の半分も、その真実を知らないのであろう。だが、事実を愚痴る訳にも行かず、仕方なく神雅斗は誤魔化しの愛想笑いを浮かべて会釈を返した。

 「……なんで俺がこんな…って今更ぐちぐち言っても仕方がない事は分かってるんだがなぁ…」
 分かっていても愚痴りたくなるのが人間の性?と言うもの。お隣さんと別れてからあの後、マンションの住人に会う度に、彼ら二人の事を聞いて回ったが、有益な情報は何一つ得られなかった。それどころか、彼らが起こした数々の騒動の事をちくちくと厭味っぽく突付かれ、とにかく平身低頭でその場を切り抜けたのだが、マンションから街へと出てきた頃には既にぐったりと疲れ果て、精神的満身創痍状態になっていた。
 表向きには甥っこのあの天狗だが、封印が解けた当時は親戚中から再び封印しろと何度言われたか分からない。今でも変わらず言われ続けている。それにいちいち逆らってまで一緒に暮らしているのだから、こんな苦労も覚悟の上、致し方ないのだと己自身に言い聞かせ続けているのだが、だがそれとこれとは話が別である。
 ぶつくさ言いながら夜の繁華街を歩く神雅斗だが、ふと気が付けば周りに居るのは彼らと同じぐらいかヘタするともっと幼いような少年少女が殆どである。確かに、そこは若者向けの街としてメディアでもしょっちゅう特集を組まれるような場所だから当たり前かもしれないが、だがもう後数時間で深夜と言うこの時間に、年端も行かない子供達が当然の権利のような顔で遊んでいるのはどうにも解せない。
 「全く、俺がこれぐらいの歳の時には……」
 自分の昔を引き合いに出すようになったら、立派なオヤジの第一歩である。
 「もうちっと、真面目だったような気がするけどな……って、あ」
 神雅斗の呟きが途中で止まる。何かを見つけたよう、足早にそちらへと近付くと、こちらに背を向けていた少年の肩をがしっと掴んだ。
 「おいこら、こんな時間まで……あれ!?」
 「なんだよ、何か用か?オッサン」
 甥っ子天狗かと思いきや、それは後ろ姿が似ているだけの見知らぬ少年だった。
 「ありゃ。や、悪い悪い。人違いだったよ、すまんね」
 愛想笑いと共に後ろ髪を片手で掻き乱し、逆の手で謝罪の仕種をする。が、そんな事では少年の溜飲は納まらなかったようだ。ずいと神雅斗に向かって詰め寄り、わざとらしく眇めた目で睨み付けた。
 「はぁ!?悪い悪いで何でも済めば、ケーサツはいらないんだよ、オッサン」
 オッサンって呼ぶなよ…等と内心では思いつつ、取り敢えずは波風立てまい…と神雅斗は気弱な大人を装いつつ、笑顔を作る。
 「や、だから謝ってるじゃないか。と言うか、人間違いしただけでそれ以外は何も迷惑掛けてないと思うがなぁ…」
 半分ぼやきが混ざりつつ、神雅斗が口の先で呟く。聞いていて欲しい時にはさっぱり聞いていず、聞き流せばいい時にはしっかりと聞いていると言う、良くありがちな展開になった為、少年も神雅斗のボヤキはしっかりと聞きとがめ、またも「ァあ!?」と頭の悪そうな声を上げた。
 「なんだと、コラ。よくも抜け抜けと迷惑掛けてねぇとか抜かしやがったな、オッサン」
 「オッサン、オッサンって煩いな!」
 言われ慣れている事だからと言って、言われても平気になっている訳ではない。思わず上着のポケットの中で、攻撃向けの術符を握り締めてしまったが、一般市民に術を使っては…と渋々符を握り潰した。が、そんな神雅斗の思い遣りなど知ったこっちゃない少年は、気弱そうに見えた相手が急に激昂した事に驚き、ついでそれを怒りに転換したようだった。
 「てめぇ、誰に向かってそんな口聞いてんだよ!」
 そう怒鳴ると、拳を固めて神雅斗へと殴り掛かってくる。そのぎこちないような体勢に、喧嘩慣れしていると言うよりは、ただ単に先手必勝で威圧するタイプか、と瞬時に見極めた神雅斗は、あくまで偶然を装ってひらりと紙一重で少年の攻撃を避ける。ついでにこっそり、疎かになっている少年の足元を爪先で引っ掛け、念には念を、前のめりにバランスを崩す少年の項に、トンと軽く手刀を入れた。飛び掛った勢いを僅かな仕種で方向転換させられた少年は、そのままもんどりうって前方に転倒をした。
 「やや、大丈夫?足元暗いから気をつけないとな。じゃ、お騒がせしましたー!」
 やっぱり偶然を装いつつ、そう声を掛けて神雅斗はその場から遁走する。背後で少年達が騒ぐ声が聞こえたが、既に神雅斗の意識は行方不明の二人に戻っていた為、少年達の抗議と脅しは神雅斗に届く事はなかった。


 さて、そんなすったもんだの少し前。竜磨は心地よいほろ酔い加減で、同じ街の一本裏通りを歩いていた。ホストのバイト帰りで、何とかボトルを入れて貰おうと、常連客としこたま飲んだのだ。然程酔ってはいないが、それでも生欠伸を噛み殺し、浮かんだ涙を指先で拭い取る。ふと視線を前方へと移せば、潤んだ瞳の向こう側に見た事あるよな顔が映った。
 「あれ?神雅斗さんじゃないっすぁー?」
 ひらひらと片手を振ると、それに気付いたその男が、竜磨の方へと歩み寄ってきた。
 「おお、こんばんは、竜磨さん。仕事の帰りか?」
 神雅斗が上機嫌っぽい竜磨の様子に、そう尋ねて溜息を零す。それは、竜磨のご機嫌を咎める溜息ではなく、それと比べての己の身を嘆く溜息だった。それに気付いた竜磨は、どうしたのかと首を軽く傾げた。
 「どうしたんだよ、こんな時間に。珍しいんじゃねぇ?神雅斗さんがこんな時間にこの辺をうろついてるなんてさ」
 それは言外に、あの二人なら不思議じゃないが、と言いたいようだった。今度は、それに気付いた神雅斗が、深い溜息を零してがっくりと肩を落とした。
 「へ?神雅斗さん?どしたんだ?」
 「そうなんだよな、あの二人なら、いつもの事なんだろうけどなぁ…俺だって、好きでこんな場違いな場所に来てる訳じゃないさ」
 「好きで来てる訳じゃねぇって事は、やむを得ず来てる、って訳?」
 竜磨がそう聞き返すと、神雅斗は肩を落としたまま、ついでにがくりと頭も垂れた。
 「その通りだよ…帰って来てないんだ、あいつら。いつもなら、学校から直接遊びに出てくなんて事はないのに…」
 「ははぁ、なんだ、サボりでもしたのか?」
 それは分からない、と神雅斗が首を左右に振る。
 「へぇ、何だよ、不良学生っぽい事してんじゃん、あいつら。やるねぇ」
 「…ンな、奴らをつけ上がらせるような事を言わないでくれ」
 気楽な竜磨の言葉に、神雅斗がますます脱力した。
 「ああ、ごめんごめん。それで神雅斗さん、探し回って疲れてる訳か。いいよ、じゃあ俺も手伝ってやるよ。一人で捜すより、二人で捜した方が効率がいいだろ?」
 な?と片目を瞑る竜磨に、正直縋りたくなるような気分の神雅斗だった。


 神雅斗が竜磨に出会ったのは、もう少しで日付が変わる間際の頃だった。神雅斗がマンションを出たのは、日が完全に落ち掛ける頃だったから、ほぼ一晩中、歩き回っていた事になる。幾ら体力に自信がある神雅斗とは言え、さすがにこれは疲れる。しかも、それに心労も重なっているのだから尚更だ。
 「…神雅斗さん、何か知らねぇけど、背中に矢鱈とすっげー濃い哀愁を背負ってるように見えるんだけど…」
 「…そう言う気分にもなるさ。遣る瀬無いやら腹立たしいやら虚しいやらで、もう混乱ここに極まれり、って感じだよ、俺は」
 「とか何とか言ってても、結局はあいつらの事が心配なだけだろ?」
 そう茶化すように言う竜磨に、止めてくれと苦笑いを返す神雅斗だが、根本は確かにそれなので、あえて否定はしなかった。
 …尤も、自分の目の届かない場所でまで騒ぎを起こされては、と言う不安も大きな要素ではあったが。
 散々繁華街を探し回った後、マンションの方へと一旦戻ろうと、二人は静かな住宅街の道を歩いていた。身体の疲れと気疲れと、その両方から可哀想なぐらい憔悴している神雅斗の隣で、竜磨がしょうがないなぁと困ったように笑った。
 「神雅斗さん、あいつらに対してチト過保護なんじゃねぇのかなぁ。あれぐらいの歳の男なら、夜遊びぐらいは当たり前だし、保護者に何かと楯突くのもフツーなんじゃねぇの?」
 何しろ、自分がそのいい見本である。
 「騒動起こして迷惑掛けまくってんのだって、まだまだ可愛いモンだろ?」
 「…あれ以上激しくなってもらったら、それこそ俺の寿命は確実に短くなるぞ」
 真剣に杞憂の表情を浮かべ、ついでに眉間に苦渋の皺まで寄せて神雅斗が呟いた。
 「過保護かもしれんと言うのは分からないでもないが、例えばあんたのように分かってて好き勝手しているのと、あいつらのように天然で好き勝手しているのとでは、多少事情が違うだろう?あいつらは自分達がしている事が、現代日本に於いての社会通念上、許される事なのかそうでないのか、なんて事はさっぱり気にしちゃいないからな。だから、奴らがこのままここに住み続ける為には、俺が四の五のと煩く言ってやらないと」
 「結局は、あいつらの為を思って、なんじゃないっすか」
 笑み混じりでそう指摘する竜磨に、神雅斗は何も答えはしなかったが、その沈黙が竜磨の言葉を肯定していた。
 そんな二人の歩みがふと止まる。同じ数メートル先へと視線を向けていた二人が目にしていたのは、通りの向こうから楽しげに談笑しながら歩いてくる二人の少年の姿だ。
 「あれ?」
 「お?」
 二人は神雅斗と竜磨の二人を認めると、ほぼ同時に驚いたような声をあげる。だがそれは勿論、とうとう見つかってしまった事に対する後ろめたさ等ではなく、ただ単に、珍しい時間に珍しい場所で保護者の姿を見た事に対する純粋な驚きだった。勿論、神雅斗を散々心配させていた事など思ってもおらず、罪悪感の欠片も感じられない。
 「お…ッまえら………!」
 ふるふる震える拳は上着のポケットへ、さっき握り潰した術符を再度握り締める事で落ち着きを取り戻す。ここが真夜中の住宅街で、怒鳴り声はご法度だと言う事以前に、この二人に何を言っても馬の耳に念仏な事は分かり切っていたから、無駄なエネルギーは使わないようにしよう、と思っただけだ。
 「オッサン、何やってんの、こんな所で」
 「ダメじゃん、こんな時間に年寄りが出歩いてちゃ」
 好き勝手な事を言って楽しげに笑う二人を代わる代わる見てから、神雅斗が肩を落として溜息を零す。
 「お前らなぁ…いいか、現代日本ではな?黙って夜遅くまで帰ってこないって事を心配すんのは当たり前なんだぞ?」
 「えー、そんなのいつもやってる事じゃん」
 何を今更、と呑気に言う少年に、神雅斗が違うと首を左右に振る。更に言葉を続けようと口を開いた所で、竜磨がさり気なく間に入った。
 「神雅斗さんはさ、黙って遊びに行っちまったから心配してたんだよ。…ま、神雅斗さんもイイじゃん。見つかったんだし、何のトラブルも無さそうだし。誘拐された訳でもなかったんだしさ」
 「…こいつらを誘拐して何のメリットがあるんだか…の、前に誘拐できるような腕利きの奴らが、そうそういるとは到底思えん」
 「だったら尚更イイじゃん。こいつらなら野放しにしといても大丈夫だって!」
 な?と顔を覗き込まれ、更に竜磨の言う事は正論でもあるので、神雅斗は仕方なくといった感じで頷いた。
 「なー、話済んだ?だったらもう帰ろうぜ。俺、腹減ったぁー」
 神雅斗と竜磨の会話が、自分達の事であるとは露とも思わず、少年の片方が呑気な声を出す。再びがっくりと脱力する神雅斗と、思わず吹き出す竜磨。竜磨が、少年達の両肩を同時にぽんと叩いた。
 「あいよ、話は終わってるぜ。おやすみ、またな?」
 「うん、またな」
 先に歩き出す少年二人の背中を見詰め、神雅斗も歩き出す。ふと思い出したよう、竜磨の方を振り返った。
 「手間掛けさせて悪かったね。ありがとう」
 「いやいや、俺は何もしてねぇし。それより神雅斗さん」
 「うん?」
 浅く首を傾げる神雅斗の手を、まるで仕事中であるかのように竜磨がそっと上下から挟み込むようにして握る。えっ、えっ!?と焦る神雅斗を尻目に、竜磨はニッコリ営業用スマイルを浮かべた。
 「お大事に」
 「へ?」
 目を瞬かせる神雅斗の手をするり開放すると、竜磨は笑いながら手を振り、今来た道を逆戻りしていく。そっと神雅斗が握られていた己の手を開くと、そこには胃薬が数錠乗っていたのだった。


おわり。


☆ライターより
いつもありがとうございます、ライターの碧川桜です(礼)
今回、神雅斗氏と竜磨氏の互いの呼び方ですが、ノベルの内容の方に書いてあった、神雅斗さん、竜磨さんと言う呼び名で書かせて頂きました。もしも思い描かれるものと違った場合はお許しくださいませ。
ではでは、少しでも楽しんで頂ける事をお祈りしつつ…。