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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


ポチを探して
------<オープニング>--------------------------------------
「ペットを探してもらいたいんですよ」
 ソファにゆったりと腰掛ける青年。銀髪との目が興味深そうに事務所内を見渡して、
「探偵ってそういう仕事ですよね?失せもの尋ね人何でも当たるとか」
「それは占い師の方では。…いやまあ、探し物や尋ね人は確かに承ってますが…ペットですか?」
 足の長さが自慢なのかそれともソファが低いと言うジェスチャーなのか悠々と足を組んだ、マーカスと名乗った青年に更に嫌な顔をする草間武彦。
「ペット用品にありますよね。普通の紐じゃなくて、伸びるリードって。真似して作ってみたんですがね。どうも失敗作らしくて、伸びきったまま戻らなくなってしまって。だから、探して貰いたいと言っても彼とは繋がってはいます。行動範囲が少々広いですが」
 武彦の、ペットを扱いたくない、という表情には気付かないのかそのまま話し始める男。ついその調子に釣り込まれて身を乗り出す。
「どの位?」
「私を中心に半径1キロというところですか」
「――は?」
 青年は、にこにこと笑いながら手を差し出す。その手首に嵌っている鈍い銀のブレスレットが彼の言う『リード』の持ち手らしい。
「紐を手繰ればいいんでしょうけど、上手く行かなくて。かと言って私が紐を追いかけるとその分ポチが移動してしまうので…」
 ――やっぱり。
 がくりと肩を落とす武彦。どうやらこの『飼い主』も普通と違うらしい。単に大法螺吹きという可能性もないではないが。
「姿は、そうですねえ。…茶トラの、猫に良く似ていますよ。ぱっと見気付かないでしょうね。しいて言えば足が6本付いてる位かな」
「いや…ちょっと待った」
 武彦が相手の言葉を遮り、なんなんだ、その生き物は、と小声で呟く。
「え?だから、ポチですってば。私のペットですよ」
 対する相手はあくまでにこやかに。
「あ。そうそう、早いうちに見つけ出さないと大変なことになるかもしれません」
「…というと?」
「彼の大好物がそこらに有りますのでね。これです」
 ごそりと大きな紙袋を脇から取り出してテーブルの上に置く。ぷっくりと膨らんだ白い紙袋の中にぎっしり詰まっているものは、黒々とした…カツラ。いくつか取り出してみると全てストレートのロングヘアで。
「1日数人でお腹一杯になると思いますので、ついでにフォローもお願いします」
「大好物って…まさか」
 ええ、と涼しげな顔を見せる男。
「髪の毛です」
「そんな他人事のように」
「ちょっと動きが素早いですけど、噛みませんし可愛いですよ。…えーと。後は…ああ、そうそう。マタタビで酔います」
 あれは可愛いですよね〜、とややうっとりした表情で天井を見上げる男。
「猫みたいですね」
「ええ。そっくりだと思います」
 足の数多すぎるけど。
「数日あればリードは直ると思いますが、なるべく早くお願いします」
 にっこり、と楽しげな笑いを薄い唇に広げたマーカスは、事務所に居座るつもりなのかでんと構えたまま立ち上がる気配すら見せなかった。

------------------------------------------------------------
「6本足の猫…みたいなペット?」
 話を聞き、頭の上に「?」マークを降らせながら、腕の中に抱いているマールに知ってる?と訊ねる。
 にゃ?
 全く心当たりがないらしい腕の中の黒猫が不思議そうに楠木茉莉奈を見上げ、小さく鳴くとふあぁ、と小さく欠伸をした。
「もぅ。ちゃんと聞いてよー」
 小さく頬を膨らませて見せるが効き目のないことは分かっている。それは諦めてぽすん、とソファに座りなおすと軽く力を入れてマールを抱きしめ、
「マールも手伝ってくれるよね?ちょっと変わってるお友達だけど、動物なら仲良くなれるし。うん」
 そうすると、必要なのはマタタビと…と黒猫を脇に置いて立ち上がり、マールにも時々使うマタタビを少し取り分けた。…気付けば、匂いか気配かでそれと知れたのだろう、きらきらと期待に満ちた目でマールが茉莉奈の足元から見上げている。
「あー…ごめんねぇ。今じゃないの。そのポチっていう子を探すのに使うのよ」
 しぱたたん、と複雑な心の動きを尻尾のリズムで表すと、なにやら酷くがっかりした姿勢でマールは定位置へと戻って行った。
「…大丈夫かな」
 一抹の不安を漂わせながら。

「…?」
 事務所の扉を開けようとして、あれ?と首を傾げながら振り返る。其処には何もない筈なのに、どういうわけか何かに引っかかったような気がしたのだ。
 なんだろう?と思いながらも、良く分からないことは気にしないことにして元気良く事務所の中へと入っていく。
 あらかじめ聞き出していたのだろう、シュラインが猫の特徴としてもうひとつ上げる。それは、赤いリボンをした銀色の輪だそうだ。マーカスが嵌めている腕輪と同じモノで出来ているのだろう、その材料が何かは分からないが。
「さて…全員揃った所で始めましょうか」
 今回は動き回ることが前提と見たか、皆身軽な格好で来ている。楽しげにその様子を見守っているマーカスは口出しせずににこにことしているだけで。
「――さっきから気になってるんだけど…なに?その視線は…」
 その中で、緋玻がぽつりと呟く。はっと視線を外した3人がにこにこと笑い、
「綺麗な黒髪だなーって思っただけだよ。気にしない気にしない」
 ぱたぱたと楽しげに手を振る光夜。
「食べでありそうだし」
 続けてぼそりと口の中で呟く。――が、しっかりと耳に届いていたらしくひきつった笑みを向けた緋玻にこれまた満面の笑みで光夜が笑みを返した。
「…とまあ冗談はともかく、オレ、紐追っかけてみようと思ってるんだけど、他の皆は何処行くんだ?」
 ――紐?
 確かにリードで繋がっているとは聞いているが、はっきりと目に見えるのは腕にある銀の輪だけ。だが、光夜は自信満々で。
「追いかけて行けばいいんだよなっ?簡単だよ」
 にかっ、と歯を見せて笑いながら、何かが見えているかのように外へと視線を送る。成る程ね、と呟いた茉莉奈や緋玻も何かは感じ取っているらしい。光夜とは視点が違うからはっきり見えているわけではないようだが。
「紐を追うお手伝いなら出来ますけど?」
 そう言って立ち上がりかけたマーカスを、皆が押し留めて椅子に座りなおさせる。
「にいちゃんが動いてどうすんだよ。紐がどんどん伸びてくだけじゃないか。…だから、この事務所から出てくるなよ?な?なっ?」
 光夜が慌てたように押さえつけ、そして。
「地図、これでいいですか?」
「そうね。じゃあ、大体の範囲に丸を付けて、この中でまず行きそうな場所を見てみるとしましょ」
 光夜に任せればいいかとすぐに手を離して地図とにらめっこを始める3人。にこにこと押さえられるままになっているマーカスの位置から何となく恨めしげに見る光夜の視線が、僅かに痛かった。
「――あ、いいこと思いついた。ねえ草間さん」
「却下だ」
 自分の机から間髪入れずに言葉を返す武彦にえ〜〜〜〜〜、と唇を尖らせながら、
「いいじゃん、ちょっとくらいはさぁ。ひと房とかてっぺんだけとか後頭部とか剃り込みしたみたいにとか」
 それでも言葉を続けるうちに楽しくなったのか悪戯っぽい笑みをにんまりと浮かべながら、
「髪切るお金浮くし、目立つ人になれるしいいこと尽くめだよ?」
「――そう言うことを言うのはどの口かしらね」
 むにっ。
 妙に静かな声と共に掴まれたのは両頬。そのままにゅぅ、っと伸ばされて行く。
「いでででででででっっ」
 じたばたと暴れる光夜に構わず、手を離そうとしないシュラインの薄い笑みは、凍りつきそうな瞳と相まって周囲の動きを止めてしまうほどだった。

 あらかじめ聞き出していたのだろう、シュラインが猫の特徴としてもうひとつ上げる。それは、赤いリボンをした銀色の輪だそうだ。マーカスが嵌めている腕輪と同じモノで出来ているのだろう、その材料が何かは分からないが。
「さて…全員揃った所で始めましょうか」
 今回は動き回ることが前提と見たか、皆身軽な格好で来ている。楽しげにその様子を見守っているマーカスは口出しせずににこにことしているだけで。
「――さっきから気になってるんだけど…なに?その視線は…」
 その中で、緋玻がぽつりと呟く。はっと視線を外した3人がにこにこと笑い、
「綺麗な黒髪だなーって思っただけだよ。気にしない気にしない」
 ぱたぱたと楽しげに手を振る光夜。
「食べでありそうだし」
 続けてぼそりと口の中で呟く。――が、しっかりと耳に届いていたらしくひきつった笑みを向けた緋玻にこれまた満面の笑みで光夜が笑みを返した。
「…とまあ冗談はともかく、オレ、紐追っかけてみようと思ってるんだけど、他の皆は何処行くんだ?」
 ――紐?
 確かにリードで繋がっているとは聞いているが、はっきりと目に見えるのは腕にある銀の輪だけ。だが、光夜は自信満々で。
「追いかけて行けばいいんだよなっ?簡単だよ」
 にかっ、と歯を見せて笑いながら、何かが見えているかのように外へと視線を送る。
 成る程ね、と呟いた緋玻…茉莉奈も、その気配には気付いたらしい。光夜が一番はっきり其れを見ているのだろう、事務所の中から外へと繋がっているひとつの気配に。
「紐を追うお手伝いなら出来ますけど?」
 そう言って立ち上がりかけたマーカスを、皆が押し留めて椅子に座りなおさせる。
「にいちゃんが動いてどうすんだよ。紐がどんどん伸びてくだけじゃないか。…だから、この事務所から出てくるなよ?な?なっ?」
 光夜が慌てたように押さえつけ、そして。
「地図、これでいいですか?」
「そうね。じゃあ、大体の範囲に丸を付けて、この中でまず行きそうな場所を見てみるとしましょ」
 光夜に任せればいいかとすぐに手を離して地図とにらめっこを始める3人。にこにこと押さえられるままになっているマーカスの位置から何となく恨めしげに見る光夜の視線が、僅かに痛かった。
「――あ、いいこと思いついた。ねえ草間さん」
「却下だ」
 自分の机から間髪入れずに言葉を返す武彦にえ〜〜〜〜〜、と唇を尖らせながら、
「いいじゃん、ちょっとくらいはさぁ。ひと房とかてっぺんだけとか後頭部とか剃り込みしたみたいにとか」
 それでも言葉を続けるうちに楽しくなったのか悪戯っぽい笑みをにんまりと浮かべながら、
「髪切るお金浮くし、目立つ人になれるしいいこと尽くめだよ?」
「――そう言うことを言うのはどの口かしらね」
 むにっ。
 妙に静かな声と共に掴まれたのは両頬。そのままにゅぅ、っと伸ばされて行く。
「いでででででででっっ」
 じたばたと暴れる光夜に構わず、手を離そうとしないシュラインの薄い笑みは、凍りつきそうな瞳と相まって周囲の動きを止めてしまうほどだった。

 少し柔らかさを増した光夜の頬は放って置いて、シュラインが地図を調べている2人の傍へ戻って来る。カツラを借りてかぽっと被っている茉莉奈が顔を上げ、範囲内と思しき円の中数箇所にマーカーで印を付けたことを告げた。
「私が知ってるのはだいたいこの辺かなぁ」
 駅周辺と大きな住宅街に、点々と記されたのは美容院の位置。ふんふん、と頷いてシュラインや緋玻も自分が知っている位置を印付け補って行く。
「後は…長い髪の人が多い場所って言うとどの辺かしら」
「――あっ」
 小さく声を上げた茉莉奈に、2人の視線が向く。茉莉奈は2人に見せるようにマーカーで一部の地区をぐるぐるとペンで丸く囲い、
「この辺って…確か私立の女子高がなかった?校則厳しいって噂の」
 ――ああ。
 シュラインと緋玻が納得したようにこくっと頷く。
「それじゃあ、其処も範囲に入れるとして…やっぱり広いわね。手分けしましょう」」
 仕事の邪魔になるので滅多にやらないのだが、結わえていた髪を解いてさらさらと梳いたシュラインが地図を大まかに3等分する。やっぱり囮なのね、と呟いた緋玻は自分の艶のある黒髪をそっと手に取って見つめていた。
「基本は中心部から。細かく連絡は取り合うこと、それから…被害者が出ているかもしれないから、そういう情報を見聞きしたら全員に連絡しましょう。それと――ねえ、あんたもカツラ持って行く?」
「パース。オレは追っかけ専門ってことで。じゃっ」
 早速と街中へ繰り出していった光夜に元気いいわねえ、と呟いて、残る3人は分担する位置を決めた。但し、深追いはしないこと、すぐに連絡を付けること、を話し合って。
「いい天気なのは救いね。…日向ぼっこしてるかしら」
 普通の猫ならありえるだろう、外で日向ぼっこしながらぬくぬくと昼寝している様子を思い浮かべながら、3人は事務所の入り口で3手に別れた。

------------------------------------------------------------
「何処に行こうか」
 腕に抱いた黒猫に話し掛けながら、天気の良い空を仰ぐ。
「私の行き先は女子高方面だよね…うぅん。この辺りに猫さんの良く来る場所とかわかんないかなぁ?」
 にゃう?
 マールが茉莉奈の腕の中から顔を上げ、ふんふんと鼻を鳴らして匂いを嗅ぎ…くるん、と顔を別の方向へ向ける。
「あっちに居るのね」
 いきなり目的の猫に遭えるかは分からないが、猫の行動は同じ猫に任せるのが一番、とてってってっ、と軽い足取りで進んでいく。
 着いた先は、小さな児童公園。入り口に犬の通り抜け禁止とは書いてあるが、中でのんびりと過ごしている野良猫…もしくは飼い猫達には関係ない話だった。第一読めないだろうし。
「こんにちは。…あなたたちの中で、見かけない茶トラの猫を見たひと、いない?」
 これこれこういう姿の、と首輪とリボンを付けていることや足の本数が多いこと等を上げて行く。
 けだるそうに身体を長くしていた猫の何匹かは茉莉奈の声になんら反応することは無かった。茉莉奈の欲しい答えを持っていないのか、それとも答える気がないのかは良く分からないが…天気の良いうららかな春の日差しを浴びて気持ち良さそうに日向ぼっこをしていることには間違いなかった。
「あんまり強力してくれそうにないね」
 にゃう。
 昼寝を邪魔されるのが嫌なだけじゃないんだろうか、とマールが…日の当たる地面でほかほかと寝転がっている猫にちょっと羨ましげな視線を向けながらぼやいた。
「それもそっか。じゃなくて…マタタビここで使っちゃおうかなぁ」
 自分のバッグの中から使いきりパックのマタタビを取り出して封を切った。腕の中のマールも、長くなっていた猫達も一斉に顔を上げて茉莉奈を見つめる。それはもう熱心に。
「えーと…で、見かけない茶トラを見たヒトいる?」
 ごしょごしょと猫が顔を集めて何やら相談した後で、代表なのか一匹がしなやかに歩み寄り、ここではないが暫く行った先の…この場に居る猫達の縄張りの外でそんな変なのを見かけたという話を聞いている、と告げた。
「どっちの方向?」
 茉莉奈の言葉に首をくりんと向けて合図のように小さくにゃぁ、と鳴き、コレで良いのかというような仕草で軽く首を傾げた。
「ありがとう、行ってみるね。…ああ、これはあげるね」
 集まってきた猫達の中にぱらぱらと粉末状のマタタビを振り撒くと、次第にハイになっていく猫を置いてその場を離れて行った。…マールはずっと、その様子を見つめていた。
 シュラインから連絡が入ってきたのはそんな時。何でも、彼女の行った方向には既に被害が出ており、警察が辺りを調査しているとのこと。それじゃあ、その辺りで事が起こったのは早かったのかな、そんなことを聞きながらふと考えてみる。
 茉莉奈の側はまだきちんとした手がかりには至っておらず、その旨を伝え何かあったら此方からも連絡を入れると言ってぷつりと電話を切った。
「食べられちゃったんだって」
 かわいそうにね、と言いながら被ったままのカツラの長い髪を手でさらさらと撫で、大丈夫かなぁ、と小さく呟いた。

「此処にもいるのね。…でも、皆普通の猫さん達ばっかりみたい」
 別の公園でも風流なのか桜の花弁を絨毯代わりにのんびりと横になる猫もいたりして、思わず顔をほころばせる。
 だが、やはりこの公園にも目当ての『猫』は居なかった。目撃情報をのんびりしている猫に聞いてみたところ、どこかで見た、という話は聞けたものの、見かけない猫と言う事で進んで話し掛ける者も居らず…おまけに得たいのしれなさがあって喧嘩を吹っかける猛者も居なかったらしく、だいたいどの辺りで見かけたか教えてはくれたものの、それだけだった。
「マール、皆非協力的だよ?」
 仕方ないよ、猫だし、と言うような眼差しで黒猫が茉莉奈を見上げ、茉莉奈がぷぅ、と頬を膨らませる。
「マールも冷たいよー」
 にゃう。
 自分の捜索範囲内の女子高をそうやって通過し、茉莉奈の腕の中で涼しげな顔で返事をした黒猫が、ふと顔を上げた。ひくひくと辺りの匂いを嗅ぎ、そして茉莉奈へと視線を上げる。
「どうしたの?」
 するりと腕から抜け出したマールが、茉莉奈の後ろへ向かってフーッ、と威嚇するように鳴く。
 ――え。
 慌てて振り返る、その視線の先――塀の上から、身体を丸めてじぃっと茉莉奈に見入る猫の姿。茶トラの丸々としたその姿に、銀の首輪――
 そう見えたのはほんの一瞬だった。
 次の瞬間、ザッ――と風が目の前を通り過ぎた気がして、気付けばやたらと軽く、そして涼しい頭に気付いて手を当てながら後ろを見やる。
 にゃっ。
 可愛らしい、満足げな鳴き声と、茉莉奈が被っていたカツラを咥えてずるずる持ち運びしていく姿。
 …だが。
 どうも、様子が違うことに気付いたらしい。移動しようとしていた足を止め、その場にカツラを放って置いてぐりんと茉莉奈へ向き直る。
 大地に6本足で踏ん張り、ぐぅっ、と身体を縮め。
 ――ばねのように飛び上がり、一気に相手の肩まで。
「きゃぁっ」
 ポチの息が掛かる程の近距離で、一瞬体が硬くなる。そのまま、ぱくっ、と髪にじゃれつくように噛み付こうとしたが。
 ――にゃぅ!?
 何かを感じ取ったらしい。目がこれ以上無いというように大きく見開かれ、開いていた口を閉じる間もなくしたんっと地面に降り立つ。
 その目の前には、長い黒髪の――緋玻。
 目標変更。
 身を低くしてじりじりと猫が『獲物』へと近づいていく。
「田中さあぁぁん」
 悲鳴なのか、泣き声なのか、茉莉奈が声を上げて、そして。
 ばっ、と6本の足で跳ねた猫が勢い良く飛び掛ってくるのを慌てて数歩後ろに下がって避け、
「応援を呼んで。早く」
「あ、は、はいっ…――あっ」
 携帯を取り出した茉莉奈が、何を思ったか地面のある一点をじっと見つめ、足元の黒猫に何か言い置いて視線を向けた方向へと足を踏み出す。
 フーーーッ!
 獲物に再び狙いを定める猫に、黒猫が近寄って思い切り背の毛を逆立て、意識をかき乱し…その隙に茉莉奈がばっ、と何か黒いモノを猫へと投げつけた。
 一瞬怯んだような猫が、きょとん、とした顔で目の前にふわりと落ちた其れに視線を向け。そして、
 はむ。
 しょうがない、コレで我慢してやるか、というしぶしぶな表情を見せた後で、茉莉奈の投げつけたカツラを咥えて素早く塀の上へと飛び上がり、そして思いがけない早足でぴょいぴょいと別の路地へと消えていった。
「……」
 目と目を見合わせ、
「はぁ〜〜っ」
 お互いが無事だった事に思い切り安堵の息を付いた。
「と、とりあえず追いかけましょ」
「そうですね、あっ、連絡入れますー」
 猫が消えた辺りへ2人と1匹がぱたぱたと足を進めながら、茉莉奈がしっかりと握ったままだった携帯からシュラインへと電話を入れた。

「居た!いましたよぉ、猫がっ」
 茉莉奈が、やや上ずった声を出す。向こうには今の状況が伝わっているのか、それは良く分からないが。
「ああん、怖かったぁぁ…ありがとう、緋玻さん」
「こっちも危なかったけれどね…」
 呟いて緋玻が自分の髪の毛を掴み、そしてバッグをごそごそと探る様子が見えた。
『あら、合流してたの?』
「襲われそうになったのを助けてもらったんです。今は姿隠しちゃったけど」
 少し落ち着いたか、シュラインと会話を続ける茉莉奈。そして今の位置を教え、割合近くだったらしくすぐ行くと告げたシュラインを少し行った先で待ちながら、油断しないようあちこちへと視線を飛ばし。
「――使う?」
「あ…はいっ。ありがとうございます」
 被っていたカツラが外れた上に食べられそうになり、そして落ち着く間も無く走り出したためぼさぼさになっている髪の茉莉奈を可哀想に思ったか、自分のブラシを手渡した。嬉しそうに、鏡がその辺に無いかちらちらと見ながら手早く髪を整えていく茉莉奈。
 シュラインが合流した時は、ちょうどそんなことをしていた最中だった。
「どう?…大丈夫だったみたいね」
「なんとか食べられずには済んだけど、逃げられちゃった…」
「深追いして被害に遭っても仕方ないわ。――そう言えばあの子はどこまで辿れたのかしら」
 緋玻が携帯を取り出し、光夜に連絡を入れようとボタンを押した――すると。
 何処からともなく、特撮ヒーロー物のメロディが陽気に聞こえて来る。
「…あれかな?」
「そうみたいね」
「間違いないわね」
 くすくすと笑う3人、そして本人が出たらしく緋玻が電話を耳に当てた。
「…そう、じゃあこっちは牽制しつつ待ってるわ。――中々手が出しづらくて、ね」
 ぱちんと携帯を折りたたんで2人へと向き直り、
「すぐ近くにいるみたいよ」
 そう告げる。
 後は、本体を見つけるだけ、と顔を見合わせながら。

「居た…あそこ」
 光夜に見えている筈の『紐』の姿が、シュライン達の目にも見える。その紐の先にいるのは一匹の猫。
 それなりに満足したのだろうか、尻尾をゆらゆらと揺らしながら塀の上で丸くなる茶トラの姿が見えた。
 にゃぁぅ。
 大きさにして、大人の猫程だろうか。ぬくぬくと日に当たっている様子は、端から見ても眠気を誘う。
 ふあぁ、と大きく欠伸をしたその猫は、ごろごろと喉を鳴らしながら身体をもぞもぞと動かし、また寝に入っていく。
 ごくありふれた、日常風景に見える。
 ―――塀の両脇から少しはみ出ている多すぎる足さえなければ。
「…モノレールみたい」
 塀を抱えるように置いてある足を見て、緋玻がぽつりとそんなことを呟いた。

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「よおぉおっし、発見っ!」
 突然。
 がさっ!と茂みを掻き分けた中から飛び出した光夜がその勢いで下から飛びつき、猫を掬い上げようと動いた――が。
 にゃっ!?
 いきなりの声の大きさに驚いたか、飛び上がった猫がバランスを崩し、手近なモノ、つまり光夜の頭にでんっと飛びついてしっかりと顔を覆うように抱きしめた。落ちるのが怖いのか爪を立てながら。
「うあっっ!?何コレ、何だコレっっ!?いて、いてててててっっ」
 むにぃっと両手で思い切り掴んで引き離そうとする光夜と、その力に却って引き離されまいとしっかとしがみ付く『猫』。
 突然のことに呆然とする3人がいることにも気付かず――と言うより見えていないようで。
「…あ…」
 小さく声を上げた茉莉奈が指摘するまでもなく、あんぐりと口を開けた猫が何やら仕返しのように光夜の頭へ――正確には髪へなのだろうが、噛み付こうとするのが見えた。
「っ、この…っ!」
 前足の付け根をそれぞれ引き剥がしたその瞬間。
 ぶちぶちぶちッ。
「痛え――――っっ!?」
 叫び様にぽいっとその塊を何処かに投げつけて額を押さえた。
「きゃ…っ、わ、わ…っっ」
 額を押さえる光夜の向こうで、投げた『猫』をなんとかキャッチした茉莉奈がじたばたと暴れるそれを腕の中に押さえつけていた。
 ぎにゃーーーーー!
 うにゃ、にゃにゃ、にゃーーーーー!
 ぺしぺしぺしぺしっ!
 ――大容量ねこぱんちに茉莉奈が怯む様子は無い。良く見れば爪を立てていないのだから、当たり前だろうが、顔にしがみ付かれた光夜が乱れた髪を手ぐしで掻き上げながらなにやら複雑な表情を浮かべている。
「お、大人しくしようよ、ね?」
 話し掛ける茉莉奈にちらっと視線は向けるものの、いきなり捕まえようとした人間達には甘えないとでも言うつもりか、じたばたくねくねと暴れる様子に変化は無い。しかも横腹から突き出ている2本の足を上手く使ってするすると腕からすり抜けようとするからまるでウナギのように掴み所がなくなってしまう。
「きゃーっ、何とかしてーっっ」
 必死で格闘している茉莉奈だが、その外から掴む訳にもいかず茉莉奈ごと網にかけることも出来ず、おろおろと『紐』を掴んだままその周りを回り続ける光夜。そこに、
「どいて」
 ぷしゅっ、とポチの鼻面目がけてシュラインが香水のようなものを振りまいた。
 瞬間。
 くたん、と背骨がないかのように猫が柔らかく茉莉奈の腕の中で身体を反り返らせた。
「えっ、え、え?」
 慌てて3人を見る茉莉奈。
 な〜ぁぅ。
 その足元でも妙な声を上げた黒猫が、ふらふらと動き、身体を押し付け、そしてごろんとひっくり返る。
「…マタタビよ」
 小さな容器を振りながらシュラインが言い。そして緋玻も持ち歩いていたらしい粉をくにゃくにゃと茉莉奈の腕の中で踊っている猫の顔に近づける。――ますます酔いが深くなるポチ。
 なうぅぅん…
 うるうる、つぶらな瞳で見上げる『猫』。
 …茉莉奈の腕に、6本の足でがしがしとしがみついて。あぐあぐと痛みの無い力で手を噛みながら、時々誰か分からない相手に向ってねこぱんちを繰り出している。後ろ足の2本は普通の猫と同じく蹴り足らしく、脇腹から出ている足と前足の4本が『手』のような役割になっているようだった。
「6本ってやっぱり虫?」
「そんなこと言ったら8本は蜘蛛になっちゃうわ。糸吐かれても困るし」
「糸吐いたら面白いのになぁ」
「うぅ…マールも下で襲ってるし…」
 嘆く茉莉奈の足元でぺしぺしと茉莉奈の足を攻撃している黒猫をシュラインがひょいっと抱え上げ。
「はい。交換しましょ」
 ぽってり重い茶トラと黒猫を交換し、楽しそうにうにゃうにゃと呟き続けている猫を抱きしめた。

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「本当に猫そっくりなんですね。…動いたり、お腹見せればばれちゃうけど」
 光夜が持ってきた猫じゃらしに飛びついている『猫』達の動きに目を細める零。茉莉奈のマールと一緒になってぱたぱた揺れるそれに目を輝かせながらじゃれ付く様子は常の猫と変わらない。終いにはマールと猫じゃらしの奪い合いになりごろごろと事務所内を転げ回る。
 その様子をくすくす笑いながら見つめている皆と、毛が飛ぶとかなんとかぶつぶつ呟きながらも嫌いではないのか猫の動きに何度も目を向ける武彦。
 そして、手首の輪をかちゃかちゃ弄っていたマーカスがふぅっと息を吐いて小さく笑みを浮かべ、かちりと今までにない音を立てた腕輪を猫へと向ける――と、
 にゃう?
 何かに引張られるかのようにポチが腹を上に向けたままずるずると床を滑り、そしてマーカスの足元へと行くとぴたりと止まり、そしてしたんっと身体をひっくり返して体勢を整える。
「応急処置はこんな感じでしょうか」
 言いながら、足元に来たポチを抱き上げるマーカス。
「全く、心配ばかりかけるんだから。ほら帰るよポチ」
 なう〜
 甘えた声でごろごろと喉を鳴らしつつ、ぺたぺたとよじ登っていたそれが青年の腕に抱えられて丸くなった。腕の中に抱えられると安心するのか、頭をすりすりと擦りつけて小さく鳴く。
「お世話になりました。このお礼は改めて」
 余ったカツラの入った紙袋を手に、にこりと笑った青年が事務所を出て行った。

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「ちょっと…これ、見た?」
 春の特集を組んでいる女性誌をぽんと事務所の机に置いたシュラインが呆れたような、納得したような複雑な笑みを浮かべて、暇潰しと次の依頼探しを兼ねて遊びに来ていた皆へ開くよう言う。
「えーと…『特集―話題のカリスマ美容師、マーカス・クレイマンさん』」
 顔を横から突っ込む光夜に構わず見出しを読み上げた茉莉奈がええっ、と小さく声を上げ。
「ぶ」
 煙草の煙にむせた武彦がけほけほと咳をし、零が興味深そうにその記事を覗き込んだ。
「まあ。あの時の人ですね」
 膝の上にふっさりとした毛並みの猫を――ポチでは無かったが――乗せ、柔らかな笑顔でいる青年。
「美容師の資格持ってたんだ」
「と言う事は…もしかして、あのペットって」
 皆が顔を見合わせる。
「…ゴミ処理用…?」
 雑誌記者はさかんに美容院の綺麗さを褒め称えていたが、それも尤もな話だろう。
 そしてその更に数日後、丁寧な言葉を綴った手紙、そして小切手と共に送られてきた『優先予約・無料チケット』と手書きで書かれた数枚綴りの紙には、いくつもの肉球スタンプが押されていた。それぞれのスタンプの下には、名前らしい『ポチ』『カメ』『ハナ』の文字が楽しげに踊っていた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女性/ 26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1270/御崎・光夜   /男性/ 12/小学生(陰陽師)         】
【1421/楠木・茉莉奈  /女性/ 16/高校生(魔女っ子)        】
【2240/田中・緋玻   /女性/900/翻訳家              】


NPC
草間武彦
  零
マーカス・クレイマン
ポチ

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■         ライター通信          ■
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お待たせしました。「ポチを探して」をお届けします。
春の陽気に誘われて、つい迷子になってしまった『猫』のポチ。飼い主もペットも一筋縄では行かなさそうですが…。
ひとまずは無事に元の住処へと戻って行くことが出来たようです。
残り2匹も名前だけは出て来ていますが、一匹は白のチンチラ(風)、もう一匹はシャム猫に良く似ています。彼の店の従業員も皆銀髪に青い目、という不思議な世界みたいですが、腕も会話のスキルも良いので評判は良いようです。
とまあ、使うことの無かった設定を書き出してみました。もしかしたらまた別の話で使うことがあるかもしれませんが…。

ともあれ、今回の参加ありがとうございました。
また、別の機会にお会い出来ることを楽しみにしています。
間垣久実