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思い出の扉
【オープニング】
「もしも記憶の世界にいけるなら貴方は何処へ行きたいですか？」
なかなかしゃれたキャッチフレーズだ。
投稿者の名は『カナ』。はじめましての一文で始まるその投降を、雫はふむふむと頷きながら読み進めていた。
誰にでも存在する過去の世界。
その入口を持っているのは小さな箱庭の主人。
そこにあるものは変える事は出来ない。
けれど見る事はできる世界。
興味があればご連絡を。
「面白そう。変えることが出来ないって、ちょっと惜しいけどね」
そんな雫の呟きをよそに。その者はぼんやりとしながら本をめくった。
「どなたか、いらっしゃいますかねぇ……」
来客を心待ちにしている子供のような、無邪気な笑みを見せ。また、本をめくるのだった。
【本文】
「おや？ お客さんですね……」
本をパタン、と閉じ、その者は画面に表示されたメールへと、ポインタを動かした。
表示された文を指でなぞりながら読み、すい、と眼鏡を押し上げる。
「いらっしゃいませ」
ニッコリと微笑んで、返信するのだった。
「この辺りか……」
御堂・譲は、メモを片手にうろうろとしていた。
『記憶の世界へいけるなら』その一言が、譲の衝動に訴えかけたのだ。
ふと、視線を上げれば、妙に立派な屋敷が目に入った。どうやら、投稿者『カナ』は、あそこで譲を待っているようだ。
本当に過去へいけるなら、またとないチャンスを目の前にして、譲の心は疼いた。
一瞬よぎる、記憶。痛む胸にメモを握りつぶし、譲は足早に屋敷へと向かった。
同じ、頃。彼女、梅田・メイカもまた、『カナ』の誘い文句に興味を示し、彼の元へ向かっていた。
「本当に過去を見ることができるのでしょうか……」
期待半分疑心半分。メイカは狭い通りで小首をかしげた。
時折見える並木道。若葉の間にひっそりと花の残る木々を眺めていると、半分であった期待は少し、膨らんだ。
「楽しみですね」
呟き微笑む口許。知らず、メイカの足は少し速く歩いていた。
屋敷は妙なほど静かだ。やたら広い庭。郊外であるといえ、これほど静かな場所はそうそうない。言ってみれば、別世界にさえ思えた。
と、綺麗に整えられた庭の中心に佇む、影。
年若い青年のようだ。彼は譲を見つけると、客に対するようににこやかに微笑んで礼をした。
「いらっしゃいませ。貴方の目的は……こちらですか？」
示される、ノートパソコンの画面。こくりと頷いた譲を、その者は笑顔で案内した。
質素だが丁寧に造られた廊下を進む。だが、譲にそれを気に留める余裕はなかった。
「貴方が、『カナ』さん……？」
前を歩く背中についていきながら、譲は尋ねた。
「えぇ、そうです。貴方は？」
「譲…御堂譲だ」
譲が名乗ると。丁度、ある部屋の前についた。
『カナ』は扉に手をかけゆっくりと開いた。大きく造られた部屋。それを捉えた譲の目に映ったのは、数多の蔵書。
本棚が天井まで続く薄暗い書庫を眺めていた譲の前に、気が付けば一冊の本を手にして、『カナ』が立っていた。
「貴方の過去に通じる『箱庭』がこの中にあります。その前に少し注意を」
一、貴方の意思で戻ることはできません。
一、箱庭を変えることは決してできません。
一、箱庭の中心人物との会話はできません。
「それでも、入りますか？」
箱庭の中心人物との会話は出来ない。少し、引っかかる物があった。
譲の目的は、記憶の中で親友と会うこと。そして、彼の思いを知ることなのだ。
「言葉を交わせずとも、得る物はあると思うのですが、ね……？」
『カナ』はニッコリと微笑んだ。逡巡した譲だが、やがてその瞳を見据えると、頷いた。
「僕は、会いたい」
変えることも、話すことすら出来なくても、もう一度親友と見えることが出来るのなら、そのチャンスに賭けたい。
譲の強い眼差しに、『カナ』はやはり微笑むと。
「それでは、あなたの過去へ……よい旅を」
本を開き、額に触れる、指。何かが吸い込まれるような錯覚と共に、意識は薄れていった。
開いた本を机の上に置き、眠ったように伏す譲を椅子に座らせると、『カナ』はもう一つの気配、もう一人の客人を見つけた。
「私も、箱庭へ案内していただけますか？」
開かれたままの扉に手をかけ、銀糸を鳴かせて首をかしげたのは、メイカだった。
「喜んで」
『カナ』がまた一冊の本を取り出すのを、メイカはじっと見つめていた。
譲の意識は、深い闇の中を漂うように、ただひたすら落ちていった。
だが、溶けて、解けて、消えてしまいそうな意識が再び覚醒した時、譲の目の前には、覚えのある光景があった。
過去に、自分が過ごした町。そう古くない記憶に焼きついている景色そのままだった。
「………本当に、過去へ…？」
実感が湧かない。夢を見ているような気分だった譲は、確かめる為に、そして、親友の姿を探す為に、駆け出した。
己の犯した忘れがたい過ち。その中心である場所へ。
すると、行く道の途中で、見知った影を見つけた。
「あれは…僕……？」
まだ幼い自分と、親友の姿。興味本位で、あの場所へ向かおうとしている所だった。
刹那感じた、ぞっとするほどの悪寒。このまま行かせてはいけない。過去の記憶は、咄嗟に二人を止めようとしていた。
だが、それは叶わなかった。
かけようとした声は全く届いておらず、引きとめようと伸ばしたては、空気を掴むようにその体をすり抜けてしまった。
『カナ』が言ったように、過去を変えることは、過去の世界に干渉する事は出来ないのだった。
見届けるしかない。歯がゆい思いを抱きながらも、譲は二人の後をついていった。
爪痕を見つけた。足跡が目に留まった。薙ぎ倒された木々が意味することを、思い出した。
薄暗い道を行く内に、譲の歯がゆさは不快に変わっていった。
この後起こる出来事を知っているから。それが自分の精神的な幼さによる物だったと知っているから。
――……。
誰にも、自分にさえ聞こえないほどの声で漏らしたのは、親友の名。
行くな、行くなと言いながら、触れられないと判っている彼に、何度も手を伸ばした。
そうしている内に、悔やまれる悪夢は、再び繰り返されていた。
彼の、彼らの目の前に現れたのは、二足歩行の魔物。
不快が、一気に恐怖に変わる。
もっともそれはこの頃のような、魔物に対する恐怖ではない。親友を喪うことへの、恐怖。
「――っ…早く、逃げろ！」
一人だけ世界から隔離されたように、譲の叫びは自分の耳で木霊するばかり。
「『リョウっ！！』」
重なる声。何も出来ない自分が再びここに居る。
力も何もなかったこの頃とは違い、今の自分は目の前の魔物を倒すだけの力を持っているというのに。それを振るうことも叶わない。
手を引いて逃げることも、身代わりになることも、ましてや、元凶を断つことさえも。
できるのは叫ぶことだけ。届かない声で、大切な名を。
過去の自分は彼を助けることも、最期を見届けることすら出来なかった。
今この瞬間の自分も、変わってはいなかった。
悔しさは体を突き動かし、目の前から消えていこうとする彼を、彼の存在を掴もうとしていた。
けれど、触れる直前、彼は完全に、その姿を消していた。
「っ…あぁ……」
来なければよかった。ただ見ていることしか出来ない悔しさを感じるだけならば。
砂嵐のようにノイズの入った視界。譲は、硬く目を閉じた。
譲
目を開けば真っ白の世界。そこは過去と現在（いま）との狭間。
幻聴のように曖昧な声が、直に脳をよぎった気が、する。
現在へと強く引かれる感覚に抗いながら、譲はその声を、姿を探した。
俺は、お前を守るから
だから、生きろ。
かすんでしまった最後の声。だが、その唇がそう告げていたように見えた。
はっきりとその存在を確認することも出来ないまま、譲の意識は現実へと返ってきた。
覚醒して最初に目にしたのは大量の蔵書。そして耳にしたのは、どこか心配そうな声。
「失礼。貴方がとても苦しそうだったので、でしゃばってしまいました」
申し訳なさそうな『カナ』。だが、譲の視界には先ほどの光景が、スクリーンの歪んだ映画を見ているように、ぼやけた残像として残っていた。
好きだといった彼の唇。その暖かい感触が蘇った気さえする。
「……満足だとか、言わないよな……」
両の手で額を覆って、絞るようにもらす。
自分を護るといった彼。彼に護られて、自分は今ここに生きている。彼の、言葉どおり。
もしも、彼の望みが譲の生だとするなら。
応えなければならない。それが、唯一自分にできることだから。
「何か、得ることは出来ましたか？」
「………判らない。けれど、ここに来たことはきっと、無意味じゃない」
譲は立ち上がると、『カナ』の横をすり抜け、書庫を去った。
過去を思い疼いていた『何か』が、ほんの少しだけ、取り払われたような気分に、浸りながら。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号／ＰＣ名／性別／年齢／職業
【0588 ／ 御堂・譲 ／ 男 ／ 17 ／ 高校生】
【2165 ／ 梅田・メイカ ／ 女 ／ 15 ／ 高校生】
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■ ライター通信 ■
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この度は【思い出の扉】にご参加いただき、まことにありがとう御座います。
シチュエーションのベル的なシナリオであるために、個々の仕上がりはほぼ別物となっております。他の方の視点から捉えたこのシナリオというものに興味がありましたら、是非参照を…。
始めまして譲様。過去の１ページへの旅、このような感じになりましたが………どうでしょう（汗
参照くださいと明記してありました文章は、読ませていただきました。時間がないとか言いながら他の場面も……
とても切ない感じがしましたので、もしかしたら得意分野かもしれないと思いつつ、自分の想像力の乏しさゆえ、きちんと悟りを得られた感じには出来ませんでした…曖昧すぎですみません；；
また…機会があれば、お会いできると嬉しいです。ありがとうございました。
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