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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


 代表取締役、失踪中につき(後編)
 
 傾いた会社を建て直すために、祖父の残した土地と館を売却することを考えたとある零細企業の代表取締役の青年。
 しかし、彼は祖父の館へ整理に赴いたまま行方を絶ってしまう。
 その館は、石像が動く、鎧騎士が徘徊するといった洋館にはありがちな怪奇な噂が実しやかに囁かれるようなところ。くわえて持ち主であった祖父はオカルトに傾倒していたらしいという話もある。
 戻らない代表取締役の身を心配し、経理担当の男は草間興信所の扉を叩いた。
 依頼内容は、祖父の館へ赴いたまま帰らない彼の行方を探すこと。経営が危うくなったため、夜逃げ……という一般的に考えられる線ではなく、あくまで館で行方不明になったという線で調査をしてほしいということなのだが……話に聞く祖父の館はどう考えても行方不明になれるような造りではない。
 ともかく、依頼を引き受け、祖父の館へと赴き、調査を開始。
 確かに彼がここにいたという痕跡を見つけ、そして、隠された小部屋へと辿り着く。その小部屋の床に描かれた怪しげな魔法陣に足を踏み入れると……何か異質な力が働いたような気はしたが、部屋の様子は変わらなかった。
 小部屋をあとにし、館のホールへと戻るとどうにも微妙に雰囲気が違う。門のそばに停めてあったはずの車も姿を消している。扉が僅かに開いていたことと、足跡から彼は館を出て町へと行ったのかもしれないと町の方へと向かった。
 町へ近づくにつれ、霧は深くなっていく。館の周辺では電波の問題か携帯電話は使用できなかったが、町ではどうにか使用できそうなので、彼の携帯電話へとかけてみた。
 果して、彼は電話に出たのだが。
『経理……ああ、彼に頼まれて……そうか、よかった、霧が深いから迷ってしまって……それに、なんだかここは……なっ、なんだ、あなたたちは……うわっ』
 電話はそこで切れてしまう。
 もう一度、電話をかけ、遠くから聞こえてくる着信メロディを頼りに霧のなかを進む。そこには社長の姿はなく、代わりに落ちている携帯電話を覗き込むようにしている背中が複数あった。
 音が途切れ、振り向いた彼らは生きているようには思えなかった。その彼らに追いかけられるも、簡単に振り切り、町から逃げだす。それほどに執念深くはないのか、それとも霧の外へは出ては来られない習性なのか……そもそも彼らはなんなのか?
 とりあえず、館へと戻り、ひとりは草間へ連絡をつけるために再び魔法陣へと足を踏み入れた。魔法陣が光を帯び、その姿は目の前で一瞬に消えたから、原理はどうであれ、これが二つの似て異なる世界……自分がもとにいた場所とこの場所とを繋げていることは間違いなさそうだ。
 戻ろうと思えば、即座に戻れる。
 だが、その前に。
 
「さて、と。まずは社長さんを確保しないといけないわね。こういうときのセオリーって、別行動で真っ先に逃げだしちゃった人は……」
「悲劇的な結末を辿りそうですね。今回の場合は、霧の向こうに姿を消したあと、この世のものとは思えぬ絶叫が響く……でしょうか」
 苦笑いのような笑みを浮かべつつ、言葉を次いだセレスティに緋玻は僅かに目を細める。そう、ホラーものではなくとも、ありがちな構図。迂闊な行動を起こした者の末路は……悲劇的、そして、絶望的。
「状況として、急いだ方が良さそうですね」
 柚品は言う。セレスティ、緋玻の顔を順に見やったあと、さらに言葉を続けた。
「分散して探した方が効率が良いと思います」
「……そうね。あたしもそう思うわ」
 この二人ならば単独行動でも問題はなさそうだ。あの霧のなかにいたアレに遭遇、最悪、囲まれたとしても自力で突破口を見つけ出せるはず。柚品もそう思ったからこそ、提案してきたのだろう。
「集合場所と社長を見つけたときの合図を決めておきましょう。この館の調査を行う前に、町の方を軽く見てまわり、聞き込みをしてみました。大したことは聞けませんでしたが……」
 柚品は町で見かけた主な建造物についてを口にした。それによると、町にはそれほど住宅は多くはなく、道路は素直な造り、町と他とを隔てるように川が流れているため、隣の町へと行くには橋を渡らなければならないらしい。一般住宅を除くと、コンビニ、ガソリンスタンド、神社、廃校、公園墓地があったはずだと言う。
「なるほど……探すうえで参考にさせていただきます」
 セレスティは話を聞き、頷いた。
「集合場所のことだけど……ここが一番安全だと思うわ」
 町全体が霧に包まれていると思った方が良さそうであるし、そうなるとアレがそこかしこ……とはいかないまでも、どこかに潜んでいることになる。社長を保護するという目的を遂げても安心はできない。
「連絡なら携帯が最も確実で手軽な方法だけど、音でアレを引き寄せる可能性があると思う。それに、どういうわけか……状況的に音を立てたくないときに限って、連絡が入ったりするものなのよね」
「追われるも、どうにか物陰に隠れ、息をひそめているとき……とか?」
 ご名答。セレスティの言葉に緋玻は再び目を細め、笑みのようなものを浮かべる。そう、隠れ、もう少しで通りすぎてくれる……というときに待ってましたとばかりに良いタイミングで鳴ったりするものだ。そして、気づかれ、またも逃亡劇が始まる。それが、お約束。
「だから、そうね……時間を決めて、ここへ戻って来るというのはどうかしら?」
「そうですね。もし、社長さんを発見して、集合時刻までにかなりの余裕があった場合は、携帯に連絡を入れるというのはどうでしょうか。相手が出るまではかけず、ワンコールで切る。これなら彼らに気づかれる可能性もかなり低くなると思います」
 緋玻と柚品の言葉を聞き、セレスティが言葉をまとめる。
「では、探索時間はとりあえず一時間。進展があってもなくても、この館へと戻ってくる。社長さんを発見したときは、集合時刻までもうすぐという場合は連絡はいれず、かなりの時間があった場合は、携帯に連絡、ワンコールで切る……以上でよろしいですか?」
 互いに頷く。
 そして、行動を開始した。
 
 経理の話では、社長はオカルト嫌いでオカルトな出来事に遭遇すると現実逃避する傾向があるとか、ないとか。電話が切れたときも、かなり驚いている様子だった……が、オカルト嫌いではなくても一般的な人間なら、あのくらいの反応が普通かもしれない。
 問題は、アレに追いかけられたとき、どこへ逃亡し、身を隠すか?
 その答えの場所に社長は身を隠し、息をひそめているに違いない。柚品から聞いたいくつかの建造物のなかで、身を隠すとすればどこを選ぶだろうか。
 公園墓地や廃校は広いし、オカルト嫌いの人間が好んで身を隠そうとするとは思えない。が、そこにだけは行くべきではない、という場所に逃げ込んでしまうという話は怖い話のお約束ではある。そう、学校で幽霊に追いかけられ、それ以上逃げ場のないトイレの個室に逃げ込んでしまうとか。
 ……まさか、社長さん、お約束を実行してはいないわよね……?
 少しだけ不安に思いつつも、社長がそこまで錯乱していないことを念頭に、性格を考慮してみると……コンビニとガソリンスタンドあたりだろうか。明るそうで現代的な場所といえばそのふたつ。
 まずは、そこから。
 館から町へと向かい、霧のなかへと足を踏み入れる。こうやって改めて歩いてみると、見事に町だけが霧のなかに埋もれているような気がする。
 遠く、霧のなかにゆらゆらと佇む影を見かけるが、足音を忍ばせて歩くと気づかれることもなかった。
 ガソリンスタンドを見つけ、近づく。営業はしていないらしく、灯は点いてはいない。その隣にあるコンビニの方が明るく、目立ってはいるが、とりあえずガソリンスタンドから調べてみることにした。
 小さなガソリンスタンドのおそらく事務所であろう建物へと足を向け、扉に手をかける。鍵はかかっていなかったのですんなりと扉は開いた。あまり広くはない空間にカウンターがあり、その上にはレジが置いてある。レジの近くにこの地区のものと思われる地図があった。手に取り、眺めてみる。
 現在位置のガソリンスタンドを中心として、隣にはコンビニ。ガソリンスタンドの上部に学校が位置し、少し離れた右手に神社がある。公園墓地は左の上の方。地図の右側には川、そして、橋がある。町の外に出るには橋を渡るしかない。
 他には何かないだろうかと周囲を見回すが、自動販売機がひとつあるだけ。購入することも可能なものの、あまり気は進まない。カウンターの裏手から隣の部屋へと行けるので、行ってみる。休憩室兼事務所といった雰囲気が漂っていたが、人の気配はない。
 ここにはいないかと次はコンビニへと向かう。灯は点いてはいるものの、今にも消えそうな点滅を繰り返す。聞こえるものといえば、蛍光灯の点滅が起こす音とジーッという低い音だろうか。店内に人の姿はなかったが、商品陳列棚にはいくつか商品が並んでいる。荒らされたのか、床に落ちている商品もある。おにぎりやサンドイッチといった弁当類もあった。見た目、すぐにでも食べられそうな状態ではあるものの、外の状況を考えるとそれもなんだか不自然に思えた。
「……あら?」
 賞味期限を見て疑問を覚える。年月日がおかしい。賞味期限の日付は十年近く前を示している。ミスかと思い、他のものも調べてみるが、どれも日付は十年近く前を示していた。……一斉に、間違えた?
 店内を見回し、商品を眺めてみる。よくよく見ると、最近ではすっかり廃れているが、昔は流行っていた飲み物や菓子が並べてあった。雑誌を見やると、女性週刊誌で取りあげられている記事がおかしい。とある有名女優の結婚が大きく報じられているが、確か、この女優、昨年に離婚をしていたような……。表紙を飾る女性の髪形や服装も最近の流行りとはかけ離れているように思えた。
 雑誌のうちのひとつ、映画の専門誌を手にとってみる。ぱらぱらとめくってみるが特集されている映画は、どれも昔に上映されたものだった。
「これ……」
 記事のなかに『惨劇のバレンタイン』があった。二月十四日になると殺人鬼が現れ、若い男女に襲いかかるといった題名から予測にたやすい内容の映画だったはずだ。
 懐かしいわね……って、ついこの間、これの十二作目の日本語訳をしたような?
 雑誌を閉じ、裏返す。発行日は、やはり十年近く前になっていた。
 バックナンバーばかりを集めて売っているコンビニ……。
 ……イヤすぎる。古書を扱う店ならばそれもわかるが、コンビニでそれはちょっと考えられない。そうなると。
「……」
 ともかく、社長を探してしまおう。考えるのは、そのあと。緋玻は奥にある扉へと近づき、それを開く。倉庫となっているそこにはダンボールが山積みとなっている。その奥に扉が二つあり、片方には化粧室と書かれたプレートが取り付けてある。
 化粧室の扉を開こうとドアノブを手で掴む。力を込め、開けようとしたところで、手を止めた。……軽く扉を叩いてみる。
 コンコン。
 一応、礼儀だからと叩いてみたが、返答はない。扉を開くと、そこには誰の姿もなかった。扉を戻したあとは、倉庫内を見回してみる。隠れられそうな物陰を覗いてみるが、誰もいない。もうひとつの扉を開けると、そこは事務室らしく机やロッカーがあった。机の上には書類が散らかっている。
 机の下、物陰を覗き、念のためロッカーも開けてみたが、そこに隠れているということもなかった。……まあ、ロッカーを開けたらそこにいたという構図もちょっとそれはそれでどうかしらとは思うけれど。
 緋玻は小さなため息をつくとコンビニをあとにした。
 
 地図によれば、右手に進めば神社、左手に進めば公園墓地、正面を進めば廃校に行くことができる。
 さて、次はどこを探したものだろう。どれもあまり行きそうな場所ではない……となると、社長はやはりお約束を……?
 まあ、錯乱して行ってはいけない方向へ行ってしまうというのもわからなくはないけれど、でもねぇ……。
 気を取り直し、改めてどこを探そうかと考える。ふと、周囲の光景から社長の携帯電話が落ちていた場所に非常に近いことに気がついた。彼らはあそこにいるのだろうか。それとも……?
 好奇心にかられ、近づいてみる。先程のように携帯電話を覗き込んでいるということはなく、周囲には誰の姿も見られない。ただ、霧のなかを虚ろな足取りで移動する影は見かけるから、彼らが近くにいることは間違いない。
 屈み、落ちている携帯電話に手を伸ばす。
 それにしても、手帳といい、これといいよく物を落とす人ね……と、そこで自分の携帯電話が鳴った。が、ワンコール、すぐに途切れる。
 これは、つまり……社長を見つけたということ。
 喜ばしいことだけれど。
 緋玻は携帯電話を拾いあげ、姿勢を戻す。
 周囲の気配がざわりと動いた。
 
 館へ戻ると柚品、セレスティ、そして草間興信所で見た写真の青年の姿があった。あれが社長なのだろう。古ぼけた本を抱え、何かを思案するように俯いている。
「みんな無事なのね。よかった」
 その声に反応したのか、青年は顔をあげ、緋玻を見つめる。しばらく見つめたのち、思い出したように軽く会釈をすると、東海堂ですと名乗った。
「……もしかして、タイミング……悪かったですか?」
 柚品の言葉に緋玻は首を横に振っておく。ただ、この言葉からすると、どうやら社長を見つけたのは柚品であるらしい。
「大丈夫。これで、依頼は果たされたわね」
 あとは戻るだけ。階段の後ろの小部屋の魔法陣に足を踏み入れ、元の世界へ。
「……。あ、あの、お願いがあるのですが……」
 東海堂のその言葉に行きかけた足を止める。
「聞けば、西園寺の依頼を受けて私を探しに来て下さったということで、そのことにはとても感謝をしております。ありがとうございます」
 東海堂は深々と頭を下げた。そして、続ける。
「ここがなんであるのか……私にも正確なことはわかりません。ただ、祖父の研究と密接な関わりがあるような気がして……あの町の人も、町を覆う霧も。もしかしたら……」
 本を握る手に力を込める。
「あの町の時間は……停止しているかもしれない……」
「そうかもしれないわね」
 緋玻は頷いた。コンビニのサンドイッチや弁当、雑誌のことを思い出すとそれもあるかもしれないと思う。
「そうですね。時間の流れから取り残されているかもしれません」
 セレスティも同意する。
「信じられないかもしれないですが……って、信じられますか……?」
 こくりと頷くと、東海堂は少しだけ驚いた様子を見せた。
「私は自分で口にしていて信じられないのですが……でも、喜ぶべきなのかな……?」
 曖昧な表情で小首を傾げつつ、東海堂は呟く。
「ああ、それで、この名もなき魔道書に時間を停止させる魔法陣についてが載っているのですが、胡散臭くて信じられませんよね……って、そうでもなさそうですね……」
「つまり、その魔法陣が消えてなくなれば、霧は晴れ、町の時間は動きだす……と?」
 柚品の言葉に東海堂は頷いた。
「魔法陣に込められた魔力を解き放つには、発動させる力というものが必要になります。大抵の場合は、解き放とうとしている者の精神力で、発動させている間は、精神に負担がかかり続けることになります。普通の人間であれば、初歩の魔法陣であったとしてもせいぜい一時間が限界……」
「一時間?」
 コンビニの状態から考えて、一時間どころの騒ぎではないような気がする。
「ここへ訪れてから既に一時間が経過していると思いますよ」
 柚品は言う。一度、町へ行き、それから館へと戻って、また町へ探しに出掛けた。確かに、一時間以上が経過している。
「では、誰が発動させているのでしょうね。その言葉どおりであるのなら、普通の人間ではない……ということになりそうですが」
 セレスティの言葉のあと、お互いに顔を見あわせる。
 普通の人間ではない……。
「すごい人間でも二時間続けられるかどうか……」
 神妙な顔で東海堂は言う。が、すごい人間というその例えも如何なものか……。
「もしかしたら……」
 柚品に見つめられ、東海堂はこくりと頷く。
「私の祖父かもしれません。ですが、祖父だとしても……」
 その継続時間は理解できないらしく、東海堂は嘆くように首を横に振る。
「わかったわ。魔法陣と発動させている者を探す……というわけね」
「……探していただけますか?」
「ここまで来たら、最後までお付き合いさせていただきますよ」
 セレスティは東海堂に笑みを向けたあと、緋玻、柚品を見やる。同意するべく、頷いてみせた。
「ありがとうございます……!」
「問題は魔法陣がどこにあるかだけど……とりあえず、コンビニとガソリンスタンドにはなさそうね」
 そういった怪しい図形は見つけられなかったし、そもそも誰の姿もなかった。それに、おあつらえ向きの場所とは思えない。
「公園墓地にもそれらしいものは見当たらなかったです」
「そういったものは、人の目につかないような場所で準備を進める必要がありそうですね。見つかったら、邪魔をされそうですから。そうなると……」
 
 全員一致で廃校へと向かう。
 今は使われていない小学校。人は寄りつかず、そこそこの広さも確保できる。これ以上の場所はないのではないかと思える。
 木造二階建ての校舎の近くには何をするわけでもなく、ただ佇んでいるだけの彼らの姿を多く見かけた。が、やはり音以外には反応は鈍いらしく、わりと近くを横切っても、特に何もしてこない。
 立入禁止とばかりに板で窓や出入口といった場所は封鎖されているが、それでも誰かが外したのだろう隙間はあった。そこから暗い校舎へと足を踏み入れる。空気が異様に冷たく感じた。
「こういうところって、肝試しに乗り込んだりするわよね?」
「おあつらえ向きですよ。……さすがにここの灯は点かないようですね」
 廊下の壁にあったスイッチに触れながら柚品は答える。
「やっぱり、人が入って来られないようなところに描くものよねぇ……?」
 祖父の館では隠してある部屋に描いてあったから、もし、正体が祖父だとすれば、隠された場所に描くに違いない。
「でしょうね。入って来られないような場所……」
 セレスティは瞼を閉じ、考える。
「それなら、時計塔が……ああ、塔というほどではないんですけど。この校舎は凸型をしているんですが、その上部に時計がついていまして。生徒は時計塔と呼んでいました。そう、時計塔には幽霊が出ると言われていましたねぇ……」
 どこか懐かしそうに東海堂は語る。
「ここの卒業生なの?」
「はい。私が卒業して間もなく廃校という運びになりましたが。そういえば、机にもよく落書きをしていたっけ。……」
 東海堂はそこではっとするとそのまま沈黙する。
「?」
「……あ、いいえ、なんでもありません。まずは時計塔の裏側に行ってみますか? ……こちらです」
 ぎしぎしと音をたてる廊下を歩き、これまた体重をかけると音をたてる階段を一段ずつあがり、三階にあたる部分へとやってくる。そこには木製の両開きの扉があり、把手の部分が鎖で封じられていた。錠前がついている。
「これは……」
 触れるとじゃらりと音がした。本性を解放してしまえば、この程度の鎖はどうにかなりそうなのだが……緋玻はちらりと東海堂を見やる。それをやるとこの人、驚いて逃亡するかも……。
「?」
 目があった。東海堂はよくわからないがとりあえず笑っておけという雰囲気の笑みを浮かべる。緋玻は小さくため息をついた。
「蝶番の方はかなり傷んでいますね。少し乱暴ですが……」
 扉を調べた柚品はそんなことを言うと、扉に体当たりをする。把手の鎖はそのままに扉は外れ、静かな空間に大きな音をたて、倒れた。視界が霞むほどに埃が舞いあがり、反射的に口許を押さえる。
 それほど広くはない部屋には、時計を動かすための歯車や螺子といったものがあり、時計盤の裏側部分が伺える。その前の床には、魔法陣のようなものが描かれていた。その中心でもやのようなものが揺らいだかと思うと、一瞬にして人の姿を形成する。今にも消えそうで頼りない、妙に節々がぎこちない姿ではあるものの、女のそれだとはわかる。
『出して……出して……ここから……ここから出して……』
「あなたは……?」
『出して……出して……』
 一方的に訴えかけてくる声はそれだけを繰り返す。こちらからの問いかけには答えない。ただ、同じ言葉だけを繰り返す。
「意思の強さが、魔力の強さともいえます。それが生きていようと、死んでいようと」
 視線を伏せ、東海堂は言う。
「彼女が霧の源? 魔法陣の発動を促している正体?」
 こくりと東海堂は頷いた。
「縛られている彼女を解放すれば、霧は晴れ、町の時間も動きだすということですね」
 単純に考えれば、セレスティの言うとおり。彼女を解放すればいいのだろう。だが、一方的に訴えかけてくるその思いの強さが気になった。こちらの言葉は届いている気配はない。痛みと苦しみだけを訴えかけてくる。何がどうなって、ここに縛られたのかはわからない。だが、その無念の思いは、もはや怨念と化し、怨霊に成り果てているような気がした。何故なら……緋玻はごくりと唾を呑み込む。
「魔法陣の周囲に呪言らしい文字が刻まれた石がありますね……これが彼女を閉じ込める結界の役目をしているのかもしれませんが……どうします?」
 柚品も彼女のただならぬ気配というものを感じているのかもしれない。神妙な表情で意見を求めてくる。
「解き放つべきでしょうね。流れをせきとめれば淀みを作るだけ……せきとめてはならない流れもあるのです」
「そうかもしれないわね。……あなたは危ないから下がっていて」
 まずは東海堂を下がらせる。そのあと、お互いに顔を見あわせ、こくりと頷く。柚品が身構えたことを確認し、緋玻は魔法陣の周囲に置かれた拳くらいの石へと手を伸ばす。と、ばちりと衝撃がはしった。反射的に手を戻す。それから改めて手を伸ばし、石をぐっと掴んだ。
 一瞬の閃光と衝撃。
 石は真っ二つに砕け、魔法陣に囚われていた白いものが周囲を巻き込む衝撃を放ちながら飛び出した。それは迷うことなく近くにいた柚品へと襲いかかる。柚品の身体に触れる前に、拳が突き出され、その腕に装備された籠手とそれとが交差する。絶叫と衝撃のあと、白いものは霧散し、代わりにぽわんぽわんと小さな光の球体が漂う。それが一点に集約したかと思うと穏やかな表情の女を一瞬だけ、映す。
 ……そして、消えた。
 
 草間興信所へと戻り、労いと感謝の言葉を受け取ったあと、自宅へと戻る。
『お帰りなさいませ、緋玻殿』
 ちょこんと座った猫神が言葉をかけてくる。
「ただいま、ちょっと疲れたわ……。変わったことはなかった?」
 と、言葉を返したところではっとする。この猫神、なんだかすっかり居ついているような……。
『特にありませぬな。……何か?』
 猫神は小首を傾げる。
「……。まあ、今日はいいわ。さて……」
 もう少しだから終わらせてしまおう。緋玻は翻訳作業に取りかかる。机に向かい、地道な作業を続けた。普段であれば、草間から電話があったりと作業が中断されることも多いところだが、今日は既に草間興信所の事件を解決している。さすがに、電話はかかってはこなかった。
「……は、椅子から立ちあがり、扉へと向かう。そして……と、終わったわ……!」
 思わず万歳さえしたくなってしまうのは、この本にかなりの時間を取られてしまったからだろう。
 しかし、呪われた本と噂されてはいるものの、その内容は特に変わっているわけでもなく、言ってしまえば、普通の小説で、ミステリかホラーに分類されるものだった。物語は首の折れた死体が発見され、警部がそれを調べているところから始まる。主人公の作家は首の折れた死体の謎を追い、そのなかで関わる人間が次々と不慮の死を遂げていく。これは呪いなのか、それとも呪いに見せかけた陰謀なのか。主人公が謎の確信に迫ったところで終章を迎え、そこで読者に冒頭で発見された死体が主人公のものだと明かされる。そして、主人公の部屋の扉が叩かれるところで話は終わる。最後まで読んでみると、犯人が冒頭に登場する警部であることがわかる。……ありがちといえば、ありがちな話だった。
『おめでとうございます、緋玻殿。……おや、誰ぞが扉を叩いておるようですな?』
 猫神の言葉に耳を澄ます。
 コン、コン。
 コン、コン、コン。
 確かに誰かが扉を叩いている。それも妙にゆっくり、間をあけて。
「……こんな時間に?」
 気づけば、深夜。そういえば、担当は何か言っていなかっただろうか。
 この本の翻訳が終わるとき……。
「……」
 緋玻は椅子から立ちあがり、扉へと向かう。
 そして。
 
 −完−
 


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1883/セレスティ・カーニンガム(せれすてぃ・かーにんがむ)/男/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い】
【2240/田中・緋玻(たなか・あけは)/女/900歳/翻訳家】
【1582/柚品・弧月(ゆしな・こげつ)/男/22歳/大学生】

(以上、受注順)

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■         ライター通信          ■
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後編に参加してくださってありがとうございます。
納品が大幅に遅れてしまい、申し訳ありません。
今後はこのようなことがないように気をつけます。

相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。口調ちがうよ、こういうとき、こう行動するよ等がありましたら、遠慮なく仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。

こんにちは、田中さま。
大幅に遅れてしまったすみません。見ざる言わざる〜事件から続いた本もここでようやく翻訳作業終了となりました。本筋とは関係がないところなのですが……最後まで書けて嬉しかったです^^
シチュノベの発注もありがとうございました。のへほーんという言葉が素敵すぎます(笑)
こちらは納品遅れとならないように気をつけます。本当に遅れてしまってすみませんでした。

願わくば、この事件が思い出の1ページとなりますように。