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『愛ある限り戦いましょう』〜 追憶の天使 〜
●章前
鏡に映ったその人の面影は、
ひっそりと識域下に沈んだ遠い記憶の眠りを揺らす――。
封じていた思い出と、
閉じ込めていた悲しみに、胸が騒いで‥‥。
ふとした瞬間、
何気ない動作のひとつひとつに想いが溢れる。
積み重なる年輪に色褪せることなく、鮮やかに。
――あるいは、いっそうの輝きをもって心を惑わす‥。
止まった刻に囚われる
愚かなことだと理解<わか>っているけど。
それでも、どうしても確かめたくて。
おそるおそる覗き込んだ鏡面に映っているのは、
少し気難しげに眉を顰めた自分の眸。
鏡を覗き込んだのは出来心。
愛想のない鉄筋作りの古い雑居ビル。申し訳ばかりの応接セットと、事務机一つに棚が少々――野暮としか形容しようのないその空間に、余りにも場違いな骨董品。
少し重量を感じるアンティークゴールドのボディに、可愛らしい天使の彫金。
いかにも女の子の喜びそうな小物が、くたびれた部屋に置かれる不自然に笑ってしまった。
●桜咲く木の下で
空は不機嫌そうな花曇。
雨を孕んだ鉛色の雲が厚く立ちこめていたが、強い陽光の苦手な来城・圭織(らいじょう・かおり)にとっては、陽射しを気にせずにすむ良い天気である。
4月とはいえ肌寒く、花見には生憎の天気であったが、短い花の命を惜しむが如く人の姿は多い。
あの人も、桜の季節が好きだった。
尤も、この花が嫌いだという人は稀であるから、日本人としてごく一般的な感覚の持ち主であったというべきか。
夏が好きで、祭囃子を聞くと血が騒ぐ江戸っ子気質は圭織と同じ。ふたりで熱くなり過ぎて、大ポカをしでかしたこともある。
刑事の癖に、と。笑った圭織に、不誠実そうな表情で申し訳程度に肩をすくめて。――6歳の歳の差を感じさせない子供のような一面が好きだった。
子供のように純粋で。
でも、間違ったことは正さずにはいられない正義感と、使命感。
まだハタチになったばかりで色々試してみたい年頃だった圭織にとっては、鼻持ちならない年寄り風を吹かせることもあったけけど。――今から思えば、若かったのだと苦笑が洩れる。
若くて、青くて
宝石のように輝いていた日々。
永遠に続く、と。続けようと、約束したのに――
なのに、突然。
――本当に、あっけなく。
彼は圭織の前から姿を消した。
逮捕した犯人の仲間に、後ろから撃たれたのだという。‥‥絶対に弁護士になると決めてから、7年。
いつの間にか、当時の彼の年齢を超えていた。
――気が付いた時は、さすがにショックだったけど‥。
公園の真ん中に立つ、ひときわ大きな桜の樹。
いつも、その木の下で待ち合わせた。
大学生でヒマを持て余していた圭織と違い、とても忙しい人だったけど。――それでもデートの時間は作ってくれた。
遅刻するのは、いつも圭織の方で‥‥。
「遅い!」
そう。そう言って、不機嫌そうに睨むのだ――
「普段の心掛けが悪いんだよ、お前は」
軽やかに投げられた懐かしい言葉と屈託のない笑顔に、圭織は唖然と目を見開いた。
信じられない。
とういうか、ありえないし――
「何て顔してんだよ」
せっかくの美人が台無しだ、と。
憎らしい言葉を平気で口に‥‥けろりと笑う青年に、ただパクパクと口を動かし。そして、ようやく紡いだ言葉は――
「貴方、こんな所で何してるのよっ!?」
来城圭織、27歳。
一世一代の不覚のひとつ。
●追憶の天使
久しぶり。
元気だった? 今、どうしてるの?
訊きたいことは、沢山あって、
話したいことも、山ほどあった――
「‥驚いた‥‥」
本当に、ロウなの?
まだ信じられずにそう問うた圭織に、時任・狼(ときとう・ろう)はただ笑う。
「ちっとも変ってない」
「キミは、歳を取ったね」
「――――っ☆」
当たり前じゃないのっ!!
怒鳴りつけてやりたい衝動に駆られたが、辛うじて怒声を飲み込んだ。――せっかくの再会がケンカだなんて、格好悪いったらありゃしない。
貴重な時間。
そう、夢のような魔法の時間は、いつだって束の間だと決まっているから。
「わたし、弁護士になったのよ」
絶対、弁護士になって、犯人が捕まったら制裁を与えてやる!
貴方の墓の前で、そう決めた。そのための苦労は惜しまない。なんだってやる。――その甲斐あって、もしかしたら、もう少しで叶うかも‥。
なんて、言ったら‥‥きっと心配するわよね。
「あまり危ないことはするなよ?」
ほら。
でも、もう決めちゃった。これだけは譲れない。――だって、そのために弁護士になったのよ、私。
「大丈夫、無茶はしないし」
浮かべた笑顔に、それでもまだ心配そうな顔をして。
私はもう年齢だけで大人になったと思い込んでいるだけの、分別のない子供じゃない。大人としての経験も責任も‥‥奇麗事じゃ済まない世の中の仕組みってヤツも理解している。
だから、そんな心配そうな顔をしないでほしいの。
そんな顔をされると、気持ちが揺らぐ。――ハタチの私に戻ってしまいそうだから。
貴方のお嫁さんになれたら、世界の全てが上手く行く。そう信じ、夢見ていたごくごく普通の女の子に。
‥‥って、どうしてそこで笑うのかしら?
大丈夫、本当に無茶はしないから。
だってそうでしょ?
結婚しないままあの世に行くのだけは勘弁ってカンジ。
――せめて、このくらいの嫌味は言わせて?
=おわり=
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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☆2313/来城・圭織/女性/27歳/弁護士
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■ ライター通信 ■
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おかしいな、弁護士は犯人を弁護するのがお仕事なんだと思ってましたが‥‥制裁?(その辺、じっくりお聞ききしたいです/笑)
当時、既に法学部で法律を学んでいらしたという解釈で大丈夫でしょうか?
せっかく吸血鬼さんなのですから、種族のハンディキャップも楽しんでくださいということで、太陽の光はちょっぴり苦手とさせていただきました。
真昼間に現れる非常識な幽霊との再会(?)、お気に召していただければ幸いです。
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