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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


ダンシング・ウィズ・KINOKO

 ────れっつ・てんてこ舞い。


一、「初めにキノコ…基、物語ありき」

 その日、碧摩蓮は頗るご機嫌斜めのしかめっ面だった。 店のカウンターに肘をつき、何度目だか分からない濃厚で深い溜め息を吐き出す。まるで世界の終わりを告げられたかのような、お岩さんが化けて出たかのような、貞子がビデオから這い出て来たような……ともかくも、見た者が「ひィッ!」と恐れを為して仰け反ってしまいそうな程、くら〜い雰囲気が蓮の周囲には立ち込めていた。
「……全く」
 蓮は米神を引き攣らせながら持っていた手鏡を覗く。口、鼻、目、額、頭。そして────。
 鏡面に映った「それ」を見て、彼女は「ああ!」と机に突っ伏す。
 そこには何と──キノコが生えていた。比喩ではない、正真正銘キ・ノ・コ! である。
 形は、某ちょび髭兄弟が活躍するアクションゲームのアレにそっくりで、笠の色は、青汁の如き濃緑色に鮮烈な紫の水玉模様、という何とも悪趣味極まりない配色だ。
 そんなキノコが頭頂部からにょっきりと突き出し、彼女が嘆息する度にぽよんぽよんと揺れているのだから、蓮にとっては悪夢以外の何物でもない。この世に生を受けて二六年、こんな某サンシタのような役回りが自分に降りかかろうとは、いったい何の冗談だろう。

 そもそも、事の起こりは昨日。キノコ売りと名乗る男が店にやって来たのが発端だった。
 ホームレスと見紛う(いや実際そうだったかもしれない)その男は、今蓮から生えているのと同型同色のキノコを頭陀袋から取り出し、これを是非買ってほしいと申し出た。
「これね、見た目はいけないけどね、食べると美味しいんだよね」
 えへえへっと気色悪い笑みを浮かべる男に、蓮は当然嫌悪感を覚え。
「……あんたね、ここはアンティークショップであって青果市場じゃないんだよ?」
 煙管でしっしっと追い払ったのがいけなかったらしい。キノコ売りは途端にムキーッ! と怒りだし、「栽培してやるのねー!」と叫ぶや否やキノコを振って胞子をばら撒いた。
 それを吸い込み噎せ込んで、顔を上げた時にはもう男は姿を消しており。
 そして数分後、馬鹿みたいな悲劇が起こった──というわけなのである。

 あれから凡そ丸一日。菌糸が頭に根を張っているらしく(想像したくない!)、引っ張っても取れず、切っても再生するという蟻地獄に蓮は性も根も尽き果てていた。しかもこのキノコ、宿主の体力を養分にしているらしく、時間が経つにつれ眩暈までしてくる始末。
 このままではまずい。真剣にやばい。こんな情けない姿を晒すのが嫌で店さえ臨時休業にしていた蓮はついに苦渋の決断を下し、救助を呼ぶべく電話へと手を伸ばした。


二、「KINOKO 〜その闘いの記録〜 」

 ……てなことで。
 激しく一方的な「緊急事態SOS!」により、昼下がりの「アンティークショップ・レン」へと三名の少数精鋭が集められた。(BGMは勿論「必殺○事人」である)
 ────ひとり、エッセイスト・槻島綾。
「ふぉへひひへもひっふぁはひほほへふへ」
「……ちょっと。あんた、思い切り声が篭もってるよ」
「ああこれは失礼しました。それにしても立派なキノコですね」
 渋い緑茶を啜りながらのんびり答える彼は、今回マスク&眼鏡着用という怪しいイデタチ……基! 完全防備での参加だった。季節柄だろう、花粉症対策に大人気・鼻まで確りガード、のあのマスクをつけている上に目まで覆っているとは胞子対策にぬかり無し。また、植物の生態系に関する書物を数冊持参して来てもおり(さすが知性派)、知識の披露に期待が掛かるというものだ。
 続いて。────ひとり、錬金術師・東雲舞(仮名)。(本名は? と突っ込んではいけない)
「だ、大丈夫ですか蓮さん。先刻よりも随分と顔色が……」
「そうだね……あ、また眩暈が……」
「蓮さん〜!」
 透き通った青い瞳とさらりと靡く長い黒髪。すっきり・さわやか・清楚な容貌を持つ彼女は、先程から真摯に蓮の容態を案じてはわたわたしてくれている。少〜し要領が悪いように見えなくもないが、そこは紅一点のご愛嬌。職業からして、キノコ除去への有効手段をきっと編み出してくれるに違いないだろう。今後の動向に注目である。
 そして最後に。────ひとり、ヴァイオリニスト・向坂愁。
「うーん。何だか碧摩さん、やつれておられるように見えますね」
「ように、じゃなくて、そうなんだよっ!」
「これは何とかしなくては……」
 彼が妙にシリアスを決めているのにはワケが有る。蓮を見るなり開口一番、「あはっ、凄いなあ碧摩さん。それ新しいファッションか何かですか?」と素直に感想を述べてしまって、彼女から怨念最大級の睨みを食らったのだ。口は災いの元。故郷の素晴らしき格言を噛み締めつつ、心の中で弟に「お兄ちゃん頑張る!」と拳を突き上げたとか上げなかったとか……。

 ともかくも、いったいどんな基準で集められたのだか皆目見当もつかない三人組が、蓮を囲んで(和やかにお茶をしつつ)キノコ対策に頭を悩ませていた。(BGM終了)
 例の濃緑×ヴァイオレットのキノコは、相も変わらず蓮の頭上でぽにょんぽにょんと揺れている。人を小馬鹿にしたような愛くるしいフォルム、目を釘付けにして止まない斬新な色使い……確かにファッションとしては秀逸かもしれないが、実害を伴っているのでオススメはしない。
「誰に奨めるんだい、誰に……」
「それで、碧摩さん」
 腕を組み顎に手を遣っていた向坂が、蓮のツッコミなどさっくり無視して話を進める。
「もう一度確認しますけど、切るのも抜くのもダメなんですよね?」
「ああそうだよ。……何なら、試してみるかい?」
 ぐったり頬杖を突きながら蓮が答えると、三人は互いに顔を見合わせ──そしておもむろに頷き合ったかと思うと。
「「「じゃん、けん、ほいっ!」」」
 グー・グー・チョキ。
「……う…」
 眼鏡の奥の瞳がやや恨めしそうに自分のハサミを見つめる。────というわけで、一発で負けてしまった重装備・槻島が代表して試してみることとなった。
「それでは、失礼して……」
 蓮から渡されたペーパーナイフで根元からざっくりキノコを切り離す。手応えは然程無い、なかなかふくよかなる柔らかさだ。
「へえ……何だか食パンみたいにモチモチしていますね。……ああそうだ! このキノコ美味しいのですよね? それなら生える度に取って、売り物にしてみては如何ですか?」
「……あんたが買ってくれて、しかも食べるってんならねっ」
 悠長に手触りを楽しんでいる槻島をさて置いて(ふにょふにょ)、残りの二人は頭の上に残った石附部分を覗き込む。切り口はものの一分も経たない内に表面が盛り上がりだし、やがて三分もすると、元のように──いや、元よりも巨大に拡張・再生し終えていた。
「すごーい。まるでカップラーメンみたい……」
 感心頻りの舞がぱちぱちとキノコに向かって拍手を送る。
「では続いて、引っ張ってみることにしましょう」
 槻島がキノコを持ち、残り二人が蓮の体を押さえる。いっせーのーで! で綱引きよろしく引き合えば。
「い、いたたたたた! やめておくれ痛い痛い〜!」
 涙まで流して悶絶する蓮の耳元で(それでもしっかりと体を押さえながら)向坂が「ファイトです碧摩さん!」と激励する。
「槻島さん、もっと強くお願いします!」
「分かりました。はい、せーのっ!」
「い、いたたたたたたっ!!」
 ムンクの叫びの如き形相で悲鳴を上げる蓮に、今度は舞が(これまた肩をがっちり抑えこみながら)。
「蓮さん、女は我慢です! 頑張って下さい!」
「ああああんたらヒトゴトだと思って…あいたたたたたっ!」

 ────しかして。
 結局、この「引っこ抜こう大作戦!」は蓮の猛抗議によって中止となってしまった。うーん、残念無念。
「当たり前だよっ!」

 力技が無理だと周知になったところで、一同は次なる手を講じた。それは────。
「薬?」
 蓮の鸚鵡返しに、しかし発案者の舞は弱弱しく頷く。
「とりあえず、錬金術で薬とか調合してみますけど……。でも、キノコ除去剤なんて作ったことないんですよね……」
「それはいけませんね。作り方が分からず、うっかり毒でも精製してしまったら大変です」
「そうですね。僕も除草剤とか試してみたらどうだろうって考えたんですけど、いくら飲むのが碧摩さんだとは言え、さすがにそれはちょっと」
 槻島と向坂がそれぞれさらりと危ない発言をし、青褪めた蓮が薬作戦にストップをかけようとしたところで。
「あ、そうだ!」
 舞の頭上で電球が光った。(古典的だ)
「私、生命体を石にする薬とかなら知っています!」
「……それはあたしが飲むのかい?」
「はい、頭に張っている菌糸ごと石に変えてしまいます。これはきっと有効です!」
「…………」
 蓮が珍しく涙目で残り二人に助けを求める。
「あ、えーっと……東雲さん?」
「何でしょう向坂さん?」
「その石の薬は奥の手として残しておくことにして」
 いや残さなくていいからっ! という蓮の正論は勿論スルーである。
「何か、他の薬はありませんか?」
「他、ですか……」
 舞は暫し考え込んでいたが思い当たらなかったらしく、「こうなったら『レン』店内を散策・調べてみますね!」とすぐさま作戦を切り替えた。曰く、
「ここ、蓮さんのお店だもの。変な本とかたくさんありますよね」
 ……だ、そうである。邪気の無い微笑みはさっくり心に突き刺さるものだと、蓮はげんなりした表情で思った。

 さて。舞が席を外している間、残りの二人は槻島が持って来た書物に当たることにした。
「さ、最初にそれをやっておくれよ……」
 蓮の尤もなコメントも何のその、男二人がふむふむと額を突き合わせて頁を捲っていく。
「このキノコはいったい何に近いのでしょうね? 見たところ図鑑等には載っていないようですが」
 槻島が言えば。
「食用、なんでしょうね、一応。……あ、これとかどうしょう? 近いんじゃないですか?」
 向坂が頁の隅を指で示す。蓮は最早机に突っ伏すばかりで、顔を上げる気にもなれない。ぐったりしたまま視線だけで二人を仰ぎ、「何なんだい、その近いキノコっていうのは……?」
「それは……これです!」
 槻島が自信たっぷりに開いて見せてくれたそれを目にして、開いた口が塞がらなくなった。
「そ、それは……」
「シイタケですよ、碧摩さん」
 そんなことは見れば分かるよ! と言う気にもなれない。あ、あろうことか、このまだらキノコを、食卓のお供・シイタケと一緒くたにするなんて……。撃沈した蓮に構うことなく、槻島は「シイタケについて」という部分を高らかに読み上げていく。
「ええと……シイタケの生育環境、と。栽培にあたり、水分、酸素、温度といった環境要因に注意すること……ふむふむ。シイタケ菌糸は90%以上が水分であり、菌糸の成長に適する木の含水率は37〜38%である……か」
「……つまり、水浸しにすれば成長が抑制されるんでしょうか?」
「ええ……これはひとつ、試してみましょう」
 二人の瞳が「きらーん☆」と光る。
 よし、と頷き合うや向坂が店の奥に走り、やがて水を満々と湛えた特大バケツを二つ、両手に提げて戻って来た。そして勢いそのまま、
「行きますよ碧摩さん!」
 ざばああああああ!! 向坂は蓮の頭へと容赦なくバケツの水を空ける。当然、蓮は川に溺れた猫の如く悲鳴を上げ、もがいたのだが、そこへさらに槻島が横からもう一杯。
「失礼します!」
 ────ざばああああああ!!
「!!!!!(言葉にならない)」
 果たして何リットルになるのだか考えたくもない程の水量が蓮を直撃し、机・床・煙管その他諸々全てまでもが水に浸かった。蓮はぜはぜは荒い呼吸で酸素を求め、さすがに命の危険を訴えようと腰を浮かした所で。────がしっ!
「槻島さん、このキノコ全く堪えてませんね」
 向坂が肩を取り押さえてきたため、再び椅子に縫い付けられた蓮は身動きが取れなくなる。
 すると槻島が、「では」と人差し指を立ててこう言った。
「続いて、酸素について。シイタケ菌糸は酸素を好み、これが不足すると発育停止や奇形を生じるのだそうです」
「それは効きそうですね。早速やってみましょう」
「さ、酸素不足……」
 蓮の顔からさあっと血の気が引いた。危険だ、余りにもその単語は危険だ!
「あ、あんた達! もうちょっと真面目にだねっ!」
「何言ってるんですか碧摩さん! 僕達はこんなに真剣なんですよ!」
「何とか助けてあげたいと思っているのです。是非、酸素不足状態を試させて下さい!」
 ずずいっ! と男二人に迫られて蓮は怯む。いや、その心意気や良し! というか大変有り難い! のだが、それとこれとは話が大きく・甚だしく違うだろう。いくら「レン」の店主とは言えアイ・アム・ヒューマン。酸素が無ければ……即死亡。
「ちょちょちょちょっと待てー!」

 ────と、そこへ。
「すいません! 遅くなりました……って、あら?」
 ぱたぱたと駆け足で戻って来た舞が、最早取っ組み合いになりかかっている一同を目にして首を傾げる。蓮は「地獄に仏!」とばかりに舞に駆け寄り、すかさずその背中へと身を隠した。
「えっと…何がどうなったんでしょうか?」
「はい、実は酸素を……」
「わーわーわー!!」
 槻島が答えかけたところを蓮が大声で遮り、無理矢理話題を舞へとずらす。
「そ、それで! あんた、何か分かったのかい?」
「あ、はい。お店の中を色々見させてもらったのですが……」

 (以下、舞の言動を一部抜粋)
「あ、こんなところに日本画の画集が! きゃー、すごーい!」(一分経過)
「はっ! この箱のこの部分、これって螺鈿よね。本物だー、本物の和物だわー!」(感動で五分経過)
「あら、これって……猫の置物! しかも招いてる!! きゃああ!」(そんなこんなで十分経過)

「……というわけで、何も分からないということが分かりました」
「っておい!」
 思わず裏手ツッコミを炸裂させてしまった蓮を無視して、舞は話を続ける。
「それで。私考えたんですけど、ウィルスの駆逐を応用して熱処理とかどうでしょう?」
「熱処理、ですか」
 きょとんとした槻島の横で、向坂が「そうですね!」と手を叩く。
「相手は植物だし、熱いお湯に浸かってみるとか」
「そうか。ただの水ではなくて熱湯なら……」
「そうです。もう煮え滾ってるくらい、あつーいお湯なら!」
「あわわわわわ……」
 蓮は再度顔色を無くし、己の人選を深く悔いた。
「……という」「わけで」「碧摩さん」
 三人がじりじり囲んで歩み寄り、蓮は壁際へと追い詰められる。冷や汗が米神を伝い(キノコが揺れ)、頬が引き攣り(キノコがくねり)、蓮はごくりと唾を飲み込む。どうしよう全員本気だ熱湯だ。まさしく万事休す・絶体絶命・蛇に睨まれたキノコ……じゃなくて蛙。誰か助けておくれー! と蓮が絶叫しかけた────その時。

「あららー、見事に育ったのねー」

 のんびり間延びした場違いな声が響き、一同は一斉にその主へと振り返る。立っていたのは背の低い、小汚い格好をした男で、その姿を見るや否や蓮が「あー!」と指差し叫んだ。
「あ、あんたは昨日のキノコ売りじゃないか!」
「え、この人がですか?」
 まあ、と目を丸くした舞の横を蓮が電光石火の早業で擦り抜け、
「ええい、この諸悪の根源っ!」
 キノコ売りに飛びつくやその胸倉をぎゅううっ、と掴み上げた。
「い、いきなり何するのねー!」
「うるさい! あんたのせいでこっちはヒドイ目にあったんだからね!」
 蓮の目は殺気でぎらつき、奥には炎が燃え盛っている。これは本気と書いてマジ! じたばたするキノコ売りを思わず縊ってしまいそうな勢いだ。……まあ、無理もあるまい。
「さあ、死にたくなかったらキノコの取り方を言うんだよ!」
「「「ですからそれは熱湯……」」」
「(聞こえないフリ) さあさあさあさあっ!」
「ぎうううう! 言う前に死んじゃうのねー!」
 蓮はみなぎり、三人はポットを用意し、キノコ売りは断末魔の悲鳴を上げた。────と、その瞬間。

 ぽとり。

「………え?」
 突然、何の前触れもなく。蓮のキノコが頭上を離れ床へと転がった。あれほどてんてこ舞いをしたのがウソのような、その余りにも呆気ない幕切れに、蓮・槻島・舞・向坂の四人はぽかーんと口を開けてしまう。
「……取れ、ちゃいましたね」 舞が槻島を見。
「……取れ、ましたね」 槻島が向坂を見。
「……取れ、てますよ、碧摩さん」 向坂が蓮を見て。
「……って、どういうことだい!?」
「ぐええええ!」
 蓮はやっぱりキノコ売りを締め上げた。
「そ、そのキノコは人間の頭にしか生えないのねー! しかも一人につき一回だけ、丸一日養分を吸い上げると自然に取れてしまう、とーっても珍しいキノコなのねー!」
 だから離すのね! と青を通り越して白くなってきたキノコ売りを、蓮はぽいっと放り投げる。そして四人はそれぞれ顔を見合わせ、同時に「はあーっ」と海よりも深い溜息をついた。
「まあ、とりあえずは無事解決ということで」
 良かったですうんうん、と腕を組んだ槻島が何度も頷き、隣の舞も晴れやかな顔でそれに同意する。
「はい。一時はどうなることかと思いましたけど、本当に良かったですね蓮さん!」
「……まったくだよ」
 蓮が様々な意味を込めてがっくり脱力していると、向坂がおもむろに屈んで例のキノコを拾い上げた。相変わらずのヴィヴィッドカラー(食用)、それを向坂はまじまじと見つめて。
「えーっと、キノコ売りさん?」
 伸びている男をキノコの先でちょいちょいとつついた。
「な、何なのねー……」
「これ、鉢植えとかには移せないんですね? 人体に生えても、絶対に一日で取れるんですよね?」
「そうねー。人によるけど、だいたい胞子を吸ってから一日なのねー」
「……じゃあ、僕生やしてみようかな」
 ぽつり、と洩らされた向坂の呟きに外野が「ええっ!?」と悲鳴を上げる。すると向坂は「あは」と笑顔満面で。
「実は恋人がこういうのを喜ぶ人で。出来れば見せてあげたいなあ、なんて」
「ま、また変わった彼女さんですね……」
「いやあ、そんな照れますね」
「いやそこは照れるところでは……」
「それじゃあキノコ売りさん、胞子をお願いします」
 舞と槻島をさて置いて、向坂がにっこり微笑む。キノコ売りは「分かったのねー」と立ち上がり、例の袋から殊更大きな──ていうかそれキノコ違う! 傘だよ傘! というほど巨大なキノコを取り出して。

「折角だからみんなで栽培するのねー!」

「えっ!」
「ひっ!」
「わっ!」
 ばふううんんっ!! まるで爆風のような勢いで胞子が飛び出し、「アンティークショップ・レン」店内は悉く黄色い胞子で埋め尽くされたのだった。
 ────合掌。


三、「キノコの終わりに(……あれ?)」

 数日後、舞は再び「アンティークショップ・レン」へとやって来ていた。目の前には今日も今日とて不機嫌な蓮の顔。そして周りには、胞子に汚染された商品! 棚! 机に椅子! ……である。
「それにしても、積もりましたねえ……」
 最早感心の域で呟きつつ、舞は支給された割烹着へと袖を通す。手に持っているのはハタキと雑巾。そう、今日は蓮&舞で「レン」のお掃除なのだ。(舞が店にあった招き猫に釣られた、というのはこっそり秘密である)
「まったく、おかげで商売できないったらないよ」
 同じイデタチの蓮は先程から容赦なくぶーたれており、舞はそれを「まあまあ」と宥めて。
「あまりお役に立てなかった分、今日は頑張りますから」
「はいはい、今度こそ期待してるよ。……ところであんた、あの時生えたキノコはどうしたんだい?」
「え、アレですか?」
 あの日、何の装備もしていなかった舞は思いきり胞子を吸ってしまい、店を後にする頃にはもう頭の上で例のキノコが右へ左へ揺れている、という有様だった。さぞや我が身の不運を嘆いただろう、と蓮がほくそ笑み……ではなくて、同情してみたらば。
「実は、錬金術の材料にしようと思って、取ってあります」
 けろりとした表情で舞は言う。
「よく考えてみると、人に生えるキノコなんてすごい素材ですよね。もしかしたら、とんでもないものが出来ちゃうかも!」
「……あ、そう……」
 さあ張りきってお掃除しましょうね! と腕捲りする舞を横目に、蓮は今度こそ、がっくり肩を落としたのだった。


 了


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

2226 / 槻島・綾 (つきしま・あや) / 男性 / 27歳 / エッセイスト
2897 / 東雲・舞 (しののめ・まい) / 女性 / 18歳 / 錬金術師
2193 / 向坂・愁 (こうさか・しゅう) / 男性 / 24歳 / ヴァイオリニスト


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■         ライター通信          ■
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初めまして、ライターの辻内弥里と申します。この度は拙作へのご発注、真に有難う御座いました。
…というご挨拶もそこそこに、すいませんでしたっ!!! こここここんな話になってしまいまし・たー!!(滝汗&土下座)
申し訳ありません……。どうぞギャグ仕様ということでお許し下さいませ……。
なお、最後の「三」が個別となっております。よろしければ他PC様の部分もお読みなってみて下さいね。

>東雲舞様
最初のノベルがこれでよかったのでしょうか……私、もう東雲様に足を向けて寝られません…。(汗)
ともかくも、元気よく、かわいく、気持ちが素直に表せる好ましい方、という解釈で書かせて頂きました。違和感などありましたら、どうぞご遠慮なさらずに仰って下さいね。次に反映させていきたいと思います。
錬金術師、という素敵な職業についてあまり触れられず残念です。あんなキノコでよろしかったら、何ぞ足しにしてやって下さいませ……。

それではご縁がありましたらまた、ご用命下さい。
ご意見・ご感想・叱咤激励、何でも切実に募集しております。よろしくお願い致しますね。
では、失礼致します。