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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


ポチを探して
------<オープニング>--------------------------------------
「ペットを探してもらいたいんですよ」
 ソファにゆったりと腰掛ける青年。銀髪との目が興味深そうに事務所内を見渡して、
「探偵ってそういう仕事ですよね?失せもの尋ね人何でも当たるとか」
「それは占い師の方では。…いやまあ、探し物や尋ね人は確かに承ってますが…ペットですか?」
 足の長さが自慢なのかそれともソファが低いと言うジェスチャーなのか悠々と足を組んだ、マーカスと名乗った青年に更に嫌な顔をする草間武彦。
「ペット用品にありますよね。普通の紐じゃなくて、伸びるリードって。真似して作ってみたんですがね。どうも失敗作らしくて、伸びきったまま戻らなくなってしまって。だから、探して貰いたいと言っても彼とは繋がってはいます。行動範囲が少々広いですが」
 武彦の、ペットを扱いたくない、という表情には気付かないのかそのまま話し始める男。ついその調子に釣り込まれて身を乗り出す。
「どの位?」
「私を中心に半径1キロというところですか」
「――は?」
 青年は、にこにこと笑いながら手を差し出す。その手首に嵌っている鈍い銀のブレスレットが彼の言う『リード』の持ち手らしい。
「紐を手繰ればいいんでしょうけど、上手く行かなくて。かと言って私が紐を追いかけるとその分ポチが移動してしまうので…」
 ――やっぱり。
 がくりと肩を落とす武彦。どうやらこの『飼い主』も普通と違うらしい。単に大法螺吹きという可能性もないではないが。
「姿は、そうですねえ。…茶トラの、猫に良く似ていますよ。ぱっと見気付かないでしょうね。しいて言えば足が6本付いてる位かな」
「いや…ちょっと待った」
 武彦が相手の言葉を遮り、なんなんだ、その生き物は、と小声で呟く。
「え?だから、ポチですってば。私のペットですよ」
 対する相手はあくまでにこやかに。
「あ。そうそう、早いうちに見つけ出さないと大変なことになるかもしれません」
「…というと?」
「彼の大好物がそこらに有りますのでね。これです」
 ごそりと大きな紙袋を脇から取り出してテーブルの上に置く。ぷっくりと膨らんだ白い紙袋の中にぎっしり詰まっているものは、黒々とした…カツラ。いくつか取り出してみると全てストレートのロングヘアで。
「1日数人でお腹一杯になると思いますので、ついでにフォローもお願いします」
「大好物って…まさか」
 ええ、と涼しげな顔を見せる男。
「髪の毛です」
「そんな他人事のように」
「ちょっと動きが素早いですけど、噛みませんし可愛いですよ。…えーと。後は…ああ、そうそう。マタタビで酔います」
 あれは可愛いですよね〜、とややうっとりした表情で天井を見上げる男。
「猫みたいですね」
「ええ。そっくりだと思います」
 足の数多すぎるけど。
「数日あればリードは直ると思いますが、なるべく早くお願いします」
 にっこり、と楽しげな笑いを薄い唇に広げたマーカスは、事務所に居座るつもりなのかでんと構えたまま立ち上がる気配すら見せなかった。

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「…髪が好物…ねえ…」
 自分の艶のある長い黒髪をひと房指で摘み取りながら、シュラインからの連絡を受けた田中緋玻が呟く。とりあえず急ぎの仕事も無く、受けてもいいと思いながら、半ば無意識に触れている髪を目線まで持ち上げて降ろし。
「――分かったわ、それじゃあまた後で」
 仕事を受けると言い、電話を切ると支度を始める。今日は天気も良いことだし、おまけに動くことも多そうで…そうなると、と動きやすい格好を揃え、靴もウォーキング用の物を取り出して家を出る。
 途中、思いついたことがあってマタタビの粉をひとつ買ってバッグに入れて事務所へ向うと――
 ?
 入り口付近で僅かの間奇妙な感覚に囚われて小さく首を傾げた。『負』の気配に近いような…だが、少しばかり違う何かがあったのだが、良くは分からないままに中へと入った。

 あらかじめ聞き出していたのだろう、シュラインが猫の特徴としてもうひとつ上げる。それは、赤いリボンをした銀色の輪だそうだ。マーカスが嵌めている腕輪と同じモノで出来ているのだろう、その材料が何かは分からないが。
「さて…全員揃った所で始めましょうか」
 今回は動き回ることが前提と見たか、皆身軽な格好で来ている。楽しげにその様子を見守っているマーカスは口出しせずににこにことしているだけで。
「――さっきから気になってるんだけど…なに?その視線は…」
 その中で、緋玻がぽつりと呟く。はっと視線を外した3人がにこにこと笑い、
「綺麗な黒髪だなーって思っただけだよ。気にしない気にしない」
 ぱたぱたと楽しげに手を振る光夜。
「食べでありそうだし」
 続けてぼそりと口の中で呟く。――が、しっかりと耳に届いていたらしくひきつった笑みを向けた緋玻にこれまた満面の笑みで光夜が笑みを返した。
「…とまあ冗談はともかく、オレ、紐追っかけてみようと思ってるんだけど、他の皆は何処行くんだ?」
 ――紐?
 確かにリードで繋がっているとは聞いているが、はっきりと目に見えるのは腕にある銀の輪だけ。だが、光夜は自信満々で。
「追いかけて行けばいいんだよなっ?簡単だよ」
 にかっ、と歯を見せて笑いながら、何かが見えているかのように外へと視線を送る。
 成る程ね、と呟いた緋玻…茉莉奈も、その気配には気付いたらしい。光夜が一番はっきり其れを見ているのだろう、事務所の中から外へと繋がっているひとつの気配に。
「紐を追うお手伝いなら出来ますけど?」
 そう言って立ち上がりかけたマーカスを、皆が押し留めて椅子に座りなおさせる。
「にいちゃんが動いてどうすんだよ。紐がどんどん伸びてくだけじゃないか。…だから、この事務所から出てくるなよ?な?なっ?」
 光夜が慌てたように押さえつけ、そして。
「地図、これでいいですか?」
「そうね。じゃあ、大体の範囲に丸を付けて、この中でまず行きそうな場所を見てみるとしましょ」
 光夜に任せればいいかとすぐに手を離して地図とにらめっこを始める3人。にこにこと押さえられるままになっているマーカスの位置から何となく恨めしげに見る光夜の視線が、僅かに痛かった。
「――あ、いいこと思いついた。ねえ草間さん」
「却下だ」
 自分の机から間髪入れずに言葉を返す武彦にえ〜〜〜〜〜、と唇を尖らせながら、
「いいじゃん、ちょっとくらいはさぁ。ひと房とかてっぺんだけとか後頭部とか剃り込みしたみたいにとか」
 それでも言葉を続けるうちに楽しくなったのか悪戯っぽい笑みをにんまりと浮かべながら、
「髪切るお金浮くし、目立つ人になれるしいいこと尽くめだよ?」
「――そう言うことを言うのはどの口かしらね」
 むにっ。
 妙に静かな声と共に掴まれたのは両頬。そのままにゅぅ、っと伸ばされて行く。
「いでででででででっっ」
 じたばたと暴れる光夜に構わず、手を離そうとしないシュラインの薄い笑みは、凍りつきそうな瞳と相まって周囲の動きを止めてしまうほどだった。

 少し柔らかさを増した光夜の頬は放って置いて、シュラインが地図を調べている2人の傍へ戻って来る。カツラを借りてかぽっと被っている茉莉奈が顔を上げ、範囲内と思しき円の中数箇所にマーカーで印を付けたことを告げた。
「私が知ってるのはだいたいこの辺かなぁ」
 駅周辺と大きな住宅街に、点々と記されたのは美容院の位置。ふんふん、と頷いてシュラインや緋玻も自分が知っている位置を印付け補って行く。
「後は…長い髪の人が多い場所って言うとどの辺かしら」
「――あっ」
 小さく声を上げた茉莉奈に、2人の視線が向く。茉莉奈は2人に見せるようにマーカーで一部の地区をぐるぐるとペンで丸く囲い、
「この辺って…確か私立の女子高がなかった?校則厳しいって噂の」
 ――ああ。
 シュラインと緋玻が納得したようにこくっと頷く。
「それじゃあ、其処も範囲に入れるとして…やっぱり広いわね。手分けしましょう」」
 仕事の邪魔になるので滅多にやらないのだが、結わえていた髪を解いてさらさらと梳いたシュラインが地図を大まかに3等分する。やっぱり囮なのね、と呟いた緋玻は自分の艶のある黒髪をそっと手に取って見つめていた。
「基本は中心部から。細かく連絡は取り合うこと、それから…被害者が出ているかもしれないから、そういう情報を見聞きしたら全員に連絡しましょう。それと――ねえ、あんたもカツラ持って行く?」
「パース。オレは追っかけ専門ってことで。じゃっ」
 早速と街中へ繰り出していった光夜に元気いいわねえ、と呟いて、残る3人は分担する位置を決めた。但し、深追いはしないこと、すぐに連絡を付けること、を話し合って。
「いい天気なのは救いね。…日向ぼっこしてるかしら」
 普通の猫ならありえるだろう、外で日向ぼっこしながらぬくぬくと昼寝している様子を思い浮かべながら、3人は事務所の入り口で3手に別れた。

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 ――いいの?
 鏡の中の自分に自問しながら、ゆっくりと丁寧にブラッシングを施していく。髪に染みこむようにと手を動かしながら、先程振りかけたマタタビの効力を思いつつ。
 2人の行動範囲は分かっている。光夜も紐を追っているということは、本体の近くへと移動しつつあるのだろう。
 だが、それでも不安は残った。
「……」
 ブラッシングを終え、更に艶を増した自らの髪に指を絡ませて、じ、と鏡を見つめる。
 やがて、気が済んだのかブラシをバッグに仕舞うと個室を出て外へと向う。
 緋玻がひとつだけ、忘れていた事。…いや、忘れたかった事、かもしれない。

 にゃーん。

 動く度に、風が撫でる度に、マタタビの匂いを振りまいている存在を――その土地に住んでいる猫達がどう思うか、と言う事に。
 結果としては当然かもしれないが、
「……はぁ…」
 ぞろぞろと数匹の猫が――時々入れ替わっていたりはしたが――緋玻の後ろから物珍しそうに付いて来ていた。
 良い天気の、穏やかな1日。…猫は外で日向ぼっこをしているのだろう。
 もっと嗅がせろ、とでも言うのか時々にゃーにゃー下からリクエストしてくる猫の鳴き声に苦笑いをしながら目的の猫が見つからないかあちこち見回っていると、シュラインから被害者らしき人物を見つけたとの連絡が入ってきた。
 一瞬で表情が引き締まる。
 話を聞けば通り魔事件として警察沙汰になっているらしく、其れも尤もだと思いながら歩を進めた。
「残念ながら此方はまだ手がかり無しよ。猫は見かけるけど普通のばかりだし」
 そう、と答えてくるシュラインに、
「何か分かれば此方からも連絡を入れるわ。――それじゃあね」
 シュラインの居る方向へと目を向けつつ電話を切った。

 通り魔の話題は緋玻の通り道でも次第に聞こえるようになって来た。時折見かける制服姿の警官達が、辺りの者に事情を聞いているらしい。少し向こうにパトカーの一部も見えることから、この辺りでも起こったことらしかった。
 後ろを見れば、人通りが増えたことで嫌になったのか猫達の姿がいつの間にか消えていた。
 それで少し安心し、そして現在地を簡単に確かめた後で、現場の近くで足を止めた。…ここからシュラインの方向へ行くべきだろうか。それとも、シュラインの居る場から此方へ移動したのだろうか、そのことを考えながら。
 ――?
 ふと、何かの『気』を感じて立ち止まる。どこかで同じモノを感じたような、と思いを馳せ、そして気付いた。
 事務所に入るときに感じたそれと同じもの――いや、ずっと濃い気配だと。
 もしかしたら…紐?此処を通ったの?
 直感を頼りに足を進めて行くことにする。シュラインの居る場所とは逆の方向へと。
「――こっちでも被害が出ているみたい。少し場所を移動するわ」
 追跡を続けている3人へと簡単に連絡を入れると少し足早に移動を開始した。

 『猫』の通り道をそのまま追うのは無理に近い。いや、出来ない事は無いのだろうが昼間から芝生を突っ切ったり塀の上を歩いたりはしたくない。
 適度に回り道をしつつ、紐を追うと言って出かけた少年はどう言う風に移動を続けているのだろうかとふと思う。…猫の通った道を同じように追いかけている、とか?
「…あの子なら有り得るかも」
 元気良く出かけていった光夜のことを考えながら、ふと口元に小さく笑みを浮かべ。そして、
 なう〜〜ん
 ひと気の無くなった辺りで再び寄って来る甘え声の猫達に溜息を付いた。

「きゃぁっ」
 ――やや遠くで、小さな叫び声が聞こえたのは、其処から暫く進んだ先でのことだった。『紐』の気配も濃く、そしてあの声は――
 軽く駆け出して角を曲がる。塀と生垣で囲まれた路地の近くで、立ち竦んでいる茉莉奈の姿と――その肩の上であーん、と大きく口を開けている茶トラを確認しながら足を止めずぱたぱたと駆け寄り…そして、気付いた。
 その目が、
 獲物を見つけた――とばかりにきらきらと輝いているのを。
 したんっ、と地面に降り立ち、そして身を低くしてじりじりと猫が『獲物』へと近づいていく。
「田中さあぁぁん」
 悲鳴なのか、泣き声なのか、茉莉奈が声を上げて、そして。
 ばっ、と6本の足で跳ねた猫が勢い良く飛び掛ってくるのを慌てて数歩後ろに下がって避け、
「応援を呼んで。早く」
「あ、は、はいっ…――あっ」
 携帯を取り出した茉莉奈が、何を思ったか地面のある一点をじっと見つめ、足元の黒猫に何か言い置いて視線を向けた方向へと足を踏み出す。
 フーーーッ!
 獲物に再び狙いを定める猫に、黒猫が近寄って思い切り背の毛を逆立て、意識をかき乱し…その隙に茉莉奈がばっ、と何か黒いモノを猫へと投げつけた。
 一瞬怯んだような猫が、きょとん、とした顔で目の前にふわりと落ちた其れに視線を向け。そして、
 はむ。
 しょうがない、コレで我慢してやるか、というしぶしぶな表情を見せた後で、茉莉奈の投げつけたカツラを咥えて素早く塀の上へと飛び上がり、そして思いがけない早足でぴょいぴょいと別の路地へと消えていった。
「……」
 目と目を見合わせ、
「はぁ〜〜っ」
 お互いが無事だった事に思い切り安堵の息を付いた。
「と、とりあえず追いかけましょ」
「そうですね、あっ、連絡入れますー」
 猫が消えた辺りへ2人と1匹がぱたぱたと足を進めながら、茉莉奈がしっかりと握ったままだった携帯からシュラインへと電話を入れた。

「居た!いましたよぉ、猫がっ」
 茉莉奈が、やや上ずった声を出す。向こうには今の状況が伝わっているのか、それは良く分からないが。
「ああん、怖かったぁぁ…ありがとう、緋玻さん」
「こっちも危なかったけれどね…」
 呟いて緋玻が自分の髪の毛を掴む。実際食べられたわけではないのだが、そうせずには居られない気分だった。軽く駆けながら自分のバッグの中にブラシが入っていることを確認する。
「――襲われそうになったのを助けてもらったんです。今は姿隠しちゃったけど」
 少し落ち着いたか、シュラインと会話を続ける茉莉奈。そして今の位置を教え、割合近くだったらしくすぐ行くと告げたシュラインを少し行った先で待ちながら、油断しないようあちこちへと視線を飛ばし。
「――使う?」
「あ…はいっ。ありがとうございます」
 被っていたカツラが外れた上に食べられそうになり、そして落ち着く間も無く走り出したためぼさぼさになっている髪の茉莉奈を可哀想に思ったか、自分のブラシを手渡した。嬉しそうに、鏡がその辺に無いかちらちらと見ながら手早く髪を整えていく茉莉奈。
 シュラインが合流した時は、ちょうどそんなことをしていた最中だった。
「どう?…大丈夫だったみたいね」
「なんとか食べられずには済んだけど、逃げられちゃった…」
「深追いして被害に遭っても仕方ないわ。――そう言えばあの子はどこまで辿れたのかしら」
 緋玻が携帯を取り出し、光夜に連絡を入れようとボタンを押した――すると。
 何処からともなく、特撮ヒーロー物のメロディが陽気に聞こえて来る。
「…あれかな?」
「そうみたいね」
「間違いないわね」
 くすくすと笑う3人、そして本人が出たらしく緋玻が電話を耳に当てた。
『はいはーい。誰?』
 光夜が取った途端、近所で鳴っていたメロディも止む。やはり、と思うと少し笑いが漏れるがそれは押し殺し、
「…猫が見つかったわ。そっちの首尾はどうなってる?」
『多分すぐ近くまで近づいてると思うよ。紐の気配も随分濃くなって来てるから』
「そう、じゃあこっちは牽制しつつ待ってるわ。――中々手が出しづらくて、ね」
 ぱちんと携帯を折りたたんで2人へと向き直り、
「すぐ近くにいるみたいよ」
 そう告げる。
 後は、本体を見つけるだけ、と顔を見合わせながら。

「居た…あそこ」
 光夜に見えている筈の『紐』の姿が、シュライン達の目にも見える。その紐の先にいるのは一匹の猫。
 それなりに満足したのだろうか、尻尾をゆらゆらと揺らしながら塀の上で丸くなる茶トラの姿が見えた。
 にゃぁぅ。
 大きさにして、大人の猫程だろうか。ぬくぬくと日に当たっている様子は、端から見ても眠気を誘う。
 ふあぁ、と大きく欠伸をしたその猫は、ごろごろと喉を鳴らしながら身体をもぞもぞと動かし、また寝に入っていく。
 ごくありふれた、日常風景に見える。
 ―――塀の両脇から少しはみ出ている多すぎる足さえなければ。
「…モノレールみたい」
 塀を抱えるように置いてある足を見て、緋玻がぽつりとそんなことを呟いた。

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「よおぉおっし、発見っ!」
 突然。
 がさっ!と茂みを掻き分けた中から飛び出した光夜がその勢いで下から飛びつき、猫を掬い上げようと動いた――が。
 にゃっ!?
 いきなりの声の大きさに驚いたか、飛び上がった猫がバランスを崩し、手近なモノ、つまり光夜の頭にでんっと飛びついてしっかりと顔を覆うように抱きしめた。落ちるのが怖いのか爪を立てながら。
「うあっっ!?何コレ、何だコレっっ!?いて、いてててててっっ」
 むにぃっと両手で思い切り掴んで引き離そうとする光夜と、その力に却って引き離されまいとしっかとしがみ付く『猫』。
 突然のことに呆然とする3人がいることにも気付かず――と言うより見えていないようで。
「…あ…」
 小さく声を上げた茉莉奈が指摘するまでもなく、あんぐりと口を開けた猫が何やら仕返しのように光夜の頭へ――正確には髪へなのだろうが、噛み付こうとするのが見えた。
「っ、この…っ!」
 前足の付け根をそれぞれ引き剥がしたその瞬間。
 ぶちぶちぶちッ。
「痛え――――っっ!?」
 叫び様にぽいっとその塊を何処かに投げつけて額を押さえた。
「きゃ…っ、わ、わ…っっ」
 額を押さえる光夜の向こうで、投げた『猫』をなんとかキャッチした茉莉奈がじたばたと暴れるそれを腕の中に押さえつけていた。
 ぎにゃーーーーー!
 うにゃ、にゃにゃ、にゃーーーーー!
 ぺしぺしぺしぺしっ!
 ――大容量ねこぱんちに茉莉奈が怯む様子は無い。良く見れば爪を立てていないのだから、当たり前だろうが、顔にしがみ付かれた光夜が乱れた髪を手ぐしで掻き上げながらなにやら複雑な表情を浮かべている。
「お、大人しくしようよ、ね?」
 話し掛ける茉莉奈にちらっと視線は向けるものの、じたばたくねくねと暴れる様子に変化は無い。しかも横腹から突き出ている2本の足を上手く使ってするすると腕からすり抜けようとするからまるでウナギのように掴み所がなくなってしまう。
「きゃーっ、何とかしてーっっ」
 必死で格闘している茉莉奈だが、その外から掴む訳にもいかず茉莉奈ごと網にかけることも出来ず、おろおろと『紐』を掴んだままその周りを回り続ける光夜。そこに、
「どいて」
 ぷしゅっ、とポチの鼻面目がけてシュラインが香水のようなものを振りまいた。
 瞬間。
 くたん、と背骨がないかのように猫が柔らかく茉莉奈の腕の中で身体を反り返らせた。
「えっ、え、え?」
 慌てて3人を見る茉莉奈。
 な〜ぁぅ。
 その足元でも妙な声を上げた黒猫が、ふらふらと動き、身体を押し付け、そしてごろんとひっくり返る。
「…マタタビよ」
 小さな容器を振りながらシュラインが言い。そして緋玻も持ち歩いていたらしい粉をくにゃくにゃと茉莉奈の腕の中で踊っている猫の顔に近づける。――ますます酔いが深くなるポチ。
 なうぅぅん…
 うるうる、つぶらな瞳で見上げる『猫』。
 …茉莉奈の腕に、6本の足でがしがしとしがみついて。あぐあぐと痛みの無い力で手を噛みながら、時々誰か分からない相手に向ってねこぱんちを繰り出している。後ろ足の2本は普通の猫と同じく蹴り足らしく、脇腹から出ている足と前足の4本が『手』のような役割になっているようだった。
「6本ってやっぱり虫?」
「そんなこと言ったら8本は蜘蛛になっちゃうわ。糸吐かれても困るし」
「糸吐いたら面白いのになぁ」
「うぅ…マールも下で襲ってるし…」
 嘆く茉莉奈の足元でぺしぺしと茉莉奈の足を攻撃している黒猫をシュラインがひょいっと抱え上げ。
「はい。交換しましょ」
 ぽってり重い茶トラと黒猫を交換し、楽しそうにうにゃうにゃと呟き続けている猫を抱きしめた。

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「本当に猫そっくりなんですね。…動いたり、お腹見せればばれちゃうけど」
 光夜が持ってきた猫じゃらしに飛びついている『猫』達の動きに目を細める零。茉莉奈のマールと一緒になってぱたぱた揺れるそれに目を輝かせながらじゃれ付く様子は常の猫と変わらない。終いにはマールと猫じゃらしの奪い合いになりごろごろと事務所内を転げ回る。
 その様子をくすくす笑いながら見つめている皆と、毛が飛ぶとかなんとかぶつぶつ呟きながらも嫌いではないのか猫の動きに何度も目を向ける武彦。
 そして、手首の輪をかちゃかちゃ弄っていたマーカスがふぅっと息を吐いて小さく笑みを浮かべ、かちりと今までにない音を立てた腕輪を猫へと向ける――と、
 にゃう?
 何かに引張られるかのようにポチが腹を上に向けたままずるずると床を滑り、そしてマーカスの足元へと行くとぴたりと止まり、そしてしたんっと身体をひっくり返して体勢を整える。
「応急処置はこんな感じでしょうか」
 言いながら、足元に来たポチを抱き上げるマーカス。
「全く、心配ばかりかけるんだから。ほら帰るよポチ」
 なう〜
 甘えた声でごろごろと喉を鳴らしつつ、ぺたぺたとよじ登っていたそれが青年の腕に抱えられて丸くなった。腕の中に抱えられると安心するのか、頭をすりすりと擦りつけて小さく鳴く。
「お世話になりました。このお礼は改めて」
 余ったカツラの入った紙袋を手に、にこりと笑った青年が事務所を出て行った。

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「ちょっと…これ、見た?」
 春の特集を組んでいる女性誌をぽんと事務所の机に置いたシュラインが呆れたような、納得したような複雑な笑みを浮かべて、暇潰しと次の依頼探しを兼ねて遊びに来ていた皆へ開くよう言う。
「えーと…『特集―話題のカリスマ美容師、マーカス・クレイマンさん』」
 顔を横から突っ込む光夜に構わず見出しを読み上げた茉莉奈がええっ、と小さく声を上げ。
「ぶ」
 煙草の煙にむせた武彦がけほけほと咳をし、零が興味深そうにその記事を覗き込んだ。
「まあ。あの時の人ですね」
 膝の上にふっさりとした毛並みの猫を――ポチでは無かったが――乗せ、柔らかな笑顔でいる青年。
「美容師の資格持ってたんだ」
「と言う事は…もしかして、あのペットって」
 皆が顔を見合わせる。
「…ゴミ処理用…?」
 雑誌記者はさかんに美容院の綺麗さを褒め称えていたが、それも尤もな話だろう。
 そしてその更に数日後、丁寧な言葉を綴った手紙、そして小切手と共に送られてきた『優先予約・無料チケット』と手書きで書かれた数枚綴りの紙には、いくつもの肉球スタンプが押されていた。それぞれのスタンプの下には、名前らしい『ポチ』『カメ』『ハナ』の文字が楽しげに踊っていた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女性/ 26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1270/御崎・光夜   /男性/ 12/小学生(陰陽師)         】
【1421/楠木・茉莉奈  /女性/ 16/高校生(魔女っ子)        】
【2240/田中・緋玻   /女性/900/翻訳家              】


NPC
草間武彦
  零
マーカス・クレイマン
ポチ

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■         ライター通信          ■
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お待たせしました。「ポチを探して」をお届けします。
春の陽気に誘われて、つい迷子になってしまった『猫』のポチ。飼い主もペットも一筋縄では行かなさそうですが…。
ひとまずは無事に元の住処へと戻って行くことが出来たようです。
残り2匹も名前だけは出て来ていますが、一匹は白のチンチラ(風)、もう一匹はシャム猫に良く似ています。彼の店の従業員も皆銀髪に青い目、という不思議な世界みたいですが、腕も会話のスキルも良いので評判は良いようです。
とまあ、使うことの無かった設定を書き出してみました。もしかしたらまた別の話で使うことがあるかもしれませんが…。

ともあれ、今回の参加ありがとうございました。
また、別の機会にお会い出来ることを楽しみにしています。
間垣久実