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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


 代表取締役、失踪中につき(後編)
 
 傾いた会社を建て直すために、祖父の残した土地と館を売却することを考えたとある零細企業の代表取締役の青年。
 しかし、彼は祖父の館へ整理に赴いたまま行方を絶ってしまう。
 その館は、石像が動く、鎧騎士が徘徊するといった洋館にはありがちな怪奇な噂が実しやかに囁かれるようなところ。くわえて持ち主であった祖父はオカルトに傾倒していたらしいという話もある。
 戻らない代表取締役の身を心配し、経理担当の男は草間興信所の扉を叩いた。
 依頼内容は、祖父の館へ赴いたまま帰らない彼の行方を探すこと。経営が危うくなったため、夜逃げ……という一般的に考えられる線ではなく、あくまで館で行方不明になったという線で調査をしてほしいということなのだが……話に聞く祖父の館はどう考えても行方不明になれるような造りではない。
 ともかく、依頼を引き受け、祖父の館へと赴き、調査を開始。
 確かに彼がここにいたという痕跡を見つけ、そして、隠された小部屋へと辿り着く。その小部屋の床に描かれた怪しげな魔法陣に足を踏み入れると……何か異質な力が働いたような気はしたが、部屋の様子は変わらなかった。
 小部屋をあとにし、館のホールへと戻るとどうにも微妙に雰囲気が違う。門のそばに停めてあったはずの車も姿を消している。扉が僅かに開いていたことと、足跡から彼は館を出て町へと行ったのかもしれないと町の方へと向かった。
 町へ近づくにつれ、霧は深くなっていく。館の周辺では電波の問題か携帯電話は使用できなかったが、町ではどうにか使用できそうなので、彼の携帯電話へとかけてみた。
 果して、彼は電話に出たのだが。
『経理……ああ、彼に頼まれて……そうか、よかった、霧が深いから迷ってしまって……それに、なんだかここは……なっ、なんだ、あなたたちは……うわっ』
 電話はそこで切れてしまう。
 もう一度、電話をかけ、遠くから聞こえてくる着信メロディを頼りに霧のなかを進む。そこには社長の姿はなく、代わりに落ちている携帯電話を覗き込むようにしている背中が複数あった。
 音が途切れ、振り向いた彼らは生きているようには思えなかった。その彼らに追いかけられるも、簡単に振り切り、町から逃げだす。それほどに執念深くはないのか、それとも霧の外へは出ては来られない習性なのか……そもそも彼らはなんなのか?
 とりあえず、館へと戻り、ひとりは草間へ連絡をつけるために再び魔法陣へと足を踏み入れた。魔法陣が光を帯び、その姿は目の前で一瞬に消えたから、原理はどうであれ、これが二つの似て異なる世界……自分がもとにいた場所とこの場所とを繋げていることは間違いなさそうだ。
 戻ろうと思えば、即座に戻れる。
 だが、その前に。
 
「さて、と。まずは社長さんを確保しないといけないわね。こういうときのセオリーって、別行動で真っ先に逃げだしちゃった人は……」
「悲劇的な結末を辿りそうですね。今回の場合は、霧の向こうに姿を消したあと、この世のものとは思えぬ絶叫が響く……でしょうか」
 セレスティは苦笑いのような笑みを浮かべつつ、緋玻の言葉を次ぐ。緋玻は僅かに目を細め、笑みのようなものを浮かべた。
「状況として、急いだ方が良さそうですね」
 柚品はセレスティ、緋玻の顔を順に見やったあと、さらに言葉を続けた。
「分散して探した方が効率が良いと思います」
 この二人であれば、あの霧のなかの彼らに遅れをとることもないだろう。
「……そうね。あたしもそう思うわ」
 緋玻が頷き、セレスティも頷いた。
「集合場所と社長を見つけたときの合図を決めておきましょう。この館の調査を行う前に、町の方を軽く見てまわり、聞き込みをしてみました。大したことは聞けませんでしたが……」
 柚品は町で見かけた主な建造物についてを告げておくことにした。町にはそれほど住宅は多くはなく、道路は素直な造り、町と他とを隔てるように川が流れていること、隣の町へと行くには橋を渡らなければならないということ、一般住宅を除くと、コンビニ、ガソリンスタンド、神社、廃校、公園墓地があったということを簡単に伝える。
「なるほど……探すうえで参考にさせていただきます」
 セレスティは話を聞き、頷いた。
「集合場所のことだけど……ここが一番安全だと思うわ」
 周囲を見回し、緋玻は言う。
「連絡なら携帯が最も確実で手軽な方法だけど、音でアレを引き寄せる可能性があると思う。それに、どういうわけか……状況的に音を立てたくないときに限って、連絡が入ったりするものなのよね」
「追われるも、どうにか物陰に隠れ、息をひそめているとき……とか?」
 セレスティが言葉を次ぐ。緋玻は再び目を細め、笑みのようなものを浮かべた。
「だから、そうね……時間を決めて、ここへ戻って来るというのはどうかしら?」
「そうですね。もし、社長さんを発見して、集合時刻までにかなりの余裕があった場合は、携帯に連絡を入れるというのはどうでしょうか。相手が出るまではかけず、ワンコールで切る。これなら彼らに気づかれる可能性もかなり低くなると思います」
 緋玻の言うことは尤もだが、わりと簡単に見つかったときのことを考え、それに意見を付け足しておく。
「では、探索時間はとりあえず一時間。進展があってもなくても、この館へと戻ってくる。社長さんを発見したときは、集合時刻までもうすぐという場合は連絡はいれず、かなりの時間があった場合は、携帯に連絡、ワンコールで切る……以上でよろしいですか?」
 セレスティの言葉を受け、互いの視線をあわせ、頷く。
 そして、行動を開始した。
 
 館から離れ、町へと入ると霧は次第に濃くなっていった。
 似て異なる二つの世界。
 ここは異界というよりは、現実世界にかなり近い……並行世界と考えるべきなのか。
 どう考えても不自然な霧。そのなかを彷徨っているあれらの正体はなんなのか……頭に過るものは、話に聞いた屍操術。もしや、それを施された死体なのでは……。
 よくある話、彷徨う死体に襲われたものは、同じような存在と成り果て……雪だるま式に不死の軍隊が増えて行くのではないだろうか……そんな風に考えてしまうのも、祖父の研究についてちらりと聞いているからだろう。
 いろいろと不確かで気になることが多いが、ひとつだけ確実なことがある。早めに彼を保護しなければ危険だということだ。なるべくならば、穏便に済ませたいところだが、どうにもならない場合は、この力を借りて道を切り開こう。柚品は神聖銀手甲を取り出し、拳に装備する。
 聞き込みを行った町と同じ作りであることは先程、ちらりと霧のなかを歩いたときにわかっている。町を軽く見てまわったときのことを思い出せば、例え霧が深かろうと目的とする場所まで向かうことはたやすい。
 少し考えたあと、公園墓地へと進路をとる。コンビニやガソリンスタンド、神社は町の中心部分に近い場所にある。町だけが霧に覆われていることに気づけば、町から離れようと考えるかもしれない。そうなると、館の方向か公園墓地、もしくは隣の町へと繋がる橋の方向を選ぶことになる。自分たちとは出会わなかったのだから、館の方向は選ばなかったのだろう。橋へ向かうには、町の中心を抜けて行かなければならない。となれば、残るものは公園墓地。土葬ではないはずだから、地面のなかから腕が出て足を掴まれる……などということもないだろう。しかし、地方によっては土葬の場所もあるとか……いやいや、ここは公園墓地、それはあり得ない。
 柚品は思考を巡らしながら深い霧のなかを歩く。その姿を見かけないまでも、気配は感じている。彼らは間違いなく、霧のなかに、いる。……何をするわけでもなく、ただそこに。
 だが、何のために?
 彼らの動きは緩慢で決して素早くはない。音に敏感であるということは、聴覚が優れているということだ。かなりの数、存在しているようだが、同じような存在に対し、襲いかかることはしない。しかし、自分たちに気づいた彼らは明らかに反応し、追いかけてさえきた。……あまり深くは追いかけてこなかったが。
 霧の外までは追いかけてこないのかもしれない。しかし、よくよく考えると霧の外に出る前に、彼らを振り切ったような気がする。行動範囲が決まっているのか、それとも、霧が深いために視覚で捉えられなくなったのか……。
 ともあれ、結局のところ、彼らは簡単な命令しか実行することができないのかもしれない。佇んでいるのは、ここを守れと言われたからか、ここにいろと言われたからか、もしくは、なんとなくそこにいたいのか、以前の記憶からか……どれであれ、とりあえず軍隊として使えるとは思えなかった。しかし、研究していたように、疲労も空腹も痛みを感じないのであれば……それはそれで厄介な存在だ。数が多くなるほど質が悪い。
 公園墓地の看板が見えてきた。宗派問わずなどと書かれているその近くには広い駐車場がある。そして、管理事務所であろう建物。霧は相変わらずの状態だが、前方の様子はそれなりに伺える。
 とりあえず管理事務所へと向かってみる。灯は点いておらず、営業している気配はない。ガラスの扉の向こうには、本日は営業を終えましたというようなことが書かれた札が置かれている。建物自体は新しく、傷んでいるということはない。
 鍵は、かかっている。ガラスの扉は開きそうにない。他には何かないかと周囲を見回すと、郵便受けが目についた。新聞が無造作に突っ込まれ、折れ曲がっている。なんとなくそれを手に取り、広げた。
「……ん?」
 何故か、日付は十年近く前のものだった。印刷ミスかと記事や広告に目を通してみるが、どうも最近のものとは思えない。しかし、紙面の状態から見ると、十年近く前のものにしては、傷んでいない。
 地方についての記事が書かれている部分を読んでみる。それによると、この辺りで昨日までは元気だった人がいきなり倒れ、昏睡状態になってしまうという奇病が相次いで発生したらしい。理由はわからず、調査している段階だが、付近住民は怯えを隠せずにいるようだと記事は締めくくられている。
「……」
 柚品は新聞を手にしたまま、その場に佇む。
 もしかしたら。
 思考に走ろうとしたところで、はっとする。近くで靴音がした。新聞から顔をあげ、周囲を伺う。
 霧が揺らいだ。誰かがすぐ近くにいる。
「社長さん? 東海堂さんですか?」
 動きからすると彼らではないと思え、声をかけてみる。もし、彼らだった場合は……柚品は身構え、全神経を霧の向こうへと集中させる。
「柚品といいます。あなたを探すようにと依頼された者です」
 すぐにはこちらへと向かって来ない。が、注意はこちらに向けているようだ。そこで、名乗り、自分が何者かを告げてみる。すると、ゆっくりとこちらへと歩いてきた。……写真で見た青年、東海堂が霧のなかから現れる。
「……ああ、普通の人だ……」
 東海堂はぽつりと呟き、安堵の表情を見せた。
 
 緋玻とセレスティに連絡をいれ、館へと戻る。とりあえずは二人が戻るのを待つだけという状態になったとき、改めて東海堂を見つめた。写真のとおりの青年だが、古ぼけた本を腕に抱えている。
 ここでなら、普通に話しても大丈夫、彼らが寄って来ることもない。訊ねてみる。
「失礼ですが、その本は?」
「これですか? これは……ずっと数学パズルの本だと思っていたんですが……見てみます?」
 東海堂はなんとも言えない表情で本を差し出す。柚品は差し出されたそれを受け取り、開いてみた。装丁は質素ながら、しっかりとしている。
「これは……」
 奇妙な図形が描かれていた。数字や見慣れない文字で構成され、それ以外にも何か書いてあるのだが、どうにも読めない。解読が必要な部類の本だとわかった。
「名もなき魔道書……と言うと胡散臭く聞こえてしまいますね。とある男の夢のなかに現れた悪魔が書かせたと言われているもので……それの写本です」
「写本……魔道書ですか……。お祖父さんの収集のひとつですか? ……オカルトに傾倒された方だと経理さんから」
 それを告げると、東海堂は複雑な表情で頷いた。
「そういうものが館にごろごろと。大抵は、魔道書としてはどうだろうとは思いますが、文献としては貴重なものだとは思います。ですが、妙な気配を放つ本も多くて……どう始末をしたものかと思っていますよ……」
 買い手がいたとしても売っていいものか……東海堂はため息をつく。確かに、あまりに危険なものや、人に害をもたらすものをばらまかれても困る。そのまま館で眠らせておいてほしいような気もする。
「あなたは、オカルトが苦手というような話も伺っているのですが……」
「ええ、どうあっても慣れません。慣れたくはありません。……ですが、もし、祖父が事の元凶であるのなら……事の元凶である気はしますが……できる限りのことはしなくてはならないのでしょうね」
 俯き、呟くように東海堂は言った。
「……」
 そうしていると、セレスティが戻って来た。続いて緋玻も戻って来る。
「みんな無事なのね。よかった」
 緋玻は安堵しているようではあるものの、どこか苦笑いともとれる笑みを浮かべていた。それに、心なし、疲れているようにも見える。もしかしたら、連絡を入れたときに彼らに気づかれ、追いかけられたのかもしれない。
「……もしかして、タイミング……悪かったですか?」
 訊ねると緋玻は首を横に振った。そして、答える。
「大丈夫。これで、依頼は果たされたわね」
 そう、あとは戻るだけ。階段の後ろの小部屋の魔法陣に足を踏み入れ、元の世界へ戻ればいい。だが、彼は……柚品は東海堂を見つめる。
「……。あ、あの、お願いがあるのですが……」
 東海堂のその言葉に緋玻とセレスティは行きかけた足を止める。
「聞けば、西園寺の依頼を受けて私を探しに来て下さったということで、そのことにはとても感謝をしております。ありがとうございます」
 東海堂は深々と頭を下げた。そして、続ける。
「ここがなんであるのか……私にも正確なことはわかりません。ただ、祖父の研究と密接な関わりがあるような気がして……あの町の人も、町を覆う霧も。もしかしたら……」
 東海堂は本を握る手に力を込める。
「あの町の時間は……停止しているかもしれない……」
「そうかもしれないわね」
 緋玻は否定せず、あっさりと頷いた。
「そうですね。時間の流れから取り残されているかもしれません」
 セレスティもあっさりと同意する。そう思える何かに遭遇したのかもしれない。
「信じられないかもしれないですが……って、信じられますか……?」
 こくりと頷くと、東海堂は少しだけ驚いた様子を見せた。
「私は自分で口にしていて信じられないのですが……でも、喜ぶべきなのかな……?」
 曖昧な表情で小首を傾げつつ、東海堂は呟く。
「ああ、それで、この名もなき魔道書に時間を停止させる魔法陣についてが載っているのですが、胡散臭くて信じられませんよね……って、そうでもなさそうですね……」
「つまり、その魔法陣が消えてなくなれば、霧は晴れ、町の時間は動きだす……と?」
 もはや胡散臭いも何もない。問うと、東海堂は頷いた。
「魔法陣に込められた魔力を解き放つには、発動させる力というものが必要になります。大抵の場合は、解き放とうとしている者の精神力で、発動させている間は、精神に負担がかかり続けることになります。普通の人間であれば、初歩の魔法陣であったとしてもせいぜい一時間が限界……」
「一時間?」
 緋玻は難しい表情で小首を傾げる。
「ここへ訪れてから既に一時間が経過していると思いますよ」
 柚品は言う。一度、町へ行き、それから館へと戻って、また町へ探しに出掛けた。一時間以上が経過しているはずだ。
「では、誰が発動させているのでしょうね。その言葉どおりであるのなら、普通の人間ではない……ということになりそうですが」
 セレスティの言葉にお互いの顔を見あわせる。
 普通の人間ではない……だとしたら?
「すごい人間でも二時間続けられるかどうか……」
 神妙な顔で東海堂は言う。すごい人間という例えは如何なものかとは思うが、とりあえず、優れた人間でもあまり続けられるものではないらしい。
「もしかしたら……」
 祖父……だろうか。十年近く前に行方不明になったという祖父は、実はこちらの世界で生きている……? 柚品は東海堂を見つめた。東海堂はこくりと頷く。
「私の祖父かもしれません。ですが、祖父だとしても……」
 その継続時間は理解できないらしく、東海堂は嘆くように首を横に振る。
「わかったわ。魔法陣と発動させている者を探す……というわけね」
「……探していただけますか?」
「ここまで来たら、最後までお付き合いさせていただきますよ」
 セレスティは東海堂に笑みを向ける。そして、意思を確認するように緋玻を見つめ、そして自分を見つめた。同意するが如く、こくりと頷く。
「ありがとうございます……!」
「問題は魔法陣がどこにあるかだけど……とりあえず、コンビニとガソリンスタンドにはなさそうね」
 緋玻はコンビニとガソリンスタンドを調べたのかもしれない。
「公園墓地にもそれらしいものは見当たらなかったです」
 墓地の方へは言っていないが、しかし、墓地にあるとは思えない。駐車場、管理事務所にもなさそうだった。
「そういったものは、人の目につかないような場所で準備を進める必要がありそうですね。見つかったら、邪魔をされそうですから。そうなると……」
 
 全員一致で廃校へと向かう。
 今は使われていない小学校。人は寄りつかず、そこそこの広さも確保できる。これ以上の場所はないのではないかと思える。
 木造二階建ての校舎の近くには何をするわけでもなく、ただ佇んでいるだけの彼らの姿を多く見かけた。が、やはり音以外には反応は鈍いらしく、わりと近くを横切っても、特に何もしてこない。
 立入禁止とばかりに板で窓や出入口といった場所は封鎖されているが、それでも誰かが外したのだろう隙間はあった。そこから暗い校舎へと足を踏み入れる。空気が異様に冷たく感じた。
「こういうところって、肝試しに乗り込んだりするわよね?」
「おあつらえ向きですよ。……さすがにここの灯は点かないようですね」
 廊下の壁にあったスイッチに触れながら柚品は答える。電気は通っていないらしい。
「やっぱり、人が入って来られないようなところに描くものよねぇ……?」
 祖父の館では隠してある部屋に魔法陣は描かれていた。だから、もし、正体が祖父だとすれば、隠された場所に描くと思われる。
「でしょうね。入って来られないような場所……」
 セレスティは瞼を閉じ、考える。
「それなら、時計塔が……ああ、塔というほどではないんですけど。この校舎は凸型をしているんですが、その上部に時計がついていまして。生徒は時計塔と呼んでいました。そう、時計塔には幽霊が出ると言われていましたねぇ……」
 どこか懐かしそうに東海堂は語る。
「ここの卒業生なの?」
「はい。私が卒業して間もなく廃校という運びになりましたが。そういえば、机にもよく落書きをしていたっけ。……」
 東海堂はそこではっとするとそのまま沈黙する。
「?」
「……あ、いいえ、なんでもありません。まずは時計塔の裏側に行ってみますか? ……こちらです」
 ぎしぎしと音をたてる廊下を歩き、これまた体重をかけると音をたてる階段を一段ずつあがり、三階にあたる部分へとやってくる。そこには木製の両開きの扉があり、把手の部分が鎖で封じられていた。錠前がついている。
「これは……」
 触れるとじゃらりと音がした。もちろん、錠前の鍵など持ってはいない。
「蝶番の方はかなり傷んでいますね。少し乱暴ですが……」
 扉を調べてみると、蝶番が傷んでいることがわかった。力を入れる場所を考えれば、簡単に開く……というより、外すことができるだろう。その位置を確かめたあと、柚品は扉に体当たりをした。把手の鎖はそのままに扉は外れ、静かな空間に大きな音をたて、倒れる。視界が霞むほどに埃が舞いあがり、反射的に口許を押さえた。
 それほど広くはない部屋には、時計を動かすための歯車や螺子といったものがあり、時計盤の裏側部分が伺える。その前の床には、魔法陣のようなものが描かれていた。その中心でもやのようなものが揺らいだかと思うと、一瞬にして人の姿を形成する。今にも消えそうで頼りない、妙に節々がぎこちない姿ではあるものの、女のそれだとはわかる。
『出して……出して……ここから……ここから出して……』
「あなたは……?」
『出して……出して……』
 一方的に訴えかけてくる声はそれだけを繰り返す。こちらからの問いかけには答えない。ただ、同じ言葉だけを繰り返す。
「意思の強さが、魔力の強さともいえます。それが生きていようと、死んでいようと」
 視線を伏せ、東海堂は言う。
「彼女が霧の源? 魔法陣の発動を促している正体?」
 こくりと東海堂は頷いた。
「縛られている彼女を解放すれば、霧は晴れ、町の時間も動きだすということですね」
 単純に考えればセレスティの言うとおりということになる。しかし、彼女を解放するのはいいが、魔法陣を発動させるほどの意思、思いの強さが気になった。痛みと苦しみだけを訴えかけてくる。あれは、怨念と呼べるものではないだろうか。何がどうなって、ここに縛られたのかはわからない。だが、その無念の思いは、もはや怨念と化し、怨霊に成り果てているような気がした。
「魔法陣の周囲に呪言らしい文字が刻まれた石がありますね……これが彼女を閉じ込める結界の役目をしているのかもしれませんが……どうします?」
 解放すれば、襲いかかってくる……おそらく。だが、このままにはしておけない。霧も確かに放っておけないのだが、思いを縛りつけるという行いに怒りをおぼえる。自分の心は既に決まっているが、二人の意見を聞いておきたかった。
「解き放つべきでしょうね。流れをせきとめれば淀みを作るだけ……せきとめてはならない流れもあるのです」
「そうかもしれないわね。……あなたは危ないから下がっていて」
 緋玻は東海堂を下がらせる。セレスティは下がった東海堂を庇うようにその前へと立った。そのあと、互いに顔を見あわせ、こくりと頷く。柚品が身構えたことを確認し、緋玻は魔法陣の周囲に置かれた拳くらいの石へと手を伸ばした。と、ばちりと衝撃がはしり、緋玻は反射的に手を戻す。それから改めて手を伸ばし、石をぐっと掴んだ。
 一瞬の閃光と衝撃。
 石は真っ二つに砕け、魔法陣に囚われていた白いものが周囲を巻き込む衝撃を放ちながら飛び出した。その衝撃で時計盤は外れ、天井、壁が大破する。そして、それは迷うことなく近くにいた柚品へと襲いかかる。
 思ったとおり、怨念と化した無念の思いをぶつけてきた。それを拳で受け取るように、突き出す。
 籠手と思いとが交差する。
 絶叫と衝撃。
 砕いたものは、魂ではなく、無念の思い。白いものは霧散し、代わりにぽわんぽわんと小さな光の球体が漂う。それが一点に集約したかと思うと穏やかな表情の女を一瞬だけ、映す。
 ……そして、消えた。
 
 霧が晴れたあと、館へと戻る。
 彼らはやはり同じように佇んでいたが、その様子は少し変わっているように思えた。
「屍操術というのは、ご存じですか?」
 東海堂に訊ねてみる。
「……それも、祖父の研究ですね。よくはわかりませんが……何かの植物の葉から作られる薬のようです。それを人に与えると仮死状態に。目を覚ましたあとは、虚ろ。簡単な命令なら、理解できるようですね……」
 視線を伏せながら東海堂は答えた。
「それは……」
「そうですね。それに似た話がありますよね……ただ、時間が過ぎれば薬効は消えていく。時間を止められてはどうにもならない。どちらの研究も祖父のもの……」
 そう言い、東海堂は町の方へと振り返る。
「祖父は……この世界で……いえ、なんでもありません」
 それも気になるところだった。祖父は、行方不明。こちらへ訪れ、今回のことを起こしたとみていいだろう。だが、町にも館にも祖父の姿はない。亡くなったのか、それとも他の場所で……。
「とにかく、今は戻りましょう。待っている人もいるわけですし」
「……そうですね。ちょっと怖くて帰りたくない気もしますが……あの人、にこやかに怒るから」
 経理の男のことを言っているのだろう。東海堂は苦笑いを浮かべた。
 
 依頼は無事に解決。翌日、少し気になることがあり、祖父の館を整理しているという東海堂を訊ねた。町はなんだか妙にざわついているように思えたが、そのまま通りすぎ、館へと向かう。
「こんにちは」
「ああ、昨日はどうも。こんなところまで、どうしたんですか?」
「ひとりでは大変でしょう? 少し、時間があるのでお手伝いをしようかと」
 それは本当の気持ちではあるが、下心がないわけではない。簡単にしか見て回っていないが、なかなかに変わった骨董類があった。それらが辿ってきた歴史に興味があるし、あまりにも危険なものがあったら……処分の仕方について助言もしておきたい。……世の中の平穏のために。
「それは助かります。……誰も手伝ってくれなくて」
 手伝ってくれてもすぐに帰ってしまうんですと東海堂は嘆く。
「そ、そうですか……」
 普通、あまりこの館へは訪れたくはないだろう……。
「それから、あなたのお父さんのことなんですが……」
 このことを告げることが一番の目的だった。
「あなたのことを気にしていましたよ。いろいろ複雑な思いはあるでしょうが……」
「そうですか……ありがとうございます。父の生活を邪魔してはいけないかなと顔を出さずにいたのですが……」
 近いうちに会いに行ってみようかなと東海堂はやんわりと笑った。……これでいい。今回の件については完全に果たしたかなと息をつく。
「ところで、町の方で何かあったんですか?」
「それが……昨日の夜に落雷で廃校の時計塔が大破したそうです」
「廃校の時計塔……」
 あちら側の時計塔は、確かに大破していた。こちら側の時計塔も大破している……。
「偶然とはいえ、すごいですね」
「……そうですね」
 そう……ですね、偶然……偶然なのか、これは?
 ふたつの世界は互いに微妙に干渉しあい、影響を与えあっているのだとしたら……いや、そうだとしても、わかりようがない。
「どれから手伝いましょうか?」
 柚品は小さく息をつく。そして、そう言った。

 −完−
 

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1883/セレスティ・カーニンガム(せれすてぃ・かーにんがむ)/男/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い】
【2240/田中・緋玻(たなか・あけは)/女/900歳/翻訳家】
【1582/柚品・弧月(ゆしな・こげつ)/男/22歳/大学生】

(以上、受注順)

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■         ライター通信          ■
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後編に参加してくださってありがとうございます。
納品が大幅に遅れてしまい、申し訳ありません。
今後はこのようなことがないように気をつけます。

相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。口調ちがうよ、こういうとき、こう行動するよ等がありましたら、遠慮なく仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。

こんにちは、柚品さま。
納品が大幅に遅れてしまってすみません。柚品さまにはもうひとつ謝らなければならないことが。名前、大変失礼なことをしてしまって申し訳ありません!
以降、このようなことはないように気をつけたいと思います。
本当にいろいろとすみませんでした。

願わくば、この事件が思い出の1ページとなりますように。