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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


未来の本

●未来を記す
 アトラス編集部には仕事柄、様々な種類の書籍が全国から寄せられてくる。
 今、一冊の本が三下・忠雄の机の上にあった。この本も昨日、資料素材として届けられた郵便物の中に混じっていたものだ。

 本の表紙にはこう記されている。
「未来の本」
 えんじ色の布が貼られ、丁寧にも黄金の金具で装飾された豪勢な本だ。分厚い表紙をめくると……白紙の頁が開かれる。全部白紙だ。どんどんめくっていっても文字も挿し絵も透かしすらみつけられない。
「なんだ、何にもないのか」
 いたずら半分で忠雄は本に落書きをした。
ー 4月×日。今日は編集長がケーキを買ってきて、全部僕にくれた。とても美味かった ー
「なんて、ありえない話だけど……」
「おはよう! 原稿はかどってる?」
 突然、ポンと忠雄の肩を碇・麗香が叩いた。びくりと肩をすくませて、忠雄は恐る恐る振り返る。
「……なによ、そんなに脅えちゃって。ほら、いいもの買ってきてあげたわよ」
 そう言い、麗香は机の上にケーキの箱を置いた。
「……へ?」
「いつも頑張ってるご褒美というか……何となく、ね」
「ああの……もしかして全部食べていいんですか?」
「もちろんよ。その分、いい原稿が仕上がるのを楽しみにしてるから、頑張りなさいよ」
 優雅な動きで席に戻る麗香の後ろ姿を眺めつつ、忠雄はぽつりと呟いた。
「……奇跡だ……」
 ふと、手元の本に目をやると、先程書いた文が淡い光の粉となって消えていくのが見えた。
「……神様が不幸な僕にようやく奇跡をくれたんだっ!」
 早速忠雄は再びペンをとり、本に思いのたけをつづりはじめるのだった。

●秘密の本
「三下……なーに、にやにやしてるのかなぁ?」
 聞き覚えのある可愛らしい声に、忠雄はビクリと身体をこわばらせた。
「……や、やあ……」
 平静を装い、ぎこちなく振り返る忠雄に、海原・みあお(うみばら・ー)は素早く忠雄が持っていた本をかすめ取った。
「あれ? この本何にも書いてないね……」
 ぱらぱらとめくるも、本はすべて白紙だ。らくがき帳やメモ帳にしては……表紙の装丁が豪華でしっかりとしている。
「うん、その本……自分で内容を書く本なんだよ」
「ふーん、じゃあ日記帳なんだね♪ これから三下の日記がつづられるのかな」
「えーっと……」
 なんとなく黙っていられる雰囲気ではなかったため、忠雄は正直に本の正体を告白した。話の内容を聞いて、みあおはぱっと瞳を輝かせる。
「よかったじゃない、三下! きっと今まで頑張ってきたご褒美にもらえたんだよっ。で……何か書いてみたの?」
 興味しんしんといった様子で見つめるみあおに、忠雄は返答に困り瞳を泳がせた。
 その時、背後から忠雄を呼ぶ声があがり、これ幸いにと忠雄は素早く声の主の元へと急ぐのだった。
 
●本の効果
「なかなか面白い書物を手に入れたそうですね」
 にこやかな笑顔の田中・裕介(たなか・ゆうすけ)とは対称に、忠雄は顔面蒼白でくるりときびすを返す。がしっと首元をつかみあげ、裕介はあくまでも紳士的な態度のまま、忠雄から本を受け取った。
「ふむ……ひとつ書かせてもらいましょう」
 言うが早いか、裕介は見事なペンさばきで最初の頁に文字を記していく。
「4月○日。今日、アトラスに訪れている女性陣は何となく気分転換したいから……とメイド服に着替えたがる……と」
「って、ちょ……ちょっと何書いてるんですか!」
 あわてて忠雄が取りかえすも、時すでに遅し。頁にはくっきりと文字が書かれてしまっていた。異変がないか辺りを見回すも、まだ何も起こらないようだ……
 ほっと安堵の息をもらす忠雄。だが、裕介は眉をひそめて文句を呟いた。
「……変わらないですね……」
「きっと僕が書かないと駄目なんですよ」
「……では、同じように書き写しなさい」
 にっこりと笑顔を見せて裕介は静かに告げた。有無を言わさぬオーラに必死に耐えながら、忠雄はゆっくりと数歩づつ後ずさる。
 とん、と後ろから駆けてきたみあおとぶつかり、2人はバランスを崩してその場にもつれ込むように倒れた。
「うわぁっ!」
「きゃあっ!」
 たまたま近くにあった机の書類とバインダーを巻き込み、編集部内に物が落ちる音が激しくあがった。
「もー……三下、後ろをちゃんと見てよぉ!」
「ご、ごめん……」
 ふと、手元から本が消えているのに気付き、忠雄はあわてて書類の山をかき分けた。だが、そこに本の姿は見当たらなかった。
「……ど、どうしよう……」
「三下、顔が真っ青だよ? 頭でも打ったの?」
 ハンカチを懐から取り出し、みあおはそっと忠雄の額に流れる汗を拭いてあげた。
「あ……だ、だいじょぶ……それよりも……」
「それより?」
「さっきの本、なくしちゃったみたいだ……」
 数分の沈黙の後、忠雄は引きつり笑いをしながら、ちいさく呟いた。
 
●落としものと届け主
「なにやら元気ですね」
 派手な物音に顔をあげ、セレスティ・カーニンガムはそっと目を細めた。
 ひとつ息を吐き出し、眉をひそめて見つめる麗香にセレスティは諭すように告げた。
「そんなに心配しなくても、大丈夫ですよ」
「さ、三下くんの心配なんてしてないわよっ。ただ、もうちょっと社会人として落ち着いて欲しいなと思っていただけよ……」
 視線をそらし、ぼそぼそと麗香は呟いた。
 話題を変えようとせき払いをひとつし、麗香は机からバインダーを取り出し、その中に挟まれていた書類を数枚セレスティに手渡した。
「これらが先程言っていた取材に関する書類の契約書です。一通り目を通してそれぞれの担当の方に調印したもらった上で、私の所に持って来てくださいね」
「了解しました。では、今度の水曜日までにはお持ち致します」
「……よろしくお願いします」
 麗香はさりげなく車いすを押してやり、入り口まで案内していった。
 扉を開けようとノブに手を伸ばした瞬間、扉はかちゃりと音を立てて開き、弓槻・蒲公英(ゆづき・たんぽぽ)が編集部に入ってきた。
「あ……っ、ご、ごめんなさい……」
 蒲公英は邪魔にならないようにと扉の影へと身を引いた。が、セレスティは蒲公英に部屋の中へ入るように導いた。彼女の手にある本を見付け、麗香が小さく声をあげる。
「あら……それ……」
「あ、この本……、先程お空から降ってきたんです。三下様のお名前が載っていたので届けに来ました」
 蒲公英の言う通り、表紙の隅に小さく「三下忠雄」と名が書かれていた。インクが乾ききる前に触ってしまったのだろうか、ところどころ文字がかすれてしまっている。
「三下君たら……なくさないなんて言っていた矢先に落としているのね。有難う、彼に渡しておくわ」
「その本、少し私にも拝見させて頂けますか?」
 横からセレスティに言われ、蒲公英から受け取った本を麗香はそのまま彼に手渡した。
「ふむ……」
「どうかしましたか?」
 きょとんと首をかしげて、蒲公英もセレスティと共に表紙を覗き込んだ。気のせいだろうか、セレスティが手にとった瞬間、本は淡い水色の輝きを解き放ったような気がした。
「この本には希望が封じられているようですね……」
「希望?」
「人々の願望を満たすための未来、といったほうが適切かもしれません」
 薄く瞳をあけて、セレスティは静かにほほ笑んだ。本を撫でる様はあまりにも自然で、まるで身体の一部かのような錯覚まで感じられた。
「あっ、そ……それ!」
 ようやく書類の山から脱出した忠雄が服を乱したままの姿で大声をあげて叫んだ。一気に駆け寄り、セレスティから素早く本を受け取った。
「な、中身みてないですよね……?」
「何か、書いてあるのですか?」
「ええと……それは……って、あれ……名前が消えてる?」
 何時の間にか表紙に書かれていた忠雄の名前が消えていた。表紙を開いて最初の頁をめくると……先程書き込まれていた文字が、うっすらと光を放ち消えていく瞬間を彼らは見届けた。
「文字が消え、た?」
 恐る恐る忠雄は編集部内を見渡した。と、何時の間にかメイドの衣装に着替えているみあおの姿と、着替えの手伝いをしている裕介の姿があった。

●願いの有限性
「えーっと、そこでなにを……?」
 恐る恐る問いかける忠雄。それとは対照的にみあおはにっこりとほほ笑んで返事をかえした。
「え♪ 可愛い衣装があるって裕介がいうもんだから着てみたの♪ 似合う?」
 スカートの裾を持ち上げ、みあおはくるりと一回転した。フリルがたくさんついたエプロンと背に大きなリボンのついたスカートが実に愛らしい。
「そこのお2人の分もあるので着てみませんか?」
 にっこりと裕介は爽やかな笑みを見せた。
 忠雄は素早くペンを蒲公英に握らせ、真っ白な頁を突きだした。
「は、はやくここに何か書いて!」
「何かと言われましても……」
「いいから! やってみたいこととか欲しいと思ってるものとか、何でも良いから!」
 では……と蒲公英は丁寧な文字で本に言葉を書き記す。
「……んと……『とーさまと遊びにいきたい』っと……」
 今度は淡い桃色の放ち、記された文字は光の粒となって消えていった。それと同時に、何かがその場にいた人達の眼前で弾けとんだように感じられた。
「……あ、あれ。今なにを言おうとしたのかしら……」
 言い出しかけてた言葉を不意に忘れ、麗香は不思議そうに首をかしげる。
「ま、まにあった……」
 へなへなと崩れ落ちる忠雄。きょとんとしている蒲公英に忠雄は有難う、と礼を告げる。
「もしかして、何か新しく書き込まれたら前の内容は失効されるのでしょうか?」
「……みたいです……あんまり自信なかったんですが、これで確証しました」
「ということは……やはり、有限の願いかもしれませんね……」
 ふむ……と考え込み、セレスティはふと本の異変に気が付いた。よくよく見ると先程より、頁の量が少なくなっている。どうやら何か願いを叶えるたびに本の頁が無くなっているようだ。頁の切れ端やカスが落ちていったようにも見えなったことから、文字が消えると同様に掻き消えてしまっているのだろう。
「あと……46枚……1回に何枚使われるかが問題でしょうか」
「使われるって?」
「この本の頁は残り回数の量を表しているのですよ。どのような法則で消費されているのかまでは分かりませんが、そんなに残ってはいないみたいですね」
 頁の量が変わろうとも、分厚い表紙の背幅は変わっていない。そこから判断するに、もうすでに願いの半分は使用されている。
「三下君、今までどれ位の願いをここに書き込みましたか?」
「ええと……麗香さんにラーメンおごってもらったり……駅でお財布を拾ったり……5回ぐらいかな」
「……なんか勿体ない願いの使い方ですね」
 蒲公英も困った笑顔を浮かべながら肩をすくめて言った。
「そうですか? 僕にとっては生まれて初めの大事件ばかりだったんですが……」
 しょんぼりと表情を暗くさせる忠雄。同情をぬぐえず2人はそっと忠雄の肩を優しく叩いてやった。
「……苦労してるんですね……」
「……ま、まあ……」
「……ですが、せめて残りはもう少し欲深く書いてもいいと思いますよ。この際、ね」

□紅茶と本
 もう少し本のことを調べさせて欲しいと言うセレスティの願いを承諾して、忠雄は一時の間、本を彼に預けることにした。
 家に持ち帰ったセレスティは早速本の解析に取りかかった。
「まずは……」
と、早速ペンを取り、流暢(りゅうちょう)な筆遣いで頁の上を走らせていった。
 しばらくして扉をノックする音が聞こえた。セレスティが返事をすると、女中が食器カートをひいて部屋に入ってくる。
「お休みの所失礼致します。今日、とても美味しいお茶が届きましたので淹れてまいりました」
 にこりと微笑み、セレスティは女中に礼を告げる。少し照れながらも女中は丁寧に紅茶をカップにそそぎ、セレスティの傍らの机にことりと差し出した。
「いい香りです……この独特の香りは……ラプサンスーチョンですね」
「はい、そうです……さすがセレスティ様、香りだけで分かるなんてすごいです……」
「あなたも紅茶をたくさん飲まれれば、すぐに分かるようになりますよ」
 にこりとほほ笑むセレスティの笑顔につられ、女中は思わず頬を高揚させた。はっとすぐさま我に返ると、女中は小走りに扉の外へと駆けていった。
 軽く息を吐き出し、改めて本へ視線を移すと。文字は何時の間にか消えており、3ページ程無くなっていた。
「なるほど……願いの大きさによって、消費量が変わってくるのですね」
 残念ながらセレスティの力では、この本に宿る力の全てを特定することは出来なかった。だが、持ち主の操作が容易に行えたということは……この本は単に一定の力以上を持つ人物に反応しているだけなのかもしれない。
「あと数回……下手すると1回しかかなえてくれないと三下君が知ったら……ショックを受けるでしょうね」
 残りの枚数を確認しつつ、セレスティはぱらぱらと真っ白な頁をめくっていった。

●最後の一枚
「これで最後……か……」
 もう残りわずかしか残らない頁をゆっくり開き、忠雄はひとつため息を吐いた。
 結局、日頃の貧弱な生活が仇となり、大きな願いなど考えることすら出来なかった。だが、忠雄はまだ知らなかった。逆に大きすぎる願いはかなうことすらなく、頁が消費するだけだったのだということを……その証拠に裕介が「編集部全員の女性の心を動かす」願いを書いていたが、思う通りに発動せずに頁だけが消費されていたのだ。本を調査していたセレスティはこのことに気付いていたが、それを忠雄に助言することはしなかった。
「したところで、別に変わりようがないでしょうからね」
 所詮、忠雄はなにがあろうとも忠雄ということだ。
「案外と早い消費でしたね。これなら処分する必要もない」
「そだ、蒲公英ちゃん。最後は君にあげるよ」
「え……?」
 愛らしい赤い瞳を丸くさせ、きょとんとした表情をみせる蒲公英に忠雄はそっと本を差し出した。
「この本を拾ってくれたお礼、まだしっかりと僕からしてなかったからね」
「……そ、それじゃあ……」
 そっとペンをとり、蒲公英は白い頁に文字を書こうとした。
 ぱちん。
 シャボン玉が弾けるような音を立てて、本は泡のように掻ききえた。
「えっ!?」
 またどこかに落ちたのでは、と忠雄は必死に床を漁りはじめる。
「ご、ごめん蒲公英ちゃん! 今探すから!」
「あの……もういいですよ……」
「いいって……良くないよ。僕からお礼をさせて」
「いいえ、ですからお礼は……昨日たっぷりさせて頂きましたから……」
 顔をほころばせて蒲公英はぽつりと言う。
「どしたの? すごい楽しそう」
「ええ、とても良い思い出を有難うございました」
「よぉし。みんなー、この嬉しさ一杯の蒲公英にあやかって、皆で写真撮影しよー!」
 みあおの元気な声が編集部内に響き渡る。
「撮影するなら衣装を整えたほうが、ぐっと映えますよ」
裕介は楽しげに大きな鞄を叩きながらいう。あの鞄の中には一体どれほどの衣装がしまってあるのだろう。
「よーっし、それじゃ皆とるよー♪ あ、セレスティ、もうちょっと皆のほうへ寄ってーっ」
 
「よっし、いくよ♪ ハイ、チーズ♪」

おわり
 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/     PC名    /性別/ 年齢/ 職業】
 1098/  田中 ・  裕介  /男性/ 18/孤児院のお手伝い兼
                         何でも屋
 1415/  海原 ・  みあお /女性/ 13/小学生
 1883/セレスティ・カーニンガム/男性/725/財閥総帥
                          占い師・水霊使い
 1992/  弓槻 ・  蒲公英 /女性/ 7 /小学生
 
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■         ライター通信          ■
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 大変お待たせ致しました。
 「未来の本」をお届けします。
 
 なにやらお互いの意志の疎通があったような行動内容が多く、これもある意味、奇跡のなせる技なのかと驚いている人間がここにひとりいたり。
 世の中ってやはり不思議に満ち溢れていますね。
 
・カーニンガム様:ご参加有り難うございました。能力の属性的に本の全ての解析は無理と判断させていただきました。ご了承ください。それでもしっかりとした紳士として冷静に三下君に説明できるのはカーニンガム様の特技みたいなものな気がします。

 人と言う命が有限な限り、願いも有限となるのかもしれません。
 三下ほどではありませんが、大切に使いたいものですね。
 
 それではまた別の物語にてお会いしましょう。
 
 文章担当:谷口舞