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これもまた日常の話
………………あまり無い方が良い事ではあるがそれでも無くならない事はある。
必要悪とでも言うべきか。
それが私の、製薬会社研究員…ではないもうひとつの仕事。
………………伊達眼鏡を外さなければならないような事は、極力無い方が良いのだが。
ケーナズ・ルクセンブルクのそんな思いは、通じない事もままあるもので。
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詳しい事は言えないが、何処ぞのテロリスト集団が遊園地に爆弾を仕掛けたと予告して来たと言う話。
休日、ケーナズが自宅で寛いでいた時に急に入って来た仕事。…まぁ、こんな仕事はいつも急な話とも言えるのだが。
場所が遊園地、そして休日である以上、人の出も多い筈。
犯人の思惑が知れる。
テロリストがいつも思う事。
…不特定多数の一般人を巻き込み、なるべく大騒ぎにしようとする事。
そして自分たちの名を売ろうと。
ならば騒ぎは起こさないでやろう。
誰一人、一般人を巻き込まずに。
――…『今、ここでは何事も起きてはいない』。
それで済ませてやろう。
…犯人の思惑通りになどさせてなるものか。
その為に、私が今ここに居る。
ケーナズは件の遊園地に訪れていた。
彼を呼んだ依頼主の方では、遊園地に遊びに来ている客人をそれとなく、不自然では無いような方法で避難させている真っ最中のよう。
まだ、爆弾だと言う騒ぎになってもいない。
あくまで秘密裏に片を付けようと言う魂胆らしい。
…その方が都合が良いが、な。
今のケーナズの顔には、普段は掛けている筈の伊達眼鏡が、無い。
その意味を知る者は、今のところ、ここには誰も居ないだろう。
爆弾、となれば。
速やかに見付け出すには他に手が無い。
…私ひとりでは人海戦術と言うのは無理だしな。
故に、ケーナズは『リミッター』を外す事にしている。
手段を選んでいる暇は無い。
物が爆弾となれば、時間との戦いだ。
…ケーナズは密やかに遊園地全域へと意識を移す。爆弾。爆発させようと言う意志の源、その道具。それを設置した相手の意志。通りすがりの人の記憶。その相手を見掛けていないか。客は…人は何処に多く居る。犯人は何処に動いた。置かれた爆弾の形。爆発した場合の規模はどの程度。
持ち得た特殊能力を使い、すべてを見通そうと試みる。
…その間、ものの数分。
見付けた
途端、遊園地内で密かに動いていた人員すべての頭の中に響いたのはケーナズの声。
爆弾が見付かったとの報告。
それも、何処にあったか、詳細に伝えられている。
…とあるアトラクションの中。人の座る為の椅子の近く。その物影。特に爆弾処理班の人員に対しては、ケーナズの『視』ている爆弾のその映像さえも直接頭の中に送り込まれていた。…専門家であるなら状況が即座にわかるよう。
ケーナズから『直接の連絡』を受けた人員は、各自それぞれの仕事の為に動き出した。特に現場と近い場所から人々を避難させる事、爆弾があった場所を封鎖する事、処理に当たる為の者は直接その場に向かい。
…ケーナズは爆弾の位置、その近くの――ちょうど、一般の客からは目には入らないだろう位置に一足先に瞬間移動している。能力ででは無く自分の目で爆弾を確認、間違いない。
その暫し後、一番現場の近くに居たと思しき爆弾処理班の人員が漸くケーナズの元に駆けて来る。
「ありましたか!」
「…ああ。これひとつだけのようだ。爆発すればかなりな威力ではありそうだが…それ程難しい造りのものではないようだ。…後はお任せしますよ」
「勿論です。了解しました」
答えるなりその人員は改めて他に連絡を入れつつ、てきぱきと動き出す。
少し遅れて、同じ制服を着た他の人員も数名こちらに駆けて来た。
ケーナズは彼らとも静かに頷き合う。
そして。
改めて、『視』ておいた情報を思い起こす。
残留思念。
犯人の姿。
その名前。
潜伏先は。
…考え合わせ、ケーナズはひとつの場所を見出す。
次の瞬間、ケーナズの姿はその場から掻き消えるよう居なくなっていた。そう、文字通り掻き消えている。…それは瞬間移動をした結果。
爆弾処理班の人員はそれすらも特に気にする事は無い。
………………何故なら、『彼』が乗り出して来るならばそれはいつもの事でもあるからで。
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…畳の上、何事も無かったようにのうのうと寛いでいる姿が『視』える。安アパートの一階。視えた男。爆弾を仕掛けていた男と同一人物。部屋の中には違法改造の無線やら何やら機材が置いてある。わかり易い。
どうやらこのテロリスト集団のアジトのひとつのようだ。
他に仲間は今は居ないか。
…さて。
この犯人だけを捕まえると言うのも、どうも蜥蜴の尻尾切りのようでもあるが…末端で動く者が悉く捕まるとなればある程度静かにもなるだろう。
…それ以上は今の私の仕事では無い。
程無く、私の依頼主に連なる誰かがここに踏み込んで証拠を固めに来るだろう。
後はそちらに任せれば良い話。
それで、『次』も未然に防ぐ事が出来る。
無関係な者さえも巻き込もうとするなど、許されるべきでは無い。
無論、犯人に容赦するつもりなど微塵も無い。
思い、ケーナズはその狭い室内に踏み込んだ。
扉も開けずに、直接中へ。
…安アパートの室内。畳の上。ぎょっとして立ち上がろうとする男の姿。だが、立てない。状況がわかっていない。突如何も無い筈の中空から現れたドイツ人の美丈夫。金色の長髪を靡かせた何処か貴族的なその風貌に上等なスーツを纏った姿は正直現実感さえ乏しいだろう。
何事が起きたのかわかっていないだろうその相手を、ケーナズはあっさりと拘束した。両腕の自由を奪い、後ろ手に押さえ込む。
そしてその背後、静かに語り掛けた。
「…遊園地に爆弾を仕掛けたと予告をして来たのは、キミだな」
声を掛けられても変わらない。
何も答えは返らない。
ただ、ひどく冷たい声が男の耳に入っているだろう。
何の反応も無かったのは、生きた心地などしなかったからでは無いか。
…それも、当然か。
そう簡単に見付かりはしないだろうと思っていたところに瞬間移動で直接踏み込んで来た相手。
予告を入れてから殆ど時間も経ってはいない。
更に言えば、自分を捕まえた相手が――この私だものな。
爆弾を仕掛けた犯人は、私と言う『普通では考えられない存在』に呑まれて、動く事すら出来ない様子。
私の仕事がいつも楽に済むのは、それもまた理由としてある。
私が能力をフルに使っているこの状況で、抵抗してくるような骨のある相手は…なかなか居ない。
…それこそ、自分たちも真っ当でない力を行使する者でも無い限りは。
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…拘束した相手を依頼主にあっさりと引き渡し、大して時間も掛からぬ内に帰宅したケーナズは静かに居間のソファに沈み込む。ポケットから取り出したのは外していた伊達眼鏡。自らの意志をこれの存在に懸け、意識的に能力のリミッターとして扱っている小道具。別に何かこの眼鏡自体に力がある訳でも無い。即ち本来は無くとも別にどうと言う事は無いものではある。が、やはり普段はこれを掛けている方が良い。…切り換えは大切だ。
ケーナズは取り出した眼鏡を静かに掛け直す。
指先で押し上げ、整えた。
終始、無言。
さて。
一段落着いたところで、ワインでも飲もうか。
ケーナズは自室のワインセラーへと意識を向ける。
…その時にはもう、普段通りの顔で。
これから何をしようか思索している紳士の姿がそこにある。
それだけで。
別に何も、変わりはしない。
…そう、これもまた、日常の話。
【了】
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