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エイプリルフールの嘘
春の雨はまだまだ冷たくて、水を含んだコートは重く両肩にのしかかっている。
だが、傘もささずに彼女はその場所に佇んでいた。
些細な嘘が招いた事故であったが、出水幸子(いずみ・さちこ)はそれでも自分を責めずにはいられなかった。
「明日、どうしても貴方に言いたいことがあるの。もし、その日、その時間を守ってもらえなかったその時は……」
彼にそう言ったのは、数年前の4月1日。
言いたいことがあるのは本当だった。
ただ、それは別にその日、その時間でなくてはいけない事ではなかった―――それが、幸子のついた些細な嘘だったのだが、彼は約束を守ろうとして急いで待ち合わせの場所へ来る途中、事故に遭って帰らぬ人となった。
そして、もうすぐあれから何度目かの春がやって来る。
あれから幸子もいくつかの時を重ねたが、彼以上に心引かれる人には出会っていなかった。
そう、少なくとも1週間前までは。
「ねぇ、あたし好きになっても良いのかなぁ……」
幸子はそう墓前に問いかけた。
そう、彼女は悩んでいた。
自分にまた人を好きになる資格があるのかを……好きな人を殺してしまった自分に―――
「とまぁ、よくある話しだけどな」
そう言いながら草間武彦はケースの中の指輪を取り出した。
「毎年、約束の日に彼が彼女を訪ねて来るらしい」
そして、どれだけ手放してもその指輪は彼女の元に返って来てしまうらしい。
「いや、彼女としてもその指輪を手放したいわけじゃないらしいんだけどな」
ま、力になってやってくれよ……と、怪奇めいた話であると言うのに愚痴るわけでもなく草間はそうにこやかに言った。
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「草間さんの鬼!」
丈峯楓香(たけみねふうか)は、依頼内容をにこやかに話す草間に向かってそう言った。
口には出さないものの、夕乃瀬慧那(ゆのせけいな)も、
「よくある話なんて言っちゃあいけません! ご本人にとっては一生に一度の問題になっているんですから」
と、海原みなも(うなばらみなも)も同様に草間を見ている。
「なんだお前ら……揃いも揃ってそんな非難がましい目でみるなよ」
そう言って草間が机の引出しから取り出した煙草をシュラインは箱ごと取り上げた。
「当たり前でしょ、武彦さん。もう、何で笑顔なのよ」
切ないわよねぇ……というシュライン・エマ(しゅらいん・えま)の言葉に初瀬蒼華(はせ・しょうこ)が大きく頷く。
どうも旗色が悪いので草間は助けを求めるように現在事務所に居る面々の中で唯一の同性である真名神慶悟(まながみ・けいご)を見たのだが、慶悟の方といえばとばっちりを恐れているのか我関せずとばかりに、草間のその視線を敢えて無視していた。
今回の依頼で重要なのはまず、『戻って来る指輪』『幸子の元を訪れる彼の霊』と、シュラインは要点を書き出した。
きっと指輪が戻って来るのは彼の想いが1番こもっている品物だから。
そして、彼が毎年彼女の元を訪れるのは彼女との約束を果たせなかったと言う悔恨が彼を現世に繋ぎとめているからだろう。
まだ15年しか生きていなくて恋愛とかそう言うのはゼロだから生意気かもしれないけど―――といつも元気印の楓香も殊勝な口調で、
「新しい彼氏が出来たのは仕方のないことじゃない。死んじゃった彼氏さんは本当にお気の毒だと思うけど……亡くなった彼氏さんは毎年現れるくらい幸子さんのこと思ってるんだよね」
と言った。
「カレは恨んでやってるんじゃないと思うな。まだ、幸子サンのことがスキなんだと思うの。んと……だから、その指輪を幸子サンが受け入れてくれたらカレも満足出来ると思うんだけどな」
蒼華は小さく首を傾げて同意を求めるように一同の顔を見まわした。
「あたしは、まだ助言みたいなことはしにくいですけど、幸子さんはどうしたいんでしょう?人の心って結局どんなに悩んでも本人にしかどうにかできないものだと思うんです」
みなもの言うとおり、全てを解決させる鍵はすべて彼女―――幸子の中にあるのだ。草間の話だけでは彼女自身がどうしたいのか全く見えてこない。
幸子は一体、この調査依頼に何を求めているのか。
亡くなった彼を救うことなのか、それとも―――
「とにかく、1度本人に直接お話を聞きたいんだけど、武彦さん」
「これが連絡先だ」
そう言って草間はシュラインに彼女の連絡先を渡した。
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休日の午後。
溜め込んでいた洗濯も先延ばしにしていた掃除も全てを終わらせてしまった出水幸子(いずみ・さちこ)はただぼんやりとしていた。
今年も幸子にとって憂鬱な季節がやって来た。
正確には憂鬱というのとも微妙に異なっているのかもしれない、ただ、判っているのはまた彼を失った世界を改めて感じる日が来た―――幸子がそれを思い出すだけだ。
自分の犯した罪を再認識させられる、それがただ怖いだけなのかもしれない。
この時期になると幸子はいろいろな事を後悔する。
例えば、ほんの些細なことから始まり……そして最終的にはいつも彼についたあの嘘を思い出す。
―――後悔なんていくらしたところで、してしまったことが取り返しがつかない事はいやというほど知っているくせに。
そして、今、後悔しているのは興信所にあんな依頼をしてしまったことだった。
時計を見るといつのまにか短針が長針を追いぬいてほぼ真横になろうとしている時間だった。
興信所の調査員の人と会う約束をしていたのは今日の15時だ。
慌てて幸子は自宅を出て草間興信所へ向かった。
「すいません、遅れてしまって……」
結局幸子が草間興信所へ着いたのは約束の時間を30分ほど過ぎてからだった。
やっぱり、出る前に電話すれば良かったのに―――そう、また後悔している自分に気付き、幸子は小さく溜息を漏らした。
「どうぞ」
そう言ってセーラー服を着た少女がコーヒーを幸子の前に置いてくれた。
「ありがとうございます」
そういうと、小さく頭を下げた少女も席についた。
席についたのはその少女も含めた6人。
青い瞳に黒い髪の理知的な雰囲気の女性と、その女性よりはいくらか年下だろうか大学生くらいの女性と制服を着た高校生の2人の少女、そして夜の仕事風な男性が1人が同席していた。
それぞれ、主にこの興信所の事務員を兼ねている調査員のシュライン・エマと名乗った女性がそれぞれを調査員ということで紹介してくれた。
大学生の初瀬蒼華さん、高校生の丈峯楓香さん、夕乃瀬慧那さん、中学生の海原みなもさん、陰陽師の真名神慶悟さん。
「調査員って学生さんもいらっしゃるんですね」
少し、緊張気味に幸子はそう尋ねた。
「えぇ。ここはちょっと普通の興信所とは異なった依頼も多いので」
そうシュラインが答えた。
「なんだかこんな大勢の方に調査していただくほど大事ではないのかもしれないんですけれど……」
幸子はすっかり恐縮してしまった様子で小さく俯いた。
そして、彼、酒井光春(さかい・みつはる)の事について語りだした。
私と光春とは学生の頃から数えてもう5年目。お互い、なんとなくこの人と一緒になるんだろうという、そんな付き合いだった。
些細な喧嘩もしたが、それは本当に些細な諍いでしかなくて、基本的に2人の間の日々は穏やかに過ぎていた。
その頃の私は、仕事にも慣れて少し責任のある仕事も任されるようになっていたので、光春との結婚を具体的に進めるには何かの切っ掛けがないとまだ踏み切れない……そんな風に考えていた。
その切っ掛けはある日突然やって来た。
「俺、今度の異動で地方の支店に転勤することになった」
「え……、どれくらいの期間なの?」
「早くて3年から4年……」
戻ってくれば昇進が決まっている栄転だと、光春は続けた。
そして、
「ついて来てくれないか?」
と―――
その時の私は話が急過ぎてすぐには答えられなかった。
そして、その日はやって来てしまった。
あの日私は、彼に返事をするつもりで留守番電話にメッセージを残しておいた。
―――明日どうしても返事をしたい。だから、必ずその時間に来て欲しい。それが守れなかった時は貴方についていく事は出来ない……と。
幸子の中で、返事は決まっていた。
仕事と彼を秤に掛けることは出来なかった。
「だって、私だってなにか切っ掛けを探していたから」
ただ、ふとその日にエイプリルフールだという話を会社の同僚としていたことを思い出して、そう言っただけだった。
でも、彼は来なかった。
車を飛ばして自分の元へ来る途中、接触事故を起した彼の訃報が幸子のもとに届いたのはその翌日のことだった。
そして、その1年後の4月1日。
幸子のアパートのインターホンが鳴った。
玄関先に言った幸子の耳にドアの向こうから聞こえたのは、
「幸子」
と呼ぶ声。
それは忘れもしない彼のもので、あわててドアスコープから覗くとそこには居るはずのない―――でも1番会いたかった人がいた。
「―――光春!?」
震える手でチェーンを外して幸子が慌ててドアを開けた。
「光春?」
しかし、当然の事ながらそこに彼の姿はなく彼が立っていた場所にジュエリーケースが置いてあった―――まるで光春がそこに置いて行ったかのように。
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「私、毎年お墓参りに行った時にこの指輪を光春の墓前に置いて来てるんです。私には、これをもらう資格なんてないから―――」
訥々とした口調で幸子が語り終えた。
「えと……幸子サン、幸子サン彼にもう全部伝えた?」
蒼華が幸子の微かに震える手を両手で握り締めてそう問いかけた。
「幸子サンのついた嘘とか幸子サンの今の気持ちとか」
幸子はゆっくりと首を横に振る。
「私、そんな資格なんてないんです。光春に本当のことすら言えない臆病者なのに……なのに、光春以外の人に惹かれはじめてる―――そんな女なんです。今までは、例え幽霊だとしても、1年に1度だけだったとしても光春が来てくれることが嬉しかったのは本当なんです。でも―――」
後悔の念や罪悪感に雁字搦めにされて、幸子はもう自分1人ではどうしていいのか判らなくなっていたのだろう。
そこで、霊的なことにも詳しいと噂のこの興信所を尋ねてみたのだった。
「ねぇ幸子さん、さっきから資格がないって貴方そう言いつづけてるけど、『資格』って誰が決めたものなのかしら。別の人を好きになったからと言って亡くなった彼への好意が消えるわけじゃないでしょう」
シュラインはそう言って幸子に微笑みかける。
「そうだよ、だって、あたし今まで聞いてて思ったけど、幸子さん全然前の彼氏さんのこと忘れてないもの。亡くなった彼氏さんは毎年現れるくらい幸子さんのことを思っていて、今の彼氏さんは幸子さんがようやくこの人ならって思えたくらい素敵な人で、幸子さんは2人の事をそこまで思える優しい人で、この中の誰も不幸にならなきゃいけない要素なんて何にもないもの!死んじゃった人がどうすれば救いになるのかはあたしじゃ判らないけど」
楓香はそう一気にまくし立てると、ちらりと助けを求めるように慧那を見た。
「おじいちゃんが昔言ってました。死んだ人は2つの場所に行くんだって。1つは極楽浄土で、もう1つは思ってくれた人の心の中だ、って。生きている人は悲しいけれどその死を受け入れて、死んだ人が迷わないように送ってあげなきゃ行けないんだって。それは陰陽師だけが出来ることではなくて、誰にでも出来ることなんだって」
「幸子さん、まず亡くなった彼にきちんと向き合いましょう。幸子さんを訪ねて来るのが本人の霊であっても、幸子さんが作り出した幻想であっても、心に区切りをつけるためにそれは必要なことだと思います」
みなもが力強く頷く。
「でも……」
まだ、決心がつかない様子の幸子に、蒼華が、
「んと……もし、彼の気持ちが知りたいならあたしが指輪の思念を読んでみる?本当はそんな力に頼らなくてもスキだった二人ならわかることだと思うんだけど」
と、指輪を手に取ろうとした時だった。
「口にしてしまったものは消えない。だが、あんたが口にした一言と彼氏が事故に遭ってしまったというのは別々の事柄が隅々並んで起きてしまっただけで、彼氏が死んだのはその嘘の所為ではない。それくらい判ってるんだろう?」
それまでずっと黙って話を聞いていた慶悟が、ゆっくりと口を開いた。
「気に病むのは仕方ない。でも、明るい方向へ向かっていく足を止めることはどんなものであっても止めることは出来ない。例え彼氏であっても、な。他人である俺が言えるのはこれだけで、あんたの問いかけに対する答えを持っているのは死んだ彼氏と……あんた自身だ。害を為さぬ霊は強行に及んだりしない。彼氏を救いたいにしろ、救われたいにしろあんたが前に進まねば何も始まらない。気持ちを口にするだけだ。呪も儀式も必要ない以上、俺にはもう出来ることはないよ」
そう言って、慶悟は部屋を出て行った。
「え、師匠……」
その後を慧那が追って行った。
「彼氏にお話しようよ、ね?彼も判ってくれると思うの。だって、幸子さんが好きだった彼なんだもの。誰だって自分が死んじゃったら残った人には幸せになって欲しいよね」
「彼氏さんだってきっと、幸子さんのこと心配で、居るんだと思う。幸子さんが大丈夫だって行ってあげなきゃ」
蒼華と楓香の後押しに、幸子はようやく頷いた。
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「で、どうなったって?」
後日、草間は笑顔で結果を尋ねた。
「彼の墓前に一緒に言って話して来たわ。嘘のこととか、好きな人が出来たこととか全部ね」
シュラインがそう言った。
「まぁ、もう現れることはないんじゃないか」
慶悟は煙草をくゆらせながら、そう言った。
元々あれはなくなった本人の思念もあるが、残された者の思念が死者を現世に繋ぎとめていたようなものだろう。
「指輪はどうしたんだ?」
「想い出はとっておいていいものだと思ったんで……シュラインさんの案で指輪じゃなくてブローチに加工してもらったんです」
と慧那が言うと、楓香が、
「こんな感じに」
とスケッチブックを草間に見せた。
「……そうか」
あいにくと楓香のデッサンを読み取れなかったようだが、ブローチと言うのだからブローチなのだろう。この際、まぁ、デザインはどうでもいいような気がしたのでそれ以上は突っ込まなかった。
「ところでシュラインさん、草間さんどうしてあんな笑顔なんですか?」
この依頼を初めて聞いた時から、やたら草間が笑顔だったのがひっかかっていたみなもはシュラインにそう尋ねた。すると―――
「えぇ! この依頼って、幸子さんだけじゃなくて亡くなった彼氏のご両親からも同じような依頼を受けてたんですか!?」
そう、幸子だけでなく彼が死んで以来ずっと自分を責めつづけていた幸子を心配していた彼の両親からは幸子さんを助けてあげて欲しいという依頼を受けていたのだ。
「んと……一粒で2度美味しいっていうこと?」
と、蒼華が首を傾げる。
「そうなのよ。つまり依頼料が普通の倍入ってきたってわけ」
シュラインが嬉しそうにお金を数える草間を冷たい目で見ていた。
Fin
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086 / シュライン・エマ / 女 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【0389 / 真名神・慶悟 / 男 / 20歳 / 陰陽師】
【2540 / 初瀬・蒼華 / 女 / 20歳 / 大学生】
【2152 / 丈峯・楓香 / 女 / 15歳 / 高校生】
【2521 / 夕乃瀬・慧那 / 女 / 15歳 / 女子高生・へっぽこ陰陽師】
【1252 / 海原・みなも / 女 / 13歳 / 中学生】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、遠野藍子です。
おなじみの方も、はじめましての方もこの度はご参加ありがとうございました。
エイプリールフールに嘘はつきましたか?遠野はエイプリールフールの存在自体キレイに忘れてました。わりと日本人には馴染みの薄い行事(?)かなぁと言う感じはしますね。
えぇと、今回は何かを解決するという明確な解決法ではないのでどう言う風に書くかをものすごく悩んだ結果、やけに長台詞が続いてしまっています。ただ、その台詞に各PCさんの考えと言うか想いと言うかそんなものが詰まっている結果どうしても削れない部分を残した結果なので、多少読みにくいとは思いますがご了承頂ければと思います。
えぇと、最後になりますが、今回納品が遅れてしまい申し訳ありませんでした。
これに懲りずにまたお会いできればと思います。
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